美しさに負けて何を話していいかわからない。バレル魔法学院と麓の地上。目の前で微笑む彼女と自分 の、歴然たる差を自覚したのはマープルの魔力という彼女の本質をこの身に浴びたからである。(光の魔術 士リドリィの娘さんかぁ…) 「もうすっかりお母様の魔法を会得されたんですなぁ。しかもそれに飽きたらないなんて、私には想像もつかな いという他ないです。《バード》の二重がけとは」ブライドは意を決し滔々としゃべった。彼我の差を話題に変え て。 「ほう、そりゃあ直截的じゃ。だから良い質問じゃよ。野の鳥の魂に重なりてかの見るものをおのが視野とな す。強力がゆえに上手く使わねば迷うこともあると聞いておったが……。体系化ができた日にはわしにも授業 をしておくれ。色々楽しいことを起こせそうな魔法じゃ」長椅子のところからザルサイが言を投げた。マープルと の対話を遮られたブライドは助け舟と思わず、不満を露わにしわの刻まれた面を歪めた。 「ザルサイ師のお言葉はまずくないですか? 私欲で使えば大混乱をもたらす魔法です。直截や冗談を通り 越してるってもんです。そういう私心のない人だから公平な予言の力が宿って、強力な術も許されるんです。 魔術士は世間のような発想をしたら駄目なんでしょう? しかもよく山を抜け出すザルサイ様が」ブライドの遙 か背後で轟音が響き渡った。モンタズナのゴーレムが怪力を振るったのだろう。 「いえいえ、魔術を操る者は世を的にすべからず。わたくしの《バード》も予言も厳しい目で見られてこそです。 ザルサイ師は逆に諭してくださっているのです。いつでも冗句に乗せてくださるからバレルの皆さんも心軽やか でいられるのです」今度はマープルが割って入る。 「なあー? リドリィのできた娘はわしの言を気持ちよく受け流してくれるんじゃよ」ザルサイは寝転びながらした りという顔をブライドに向ける。 「空からザルサイ師の可愛らしいお帽子を見かけますと励みになりますわ。山道を歩きで足しげく通われまし て」 「なんとわしまで見えるのか! ここから!?」ザルサイは長椅子からいっぺんに起き上がって、思わず学院の 石畳を見下ろす。マープルと同種の魔法を持つかのように。「いけませんよ、人のことを見たくっても自分のこと は見られたくないってのは」「見られたくないとは言っとらん」ブライドとザルサイは受け答えする。 「じ……人智を超えたる者同士が互いを律するべきということじゃよ……なあ?」ザルサイの弱った顔にマープ ルは無言で微笑みうなずいた。 「人が鳥の眼を持つなど、本当に輝かしいほど素晴らしいことですねえ」ブライドの口と心に溜め息が漏れる。 「皆さんとこの私が同じ職とは」 「ええ、狩りをする鳥の眼の鋭さというのは本当に素晴らしいです。視る力もさることながら、飛ぶ速さに負け ないよう視界がはっきりとしてきましてね、色も鮮やかになりますから心が躍りますの」マープルは自分のこめか みに両の人差し指を当てて眼を見開いてみせた。美しい人のおどける姿に二人の老人は笑いを漏らす。 「ご婦人に空から見られているのですから、滅多なことはよしましょうよ。私だって両師に及びもつかない魔術 士ですけど、地上をほっつき歩くのはよしたほうがいいと思いますよ。マープル師はやんわりと止めてくださってい ますけど、私だったらウルフさんに相談するかもしれないです」 「なんじゃ!? お前さんとて似たようなことをしようとしとるくせに? しかしウルフのう。奴は師に上がってくれ ばよいのに。相談しやすい相手というわけではあるまい?」ザルサイは白髭に包まれた顎を不服げにブライドに 突き出した。 「ウルフさんはお姉様と弟君の面倒を見たいそうですわ」答えにくそうなブライドに代わってマープルが話す。 「カグヤの事情はわかるが、モンドールは別にウルフの幼子ではあるまいに」 「ご家庭のことは置いても、生徒の中の厳しい主将でありたいと思っておいでなのでしょう」 「奴ひとりで大陸全てを律するつもりかのぉ。わしはこの世に不可能なことはあると思うから気楽に暮らす道を 選びたいもんじゃ」ザルサイは再び長椅子によじ登って横寝をした。椅子に片肘を置いてもう一方の手で自 分の三角帽子を取って蒸れた頭をぱたぱたあおぐ。「もう選んでるではないですか……」とブライド。 「まー、真面目君の話はほっといてじゃ、わしが真面目な話をしていいか?」あおぐのをやめて帽子をちょこんと 頭に乗せる。 「なぜわしを空から追いかけた? そんなにわしを好いとったとは思えんが」 「ザルサイ師個人に介入したわけではございません。ご気分を害されるような魔法の使い方はお詫びいたしま す。わたくしがこの眼を使うのはただ情勢のためです。戒めにもとるとしても」マープルの美しい眉がやや翳るよ うにブライドには感じられた。 「エサランバルの辺りだったらお前さんが見ておったのは誰もが知っておるが……」「エルフの一将が捕らえられ ましたよね。どうなりましたか」 「彼はオークの神への生贄にされようとしていますけれど、友軍の動きは素早いです。ザルサイ師は地上のお 身の周りにお気づきのことはございませんか?」「え、わしのうちの近くか!?」老人は問われて顎髭を触り思 案に入った。 「なんのために下山しておられるんですか!?」思い当たらなくて弱った顔になったザルサイにブライドは逸っ た。「しかもあなたの家って」 「わしゃ、良い人と遊ぶのに夢中なんじゃよ」「やらしいなぁ! ご婦人の前で!」 「いつものザルサイ師のご冗談ですよ。わたくしは真に受けませんからご安心を。あの可愛らしいお方ですよ ね」 「私にはどちらがどう冗談をおっしゃってるのかわからない……」弱るブライド。ザルサイは傍らの二人の魔術士 の顔を見比べて笑い声を上げた。 |
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