COLUMN

      作品世界の補完
4    19990800●作品コメンタリー『ペリペティア百科』(未完)
ペリペティアの福音(下・聖還編)
990800
 
 
 
ペリペティア百科
(未完)
 
 
 
 「ペリペティアの福音」三部作は、全体で1500枚近くのボリュームがある上、執筆に二年間も費やしたため、ただでさえフクザツな設定やストーリーが、作者自身にも何がどうつながっているのやら、わからなくなるという奇天烈な話になってしまいました。結末をなんとか締めることができたのは、神のご加護としか言いようがありません。
 このフクザツな事態をいくらかでも改善するために、作品世界の用語解説と背景説明の補足集をつくりました。今後、必要に応じて項目を増やし、また読者のみなさんのご質問に答えるものにしていきたいと思います。                99.8
 
 大雑把ですが「ペリペティアの福音(下)」の登場順に収録しました。項目についた数字はページを示します。
 なお、この百科の内容の真偽には責任を持てませんので、ご了承のほどを。
 
 
 
●フレンの歌●007
 フレンの故郷で歌われていた「父ちゃんと母ちゃんの歌」である。
 この歌詞を某共産趣味労働歌のメロディで歌おうと思えば、歌えないことはない。筆者にその方面の趣味はなく、もちろんフレンもそうなのだが、なぜか、歴史の曲折を経て、この歌はフレンの故郷に伝わっていた、と考えたい。イデオロギーの偏見をもってあの歌を聞けば、じつにつまらない歌である。しかし独裁者の圧政に虐げられた人々が、自由と正義を求めて戦ったテーマソングととらえれば、歴史に残る名歌であろう。1918年のロシア革命をアメリカ人の視点で描いた映画「レッズ」でこの歌が壮大な合唱で歌われるシーンでは、イデオロギーの問題など吹き飛ばして、民衆のエネルギーの爆発に揺さぶられる。ようするに、元気を与えてくれる歌なのである。
 しかしそんなことよりも、この歌が、天使のような少女によって、うるんだ声でゆっくりと、かつ切々と歌われたらどうだろうか。革命歌でも労働歌でもなく、ただ純粋に、故郷に伝わる古謡として。「インターナショナル」はいまや、故郷を失った歌である。母国も家族も失って銀河をさまようフレンにふさわしい望郷の歌なのかもしれない。
 
●舳先舵手(バウ・パイロット)●007
 何光分もかなたの宇宙を見通せる能力を持った子供たちである。単純に、千里眼と考えてもいい。なぜ子供たちの能力なのかといえば、この力は、大人の打算や欲望を知り、他人を騙すことを覚えたときに消えてしまうからだ。おそらく人間の遺伝子にかかわる能力なのだろう。他人や自分を欺いて生きようとしたとき、利己的な遺伝子の一部が、ある種の蛋白質を生産して、その物質が、神に授かった千里眼を阻害してしまう、とか。セコセコした現世の欲望へのこだわりを捨てれば、人はもっと遠くを、澄んだ眼差しで見はるかすことができるはずだ。
 大人になってこの能力を失い、老いたのちにこの能力がごく短期間、復活するケースもある。人が現世の欲望を捨て去るときだ。それは自己の死を悟ったときである。
 
●先端コクピット(クロウネスト)●007
 航宙船の船首から突き出した斜檣(マストの一種)の先端に備えられた泡粒型のコクピット。千里眼ならぬ千光秒眼を駆使して船を操る舳先舵手の定位置である。俗にカラスの巣……クロウネストと呼ばれる。ちなみに、タイタニック号が氷山に衝突したとき、その氷山を発見して警報を発した船首マストの見張り台がこう呼ばれている。
 
