「なーに見てんだよっ」 「他に見るものねえもん。遠慮すんなって」青い空と海に囲まれてシャットは言う。 「お前が遠慮しろぉ」ノーラはさっきから目の前の弁当箱の蓋に囚われていたので、開けた。地中海はそろそ ろ夕方に差し掛かろうとしている。 「本当にいらねえの?」ノーラは遅い昼食よりまずシャットの顔を見た。 「だから遠慮してるんだよ。腹も空かねぇしな。たぶんおっかない姉ちゃんにさらわれてずっと舟に座ってるだけだ からだな」 「そーかいそーかい。こっちはお前のことを心配したり斬れなくて残念だったり色々ありすぎてね。飯でも食わな きゃやってらんない」 「さっき、オレが乗り込んだせいで遅くなっただの言ったろ。漕ぐくらいしてやろうってのに」 「いらにゃいよ! 子供の下手な横槍が入ったらこいつが可哀想だ」弁当箱と箸を手にしたノーラは片脚を伸 ばして指し示す。シャットは風をたらふく食べている帆を見上げた。 「見なよこの綺麗なちらし! ほら、見ろ見ろ!」 「へえ……」航海に持ち込むために酢じめをされた魚介がさまざま並べられ、少年の眼にも色彩効果が感ぜ られた。 「あー」「はー……」「む~~」それからしばしノーラは声を出し箸を使い、持参した弁当を評価していった。 ノーラは弁当箱から顔を上げる。「……にゃに見てんだよっ」 「くれって言えよな!」「きゅ……急に腹減っちゃってさ」 「ふん、あたいが自慢したらそうなるよな」とノーラは再び後方の槽へ出かけていって、予備の箸を持ってきた。 「そ……そんなには要らねぇ」 「だめだね、半分食え。ここじゃ食べるもんは限られてるんだから」 「えぇ、なら尚節約しといたらいいのに」 「公平に分けとくことが大事なんだよ。あとで恨みっこなしってわけ」ノーラは弁当箱の蓋を使い取り分けた。 「うーん」「食え食え、気にすんな、乗客の責任は感じてろ」 「さっきから矛盾したことばっかり言いやがんな」シャットは言ったものの、先程の深海水の味さえ覚えていない 腹具合と、目の前の膳の視覚効果の素晴らしさにすぐ白旗を上げて箸を盛大に操り始めた。 「にゃはは、うまそうに食ってんの!」ノーラは大いに喜び、自らも平民の子と味わいを共有した。 二人が食べ終わる前、「なあ本能で飛びつくのは大いに結構だけどさ。推理……というか当然のことに思 い至ったほうがいいね」言われてシャットはぎくりと箸を止めた。 「な、なんだよ、引っかけかよ」シーフ志望のシャーズの少年は顔に不安の色をあらわにした。 「あたいの食ってたもんだぞ、罠なんかあるか。ごく普通の当然のことさ。シャット君にも分かってもらいたいなっ てさ」 「早く言えよ! もったいぶられるとおっかねえ!」 「あたいの家のみんなが作ってくれた弁当だ。うまいだろ? おっと、吐き出すなよ。お前が勝手に想像してる ようなものは入っちゃないよ」聞いたシャットは混乱と困惑をきたして、顔色は青赤白ととりどりに変わっていっ た。ノーラは黙ってカール茶をつぐ。 「お前が会ってきたゴブリンは料理の腕前なんかなくて威張り散らすただの性悪だったかもしんないけど、お前 が死ぬほど喜んで舌鼓を打ってたのはあたいの眼がちゃんと見てたからな」 シャットはノーラの茶をまた飲み下した。「わ……わかったよ」 「お前がうまいと思ったのはほんとのことだよね。なっ」 「世話になったのも確かだよ」シャットは自分を救ってくれた紅茶椀を見下ろした。「これだってうまかった。認め るよ」 「それはあたいが適当に沸かして持ってきたやつだ。こっちの才能もあんのかな」ノーラは片目をつぶって自分 の椀に沈殿した茶葉の状態を確かめようとした。 |
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