「なんや、とうてい割にあわんきがしてきた」 「当たり前だろ? どんな場だって、割に合うのは胴元だけさ」メアリとゴランの二人が見上げる先を、長蛇の列が阻んでいる。 「せやかて、ここまできてかえるんもしゃくやし、第一ふくはかえさなあかん。うむむむ」 「坊主たちに引っかけられたな。お前が頭を捻ったところでどうにもならんよ」 「うむう」メアリはゾール教の着衣を捧げ持ったたまま肩をすくめた。 「はあ……。まったくすすまらへんやないか」 「だから、俺が荷を持ってやると言ってるだろ。汗をかきすぎて汚いぜ」ゴランが傍らの少女を見下ろせば、彼女のまとう奇妙な黒い長衣の首裾が円く広く開けられていた。 「あほ、女にむかってくさいとかきたないとかぬかすなや」赤髪のメアリは傍らの青年を見上げる額と頬まで熱を帯びていた。 「顔をどろどろにした餓鬼が姿勢だけ整えてやって来たら、一生懸命だと思ってくれるかね?」 「うっさいわあ……。せや、おせっかいするならうちの顔をふいてや。こないだ見せたったうちの手拭きをつこうてええから。どこやったっけな……」 「まったく、意地ばかり張って得があるのか? ほら」ゴランは自分の手拭きでメアリの顔と首をぬぐう。 「ああ〜〜、ええきもちや〜〜。召使いにかおふいてもろたきもちで頑張れるわ〜〜」「そうかよ、はいはい」 「……」 「はぁ……列、まったくうごからへんやないかい。もう、うち飽きてきたわ」「少しは頑張れ」 「おっ、すすんだすすんだ! はよ前へでるでおっさん!」「騒ぐなよ」 「はあ……ひるまから働きもせんとならぶもんばっかりやな。山の手もたいしたことないわ」「まったくうるさい奴だ」 「まったくつまらんなぁ、おばはんも一体どこまでいったんや」「そういえばどうしたんだアンジェリカは。俺もとんずらすべきだったな」 「……」 「うちなんども思うんやけど、ほんま人生なにがあるかわからん。口八丁でわるいおっさんのあがりをいただいたのに比べたら、いまは地のそこや。うち、そっちのほうが向いとるんかなぁ」メアリが緑の瞳で見上げてくる。「運が良かっただけだろ」「へへ、相手がちょろすぎたのかもしれんな」 「……」 「わお。また帰ってこれるとは。そーそー、たしかにうちはここで服かりたんや。なつかしいわあ」「つい先刻じゃないか」メアリとゴランの目の前に巨大な緞帳がそびえている。色さまざまの太い糸が巧みに編まれている。この装飾がゾール教というものを表しているんだろうか、とゴランは思った。この天幕に一人ずつ奉仕者が呼ばれては出てきて、目的の飯にありついている。(ようやく、行列の人混みの肩の群れを眺める仕事は終わりか。時間を食いすぎたな)喧騒と行列は彼らの後ろに飽きもせず続いている。 「せやで。まだ日もかたむいとらんからええやん。変なのにからまれもせんかったし、ごくろうごくろうやで」 「何だと! ふざけるな!!」 「ぎゃあっ!! すんまへん!」 「お、お静かに願います。外に漏れてしまいます」 「ご本尊への正時の祈りが途切れてしまうのだぞ!」 「で、ですからお声を小さく」 「な、なんや、うちが相手やないんか」「坊さん同士の怒鳴り合いのようだな」 緞帳の中の二つの声はもう密やかなものに変わっていた。 「握り飯を盗まれたらしい。さもあろう」ゴランは努力して小声を聞き取ってみた。後続の列の者たちも同じく興味をもって天幕の中へ耳を傾けているようだ。 「えらい剣幕やな。みせしめにせえ言うてはる。おこっとるのがマンモンはん、はいはいと聞いとるのがダイモンはんや。せんせえ知っとるか?」 「誰が先生だよ。知らん。知らんが、本当か? 俺には鞭打ちだと言ってるくらいしかわからんぞ」あとは盗人への罵倒と神への陳謝。 「おっさんは耳がとおいんやな、生きてくのにこれほどべんりなもんないで。しかし、うへえ、おにぎりくらいでみんな必死やな」 「じゃあ帰るか。ごたごたして危ないからな。見ろ、黙りこくって順番を呼ばなくなったぞ」 「ちょ、もう次やったのに! 笑いばなしにもならんやないか!」メアリは信徒の服を抱えたまま頭で緞帳を開けて入っていく。「おいおい」 |
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