「うおっ……りゃあ!!」キルギルの林に落ちる雷のように、裂帛の少女の気合いがこだまする。小鳥たちは逃げ散った。 イフィーヌの肌を更に濃く見せるかのように巻かれたダークメタルの篭手。少女の拳が昆虫の甲を叩く。 やはり敵はものともせず、自分の左側に生える腕、二本の上肢をイフィーヌへ素早く伸ばしてくる。細く節くれだった鉤爪ふたつ。 イフィーヌは黙って上体だけ左にずらして、少女の右腕に食らいつきたい脅威から逃れる。 「うっ」無理のある姿勢になったのか、イフィーヌは足を取られた。敵はしかし黙って左腕二つを引っ込めた。 罠にかけようとした姉の舌打ちをメナンドーサは聞いた気がする。「あちゃ〜〜、無謀すぎる」 最初に巨大ハエと相対したイフィーヌがやったのは、《キリジ》を抜き放ったかと思うと鞘に戻して虫を殴りつけ始めたことだった。これには敵も妹も困惑した。 (でも理にかなってる)メナンドーサは戦いの趨勢に沿って自らの居場所を変えていく。 妹のメナンドーサが目を注いでいるのは蝿が二本の右手で携える細槍だ。 (なんででっかいモンスターがあんな、飛ぶ邪魔になるものを構えてるかっていうと、ただ単に空から獲物をつつくためだ)魔法なんか使っていない、とメナンドーサは思った。 今度は巨大ハエの姿勢が崩れた。姉の気迫は低いところから発せられており、相手の脚を狙っているのだと分かる。 (奴が空へ上がったらお姉はおしまい。それか依頼がおしまいだ) 姉が肉薄して危ない目にあっているうちが華、と考えている。巨大ハエが槍を地上戦に使うようなことになってもまずい。 急事でろくな装備を持ってこれなかったことばかりが頭にあって忌々しい。(《バトルハンマー》でもあったらなぁ)でっかい虫の殻を叩く姉はどれくらいの硬さを感じているだろう。 (あたしに楽をさせるために後ろをゆずったんじゃないんだよね?)お姉と敵に気取られませんように。メナンドーサは自分の武器の取手を回して弦を巻き上げる。 弦に金具を留めてできあがり。威力をいつまでも溜めておけるなんて幸せすぎる。金髪の少女は小さく感激した。 (でもさ、いくらドワーフのおじさんたちのたっかい仕掛け武器でもさ)メナンドーサは右手に構えた《クロスボウ》を軽く振る。矢の固定はできた。 敵に再び着目すると、巨大ハエは下がりつつあった(つまり背後に潜むメナンドーサの側へ)。「彼」は右手二本に携えた槍を使いたがっていたが、そのたびにイフィーヌに押し込まれる。 (やるなぁ……)巨大生物を素手で制する姉に妹は舌を巻いた。こんなに強かったっけ。 (でも強くても)さっきから止めには至っていないのだ。メナンドーサは姉の姿が見えないような蝿の真後ろを目指し、自分の位置を変更していった。 頭部の付け根、翅の生え際、背中の腺、どこを矢で狙えばいいんだろう? 大蛇の鱗ならメナンドーサも落として刺身にできるのだ。 さっとメナンドーサの胸中に嫌なものが満ちた。周囲に違和感がある。(林が尽きた) 「うあっ」明らかに狼狽した姉の声。自分と同じことを考え、隙を突かれたのだろうか。(誘い込まれたのはお姉のほうだった) (考えてる暇はないんだ!!)少女は弩の引き金をひいた。 |
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