8.オークそれぞれの誇り
「あきれたぜ」ガルーフは杭に蹴りをひとつ入れた。鈍い音が立った。「食を細くさせろ」
「兵隊みんなお祭りしてたんです。彼らが好きに手に入れられると信じこんだ食材を取り上げられます?」
ガルーフは既に昨晩の自分の姿を思い浮かべている。
「しかしだぜ。貴様がおかずを増やすせいで全員餓死するんじゃないのか? さっきは笑ったくせに」ひょいとガルーフは軽い裏拳を放った。グロールの頬が一瞬たわんだ。「あいた」
「勝利したら相応のものをつけなくてはいけないんすよ。雑兵に譲ってもらえただけなんて言ったって分かってもらえっこない」
「昔のいくさは負けながらも我慢を決めてなんとか帰ることはできたんだろ」
「だから今回だけは勝ってしまったんです! いつもなら最低限の戦いで聖王家も納得したでしょうけど!」
「負けが込むと落ちぶれるなぁ」ガルーフは大きな手で顔をくしゃっと覆う。
「北はおかず以上のものを望みますよ、絶対ね」
「勝っても負けてもせこい王家かよ」ガルーフはこんこんと足元の杭を揺らす。
「そしてヒューマンはオークより一段も二段も頭がいいんです。こんなぴったり丁度よく飯の計算ができるなんて」
「ガーグレンの奴もダグデルを気に入ったらしいな。ならここを獲っただけで満足したらどうだよ。畑を中に作って外で狩りを行って皆でのんびり暮らしたらどうだよ。俺が教えて回ってやる」
「そういう暮らしをなさってたんすか。でも、この地方の勝手はわかんないでしょう。せめてクリールのあたりでお土産にモンスターを狩って回るくらい。今までそうして本国への面目を立ててきたようなこと、食糧官たちから聞きました」
「じゃあブルグナへ帰れなければどうする。餓死なんて嫌だぞ。やっぱり俺が向こうでしっちゃかめっちゃか暴れたらいいんだな?」
「勘弁しておくんなさいよ……」
「分かった分かった。ヒューマンの言い分も覚えて帰ってきてやるさ。ガーグレンに告げておけ。奴の考えのまま動くのは情けないと思うがな」
「あっしが将軍のお言葉を喋っていたってよく分かりましたね」
「おい、当たりかよ。いくら立場がよくなったからって知りすぎてると思ったんだよ」
「まあ、あっしの気持ちもちょっと混ぜて喋りましたけど。ご自愛なすって」
ガルーフはしばらく沈思した。「? しかし、なら俺をヒューマンの陣地にやることはないだろ? 狂犬をさ」
「狂犬だなんて、は、は、は。これはあっしの気持ちで喋ることですが、オークの意地を少しだけはガルーフ様に期待してしまっているのでは」
「まったく中途半端な野郎だ!」
「武装に雨具に弁当に……」グロールは空を向いて太い指を折々考える。「じゃあ用意しときますんで、ガルーフ様も準備なすっといてください」
「俺のすることは残ってないじゃないか。ヒューマンに披露する歌の文句は頭にねじ入れられたままだ」ガルーフは自らのこめかみをつついた。
「全部お前に任せて悪いみたいだな。手を抜いたらいいだろ。弁当を少なくするとかな」
「なんでまた。……昨夜のこと気にされてる? ガルーフ様のご試食程度で軍が傾くなんて思ってなさる? オークの都だってそこまでは困っているわけじゃないです」
「量はともかくこの腹に納めたのは動かせない本当だぜ。あと食べ物を前に我慢ができない自分たちの性根を知ったのも本当さ。毒が盛られているかもしれないと思いながら恐れはどこかへ行った。別にバランの武勇なんかじゃあないぞ」