扉が叩かれる。 「アンズさん、ご注文のお品です! お確かめください」 「……いらっしゃいますか? 開錠してお届けにあがってよろしいでしょうか?」 扉がごとごと揺れて勢いよく開いた。宿の料理を載せた台車もけたたましくやってくる。 「アンジェリカが帰ってこないのはおかしいぞって、斬りかかってこないんだ。あっ、昼間からお酒を飲んでる」紫の髪の冒険者は自室の扉を閉めた。 「鍵を手に入れた奴だったら黙って開けるさ。これはただの水だ。しかし声変えはちょっと上手かったな」ゴランは宿備えつけの瓶を少し掲げてみせた。まだ中身の残っている音がした。 「若い頃、モンスターの声真似のスキルを身につける前の練習を思い出してやってみた」アンジェリカは笑った。「給仕らしく喋ってみたんだけどね」言いながら食卓に皿を並べていく。 「本名に近い名を記帳しやがって」「いいじゃないのよ。あー、ほら、呼ばれて返事しないほうが怪しいじゃない。あんたそっちよ」ゴランを椅子に座らせた。 「見てよ、このとんでもない分厚さ」アンジェリカは焼かれた肉の色加減と、ナイフの通り具合に満足しているようだった。「あんたは骨を取りながら魚を食いなね」 「くだらねぇ。いや、よく煮込んであって美味いぜ。地中海の深いところの鮫だな。本場の店に引けを取らんよ。さすが大都市だな、どれだけ素早く水揚げしたんだ」 「ほんとに? ちょっとよこして」「いくらでも食えよ」ゴランが自分の大皿を押しつけると、代わりに取皿に大盛りになったステーキが返ってくる。 女は感嘆の声を上げて魚料理を摂ることに興じていたが、「あんたつまり、ブルガンディ住まいなわけ」「……」「はは、図星の顔でしょ、それ。本当に金持ってるんだねぇ……」 アンジェリカは両手の什器を置いた。「なんだか申し訳なくなってきちゃった。あのメアリちゃんとかさ、食うや食わずやで暮らしてるんだろう? ゾール様の説く豊穣と違う気がすんだよね。この街もあたしも」 「くだらねぇな。だから仕事を済ませて早く帰ってやれと言ってるんだ。それと赤髪の子ねずみは例外さ。ただていい思いをするのが盗人なんだ」(これからどうなるか考えてする仕事じゃないんだぞ)ゴランは魚箸で肉を引き裂き口に入れた。柔らかな感触だった。標的の素性、絡みつくようなゾール神官の眼。頭から追い払いたいものがかえってまつわる。 「それしかないか。あーあ、早く夜にならないかな」アンジェリカは再び魚と油を味わい始めた。 「子供みたいに言うな」 「昼間から寝るのも教義じゃないよね」「冗談はやめろ」「だから寝ないっての」 アンジェリカは口をぬぐう。「慎重を期して今から打ち合わせしようか、先生」 「当然だ。アンジェリカはどうするつもりでいる」 「吹き矢だね。低い姿勢から狙いたい」 「同意見だ。道具は?」 「初めてだからって色んなものを持ってきて良かったよ」 |
|