●カシミール帆●008
 〈エルジイ・リースン〉号の推進機関である動力帆。完全真空の宇宙の中でも、物質間に万有引力以外の微小な引力のゆらぎ「零点振動」というものがあるとされている。これは1948年にオランダの物理学者カシミール博士によって理論的に予測された。博士の名をとって「カシミール効果」と呼ぶ。カシミール帆はこの零点振動を抽出、増幅して推進力に変換するシステムである。これは人類の現代科学の領域の外にある、神秘的な工芸製品の帆であって、対消滅機関のようなメカメカしたシステムとは性格を異にする。
 
●グリュンワルド社●009
 この社名は「緑の森」を意味する。古代伝説(「リトルノーズ・プリンス・ヴァリアント」という名で知られる伝説)で「太陽の剣」という核融合兵器の使用によって滅ぼされた自然霊(当時の人類はそれを悪魔と考えていた)にちなむ。同社の播種母船の鎮守の森には、この自然霊の妹を祀っており、その巫女ヒルディアナ・グリューネヴァルトの名前も自然霊とその妹に由来する。同社はもともと、人類が居住をのぞむ惑星に植物の種を播いて育て、呼吸大気と植物資源を生産する先導者(パスファインダー)の集団であった。同社の播種母船〈バリー・フォージU〉は今も、究極の植物を探して宇宙を旅している。同社の巫女……というよりは森の妖精ともいうべきヒルディアナが求めているのは、伝説の楽園エデンに育っていたとされる生命の木の種である。はるかな超古代に楽園が失われていたとしても、そこにかつて存在した植物の種が何億年もの時をこえて宇宙のどこかに生き残っている可能性があるからだ。この探索の旅を同社は「落穂拾い」の旅と称している。「生命の木」という名前以外にはいっさいが謎に包まれた植物であるが、この植物を探求する手がかりは、じつは植物そのものではなく「土」にあるのではないか、と彼女は考えはじめているようだ。
 
●赤パオ(テンダ・ロッサ)●009
 映画「赤いテント(テンダ・ロッサ)」にちなむ。遭難者の避難用テントである。
 
●セナトウス大学●009
 銀河の最強国家《連邦》(ユニオネア)の最高のエリート教育機関。スペオペ界のT大ともいうべき存在? この大学を卒業した者だけに、《連邦》高級官僚の道が開かれる。レムル提督も、この大学の航宙戦略学科の出身である。ただしセナトウス大学にはT大にはないはずの世襲入学枠があり、同大学出身者の子弟には、暗黙のうちに優待入学の特典が用意されている。レムルもその子供たちもこの特典を利用して出世コースに乗った。完全民主制をうたい、およそ民主主義の制度はすべて完備した《連邦》であるが、なぜかエリート層は閉鎖的な世襲化が進行している。民主的な制度の存在と、その制度が民主的に機能するか否かは全く別の問題である。
 
●辺境星域(リムボ)●011
 リムボという呼称は、ミルトンの「失楽園」に由来する。
 
●リバティ級貨物船●012
 かれこれ数百年のロングセラーである標準型の貨物船。「平凡」をそのまま造形したような、単純なソーセージ形のカーゴシップである。安物の船体なので、いかがわしい独立商人などが無茶苦茶な改造などして闇航路を飛ばしたりしている。銀河の馬車馬とも呼ばれる。
 
●惑星ノーアトゥーン●012
 辺境にある貧乏惑星のひとつで、ノーアトゥーン大学という独特の研究教育機関が所有している。この星の唯一の資源は知識であり、唯一の輸出産品は人材である。トランクィル廃帝政体の委託教育機関でもあり、自由かついいかげんな学風で知られる。同大学のヨハン・ベック学舎は星海艦隊≠ノユニークな人材を送り込んでいる。最近のノーアトゥーン大学は、セナトウス大学を追放された異端の学者の駆け込み寺の様相を呈しており、マッドなサイエンティストもうようよしている。
 
●ジョルナダ・デル・ムエルト●016
 じつはマンハッタン計画に関わる地名のひとつである。
 
●水草●017
 地表の植物が育つためには土が必要であり、土の有機物は、もともと古代の水草や海藻など水棲植物に由来すると思われる。聖書には「神は土から人をつくった」と書いてあるが、神による人類創世の謎を解くカギとして、水棲植物の存在を無視できない。
 
