「なるほど掃除婦なら思うさま近づけると言いたいのか。思いついたことは褒めてやるよ」 「駄目なの? その格好で思いついたんだけど」アンジェリカは目の前の白衣の薬売りを指差す。 「夜に掃除はしないだろう?」 「そっか……。じゃあ夜にうろつけるのは衛兵? 万にひとつ上手になりすませたって、警戒されておじゃんだろ」 「まぁもっと思いついておけ。後で答え合わせをしよう」 「……確認したか?」「うん」アンジェリカも先程のゴランのように、書画の裏手の一点を凝視してみせた。その睨みつけるようなさまにゴランは彼女の本来の仕事ぶりを想起した。 「周囲の作りも記憶しろ」「覚えたよ」 「夜の情景を想像しろ」「わかってるよ」 「こっちも混んできたな。この人混みはどれくらいになるか考えてみろ」「ああもう、うるさい先生だ!」 「うるさい、はおっかさんに言ってやりたかったね」「ふん」 「邪魔やで〜〜」「あいたっ! ぶつかる前に言ってくれないか……こいつ!!」 人混みから誰かの腰がせり出してきてゴランの背に衝突したようだった。それが小さなもので、印象深い声色の持ち主と分かったのでゴランは追いかけ始めた。 「なあに? 子供のすりにひっかかったの?」人混みたちはそのアンジェリカのつぶやきを耳ざとく捕まえ、悲鳴と怒号が順に伝搬していった。赤いローブを着た少女の駆け抜ける道が大げさに作られていく。 しかし、「んぎゃっ!! あいたあ!!」女の子はあえなく転倒する。 「んもう、なにさらすんや! 珍しくしごとにありついたあわれな子にむかって!」 「なるほど」悠々追いついたゴランは自分の懐をさぐり、違和感のなさを確かめる。幾度かひっかけられた時とは違った。彼は両手で少女の脇を抱え込んで起こしてやった。 「くう〜〜ながすぎるんや、この裾が」「いつもとあまり変わらんじゃないか。しかし、本当に坊主になるとはな。俺は心の底から嬉しいぜ」 「ちゃうわぼけー」少女は白い頭巾をめくって背中に回した。馬の尾のように大きく束ねた赤髪がぴょこんと現れた。 「あら可愛い。髪と服が赤一色で綺麗な子」アンジェリカも追いついてきた。「えー、せやろか。へへへ……。すりとちゃうで。うち真面目にはたらいとるんやで、お仲間はん」 「よく聞いてんのね」アンジェリカは同じゾール信徒の扮装をした少女に苦笑させられた。 「じゃああんたの子? あの絵姿にびびってたの、心当たりがあったわけだ」 「なんやこのおばはん、おっさんの女か」 「二人して勝手なことを言ってろよ。邪魔したのは悪かった。じゃあな」ゴランは早口と早足をもって書画の表側へ回り消えていった。 「ほんまに邪魔なだけなんやから……。おっと、ちゃんとしごとせなおにぎりもらえへんわ」メアリは腰を落として人々の享楽のあとを消そうとする作業にかかる。 「そんなのもらえるんだ。じゃああたしのおにぎりをあげようね」 「ほんまか!? わあ、おおきにな、おばはん」 「ふふ、育ちが悪いね。うちの子そっくりで可愛いよ」 アンジェリカは辺りを見渡し始めた。「ありゃ、お父さんどっか行っちゃったよ」 メアリは遠くを指差す。「向こうやで。まあ、しっかり世話したりや」 |
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