「まあまあ、もう敵同士ではないのだから。我が息子の失態ぶりと似たようなもの」エ・ガルカはなだめて笑う。ガルーフは身悶えしたい気持ちだ。ヒューマンのなぐさめを受ければ一層己を呪う。 「オークはどうしてこちらを不安にさせるくらい馬鹿なのか」オークを肴にすればレイランドが杯を傾けるのもたやすい。 「署名はなかったのだ」ファンタール卿は北よりの書状を開かず手に取った。「お相手の、」ファンタールは微笑んで、「ガーグレン将軍は御身を隠していたかったらしいけれども、なに、我々もすぐに会談を持ちたかったのでね、君の勇み足もそれほどの意味は持つまい」 「…………」ガルーフは一瞬気を軽くした自分に落胆した。 「ただ話し合いの予習ができるのは嬉しいね。将軍はケフルにおいても著名な人物だよ」オークの勇敢なる使者が黙り込むとレイランドの杯も進む。 「それと、オークの健啖ぶりのご披露も助けになるのでありがとう」 「好き嫌いはないと言った通りだ。ヒューマンの食事のだらしなさもよく分かった。豊穣の神の使徒なんてやめちまえ」ガルーフは少しやり返した。ファンタールが発声すればエ・ガルカは筆を進める。この二人が疎ましいと思った。 「なにね、元気なオークの若者ととるに足らないお喋りができるのは貴重だよ。それに免じて許してほしいな」その言葉をひっくり返してめくったら血の匂いが漂うのではないだろうか。ヒューマンの総大将の老人の白い顔を眺めつつガルーフは思う。 「飯は楽しく食おうぜ。余計なことばかり考えていやがる。ヒューマンはずるい」 「オークの方がずるいぞ。顔に毛を生やして酔ったのを隠し通すつもりだ」レイランドはなるほど顔色が高ぶっている。握る杯に力を入れすぎていた。 「おまえ」話の腰をぽきりと折られてガルーフは失笑した。「分かったよ。おまえはマシで馬鹿な奴だ」 「我がゾールへの侮辱を黙っていられないだけだ。貴様も杯を掲げろ。ケフルの騎士の道を思い知るがいい」ガルーフに酌をしてやって、「オークは楽しく飲み食いするのだよな」 「分かった分かった。俺とてゾールの祝福の味をけなしたことはないんだ」オークは杯の強い香りをかいだと思うと中身を一息に空けた。「うん。唇に触っても喉を越しても、何度味わっても旨い」ガルーフは自分を単純に思うが、味わうだけで世界ごと気分が変わる。 「これらがオークのものになるのは悔しいがありがたく思うぜ。なあ、ダグデルを全て見回ったわけじゃないので聞く」「内外に畑はあるか? たくさんの兵隊が住めるんなら暇な時は働かせてやるのが一番だ。俺は農夫もやっていた。使い方や周りの土地のことを教えてくれたら食糧そのものはもう寄越さなくたっていいぜ」 エ・ガルカは筆を止めた。 「君が交渉役とは聞いていない」ファンタールは静かに答えた。 「そりゃそうだな。じゃあガーグレンの奴にこっちから薦めてやろう。奴と喧嘩するのも久しぶりに思えるな」 「なんて奴だ」酔ったレイランドは自分の背もたれを使うのも困難になっている。 その間エ・ガルカは音を立てずに主君と視線を交わしている。ファンタールは席を立った。 部屋と外界を隔てる幕に近寄ると一部をめくった。日光が漏れた。ガルーフはひとつ感嘆の声をあげた。「ヒューマンの顔を赤くしたら日も昇るか」 「それはどんな暗示かね。君にも床を貸すよ。今日は休日にしようと思う」 「意味なんか分からん。俺はペガサスを叩き起こしてやるつもりだよ。ヒューマンから一飯の義理を受けて、このうえ一宿まで加わったらオークは情けなくなって死ぬかもしれない」 |
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