COLUMN

      作品世界の補完
3    19990600●作品コメンタリー『"ペリペティア"が終わって』
ペリペティアの福音(中・聖誕編)
19990600●
 
作品コメンタリー
 
 
“ペリペティア”が
終わって
 
 
 
 
 
☆下記の文はあくまで戯言でして、信憑性はありません。ご了承下さい。
 
●下巻はとっても豚なのだ
 
クラディス おめでとう作者。とうとう完結できましたね、ペリペティア。
作者 お、終わった……。総枚数たぶん1500枚近く。これも登場人物のみなさまとソノラマさんのおかげです。ささ、本日は気がねなく無礼講で。たらふく飲んでね。
クラ てなこと言っても、今宵はあたしひとりじゃないの。
作者 みんな、どーしたんですかねえ。せっかくの打ち上げ会なのに。
クラ 全員、疲労困憊して寝込んでますっ。作者があんなにこき使うんだもん。
作者 そういや、中巻でご逝去されたクラちゃん以外、みんな大奮闘したもんね。
クラ だいたい、下巻の分厚さ、ありゃ何ですか。ほとんど詐欺じゃないの。上巻中巻を買った読者は、どうせ下巻も買ってくれるだろうというセコい読みがミエミエですわ。
作者 480ページ、予価700円。中身は400字詰め原稿用紙で約650枚……
クラ ほとんど2冊分のボリュームですわね。
作者 うう、こんなはずじゃなかった……上巻、中巻と書くごとに太るなんて。
クラ 作者も、各巻出すごとにお太りになりましたわね。
作者 そ、それは言わない約束でしょう。あたしゃフルタイムのサラリーマンなんです。ペリペティアにかかったこの2年間、土日に盆暮れ正月も、閉じこもって資料あさりと執筆だったんだから。書いてないときは洗濯や掃除。気分はほとんど養豚場。
クラ そういえば、スランプになるたび、台所と風呂場とトイレ掃除してるとか。
作者 家内は喜ぶ、亭主は地獄……
クラ じゃ、地獄にホトケとは、ソノラマさんのことですね。こんなに待たされても、見捨てずに出版して下さるんですもの。下巻は7月か8月には発売です。帯の宣伝コピーは「ペリペティアのエヴァンゲリ○○。さあみんな、買って読んで泣くがよい!」
作者 ち、違う……その宣伝文句はちょっと違う!
クラ あーら作者、でも、こうした方が読者にウケますわよ。絶対に。
作者 そ、それも言わない約束でしょう。
クラ 宗教ネタでスペオペなんかするから、その方面の読者に深読みされるんです。まったく、輝砂の砂漠に第19使徒アブリアルとか、耳のとがったクローン美少女が湧いてくるんじゃないかと、ハラハラしましたわ。
作者 ともあれ、そうならずに済んでよかった……
クラ ホント、ちょっと強引でも、なんとか破綻せずに結末つけたみたいだし。
作者 ご都合主義と言われればそれまでですが、主人公たちが普通の人間である以上、ああなるしかなかったような……。
 
●銀河標準語の正体は?
 
クラ そこで質問ですが、作品中の銀河社会では、みんなどんな言語を使っているの? 下巻では、どうみても日本語でしか通用しないヘタクソな駄洒落も出てきますし。
作者 ふっふっふ……クラディスくん。よくぞ訊いて下さった。そう! そうなのだ。あの世界ではみんな、じつはニホンゴを喋っているのだよ。当然ではないか!
クラ あ、あじゃぱー……
作者 なんかおかしいかね? 未来の銀河標準語がニホンゴであってなにが悪い? 私はスターウォーズが公開されたとき、英国とドイツで見た。ダースベーダーは英国では英語で、ドイツではドイツ語を喋っていたぞ。ならば同じ確率で、未来の銀河言語が日本語になってもよいではないか、そう私は思ったのだ。
クラ 同じ確率で、クリンゴン語やゼントラーディ語やアーヴ語であることも……
作者 それはありうる。しかし登場人物が何語であろうが、読者が日本人である以上、本文は日本語に翻訳しなくてはならない。声優の吹き替えかトダナツコさんの字幕にする作業をやるわけで、そんならいっそのことみーんな日本語を喋っていることにすりゃ、手間が省けると考えて……
クラ それはねえ作者、単なる怠慢と無責任というものです。
作者 しかしクラディスくん。日本語は便利だぞ。平仮名にカタカナに漢字という、世界で最も複雑といえる表記体系を持ちながら、外国語を適当に吸収し、活用してしまう。たとえばグッバイでもアデューでもアリベデルチでもアフィダゼーンでも再見でも、さようならという意味はそれなりのニュアンスで伝わるではないか。こういういーかげんさというか、言語的包容力というべきものが、日本語にはある。しかもルビ打ちという、ちょっと他国にはみられない必殺技も使える。本来日本語ではない「ケーブル・プラグ」という言葉に、船舶用語の「ボラード」をルビ打ちして、機能と形状を一度に伝えるというムチャクチャができるのだ。この柔軟性、この寛容性。これこそ、複雑怪奇な銀河社会の人々が意思を通じあう言葉として最適であろう! だから未来の銀河標準語は、日本語を基幹に、あとは各国語を適当にちゃんぽんするのだ、と私は仮定したのです。冗談だけど。
クラ はー、まー、聞くところによるとルーカス監督は大のクロサワ・ファンで、スターウォーズの登場人物コスチュームはかなりジャポニスムしてるとか。ならジャパネスクな言語文化もあっていいですよね。あの世界に。
作者 ダースベーダーがレイアに「スシ、クイネエ」とか、ハンソロに「ハラキリ!」と宣告したりとか、ピンチのときに「カミカゼ!」とか、皇帝陛下と「ダンゴウ」したり、帝国軍を「カイゼン」するとか、そんなセリフがあったって不思議はないと……
クラ 喋ったとたん、B級スペオペに堕ちるのは間違いないけどねー。
 
