「勝った」と少女は思った。(獣のくせに、ずいぶん怖がる) 《キリジ》をちらつかせば狼の群れはあからさまに怯んだ。少女は得物をこれみよがしに上に振りかぶり構える。陽の光をはねかえしてぶつけてやるんだと気持ちを高めた。 「いたっ!」背後から衝撃。体内の肺臓が押されて一瞬間呼吸がきつくなった。 前方の狼の群れへ押されようとして、慌てて横へ飛びすさった。 心を粟立てながら全体を見渡せば、群れの反対側に一匹狼がいたのだった。 (――獣のくせに)しかし背を爪で掻かれなかっただけ幸運だった。そう思い当たると全身の毛が逆立つ。 「はーっ!!」少女は雄叫びをあげ、奇襲をかけてきた一匹狼に復讐を果たそうとかかる。 すると標的はあわてふためき前方の群れの中へ戻っていった。 作戦が図に当たったと思うが同時に少女はまた一撃をくらった。 豊かな巻き毛が揺らいで視界にちらついた。四足獣の低い姿勢からの一撃。 また一撃。したたかよろめかされたので二匹の攻撃だったのか判然としない。 右手を引く強い力。にらみ返すと狼が自分の得物を牙で捕らえているではないか。 「こ、この!」腕をひねることさえできたらモンスターの口中を容易く傷つけられるのだが、まるで不可能なのだ。 少女はふと、隣に二人のヒューマンの女がいるのに気づく。いや、最初からいたのは分かっていた。 「メナンドーサ、逃げな! 母さんは手伝って!!」 イフィーヌは真夜中に目を覚ました。最初に知覚したのは布団の中が汗だらけなこと。闇のなか寝台から下り、貫頭衣の寝巻きをぱたぱたやった。夜のひそやかな大気が心地よかった。 しかし、夜中に起き出してもうるさいととがめる者なく、イフィーヌは闇にぽつねんと包まれていた。 (敵の夢にうなされたなんて言ったら、母さんは熱い身体で抱っこしてくるだろうし、メナンドーサの馬鹿は……)あと一人。 長女のイフィーヌはこの家でまだ生きて暮らしている者の数をかぞえた。 「ドローネ」末の子を思い出した。だが赤子の顔は思い浮かべられない。 そこへ次女が帰宅した。聞き慣れた馬蹄の音にイフィーヌはランタンを提げ迎えに出た。 「うわぁっ!! な、なぁんだ、元気になってんじゃん」庭先、二つの灯りが鉢合わせした。 「もっと喜びな。こっちが心配してたよ。夜中看病してもらってたのが帰ってこなくってさ。急なクエストだったのかい」 「ほ、ほんとかなぁ。いやあ、いつもの見回りだよ。何事もないない」 「汗が吹き出てきたじゃないか」 「そりゃ長いこと走らせてきたからね! あとお姉がしつこく照らすから」メナンドーサは手をかざし自分の黒い肌の顔貌を灯りからかばってみせた。「そんな格好で寒いでしょ。じゃあ、あたしは馬を戻すからね」妹は姉を家に戻そうとする。 「馬を戻したから敷居をくぐろうってんだろ?」メナンドーサは金の前髪の下、また汗をかく。 |
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