「コボルトが犬狼の間に多少の斥候を混ぜていると?」「そんなにわたくしめを道化扱いしたくてたまらない?」 家臣らを下がらせ、連なりゆらめく篝火の赤い影の隙間に王と老人だけが残っていた。 「笑話として済ませておきたいものだが、その程度のことは余も彼奴らも考えておるだろうな。しかし浅知恵だ」 「陳情の書と直訴の使いが増えて家畜や作物は減っているのに浅知恵と断じられますか。犬に噛まれるとうつるからとヒューマンの腰が引いているのでコボルトの物笑いとなっておりますのに」 「微々たるものだ。目立つ異状だからと過大に受け止めることがいちばん良くない」「異状が増えこそすれ減らないと申し上げているのですがね。王が兵の代わりに多めの軍資金を辺境に遣わしているのはもっともなご温情ではありますが」 「そなたのそういう所を買って姫につけたとはいえ、嘱託の身とは思えぬ博識だな」べングのガルデン王は目の前のザルサイにあらためて目を注いだ。 「しがない老人にも察せられるほどということです。浅知恵などと決めて本当によろしいので?」 「そなたこそ我が子にいらぬ知恵を授けてくれたものよ……」 「なれば全能のベング王がハッシュバッシュを一人で伐りしたがえ、空いた時間で最愛のメディア姫にごはんを作っておやりになり、しっぽりと水入らずのお食事をなさったらよろしいでしょ」 「余は最も強くて冠を頂いておるのではない。王は能く人を使えば良いのだ。コボルトでさえ武よりも知で世継ぎを選んだのだぞ。……と」 「一人の使い方を間違えましたし、金ばかり使っておりますなあ。嘆かわしいですぞ」「笑いをこらえるんじゃない」 謁見室に腹の音が一つ鳴った。 「……そなたは腹が減らんのか?」 「それどころじゃありませんよ。もう腹が痛くて」ザルサイはまばらになった歯並びを王に見せびらかすかのような大口になっていた。「お子様とお食事の話をして刺激してしまったのは謝ります。わたくしはすっかりよぼよぼの身ですが、なかなか腹がすかなくなったことは得だと思っとります」 「やはりそなたは学者肌のようだがそれは危ない考えだ。この乱世においては食べたくなくても食べておくものだぞ。……メディアにもつらくあたりすぎたのは認めておこう」 「姫様はあの小さな身でこの不可解な現状を打ち破りたかったのですよ。知恵と勇気の産物とお考えなされ」 「べングの玉となるべく磨き続けたらその身を砕きかねないことをして……。こちらの肝が冷えたわ。しかしメディアやザルサイの考えが正しいとしてもやはり浅知恵と呼ぶしかない。コボルトは作戦があっても戦略と戦力のない奴らよ」 ザルサイの白く太い両の眉は繋がろうとするほど中央に寄った。「あなどりすぎではございませんか」 「卒直に捉えておるのだ。所詮彼奴らは半獣のモンスター、ブルグナのオークよりは我が国の脅威でないのが幸いよ。そこを深読みして要らぬ行いに走るのは幼児のすること」 「まさか、ハッシュバッシュをそれだけと思ってらっしゃる?」 「余はコボルトについてはそれまでと言っただけだ」 「やはりノームですかね?」 「うむ。コボルトは弱いが多数の武。ノームは弱いが多数の知……。頭の痛いことだ」 「異種族が共生し助け合い。イリスの教えを守り、その点においては平和で美しい国ですな」 「外に牙を剥いてなにが美しいものか」 「同種族でも国の境を張り巡らせる仲の悪い珍しい奴らもウルフレンドにおるみたいですな」 「非常識な……。道化師でなければ首を斬ってしまうところだ」 「非常識とはどこの連中でしょう。わたくしめは道化師じゃありませんし」ザルサイは杖を一回鳴らしてつき直した。闇に沈む城の謁見室に目の覚めるような音が響いた。 |
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