●〈マルセル・ジュノー〉●025
 「ヒロシマの恩人」として古代伝説に伝えられる人物名にちなむ。
 
●〈リリカ〉号●026
 古代伝説に伝えられる看護婦の天使の名にちなむ……らしい。
 
●オタンコナス●027
 看護婦さんにそんなこと言ったら、どんなに痛いお注射をされても文句は言えない。
 
●生きるんだぞ!●031
 ペリペティア事件の3年後、フレンは軌道葡萄園シャトー・ラグランジュで、ある少年にこう語ることになる。「わたし、ずっと前に、だれかに叱られたの。生きるんだぞ! って。だれに言われたのかわからないけど、ぼんやり覚えてる。だから、生きるの」
 
●ピンクの マーク●032
 「生存」を意味するシンボルであり、人命を救う人々の勝利のしるしである。この図像は将来、ジルーネが最も嫌うもののひとつとなる。
 
●歌●033
 この歌は「父ちゃんと母ちゃんの歌」ではなく、子供たちが好む、明るい歌だった。
 
●メートル●038
 工業用の尺度として使われる、長さの単位。その由来は謎に満ちている。星域や業界によって使い分けられるキュビトやフィートなどは人体由来の尺度だが、メートルはそうではないらしい。光の速さを基準として作り出された単位というのが通説だが、なにゆえに一光秒の三億分の一がそれにあたるのか、理由は不明である。
 
●三頭金竜●040
 トライドラ。ようするに八叉オロチの上に、キングギドラが乗ったものと想像していただきたい。もちろんデザインは異なる。各国別に、とさかの装飾に大きな差異がある。襟巻きをつけたものや、背中に多様なひれをつけたものもある。ペリペティアの地表にその巨像が何十も建立されジュラシック・モアイと陰口をたたかれたが、いずれも転倒し、情けない末路をたどった。
 
●帝礼砲●041
 この礼砲は将来、ジルーネのために鳴らされるだろう。
 
●ファーウィントン……(以下、国名等)●045
 あるロマンチックな世界的名作映画に由来する。軍艦名は英国軍艦ファンには幻の名前が多用されているが、まったく架空の無責任な艦名もまじっている。
 
●豚●049
 筆者はごく真面目に、豚を登場させたつもりである。けっして読者の笑いをとりたいがためではないし、あの紅い豚のパロディでもない。移植臓器のベースとして、また信仰の対象として、豚は偉大な動物なのである。
 
●ナルドの壷●054
 ペリペティア事件以前に、廃棄物処理業者がラグピック族から入手していたナルドの壷は骨董品として残存しており、シリー・ウォーズの時代にそれなりの役割を果たすことになる。輝砂でできており、ガラス壷の形をしているが、底が抜けている。つまり壷としての用途に適さないのだ。どんな使い道があるのか、じつは筆者も困惑している。
 
●〈ハーヴェイ〉●056
 伝説のウサギにちなむ。それは透明なウサギであり、ステルス軍艦にふさわしい。姉妹艦もそれぞれ伝説のウサギの名前をつけている。
 
●古代に波動砲●057
 読んで字の如し。「ダーティペアに機関銃」「ストレンジラブに原爆」「神宮寺に海底軍艦」「ネモにノーチラス」「アスカにエヴァ」と同じような意味で使われる。善し悪しは別にして、科学は常に野蛮である。
●町内会●069
 トランクィル廃帝政体の行政単位。この国家はきわめて小さな独立経営体の集合でできている。無政府国家ともいわれるが、完全な無政府ではない。政府機能をたった4人に縮小し、かつ利害関係のない国外に外注しているのだ。「ビッグX」という愛称のこの4人は正体不明だが、一種の政治オタクであることは間違いない。トランクィル廃帝政体というまったく他人の国家の経営に命を捧げているのである。好きでなくてはやっていけないだろう。なお「ビッグX」は某漫画のタイトルではなく、「大脱走」という実話に由来する。“正体不明の大人物”という意味である。
 
