ノーラは立ち上がった。竿を置いて櫂を手にしたのである。 「な、なんだよ、いきなり」二人の飯の椀が滑り出して、シャットはそれらをまとめて取り押さえた。舟が動く。 「ばっきゃろう、風が吹いてんだろ。尾っぽで感じろ」 「尻尾!? う……嘘つけよ。そっちがちっとも釣れねえからって、せっかくの釣場を捨てんのか」 「うっさいにゃ! 関係あっか!」ノーラは船底に座り力を込めて両手の櫂を漕いでいる。 「へへ! 飯、食わねえんなら魚籠に入れとくぞ」「勝手にしな!」 「引き揚げるぜ。ちぎれっちまう」少女らの魚籠は縄をくくりつけられて舟の後部で海に沈められていた。 「あ、そっかぁ。頼まあ」 「へっ、どじな姉ちゃんだよ。姉ちゃんはぼうず、オレは入れ食い♪」 (くそ、珍しく機嫌のいいやつ。今に見てろ)ノーラは舟の勢いがついたと見て再び立ち上がる。 舟に帆が張られた。シャットにもわかるほど舟の速度がいや増す。 「ど、どこへ向かってんだよぉ!!」 「わははは!! ばっちし風が吹いてんだ、西南西に決まってんだろぉ!」 「つまり、ブルガンディから遠ざかってんのか!?」 「決まってんだろぉ。だからあたいは帰してやろうとしたんだ……。おっとと」ノーラは立ったまま振り返ろうとして、 走り続ける自らの舟に足を取られた。 「ちいと速すぎんにゃ。小さな嵐になるかもね。ブルガンディで言うところの小雨さ。はは」 「だからどこへ向かってんだよ! いい加減しゃべれ!」 「おー怖い」 陽がやや傾く下で、ノーラの目的を聞かされたシャット少年の顔に暗雲立ち込める。 「このままいくさに出かけるってえ!!?」 ノーラは両手で自分の猫の耳をかばう。 「わーうるさい。要塞島がいつまでも子供に監視の手を割くとは思えないけどね、今度からは前に気をつけて くんなきゃ」 「ブ……ブルガンディの西南西ってことは……エ……エルフとやり合いたいのかよ!!」 「もうちっと社会と地理でいい点を取れ! あたいの標的はヒューマンとオークの連合軍さ! もっとも、こっか ら接岸したとこでどの軍にも届きゃしないけど」 ノーラが話し終えてしばらくしても返事が返ってこないので、少女は聞き役の蒼白の顔面を見つめた。 「針路を変えてもいいかもね」少女は頭をかいてから両腕に力を込めて帆を少し張り直した。 「これより針路・南! 同胞艦隊へ風上から早急に忍び寄る! まさか匂いでばれたりするかにゃあ?」 「……」 「ほらぁ〜〜、元気出しなって。お前言ってたじゃないか、『酒の席で口を軽くする大人は馬鹿』みたいなこと をさ。朝のおばちゃんのお店にそんな大人がいたわけで、あたいが聞き耳立てちゃったわけ! わが軍だって出 陣前は怖くなんのさ。今のお前と一緒な! あっはっは! ありゃあ……口が滑った」 |
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