ピルリム卿は一息つけるかと期待を込めた。 「皇帝の家の、若き勇者たちをねぎらうよりも大事なことかね」小足に歩いてきた執事にマクネイル大公は耳 を貸した。黙り込んだ。 「なにか、凶事ですか」ピルリムの気持ちは転倒した。北西に起きている戦争はピルリムの頭から離れることは ない。 「単なる客人だ。仕方のない奴だ、ピルリムもキマールも」 「キマール様? ブルガンディからわざわざ海を越えて?」 「目標が我々とは思いませなんだな」ランスロット卿は細長の目を見開いている。シャーズの上級貴族キマー ル。シャーズの《シーフ》たちは彼らの商業活動の血液のようなもので、キマールはシーフの育成を司る重要 な立場にある。 「いや、近頃便りを寄越しておった」マクネイルはピルリムを立たせて書簡箱を開けさせ、「うむ。我が家を訪ね てくるとはな。そして対策を講じる暇も与えてこぬ、化け猫め」ランスロットに対して言う。 ピルリムはキマールからの手紙を見つけた。エルセアの消印を認めた。「キマール様とは親友の間柄と思って いましたが」 「わしとあやつの能力を高く買ったものだな」 「は、はい。ではわたくしも言わせていただきますが……。エルセアはだらしない。港町だからといってシャーズに 骨抜きにされる法がありますか。メルキア地方の入り口としての海防の責任はどうなっているのか。メルドの流 れを猫どもがさかのぼる夢を見てしまいます」 「大公。それがしにはエルセアはブルガンディより流れつく富で栄える一方に見えますが、その実はピルリム卿 の危惧されるところでしょうか?」 「入り口だからこそであろう。キルギルとゾラリアを合わせた我が国の権勢が恐ろしく、シャーズはエルセアを間 に立てようとしておる。こちらが先んずればあちらも一歩踏み出そうとする。平和裏に永遠に続く闘争だ。キマ ールの奴、年の頃が同じと周りに盛んに言い立ててからわしにすり寄ってきた。シャーズのあの性質には慣れ ることがない。人口に膾炙することを第一と決めており、アシャディの名を擦り減らさんがばかりの態度が我慢 ならん。しかし、彼奴らがウルフレンドのまさに中央を占める限りカスズはうわてであるのかもしれぬ。北のゴブ リンの血肉を削って南の我らへ売りつけてゆく」 「義のない理解しがたい国です。そも、国なのでしょうか」ピルリムは眉をひそめた。 ランスロットはグラスを空けて肉料理の脂を口から洗い落とした。「此度のキマール殿の訪問は我が国を責 めるためでしょうか。それとも?」 「そろそろそれを見極める時間らしい。この世の終わりまで待たせてやりたいところだが、丁度みな食事を済ま せておる」 「このランスロットの舌に無上の喜びを乗せていただき誠にありがとうございました」次いでピルリムもそそくさと礼 を述べた。「キマール、様も見計らったかのようなご訪問に思えます」 「……まさかであろう。さて、キマールと言えばブルガンディギャルであったかな。メルド暮らしが長いなら効果覿 面だろうて」 「酒蔵と果物あつめならばそれがしが参りましょう。まさに勝手を知っておりますので」ランスロットは頭を下げ た。 「ふん、足労をかけるな。さて、急ぎ応接してやらねばな。あのシーフの冗談は耳に入れたくない」 「途中入室をお許しいただきますか? 闖入者を気取ってみとうございます」 「なるほど。二人でカスズの思惑を見定めるとしよう。酒が入るまでは存分に強気に出られる」 今やピルリムは所在なげであった。 「卿は早く成年するために健やかに眠っておるとよい。まだ日は沈まぬがな」 |
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