●ウォーターシップダウン●072
 ウサギたちが憧れる伝説の理想郷の名前である。
 
●ポートメイリオン●072
 英国に実在する地名。「村」という別名でも知られる。村人に「何が欲しい?」と訊くと必ず「情報だ」と答える。するとあなたは頭をかかえて「番号なんかで呼ぶな。わたしは自由な人間だ!」と絶叫しなくてはならない。
 
●亜空間跳躍●073
 これまた古典的な航宙手段である。ハードなSFがお好きな方には申し訳ないが、この世界では新味のある航宙空間を設定していない。ジャンプだろうがワープだろうがゲートだろうが、ようするに空間をバイパスしてアインシュタインを誤魔化せばよいのである。理屈はどうあれ結果は同じなのだから、単純に「亜空間」とした。そこが異次元なのかあの世なのかわからない。点なのか線なのか面なのか紐なのか、それもよくわからない。深く考えないで、質問しないことにいたしましょう。そもそも航宙船を建造して何万光年もブッ飛ばすエネルギー制御技術があるのなら、そのエネルギーの何分の一かを社会福祉と環境保護に回せばユートピア社会が実現でき、宇宙戦争の必要性もなくなるのである。スペースオペラそのものが、いくつもの「それは訊かない約束でしょう」の上に成り立っているのですから、かわいそうな作者に亜空間の理論的解説を求めるのはやめましょう。
 唯一、作者が無い知恵で工夫したのは、亜空間突入の方法に「物質の帰巣本能」を使う点です。低エネルギーで亜空間へ移行するには、空間の壁を無理矢理に押し通るのではなく、亜空間の方からなんらかの引力で引っ張ってもらう方が自然ではないかと。ただし、どこでもいつでもそれができるのではなく、この宇宙の膨張が亜空間も引き伸ばすことによってできる歪みのような部分を見つけて、ある一定の突入角度と速度を必要とすることになります。その「歪み」の部分、すなわち亜空間突入ポイントの部分では、この宇宙が膨張するエネルギーで亜空間も引っ張った結果、ゴムのようにのびた、弾力のある空間が生まれています。そこでは逆に亜空間の方もこの通常空間を引っ張っていることになります。その張力を利用して、伸びきったゴムがぷつんと切れて縮むように、亜空間へ引き込まれるという仕組みです。そのゴムを切るために、物質の帰巣本能を使います。
 
●掃空部隊(スカイスイーパーズ)●076
 宇宙機雷の除去を主任務とする補助艦隊。ケルゼンの巡洋艦〈ルドルフ〉を旗艦に〈ダッシャー〉〈ダンサー〉〈プランサー〉〈ビクセン〉〈コメット〉〈キューピッド〉〈ドンダー〉〈ブリッツェン〉計9隻の老朽巡洋艦を中核とし、数多くの木造MS艇(マインスイーパー)で構成されている。華々しいスペースオペラが残した危険物の後始末をして回る、割りの合わない仕事といえよう。その任務は単調で報われず、危険度は正規の戦闘を上回るときもある。退役軍人の献身的な奉仕精神によって維持されている。けだし、世界に平和をもたらすのは、こういった「後始末」に携わる人々である。大人は子供に「自分がしたことの後始末くらいちゃんとしなさい!」と叱ったりもするが、自分が引き起こした戦争や犯罪や粉飾決算の後始末をちゃんとやらないエラい人がどれほど多いことか、現代日本の不良債権の不始末をみるまでもなく、わかることであろう。
 
