「ううっ……なんなのさあれ!」金髪の少女はわめいた。いっぱしの冒険者として当然声を潜めたのだが、紫髪の姉の鋭い目つきにたしなめられる。 二人が探り当てた標的は巨大な体躯をもち、夕べの陽をはね返してはにぶい輝きを見せた。獣とは思えぬ硬そうな体皮。手足は胴にくらべ非常に細く、腕は四対の異形。 「じゃ……じゃあ帰ろうか」「ああ……奴が巣に帰っちまう前に勝負を決めなきゃね」姉イフィーヌの視線は敵の背に注がれたようだ。「普段は手足よりあれで移動してるんだろうね」 敵はいま細い足でよちよちと歩くことに没頭しているかのように見えた。背をヒューマン二人に見せるたび、一対の透明の膜があることが窺える。 「ああ、ちゃんと聞いてない」妹メナンドーサは慨嘆した。(やばすぎるから逃げようっての!!) 彼女は小声で叫んだ。敵が頭を動かしたようで、姉イフィーヌは舌打ちした。敵の頭は太く、首があるのかも分からない。 (何言ってんのさ! 背中の翅で飛んでいかれたら私らおしまいじゃないか!!)隣の妹を小さな声で怒鳴りつけながらも敵から目を離さなかったが、相手は頭の角度をかくかくと何度も切り替え、再びそこらをよちよちとそぞろ歩きするのみであった。やっぱり蛇や虫とはやりづらいなぁ。メナンドーサは思った。 (村のやつらに馬鹿にされるほうが遥かにまし!)(急にらしくないことを言うようになったね?) (当たり前でしょ!? あんな、何を考えてるか分からないような奴、何をしてくるかだって分かったもんじゃない)メナンドーサはこっそりと腕を伸ばし敵の頭を差した。 顔、のような部位のほとんどを占める一対の眼球。瞳の無いただ暗い色をした眼。 (ただの蝿だろ)(蝿は槍なんか構えない!!)敵の巨大ハエの形相、それがヒューマンの大人ほどの背丈に異様な迫力を与える。 「うえっ」メナンドーサはイフィーヌと共に両親に連れられ、幼い頃から冒険者家業を営んできたが、蝿というものは数々の良くない局面につきものの存在であった。 (ここいらのモンスターの首領だったんだ。みんなあたしらが片付けちゃったから、やばい奴を引っ張り出しちゃったんだよ) (じゃああいつを倒せば村で一番大きな顔ができるじゃないか。報奨金をせしめて借金を返せるし、ドローネも連れ帰れるよ) (無理無理! あの槍ですごい魔法を呼んだりしたらどうすんの!) (赤ちゃん返りかい? おとぎ話なんか始めちゃって)イフィーヌが巨大ハエの構える細い槍を見やる。(あんなの、奴の手製だろう。私らの身につけてるものとは比べ物にならないね) (作れるだけ頭いいってことじゃない!) (頭はちょっとはあるだろうね。昼間は村人に見つかって逃げてきたが、誰も追ってこないからまた家畜や作物を食いに戻ろうか迷う程度はね。他のモンスターがいなくなったので出てきたのはお前の見立ての通りだろうけど、あいつはここの首領じゃなくて、他の邪魔者がいなくなったから君臨しようとしている弱虫さ) (う……。そうかなぁ)メナンドーサが逡巡しているうちにイフィーヌは巨大ハエに向かっていくではないか。 「ひぇーっ!!」「いつもの手でやる。今回は私が言い出しっぺだからメナンドーサに後ろを取らせてやるよ。自分よりちっちゃい私が向かっていくと、あいつはひとまずの養分にしようと思うはずだ」 歩き出した姉のまとうダークメタルの鎧が夕焼けのにぶい光をはね返していく。メナンドーサは空に夕闇が迫りくるのを悟り自らも移動を始めた。 「あの自信過剰、誰に似たんだろ」「しっかりしてるとお言い」 |
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