「なんだよ。『食べるのが仕事だ!』って威張ってたくせに」 「お前がいつまでもかかってるからさ。待つのにゃ飽きたんだ」 「なら干物に塩漬けでも作ってろよ」 「それも飽きた」 シャットが舟の縁から振り返ると、おびただしい彼の釣果がきちんと処理され船底に並べられていた。洋上 に降り注ぐ健全な陽光そして塩に焼かれた香りが猫少年の鼻孔をくすぐった。 「だからあたいにもやらせろってんだ。あたいだって釣りが得意なんだからこういうのもできるようになる」 「二本買えば良かったじゃねえか」 「にゃんだ、買ってもらった分際で! あたいの竿はうちにあるんだよ。もう一本買うなんて癪じゃないかよ。その 安もんだって痛手だぞ」 「ほんとかよ」シャットは素早く釣り竿を引き上げた。「この巻き取り器すげえ便利だけどな。そら」 「ちぇっ、気障ったらしいの。最後まで釣れたぞってか」ノーラは魚のついた竿を受け取った。 「ぽいっと」ノーラは針をはずした魚を海へほうった。 「わっと。もったいねえ」シャットは舟から身を乗り出してぬめる魚や自らの体勢としばし格闘した。 「よーし。当然のようにお前より大物を釣っちゃうからな」ノーラは苦労して舟の中に戻ったシャットに声を掛け る。少年は獲物を掌中に収めるのに精一杯で返事をできない。 ノーラは舟の縁に器用に横たわっている。 「んーっ、釣れない……」 「なんだよ、どこにいても飽きるんだな。飽きっぽくて釣りは」とんとんとんとん。 「うるさい! 釣人の周りでうるさくすんにゃ!」 「おい、危ねえだろ!」シャットは包丁を振るっていた。 「騒がしくするなよ。オレが騒ぎながら釣ってたかい? 水ん中の魚にも様子が変わったのが伝わるから食いつ かねえのさ」 「そ、そんなんだって知ってるに決まってんだろ。くそ、年下に諭されちゃった。大人しくして、集中集中……」ノ ーラは舟の縁に姿勢を正して腰をかけた。 (ちきしょー、でっかいのを釣って鼻を明かしてやんないと。いや、集中しないと!) ノーラは対決している魚たちの代わりにウルフレンドの広大な地中海と対面し続けた。 (はあ、遠くに来たもんだ。父ちゃん母ちゃんみんな、ちょっと心配してっかな? いや、集中を……) 地中海はきらめく。 (でもさ、父ちゃんなら背中を叩いてくれるってもんだ。でも今は体制への姿勢の相違ってやつがね……) (いやいや、シャーズ評議会がなんだってんだ。軍人が生きたり死んだりするのは市民のための仕事なんだ。 そうじゃないのかい、シャルンホルスト提督!) (いつも母ちゃんを心配させてさ。セテトやメーラの神殿にお参りによく行ってんだぞ。メーラ様か……風はまだ かな。東北東の風は)ノーラの尻尾は逆立たない。 「いよー、飯にしようぜ。さっきの魚を刺身にしたぞ。米も炊けたからな。少ししか入らねえけど、便利な設備が あるもんだね」呑気な報告がノーラの背後でなされた。 「うるさいにゃ!! 静かにしろってんだ、この市民が!!」 「なんなんだよ、おっかねぇー。魚がまた逃げるぜ」 |
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