●パトラッシュ●077
 フランドルの星に伝わる名犬の名前である。
 
●ハルマゲ丼●082
 春巻と油揚の丼である。照り焼きポテトの丼であるテポ丼とともに、質素な庶民の食卓に登場する。
 
●航宙灯台のご夫婦●082
 銀河全域の航路を安全に維持するために、各国は条約を結んで数多くの灯台施設を衛星や小惑星に設置している。航路ビーコンのほかに、レーザー光などの標識信号を発信しており、各国の航宙船舶に航路情報を提供している。簡単な救急設備もあり、遭難船舶の救助基地としても活用される。辺境航路の小規模な灯台は、夫婦の灯台守が駐在して管理することが多い。一見、牧歌的だが、実直さと責任感を求められる仕事である。
 シリー・ウォーズの時代にはこうした航宙灯台が攻撃目標とされ、灯台守たちは武器を持たず、軍艦の砲撃にさらされた。喜びも悲しみも幾歳月にわたって共有した夫婦の多くが、その誇りと良心を胸に職場にとどまり、生命をかけて燈をかかげ続けたのである。
 
●ドゥビシ●081
 イフ、ウルとともに、古代海洋王国の珊瑚礁の名にちなむ。
 
●ジェニエニドッツ、バストファー●086
 T.S.エリオットの詩にうたわれる猫の名にちなむ。
●シャクシャイン●086
 古代先住民族の独立をめざした伝説の英雄の名にちなむ。姉妹艦に〈アンテロープ〉〈オペチャンカヌウ〉〈メタカム〉〈ポンティアック〉〈セコイア〉〈クワウテモク〉〈タラス・ブーリバ〉〈ラモン・マグサイサイ〉〈マヌエル・ガルシア・オケリー〉〈マイクロフト〉などがある。
 
●シャマイクル●087
 カムイの星に伝わる神犬の名である。
 
●アランセーター●088
 編み模様によって着る人の家紋や、安全を祈る結び紋を表現したセーター。アラン・アイランズ・コロニーが発祥地といわれる。海洋惑星出身の船乗り、バールやケルゼンが愛用している。家族や恋人による手編みであることが多く、航宙中の事故や遭難で本人が死亡したとき、遺体が損壊していてもそのセーターの模様から身元を特定できるというものである。真空の海を渡る船乗りは、常に生命の危険にさらされる。その危険を意識し、乗客の安全に努力を払う者こそ良き船乗りであり、良き船乗りは戦争を憎む。他人は危険でも、自分だけは安全だと思っている者が、戦争を引き起こすからである。
 
●我、神の名において……●127
 古代捕鯨伝説で船乗りたちが信仰する祈りの一節である。
 
●お湯をかけて3分●139
 この時代にも乾燥即席麺は存在する。米や酒、麦やビールなど、数千年にわたって人類が親しんできた食材は、おそらく数千年後のこの時代でも健在であると考えるからだ。美味い食い物は、歴史を超えて伝えられる。たとえカップヌードルやハンバーガーであろうとも……
 
●聖スコット●146
 古代映像伝説に登場する船舶牧師。転覆した客船から乗客を救出するために神の導きを否定し、人間としての自力救出を試みた人物である。その生命と引き替えに、彼の救出活動は成功した。彼が生還していたら、きっとこう言っただろう。「神は天にではなく、人の心の中にいるのだ」と。これはシリー・ウォー・シリーズ全編を通じて説き明したいテーマでもある。
 
●玄関マット●149
 宇宙港のない惑星に強行着陸するには、どうするのが最も効率的だろうか。地面は岩石だらけの不整地かもしれないし、着陸時に巻き上げる砂塵が船体に悪影響を及ぼす可能性もある。ならば、宇宙港の滑走路に相当する施設を真っ先に降ろすことである。通称「玄関マット」は折畳み式の広大な磁性体マットであり、降りてきた航宙船の舷外電路がつくりだす磁場バリアに対して、反発磁場を形成し、降着時のクッションの役割を果たす。
 「玄関マット」を事前に投下できない場合はどうか。海などへの着水が、陸上への胴体着陸よりも楽なように見える。しかし他に選択の余地があるならば、船長たちは着水を避ける。降りたら最後、もういちど安全に飛び立てるという保証がないからだ。「ガミラス海の悲劇」という伝説がよく引き合いに出される。降りてみたら硫酸の海だった、というケースである。たとえ硫酸でなくても、いったん着水したら、船体の外殻と内殻の間に相当量の浸水があるし、水の表面張力や粘度のおかげで離水に難儀する。何日も水上を漂ったりしたら、水棲生物が船底にこびりつき、その質量のために離水困難になることもある。もし高波にでも遭遇したら、その力は大変なものであり、船体を破壊されて沈没の憂き目にも逢う。航宙客船は船と名がついているから水上でも行動可能と信じる素人乗客もいるが、じつはそうではない。修理可能な破損で降りられるならば、陸地を選ぶのが賢明だ。
 
