「あれで最後だ。あれでこの村は平和になりました、ってわけ」 少女は親指をそらし、運ばれてゆく大きなずだ袋を差した。 「それでやっと私たちは遊ぶひまができたってわけ」 「そうか。ご主人につけ届けるので、報酬を頂いたらさっさと帰れ」 緑の顔をした相手はしわの刻まれた面の皮を重たげに吊り下げて喋った。 「違う違う。私らがおままごとをしたいんじゃなくってさ、妹と遊んでやるんだよ。ご主人様を持ってくるよりそっちが欲しいんだ。もう連れて帰るよ」 「だ……だめだ。その……お前たちのなんとかいう妹はしっかり預かっている」 「ドローネだ。ドローネに聞いてみたいね、色々」イフィーヌは門番のゴブリンに言う。 「あ……赤ん坊じゃないか」 「あかんぼだって話せば答えるよ。この眼で実際見たら分かることだってある。姉の私にはね」 「どーだか。家にいた頃ろくに泣かなかったんだ、あの能天気。姉さんのあたしには分かる」背後からした大声の主をイフィーヌは睨んだ。 「ほら、もうひとりの妹が意地を張ってる。いじましいと思わない? 照れ隠ししちゃって」 「げっ」後ろに控えていたメナンドーサはもうひとつ声を立てた。 「だめだだめだ。危ないので散歩にも出すなと仰せだぞ。そっちの妹が言う通り、赤ん坊のほうは毎日うるさく笑っておるわ。安心したら帰れ!」門番は手にした棍を少女ふたりにかざし始めた。メナンドーサは姉にもう一度睨まれた。 「モンスターは私たちが全部片付けたと言ったろう?」長姉の黒い顔は暗雲を湛え始めた。 「毎回証拠を持ってくるのだって苦労したんだ。今だってヒューマンの大人たちがえっちらおっちら運んでったね。だからゴブリンのあんたが一人残ったわけだ。あんたは私たちよりちっちゃいからね」 「なっなんだ! 馬鹿にするのか!」ゴブリンは慌てふためき棍を前に突きだす型を取る。 「へえ」姉と相手の様子を目に入れたメナンドーサがイフィーヌの横に並んだ。黒い肌の唇が嬉しそうな形に歪んだ。 「どうしたのさ? 何だと思ってんの?」イフィーヌは篭手のはまった両腕を上げてみせてゴブリンに問う。 「俺になら勝てると思って、俺をどかして、赤ん坊を連れ出すんだろう! 門番だぞ、俺は!!」 「そんなことひとっことも言ってないのに思い込んで、ご主人様の雇った冒険者をおどかすってわけ。契約はまだ終わっていないのに、使用人が勝手に動いていいのかね」ゴブリンは見るからにひるんだ。(私らも同じ立場なんだけど) 「まあまあいいじゃないの」メナンドーサが二人に割って入った。「お姉はゴブリンのお兄ちゃんの名誉を思わず傷つけてしまったみたいだし、ここは正々堂々と決闘にしたげようよ。大人ひとりとちっちゃい子ふたり、いい勝負になると思うんだ」 「出稼ぎには同情しちゃうんだ。テイビルケからキルギルくんだりまで来るなんてよっぽどだよねぇ。刀は使わないどいてあげる」門番の緑の肌は汗をかいた。 「篭手もはずしてやんな」イフィーヌはにやと笑って腕の留め金をはずした。妹もそれに倣って腰の両側に自身の篭手を吊り下げた。 「い、妹に会わせればいいんだな!」門番は喉から絞り出すような声を上げた。「連れて帰るなよ、ただし!」ゴブリンは素早く踵を返し、ヒューマンのために作られた階段を苦労して登り屋敷の中へ隠れた。 「告げ口したりして」「しないと思うね。話がどうあれ騒ぎを起こす異種族の居所はなくなる」「あたしはこういうの好きだなぁ」メナンドーサとイフィーヌは言葉を交わしあった。 しかし屋敷からは誰の姿もなく、少女剣士ふたりは背後から新たな依頼を受け取るのだった。 「新しい奴!?」「全員あたしとお姉がやっつけたじゃないか!!」 「だから新しい奴だ!! 目撃情報があったんだ! 畑と家畜小屋を踏み倒して雲隠れしたそうだ!」 「痕跡がありそうだね、突き止める!!」「ドローネはどうすんの!」「後回し!」ふたりは繋いだ小馬へ向かう。 |
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