「あっ」一瞬考えあぐねたことが、決定的な結果を呼んだのだった。あっさりと、当然のように。いつでも元気が 充満していたノーラの顔は蒼白となり、胸は体内から殴られたみたいに衝撃が襲いかかった。 鮫と子供が衝突して、航跡は交差し波しぶきがはじけ、鋭い速さで溶けていく。 「くぅ……」ノーラは白い顔をこわばらせ、何かをこらえた。尾は総毛立ち破裂したみたいに太くなって、ざわざ わ震えた。 「畜生!」少女はせめて状況に立ち向かった。双眼をわざと見開いて洋上をにらむ。 しかし、取り返しのつかなさを少女に突きつけるような痕跡は美しい海に浮かんでいないのだ。 「……!?」赤潮よりも鮮やかな流れさえ確認できない。 (あいつ、潜ったのか!)あの子はまだ生きている。ノーラは再び決断を迫られた。 ここは狂喜しながら援兵となって鮫に噛みついてやりたいくらいだったが、水中は銛も《シミター》も上手く振る えない、猛魚の縄張りだ。 ノーラは自分の優位性を保持するべきだと考えた。 (早く上がってこい、上がってこい……。あたいが手をつかんでやるから!)ノーラは海をにらむ。 時間は過ぎた。 ノーラは自分の舟に座り込んだ。 鮫さえ襲ってこない時間が流れた。 いや、それは襲ってきた。 自失していたノーラの背後から、彼女を求めて浮かび上がってきたそれは舟の縁から思い切り這いあがり、 ノーラの縄張りに入り込んだ。それの連れてきた海水の束が船底に滲みていく。 「ぎゃ」ノーラは悲鳴さえ満足に発せられない。背後から来た敵から矢も盾もなく逃げようとして、座っていた身 体を前のめりに、猫のように四つん這いとなる。 かくっ、と《前脚》からなぜか力が抜けた。船底が急に迫ってくる。危うく顔面が衝突するところでノーラはな んとか回避を行った。縄を引きすぎたと少女は思った。気力が失せたので身体の支えもまた消えてしまったよう だ。 彼女の背後のそれが大口を開け、大量の海水をノーラの舟にこぼす。 「あ……あ……はあ」ノーラはつられて口を開けていた自分に気づいた。 「ゆ、ゆるして、許してよ。あたいは最初から気後れしていたんだ。お前にゃ関係ないのに、判断を誤って迷惑 かけた! 畜生!!」開いた口から言葉が吐き出されていく。 大きな音がした。 ノーラがいっぺんに振り返ると、舟幽霊もまた彼女と同じく舟底につっぷしていた。 「んな話を信じられるかっての!」 「じゃあ、どうしてオレは生きてるってんだよ、姉御」 「にしても息が続きすぎだろ……舟幽霊なんだろ、お前。あたいは騙されないぞ。……なにが姉御だよ。あた いは海賊かっての!」 「敬称だよ。姉ちゃんは馬鹿か? 学校をさぼっているだけあるぜ」少年は船上で茶をすすった。 「うっ……くっそぉ、お前、いや、君だってそうじゃにゃいかよ、シャット君よぉ!」(気を揉んで損したな!)ノーラ の最初の悔いであった。 |
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