(お救い給え) (ヒューマンにご加護を) 平身低頭、叩頭までする者もいる。ゴランは人混みを踏まぬよう掻き分けて進んだ。 (高慢なるエルフを打ち破り給え) (悪鬼オークを滅ぼされんことを) (今回のオークは味方じゃなかったかな)ゴランの視界にちらほらと鮮やかな装束の者たちが入ってきている。 (こんな時は黙っていても信徒が増えていきそうだな)ゾール神官たちであった。 (毎日こんなことをやっているのかな)ゴランは頭巾を目深にし、白衣をあまり乱さぬよう歩こうとした。 「邪魔ですよ、邪魔」「ああ……申し訳ない」女の声がした。誰かの背が迫っていても気づけなかったのでゴランは苦笑した。眺め渡してみると信徒たちがせっせと丘の掃除をしているようだ。悲観して酒をあおる者、楽観して酒を酌み交わす者、群衆は大勢様々であった。 ゴランはそれらをひたすらかわして大書画の裏へ迂回していった。 絵は片面であった。しかし裏から祈りを捧げても無作法ではないようで、余裕がほしい者のための場のようだった。こちらにも長椅子がしつらえており、老人や体の自由が利かない者がもたれている。ゴランは絵の端っこの一脚の長椅子を見定めた。特に誰が座っているでもない。 しばらくすると目を背けた。絵から逆方向には、生垣のように木々が植えられていて、それが書画の周りを大きく囲んでいる形であった。その外は祈りと無縁の場のようで、今度はそちらへと歩を進めた。 生垣を通り越したところで、ゴランは振り返り地面にどっかと腰を下ろす。 腰の下と手のひらが心地よい。(芝生も高級なんだろうな) (間隔は広い)木々によって隔てられているとはいえ、巨大な書画を見透かすことができた。すぐに立ち上がり、二つの視点から低木たちの葉のない部分の高さを確かめた。 (しかし、あの女遅いな)昨晩、俺のところにはあの野ねずみしか来なかった。誰かに感づかれているのなら二人を同時にやるはずだ――ゴランは自らの黒い予感に反駁する。 「邪魔ですよ」「ああ、すまない」女の声。背に木の棒のような感触。信徒の掃除婦のごみ拾いのトングだろう。今日は行李を宿に置いてきていた。 「だから、消えてほしいってこと」潜めた声は刺さるほどに鋭い。 「……先に脅すのは意味がないし、ここで大の男が倒れるのは意味がありすぎるな」 「死に際まで理屈っぽいんだね」背の感触は離れた。 「ほお、見違えた」「似合うかな? あんたが隙だらけだったのはほんとだろ」 「ああ。恥をかかされたな」ゴランは目の前のゾール信徒を眺めた。 「手伝うよ、って言ったら服まで貸してくれてさ。どいつもこいつもちょろいね」頭巾の下から黒い肌が笑いかけてくる。紫の髪はゴランには見えなかった。 |
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