内幕の空気を破ったのは外からであった。 少女の怯えた視線はゴランの背後へ振り向けられた。 光が射した。 「早くしろ」「何してやがる」「しっかり働いてきたんだぞ」ゾール神のもとへ赴きし、俄な信者たちであった。 彼らは入り口の緞帳を開けずに引き、ねじり、中の者たちを挑発した。ゾールの教えを顕した刺繍が引きつれ歪む。 神官マンモンは外への憎しみを隠さず視線も燃えるがごとくなった。 「ほ、ほならおいとまします! あーあー、何やっとるんや。ほんまつかえんおっさんやで。へへ……」 (ほう、よく動ける)メアリがマンモンの両手をほどいてするりと抜け出してきた。ゴランがマンモンに手を取られ落としたゾール信徒の服の包み。彼がそれを拾おうとする前にメアリが取り上げた。 その間にも外の声は増えていった。誰かが静けさを破ればすぐ大勢が追随する。 マンモンは無言で耐え難い憤怒を表すようになっていたが、メアリは声をかける。 「神官はん! ふくはどこへしもたらええんや」「馬鹿者!! そこだ!!」 ゴランが見れば、いかにも豪勢巨大な行李の上にメアリは包みを乗せていた。「あっ! はっ、は、えろうすんまへん」慌ててメアリは愛想で笑う。 「き、汚い手で……ええい、まあいい」マンモンはメアリが自分の荷をどかしてから行李を開けようとするのを横目で監視し、それから幕の向こうの汚い者どもへ怒りの目を戻した。 「あのう、おにぎりはぁ……」普段ゴランの聞かぬような声色をメアリは出した。「おい、余分に盗むでないぞ、いや、わしが取る」マンモンが動き、食材と別の麻袋に手を突っ込む。「だーれがそないなこと」ゾールの使徒の顔がむこうを向いた隙に少女は歯をむいた。 「へへへ、おおきに!」(この意地汚い笑顔に掛け値は無いみたいだな)ついにお目当てを手にしたメアリを見てゴランは思った。 「なんだ、何をしておる。さっさと出てゆけ」マンモンは少女の背に声をかけた。メアリは歩き出して入り口と正反対の幕に手を当てているのだ。 「あのぅ、勝手口ないんですか、ここ」「出てゆけ」神官は騒がしさが増すばかりの入り口を指した。明らかな怒号も混じり始めた。 「じゃあ失礼するよ」「わわわ!」ゴランがそう言えばメアリは泡食ってひっつく。(勧誘に失敗した腹いせか。時間をかけすぎた)メアリを見れば、手に入れた握り飯を今まで信徒の衣装をしまっていた袋に隠すように保管している。(一蓮托生、すがるようにくっついてくる) 「おい、俺は仕事があるからな。さっさと行くぜ。お前も早く家へ帰れ」 「へぇ!?」メアリは素頓狂な声を上げたが、「わ……わかっとるわ。うちはさっとかえれるんやからな。もう夕方かもしれんしな) (ちゃんと伝わってりゃいいが)二人は外のまぶしい光を目指した。 「どけ、どけい!!」「ひぇっ!!」メアリは出鼻をくじかれた。両手に大きな袋を捧げ持ったままでは受け身は取れない。 「ぐえっ」ゴランは片足を突き出し、少女が倒れ込む前に拾ってやった。そして前からどやどやと躍り込む大人たちの足元からメアリの身体をどかせる。 天幕へ飛び込んできた者たちは行列を作っていた奉仕者らとは異なる。格段に豪奢な召し物をまとっている。 「どかぬと貴様らも鞭打つぞ」「うわぁ」メアリは器用に荷を携えたまま、連れの足に身をもたせて到来するゾール神官らを次々見送った。 (さっき出ていったダイモン達かな)ゴランはいかめしく武装した神官たちの間に、幾人かの貧しい風体を認めた。彼らは動作を阻害するような不自然な姿勢を取らされており、哀れな運命を感じさせてくる。 |
|