「あ、そうだ」シャットは半袖半裾の水着の懐から木の実を取り出す。 「なんだよ、食後のおやつなんかもう食べらんないよ。家のみんなまであたいがたっぷり食うと思ってやがって… …」ノーラの口はそう言いつつ、手は好奇心にのっとり受け取った。 「エリアルの実じゃにゃいか! お前はなるほどそれで助かったんだ、簡単な話!」「違うよ。姉ちゃんよく見な よ、かじってないだろ」 「……ちょっと待ってな」ノーラは実を懐に入れると後ろの槽へ出かけていき、縄を手に戻ってきた。 「な、なんだよ、在り処を吐かせようってのかよ!」シャットは再び後じさりすることになった。 「どんだけ盗ってんだよ! 水の中で息ができる木の実なんていくらすると思ってんだ! 価値を知ってるから 盗んだんだろうけど、これは洒落にならんよ、シャット君。やっぱり斬っといてやるべきだったけど、約束したから ね。お縄につけってんだ」 「早合点しやがって! それはな、ついさっき海の中から持ってきたんだよ」 「へっ、水ん中に木が生えてんのかい」 「そーだよ!」 「え〜〜」ノーラは失笑したあとに虚をつかれた。 「朝っぱらからオレが泳いでいたのも、鮫に追われたのも、やっつけたのも全部そいつを手に入れるためさ」「や っつけたのか!? お前が!」追い詰めたはずの少年がよどみなく語るのでノーラは猫耳を傾けはじめた。 「最初に言うと、海ん中に空気のある洞窟があったわけさ」 「ああ〜〜!! そこにエリアルの木がなってるわけか!」「そうそう!! オレの考えるとこじゃ、たぶん実を売 りに運んでいた船が難破してさ、で積み荷のひとかけらが転がって実をつけたんだと思う!」しかしノーラは手を 振る。 「い、いやいやいや。奇跡みたいな話だからかえって信じちゃうとこだ。そんなうまい話があるもんかい!」ノーラ はへそを曲げて胸を張った。 「ちぇっ。でも鮫のおかげでオレは姉ちゃんから助かるってわけだ。ならどうやって奴に勝ったと思う?」シャットは 両腕を広げた。 「……わかんにゃい」丸腰の水着の少年にノーラは白旗をあげた。 「へへ、鮫ってのは、ずっと泳いでいないと死んじまうモンスターなのは水兵の姉ちゃんも知ってるんじゃない か?」 「うん。変わった奴らだね。まさか泳ぎで倒したってのか?」 「へっへっ。洞窟だって、一本道だったらすぐに水で一杯になっちゃうさ。そこへ引き込めば案外楽にやれる。つ いてこない奴も多いから、そういうのはほっとく。別の出口がいっぱいあるからな」 ノーラは掌中のエリアルの実を見つめた。まるまると太って手触りよく上質なものだった。「命を張った小遣い 稼ぎかよ」 「うん。それをキャプテン・ノーラに進呈する。世話になったから信用してもらいてえ。ゴブリンたちにも借りは返 すぜ」 「えへっへっへっへえ!」ノーラの顔は喜色を満面に示したが、「……お前こそあたいを信用しすぎじゃないか い。こんなにいい儲け話、お前から在り処を吐かせりゃすむんだよ。さっき誓った通り、殺しゃしないよ」少女船 長はにっこり笑ってシャットににじり寄ってみせる。 「ははは。姉ちゃんは言うことなすこと滅茶苦茶だけど、誓いだとか家の誇りをさっきから気にかけてる貴族様 だろ? それとも海賊様かい? それに、海ん中でその刀を振るって鮫と戦うのは無理だと思うな」 「ふん……。ま、これからは貴族様のつてでちゃんとした値段で売ってやろうじゃないか。平民君は足元を見ら れてるだろ? 額を聞かなくたって分かるよ」 「そうかなあ。しかし、やったあ」シャットの顔は喜色を表した。 ノーラは懐の実を取り出して大事そうに掻き抱いた。 (しかし親父にはばれないようにやらなきゃいかんね。子供ふたりから取り上げるに決まってんだから)ノーラは 夕陽差す船上で様々な商人の顔を思い浮かべはじめた。 |
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