●同時存在する十一の自我●161
 キャルは、正確には多重人格ではない。閉じこもっている六番人格以外の十一人分の人格は互いに意志疎通し、合議して最優先する人格を選んでいるからだ。もとはといえば、個々に自我のある十二体のクローン・ボディをつなぎあわせて誕生した肉体であるため、こんなことになってしまった。複製された十二の自分の自我……脳の海馬を窓口として脳内にネットワークされた十二の記憶が、統合でなく共存してしまったのだ。これをとりあえず「多軸人格」と称することにしたが、学術的な根拠はない。考えようによっては便利な人格システムである。殺人を犯しても、その罪は殺人癖のある四番人格にまかせてしまうので、他の人格は罪を感じずにすむ。なにか失敗しても、その責任は六番人格に押しつけているので、他の人格は自己嫌悪に陥らずにすむ。究極の無責任人格である。こういう人と結婚したり、一緒に仕事するのは願い下げにしたいものだが……
 しかしそもそも、キャルを創りだしたのは人間である。キャルがどんなに人間を憎み、人間を殺そうとも、その罪は結局のところ人の責任に帰するのではないか。映画「ブレードランナー」ではレプリカントが凶悪な殺人クローンとして描かれていたが、クローンの側からみれば、あれだけ虐待されれば人間に復讐したくなるのも無理はない。ひょっとしなくても、正義はクローンの側にあるはずだ。もし自分がクローンだったとしたら、と想像すればわかりやすい。フォークト少年が最後にはキャルの復讐を認めたのにも、そういった事情がある。21世紀の人類は、ヒトのクローンを生み出すかもしれないが、クローンが犯す罪は、人間が償わねばならないことを肝に命じるべきだろう。
●罪深いクローンよ●174
 キャルにとって復讐すべき人間、その人間のコピーであるクローンは、同じクローンでありながら、自分の敵であり復讐の対象である。クローンがクローンを憎む状況ができてしまった。フクザツな心理である。だからキャルは、内心躊躇している。かつての自分同様に悲惨なめにあっているクローンだ。本当は殺したくない。だから「罪深いクローンよ!」と断罪することで、自分の殺意を正当化するしかない。これもまた、キャル自身ではなく、安易にクローンを生み捨てた人間の罪である。
 
●サバイバル・ナイフ●178
 千年前のフォークトが愛用した刃物ではなく、ペリペティアに捨てられたゴミから拾ったもののようだ。
●ミコヤンとロッキード……●187
 ロッキードに限らず、みんなピーナッツは大好きである。
 
●万福膏●188
 この時代にも、もちろん漢方薬は存在する。数千年以上の歴史のある処方である。数千年後でもすたれてはいない。
 
●惑星コルネリアとトゥリアのスカーリア・キルシュバウム撃退作戦●190
 267ページの「永遠の黄昏」事件のことである。これについては、いずれ外伝として作品化できれば嬉しい。涙もろくてすぐ同情する美少女プリンセスと、すっかりサラリーマン化した義勇海賊の家元少年との冒険である。若き日のケルゼンやオードリーが脇役として活躍する。
 
