ゴランは観るものもなく、絵画の表面を目に入れている。 ゾールは悪鬼のごとく巨大にえがかれている。隆々たる筋骨を誇示する薄衣と盛り立てる装飾。豊穣の邪神に挑みかかるのは四人の男女。二人は青年、もう二人は童子であった。 小さな男児と女児は豊かな金の髪をいだき、その頭に日輪を模した額金をかぶっている。まだ低い背丈を軽めの鎧で覆い、幼い姿に確かな戦意を湛えている。 青年も男女の組み合わせで、同じ一揃いの鎧に身を包んでゾールに打ちかかっている。これらの鎧は神聖暦前の古代、ベング国に落下した流星から鍛造されたもので、世界に無二の武具であることはゴランも知っている。 「子供から逃げ出しちゃって。無責任だね」アンジェリカがローブ姿で女走りをしてやってきた。 「夜中の食卓を食い荒らすねずみのような奴だぞ。手懐けようとすれば痛い目を見るぜ」 「子供じゃあろくな仕事にありつけないだろ。多少おいたになるのはしょうがないよ」 「なら一生親になってやるんだな。三人育てるのも、四人になるのも変わらないだろ?」 「ちぇっ、ひねくれ坊やなんだから。しかしすごいね、この絵!」アンジェリカはひざまずき、こうべを垂れて祈りを捧げた。 「なんだ、信心深いな」「あたしはゾール信徒様だぞ」アンジェリカは隣のゴランに向かって顔を上げた。白い頭巾の中はゴランには見えない。 「どうぞ、とこしえの命をあたしと子供らにくださいませ、っと」ゴランも思わず失笑させられた。 「悪党が永遠に生きる世界とはどんなものだろうな。悪い奴はすぐにし放題するが、狩りばかりする狼はすぐ飢え死にする。悪党はこそこそ善人から掠めて無勢のまま生きていかないとな」 「失礼だね。ゾール様に選ばれたらとにかく死ななくなるんだってさ。《死すべき者たち》からの解脱ってやつ」「全く信心深いね」 「ああ……腹へったわぁ。も〜〜やめや、やめやめ」「またか」ゴランも顔をしかめる。 「どうしたの? 疲れちゃった?」だらしなく座り込んだゾール信徒の子を見つけ、アンジェリカはひざまずいたままにじり寄る。 「もうおにぎりもろても損なくらいはたらいてもーた。人ごみはふえる一方やし、腹がたって腹がへったわ……」 「可哀想にねぇ。あたしの分はちゃんとあげるから元気だしなよ」「美味い奉仕なんかあるもんか。全く馬鹿だな」 「ちぇっ、ゆうべはしんじられんくらい豪勢なもんくうたのに、ほんま人生はどうなるかわからん」メアリはゴランのことを恨みがましい目つきで見上げるのだった。 |
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