「こいつをお前にやるよ」ノーラは座り込んで傍らをぼんぼんと叩いた。夜の海に木の音が鳴り響く。「わっ」少 女船長は僚艦に見つかることを恐れているのだ。 「こ、これって」「この船に決まってんだろ。ただし、ゲームに勝てたらだ」 「ほ、ほんとにくれんのかよ」シャットは身を乗り出した。 「ごほごほ! わけもわからないのに飛びつくか? 褒めてやるべきか」少女は少年の返事を待たず自分の魚 飯をかき込んでいた。 「乗り回して遊ぶのは普通として、即売っぱらっちゃてもいいさ。アルシャの高値はつくだろ。貸し出して儲けるっ てのもいいにゃあ。ただし、ブルガンディにたどり着かなきゃだめ。どうせ、帰れなきゃなんにも出来にゃいけど な、はははは」夜の帳の中、大口開けて白い牙並べ笑っているのがシャーズの少年には見て取れた。 「オ、オレを帰そうとしてくれるのはわかったけどよ、漕げねえぞ! オレは!」 「しーっ! しっ、しっ、しっ、しーっ!」ノーラはシャットに向かって四つん這いになり、自分の口の前に人差し指 を立てわめいた。 「お前だってちょっとは漕いでただろうよ。もう免許皆伝みたいなもんだ、うん。してなけりゃ、帰れないんだ、とに かく頑張ればいい」 「相変わらずめっちゃくちゃ言いやがる」「あいてて」シャットは顔つき合わせてくるノーラを手でどかした。 「ど、どっちに行きゃいいのかわかんねえよ」「なんだよ、おうちまでまっすぐ行くだけだぞ。ここまで来る途中なん も見えなかったろう。楽なもんだ!」 「なんにも無いからわからねえんだろ! 水平線しか見るもんがなくなったらオレ、おかしくなっちまう」 「戦地に往くよか楽だろ、うらやましいねえ。方位をあたいが測ってやるよ。それを守ってずっと行きゃいいんだ。 待ってろ、今やってやる……」ノーラは舟の槽に向かった。 「ま、真っ暗じゃねえか」「にゃー、もう素人め! お空はきれいな目印だらけだぞ」 「うわぁ、綺麗だな」言われて見上げたシャットから思わず感想がこぼれた。 「そうか、ブルガンディだとポンペートのもくもくでよく見えないんだにゃ」 二人はしばし辺境の星空を楽しむのだったが、本当に短い間であった。 「つめてっ」二つのシャーズの顔へ雨粒が降りてきた。 「うわあ、きやがった」ノーラは取り出した六分儀をなるべく素早く丁寧に船底に置き、代わりに大きく長い革 包みを解く。シャットは、出港前に担がされたものだと気づいた。 「お前、広げて後ろに張れ。いや、無理か、後ろにゃあたいが張ってやるからお前は帆柱の代わりになれ」 「どういうこったい」雨は無情に二人の顔を流れ落ち服を濡らしてゆく。 「こっちが終わったらあたいが帆柱に結んでやるってこと! それまで立ってろってんだ! うひょおおおおお!」 ノーラは雨に打たれて怒っているのか喜んでいるのか、ともかく叫んでいるとシャットは思った。 「よしよし、よこせ!」雨の重みですっかり前髪の垂れ下がったシャーズがシャットのもとへやってきた。少年の 託した大きな雨覆いの片端を、ノーラは帆柱に固く結んだ。 「この海域を離脱する!」帆が張られて舟が風雨の中を滑り出した。 「見ろ見ろ、帆と覆いの合わせ技で速いぞ! 我がシャーズ海軍の技術だよ! 買ってよかったあ!」雨覆 いの下でノーラははしゃぐ。 「と、遠ざかってるじゃないか」 「ちょっと寒いけど、覆いの中を風が行くようになったから……。にゃんだよ、嵐から逃げなきゃあしょうがないだ ろ。さっきまでお姉ちゃんぼくも戦うよって息巻いてたくせに、すっかり帰る気になりやがって」 「な、なんだよ、そっちこそ、いてほしいのかよ」 「ばっきゃろう、んなわけあるかい。こっちゃ来い」ノーラとシャットは風雨の中肩寄せ合って座り暖を求めた。 |
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