「うっ」バクーダは馬を止めることを考えた。馬の首にかけた灯り――大枚をはたいたランタンは視界の邪魔に なるほどに照り輝いていたが、夜の空に立ち昇る白煙を認めれば夜目の効かぬヒューマンにも警戒心が働 く。彼は文字通り天を仰いだ。 「途方に暮れているぞ」「わかってるのよね。しょうのないお坊さん」 僧侶は奇怪な連れたちがまた再び空から破片を降らせてきたと思って馬上に身をこごめた。ごく小さな破片 と見えたそれは一匹のこうもりであって、彼を導くような飛び方をする。魔術士のしもべであると信じるほかなく てバクーダの馬は道を外れることにした。深い叢をかき分けるとすぐ暗闇のうちに高い木がそびえているのがわ かり、僧の二人の従者はそこへ降り立って待っていた。 「避けましょう。北西へ」「うん。東のかたにもう一すじ煙が見える。ベング王国の領域かわからないが、なにか あったのかもしれないな」モンドールが応えた。「商人や冒険者のパーティの移動の痕跡じゃなさそう。煙の規 模や種類が違う」ディオシェリルが言う。 「なんと。地上からは見えません。貴方がたの乗り物は便利ですな」バクーダは日が昇ろうと支度をしている地 平に向かい目を凝らしてみせた。 「気を配りすぎかもしれないけど乱世だものね。じゃあお坊さんはこの叢の中を左へ突っ切るように手綱を取っ て。なにかあったら空から知らせてくれるわよ、この子」 バクーダはまた我が目を疑う。けだものと平然とやり取りをする連れに慣れる日は来るだろうか。 「わかった」対話しているのは青年のほうらしい。「後ろ。都の兵隊どもがやって来るぞ」「視線は?」「前方の 煙のほうさ」 「火事ではないからゆっくり進んでくる?」「その通り」「ありがたい囮があったものね」こうもりは無作為に見える 飛行を続け耳障りな鳴き声を発するばかりだった。バクーダにはそれがどのような言葉として魔術士に伝わって いるものか理解できない。文字通りもののけにつままれた気分だった。 「聞いてないで馬をさっさと走らせなさい。兵隊が来んのよ」「はい……空からよろしく」バクーダは言われるま まに駒を進め始めた。まだ暗い叢を馬は行く。草原に乱反射していくランタンの光が不死身の身体に恐怖を 走らせた。 二人の喘いだ吐息。「も、もう、替わろうか」「自分から抱っこしたいんて、殊勝だね。どうかしてるみたい」 「や……やだ。変な冗談よして。ほんとに大丈夫なの」 「そっちの刀傷のほうが心配だよ。私ゃ背中だからね。抱えてても平気さ」 「大火傷のほうが心配だよ! くそっ、こいつってばこんな時も笑っててさ!」 (大声を出すんじゃないよ)少女はもう一人を叱咤する。「奴らに追いつかれたらみんなおしまいなんだ。わか ってんのかい」暗闇に伏せる黒い肌。開けた口の白い歯が妹にはまばゆい。 「お前のことを怒っても気持ちが紛れなくなってる……。暑くて暑くて……。私は知らないうちに身体の中まで 焼かれたのか? お前もわかるだろ、もう助からないから最後までドローネを抱いていたいんだよ」 「やめてよ……やめてよ……らしくないことばっかり」 「メナンドーサもそばに来てくれるなんてね。私は幸せだと思う……」 イフィーヌら三姉妹の潜む叢に迫る者がいた。 |
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