キルギル北の境。ピルリム卿とランスロット卿、供の者たちは国境いの監視所を発ってひたすらに南へ帰っ た。 途中、ガイデンハイム城に道を変え、疲れきった馬にまぐさをやった。王位継承者のモルダット王子の居城 である。 「挨拶がいるかな?」手続きを済ませてきたランスロットにピルリムは尋ねた。 「いいえ。殿下もグスタフ公もやはり出払っておいでです。ガートルード姫は気分が優れないと」 「城がもぬけの殻だから心配なんじゃないのか。こっちまで気になってきた」 「ピルリム卿ほどの慎重居士ではございますまい。敵の軍がいないのに勝手に城は落ちません」「うるさいな あ」 「むしろグスタフ公は城下の安堵のため飛び回っておられます」 「ケフルやブルガンディの平民の大騒ぎが引火したら困るからな。迷惑極まりない」ピルリムは汗と熱を帯びた 首をなんとかしたがった。堅固で立派な騎士の鎧は衣のようにはいかない。 「だから敵がいないと申し上げていますに。いい加減お脱ぎなさいな。ガイデンハイムが守ってくれます」顔料を 基調にした高い尖塔たち。朝日に映えて青く輝く姿はキルギル・ゾラリア連合の諸城の中でも一番の評価を 与えたい。ピルリムもそうは思う。(しかしモルダット殿下が華美や風流を好むとは言え、連合の象徴たるティン ジェル城にいつまでも移らないのは……)そしてティンジェルがピルリムらの帰還先なのだ。 先に話題にのぼったグスタフ公は連合貴族きっての穏健派であり地方の安定役にふさわしい。そして自ら動 かぬさまは王位継承者の姻戚に選ばれるにふさわしい。妹のガートルードに余計な口を利くことも、外からの 余計な意見を聞くこともないだろう。だとしたらガイデンハイムの主か、ティンジェルの主かどちらの意向で行な われていることなのだろう。 「殿下のほうはやはりエサランバルの原始人どもの監視か? 相変わらず冒険心が強いなぁ」 「城内の雰囲気は妙です。視察に出る殿下はいつも血色が良く活力にあふれるとか。アラッテ方面でお見か けしたとの噂もあり」 「アラッテ。エサランバル近くのあの奇岩か」アラッテ山、と地図に書かれるがひとつの巨大な岩が地面に突き 立てられたと見立てることもできる名勝の地である。 「ええ。宝や怪異やモンスター、とにかく妙な噂のたちこめる場所です」 「殿下、何者かに魅入られておられるのか」 「いえ、噂の尾ひれに尾ひれがくっついて止まらない状態ですから。だから短時間でそれがしの耳にも入ってき たのです。すぐ鵜呑みにせぬほうがよろしいかと」 兜がうまく収まらなくて中のピルリムの頭がかゆい。思わず指をやって篭手と兜が逢瀬ままならぬ悲しい金属 の音を立てた。 「卿、そろそろ笑いますよ」 「うるさいな。こちらが諜報に成功したということはケフルもこちらに間者を忍ばせていると見るべきだぞ」 「ピルリム卿が強靱な肉体と心をもっていても馬が疲れてなりません。……逆にすぐ出立しますか? もっと安 全な中央へ逃げ帰りましょう」 「……自国をアシャディの名の元に往来しているだけだぞ。気がついてみれば母なるメルド河も久しく目にして いなかったな。あの悠々たる流れ」 「はい、急ぎ出発いたしましょう」 |
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