ラッパは高らかに鳴った。 出立の音声と帰陣の音声の回数について気づいた者もいたが、ご滞在の方がおられたのだろうとべングの広大な城内の者たちは思った。 一人の駕籠が到着した。 「きづかいは、むようです」 べングのメディア王女は言った。ガルデン王の一粒種にして、聡明さと行動力をすでに幼い身に湛えると評される美しき少女。 「きちょうな将兵の命をあたら危機にさらしたことはかわりありませぬし、しょがいこくみんにまで迷惑を、かけたのです……」べングの兵らは跪いて侍するが、王女はなお見上げている。メディアが同道を申し出る家臣を押しとどめ続けていると、別の者が謁見室の準備が整ったと知らせに来た。 さし迫る薄闇を払いのけるために篝火の揃った室の中央の奥から声が届く。「斎戒沐浴を」「え? じゅんびは、ととのったと……」王と姫は言葉を交わした。 「現在最も肝要なことだ。だからここで周知した。知らぬからそのような行いに出たのだな」「は、はい、さっきゅうに」メディアはおののきながら参上していたが、出鼻をくじかれてもっと縮み上がる思いだった。 湯に浸かっても身体が冷える思いをした。広大な湯船はひとりの子を際立たせ、女官たちが精一杯投げかける気づかいと哀れみの言葉も全身に刺さるものでしかなかった。 「……申し開きはないのか。べングの王女が睡魔に負ける程度のことであったか」 「そ、そのようなことではございません。わたくし、先よりハッシュバッシュの兵が前にでてきていると耳にしておりましたの」気がつけば湯から上がって再び父王の前に跪いていたかのような錯覚。叱責を受ける身でぼうっとしていたかと幼い姫は恥じた。 「だから城の姫も前に出たと申すか。それは短絡的な話だな」 「そ、それはおとうさまが兵をまるで出さないからです……」湯の熱さをわずかな活力と変えてメディアは言葉を絞り出し始める。「ふきんの住民はおおかみ害のちんじょうを多数とどけているのですから……」 「余は死を恐れぬ精鋭をここへ集め詰めさせている。恐れるのは余のほうだ。兵が生きて流行り病を持ち帰ってくることをな。はびこるのは犬が宿主の病。噂は犬の異様な行動を見誤ったに違いない。なんで父や国の軍を信ぜず無責任な者の口に踊らされるのか。他人のせぬことをするのが聡明と勇敢さではない! 幼児は、筋道を理解せい!!」 「し……し……しかし……あれはたしかにぐんそ、軍装……」王女の中の熱は再び霧散し、声は消え入るばかり。 「もう下がれ。晩餐の支度はこれからさせる。そなたは神聖皇帝の伝記を暗誦すること」 「え……そ……そんな」「光の子と姫の出会いの箇所が特に好きだろう。冒険は本の中だけにせよ」メディアはついに無言になって着替えたばかりの装いの裾をつまんで退出していくのだった。 「おやおや、居眠りと激しい戦いを演じさせるおつもりで」べングのガルデン王の影から老人が現れたように見える。つばの広い帽子をかぶり、その下の顔にはこれまた広い白眉白髭が垂れ下がる。手には杖つき、身体には長衣を装う。 「ザルサイ、そなたの吹き込みであろうが」「姫様の冒険心は頼もしいものと私めは考えますが、それだけですなぁ。老いてなお愚才の身にはとうてい思いつきませぬ」老人はメディアの出ていった方向を名残惜しく見つめてその目を細めた。 「私めも王に疑いの目を向けさせてもらいますよ。姫様の言にも理がありますのになんで一方的な仕打ちをなさいます? 父も腹をすかせてじっと晩飯を待つくらいで罪を贖えるとお思いですかね」ザルサイは言葉を並べて軽く巻いた髭をゆらし続けた。 「余に何回言わせるのだ。道化師を雇った覚えはないぞ……」 |
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