「子供がそんなにがめつくっちゃ、いけないよ」 「んー」少女は黒い袖を組んだ。「まあ、うちは頭がよすぎるんやな。この乱世をいきぬくためやで」メアリは小さな革袋を受け取る。 「逆だよ。危ないことに首を突っ込んだら落っこちるよと言ってんの」アンジェリカは紫の豊かな髪を揺らして言う。 くっはっは、と傍らの闇から声がする。ゴランは頭巾をかぶってこの崖にできたうろの陰で涼を取っていた。真上には光の子とゾール神の、絵に著された聖典がある。 「ふん、ほんまに笑いごとやな」小さな盗人は仏頂面をした。 「たべものやのうて薬か? なんやねんな。ちっさ!」メアリがいそいそ革袋を紐解けば、綿に包まれた小瓶が出てきたのだった。 「どれ」メアリが怪訝な顔で検分を続けているのを見てゴランが横から覗き込む。少女は小瓶を両手で包み隠して抵抗するが薬売りの青年は取り上げる。彼は感嘆した。 「ケルの実の種じゃないか」 「ほんまか!! いや、ほんまに本物?」「へぇ、見ただけで分かるの」 「ここに書いてあるじゃないか……。こまごま厳重に書いてあるから本物さ」ゴランはふたりの女に対し瓶の表示を指でなぞってみせた。「よくこんな物を乞食にやろうと思うよ」 「ええ〜〜ほんまか……。おはばんの小間使いになったらええ?」メアリはアンジェリカを吹き出させた。 「そこまで高いもんじゃなかったよ。ただの種なんだから」 「いやいや! 植えてふやしたら大がねもちやろ!! と、と、いわないほうがよかったやろか」メアリは口を大袈裟に両手で覆った。 「種なら値が張らないというのは、お前になんか育てられないってことさ。自分の飲む水にも困ることになるんじゃないか?」ゴランは言う。 「ね、お金になるお土産だろ」アンジェリカは笑顔でメアリを覗き込む。 「おおきになぁ! さて、どうやってよこ流しするかやな。こない高いもん、ぬすんだと思われたら衛兵がとんできて、自分らのもんにしてまうんやから……」メアリはさっとゴランから瓶を取り返し、日陰から太陽のもとへ少し向かい、掌中の透き通るきらめきを眺めながら思案に暮れる。 「子供は素直で可愛いねえ」「どこがだよ?」 メアリがふたりの大人を振り返る。「ほな、うち行くわ」「えっ、どこへ行くのさ」 「うちのあたらしい財産をかくしにや。ここはばれてもうたからな。ふるいもんにも手ぇつけるんやないで。ぜんぶおぼえとるからな」ゴランを指差してからメアリは長い後ろ髪をふりふり、ガイデンハイムの山の手から駆け下っていった。 「はー、止める間もない。そうだ、子供がいなくなったのは丁度いいね」「なんだ」アンジェリカは手荷物を探って、両手にそれぞれ小瓶を持ってみせた。メアリへの土産とは違う黒小瓶。 「仕事の前に景気づけよう」「何考えてやがる」 「遠慮しなさんな。種より安いんだから」ゴランがそれ以上口を開かないでいると、 「なんだ、いらないの」アンジェリカは二瓶を素早く自分の口に開けてしまった。 「おい!!」 |
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