●アリスパック●191
 野戦用のバックパックである。
 
●ダーシェンカ、ミンダ●195
 カレル・チャペックの愛犬の名前である。
 
●ヴァレリー●197
 キャプテン級巡洋戦艦は、その名のとおり、古代戦史の名艦長を艦名にしている。
 
●巨人の星●198
 某スポコン・マンガのタイトルではない。あくまで精力ドリンクの商品名であり、ゲルプクロイツ社のヒット飲料である。ゲ社にはかなりおかしな人物も多いが、なかにはまともなビジネスパースンもいて、これらの商品で銀河の精力増進に貢献し、企業の屋台骨をささえている。
 
●船頭さん7……●198
 以下のへんてこな戦術アプリケーション・ソフトは星海艦隊≠フ電脳作戦部のスタッフが市販のジャンクソフトから改良して、実用化したもののようだ。役に立つものなら出所を問わず、何でも活用してしまうダボハゼ精神が星海艦隊≠ノはある。
 
●町工場のおっさんたち……●201
 この技術をあなどってはならない。トランクィル星海艦隊≠フ軍艦のメンテナンスの多くは、町工場にささえられている。それだけトランクィル廃帝政体の技術水準が底上げされていることのあかしであり、また星海艦隊≠フ軍艦の多くが、町工場の民生技術でメンテナンスできるよう、設計や部品を標準化していることも示す。つまり、破損したときに修理しやすい船であり、かつ、その修理技術を持つ人材も豊富であることだ。シリー・ウォーズにおいて星海艦隊≠ヘなにかと劣勢に立たされるが、驚異的なメンテナンス力で、その欠点をカバーし続けることになる。
 
●グレイス・ホッパー●201
 実在した人物名。
 
●ワイルド・ブルー・ヨンダー●204
 実在する曲名。米国陸軍航空隊とアルバトロス航空のテーマソングである。映画「アイアン・イーグル」のラストシーンでバンドが演奏していた。
 
●対宙双眼鏡●205
 軍艦の展望艦橋に備えられた光学機器。超高速粒子を視覚化する生体部品「竜の眼」を組み込んであり、数光分先をリアルタイムで観測できる。しかしその性能は、舳先舵手の能力にははるかにおよばない。それだけ遠方のどこを見るのか、その目標を探しだして、正確にズーミングするのは望遠鏡をのぞく人間だからだ。
 
●A140F7、CVX80●207
 いずれも実在した計画艦符号である。
 
●からっぽの機関区画に巡洋艦を押し込んで……●208
 こんな無茶苦茶な改造ができるのは、星海艦隊≠フ軍艦だけである。艦体と艦体を接続するアームの装着部や、エネルギー・ラインの配管の接続部などといった構造上の部品が標準化され、艦体骨格の強度や弾性もしっかりしているからだ。表面はボロボロになっても、シンは壊れにくいという構造である。427ページにあるように、後続艦が追突して一時的に艦体を一体化させるような芸当もやってのける。
 
●臓器交換とクローン肉食●214
 ソノラマ文庫でこんなこと書いていいのだろうか。作者は悩み、結局、すばりその場面の描写はせず、間接的な説明の形で書くことにした。われながらキモチ悪いが、事実は事実である。なぜなら、近未来において、自分の体細胞から培養した皮膚や性器を単なるファッションで交換したり、自分の体細胞から培養した肉をステーキにして食う人物が現われたりしたら、どうなるだろうか。もはや技術的にそれは不可能とはいえないのである。近未来の法律は、そのような行為にどう対処するのだろう。自分の身体の一部を自分で食べたところで、法的には自分の腕に噛みつくようなものであり、他人の権利は一切侵害していないのである。たとえ自分の培養細胞でも、分化をはじめた段階で自己から独立した法的人格を認めるべきか、それとも自分の遺伝子といえども人類の共有財産であり、保護すべき生物資源として認め、それを食うことは公序良俗に反するとすべきか……かなり真面目な次元で議論できる問題になってしまった。
 
                           (未完成)
 
 
更新日時:
2006/02/15

prev. index next

HOME


akiyamakan@msn.comakiyamakan@msn.com