モンスターメーカー二次創作小説サイト:Magical Card

7.去る者・きたる者



「ああ!! うう!!」

 声はヒューマンの男のものだ。

(ここで体調を崩すんじゃ、にゃいよ!!)

 小さな女の子の、モンスターへの果敢なる挑発を目の当たりにしてたじろいだ者がいる。味方のエドマンドだ。声にならぬ声で。

 ティアラは彼に向かい、その手を水平に突き出した。(どうせあたしが向かうしかないんだろっ!)エドマンドと組んでゴーレムを差し向かいに挟み撃ちにしているシャーズの女商人は自分の心に吠えた。ヒューマンの商人に向けた手を、一回しっかりと下げてみせた。モンスターからあの子をかばいながら近づく! ゴーレムに背を向け、彼女の脚はすでに走り出している。

(あの子はあたしが引き止めたのであって、ヒューマンの奴じゃない!!)シャーズは理由ではなく理由付けを考えた。

 手が突き出された。払うように下げられる。ティアラはぎょっとなった。

 綺麗な服を着た少女はこちらが近づくにつれ後じさりするではないか。

(そのほうが安全だと思ってんのかい!!)そうかもしれない。単純に考えればモンスターとの距離は広がっていく。(逆方向に、でぶの商人の胸に飛び込んでいくほうが危険かもしれない!!)

 追われる形になっている者が、果たして子供を手招きすべきなのか。この短い時の中、猫人間の判断はどんどんと遅れていった。

……嫌な予感というより、予測すべきであって、ティアラの心が実はすでに予測していたことが起こった。

 心まで崩れ去るような錯覚をティアラは覚えた。それが少女との別れになったのだから。その子の表情はティアラの心に爪痕を残した。と思うと視界から消えていった。猫耳に当然のようにがけ崩れの音が届けられる。

 女商人はシャーズの恥を捨てて猫の大きな咆哮をあげた。「あああああ!!」

 今や遥か後方に残してきたヒューマンも苦痛の混じった叫びをあげていた。同じ気持ちに違いない。それはもっと恐ろしい事態を到来させた。大量の咳。前後不覚に陥ったであろうことは振り向かずともわかる。それと二人の絶望を押し潰してくる、地響きを起こす巨大な両の脚。

 ティアラの意識はもはや途方に暮れていたが、視界に再び錯覚を覚えて驚愕した。あの子供が地底から生まれ変わってきたかのようだ。

 しかし錯覚と別れに相違はない。崖の下から篭手を伸ばして這い上がってきた兵士。兜の上にあるべき耳が見当たらないので、ヒューマン兵と分かった。一人かと思えば二人……三人……四人……。兵たちは互いの到着を目配せし合って確かめると、一律に背に手をやった。ごつい鎧に隠れていたのは大きな《バトルハンマー》だった。

 重武装を苦にもせず登ってきたさまに、ティアラは彼らの実力に少しだけ信頼を置くのだった。

 兵士はシャーズが驚くほど素早く目標を囲んだ。ゴーレムもまたひるみなく適当な一人を見繕って攻撃をかけた。兵たちはティアラとエドマンドのやりたかったことをやってみせた。

 一人が囮になって、他方が裏を取る。商人ふたりの三倍の攻撃となった。

 ゴーレムは自分の明らかな弱点を得物とする人間たちに狼狽を始め、それはティアラにも見てとれた。《死すべき者たち》の攻撃は面白いように決まってゆき、そのたびシャーズの重い心は思わず軽くさせられたのだった。

 兵のうちの一人が無造作に積まれた岩の山の前にしばらく立ち続け、彼は状況の終了を告げた。彼の鎧兜は他の者と違っていたので、隊長かとシャーズは思った。鬨の声があがる。

「臣民の保護に感謝する」彼は近づいてきた。「あー、こいつは流れの商人みたいなこと言ってたよ」ティアラは抱きかかえていた男商人をヒューマンの隊長へくれてやった。観戦しながら素早く保護してやったが、あまり必要はなかったようだ。

 ティアラは隊長へ詰め寄った。鎧武者の大きさを実感した。「こ、こんな奴より女の子だ!! 下に落ちてったろう!!」

「そのような者は見ていない」「にゃんだって!!」シャーズは周りの兵に取り押さえられ、落ち着けと口々に諭された。

「た、確かに見たぞ! おべべにだって触ったんだ、ゴーストじゃない!!」

 しばらくティアラと兵士たちは押し問答を繰り返した。そこで第三者が中断する。彼女がはっとすると、それは地面で伸びている商人の咳き込みだった。身体を苦しげにこごめている。

「にゃんだよもう……。いいや、もう!」(こう隠したがっているのは、あたしの想像した結果と違うことになったということだ)シャーズは自分を納得させ、別の想像を始めた。

 ティアラは地面の彼を指差した。「こいつはあたしの長年の友達なんだ。警備を怠りすぎて迷惑したよ……、狼が道を歩いてるんだぞ。ふたり分の世話はしてほしいね。そしたらあたしは黙るし、こいつにも言い含めてやっから」

「先程行きずりのようなことを言っていたではないか」

「そうだっけ? シャーズは色々と忘れちゃうんだ。ヒューマンもそうしたいことはあるだろ?」ティアラはたっぷり肉のついた両頬を持ち上げて顔を作った。