掌中の硝子に一つの天幕が浮かんでいる。周囲の天幕から距離を置かれているような佇まいだ。隣から 声がする。 「わかった? あそこに連れ込まれてからオーク兵しか出てきていないって、ウェルマーがこの木からずっと見てい たの」 慰みに天幕の角度を変えてみる。 「よしなさい! 手鏡を光らせて!」「身を乗り出してるサーラに言われたくありませーん」 「ロリエーンが太い枝を取って寝ているからでしょうが! 枝葉の中ならオークの眼から充分隠れられるのに、 余計なことをするのが仕事よね、あなた」 「逆にオークどもを引っ張り出したいよ。シグちゃんのこともさ。ウェルマーがじっと観察をしていても何事もない んなら、鏡をきらきらきらりんさせたところで兵隊がわっと出てくるわけはないんだけどね」ロリエーンは身体をよ じり、太い枝を胸に抱き、枝の先に張りついているサーラのところまでにじり登っていく。樹上の獣のような金の 髪のエルフたち。「シグちゃんの可哀想な声だって聞こえなかったんでしょう?」 「シグールドも泣き叫びはしないでしょうけど……私たちの耳になにかを届けたいでしょうね。オークの使者が 伝えてきたことはたがえずやるでしょう。儀式だから」 「むかっとくるね!! でもバランは火の神だから、まだなにもないのがわかるわけで……。それでも嫌なことを 考えちゃうよ! 早く助けに行かなきゃあ……」 「かっかするのはあんたらしくないわ。いつものように世の中甘く見ているほうがましなくらい」 「むかっ! でもあからさまな罠に飛び込むほどじゃあないよ」ロリエーンは自分の髪を掻き上げて、かぶってい る硬く冷たいサークレットに触れる。 「ならあんたの言う通り真意をあぶり出してやるのは悪くない思いつきよ。手兵をつけてあげるから、彼らに陽 動をさせればどう」 「うーん。ううん、今回のことは全部ロリちゃんの責任だから、やっぱりひとりで乗り込む。ロリちゃんに指揮は向 いてないんだ。ひとりのが気楽だよ」小さなエルフは滑るように枝から身を回転させて飛び降りた。膝を曲げて 原っぱに着地。桃色のスカートがふわりと広がる。 「無理としか思えないわね。ひとりで助けに向かってひとりを連れ出す? オークの大軍の名誉のかかった大 事な生贄なのよ。いくらあんたでもまた泣きを見るわよ」上方からエルフの参謀がもっと身を乗り出して忠言し てくる。 ロリエーンはあどけない顎を上げて応じた。「頼みごとはするよ! まずナーダにね!」 「あんたと違って責任ある弓隊長よ」 「その仕事をやらせてあげようっての! いつもの、おにぎりのおねだりとは違うよ! サーラにも申しつけてあげ る。草の覆面がほしいな!」 「巨大ハエ退治をする時の?」サーラの眼下にいる桃色の友人は我が意を得たりとうんうんうなずく。 「ならあと要るのは……。ちょっと待って!!」サーラは対話の間にも遥かオークの陣から眼を離さなかった。 「あっ、あんにゃろだ! よくも!」「間違いないわね、あのオークの使者よ」 ガルーフと言っていた若いオーク。彼がその胴と同じほど大きなものを抱えて捕虜シグールドが放り込まれた という天幕へ向かっていた。遥か離れた場所でふたりのエルフはそれを認めた。 (つづく) |
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