●オタッキーよ永遠に
 
クラ にしても作者、ペリペティアではずいぶん、古代地球文化をひきずった表現を連発しましたわね。ティックが唱える呪文とか、艦船の名前とか。
作者 そう、あの「淑女になる呪文」はつまり「スペインの雨は主として平地に降る」という意味の英語をコックニー訛りで喋ったものです。もっとマイナーなのは「チンダラッサ・プンダラッサ・ブン」で、これは「ニュールンベルク裁判」という映画を見れば三分でわかる。〈ハーヴェイ〉のダウドが使う符丁「ポートメイリオン」がわかる人はかなり濃いSFファンだと思います。プリーアムブル≠フ呪文の出典は、日本人ならたいていわかりますよね。ま、そう深く考えないで、適当に解釈しといて下さい。
クラ なんだ、結局どれも20世紀文化のパクリじゃないですか。
作者 これには理由があるのです。作品中ではまだ書いていませんが、今から百年以内に亜光速で飛ぶ宇宙船を、なぜか人類は大量に手に入れるのです。
クラ ふーん、そういう歴史設定なんですか。
作者 はい、それは通常空間を亜光速で飛ぶ航宙船……人類はこれをアルバート船と名付けます。ただしジャンプやワープの機能はなく、相対性理論がもろに適用される。
クラ ということは、何百年も飛行しても、船内時間はあまり経過しない……
作者 それは、未来へ向かう一種のタイムマシンです。そこで人々は考えた。このアルバート船を使えば、船内の積荷を古くせずに、未来の人類に届けることができる。
クラ タイムカプセルに使おうってわけですか。
作者 そうです。千年後、二千年後の人類に、個人的なメッセージを届けよう……と考える好事家が何百人も現われました。しかし困ったのは、メッセージのメディアです。光ディスクもよいですが、問題はその再生方法です。プレーヤーも一緒に積み込むのですが、使い方を書いたマニュアルを、何千年も未来の人が読めるだろうか。日本製の電子機器のマニュアルは、現代でも不可解なことで定評があります。
クラ そうですね。ぱっと見りゃだれでもわかる再生方式でなきゃ、不安ですよね。
作者 そこでかれらが採用した方法は、16ミリフィルムだったのです。千年プリントで焼きなおした、劣化しないプラスチックフィルム。これを映写機と一緒にアルバート船に積み、はるか未来の世界へと飛び立たせたのです。そして、そのフィルムの内容は……
クラ つまり、現代の文化遺産である映像作品が大量に含まれていたんですね。
作者 千年先の人類に個人的な文化を伝えようというくらい、自己顕示欲の強い好事家です。別名、オタッキーと呼ばれる種族であったことは間違いありません。アルバート船の積荷の多くは、かれらが趣味で集めたマニアックなレトロ映画やジャパニメーションの数々だったのです。これにミヤザキ・アニメのセル原画や、ベーダー人形や、レイちゃんの等身大ぬいぐるみといったコレクションも加わっていました。
クラ 21世紀のオタッキーの心配事は、自分が集めた大事なガラクタが、死後に散逸してしまうことですね。だから、自分が死んでもコレクションを処分せずに、アルバート船で未来のオタッキーたちに残すよう遺言する人たちも出てくるでしょう。
作者 千年先の未来でもオタッキーはいる! オタッキーは不滅だ! と自己確信してしまうところが、オタッキーのオタッキーたる悲しい性ですな。てことで、未来の人類たちは、超古代の地球文明の遺産を、宇宙を飛びゆくアルバート船から発掘≠キることになったのです。もちろんそのころには、オタッキーは絶滅していました。銀河美術館のマジメな学芸員や考古学者が発掘し、真剣に古代文化を分析したのです。その結果……
クラ なんと、オタッキー文化はオタッキー文化と理解されず、古代の史実や伝説として学術的に評価されてしまった!
作者 それが「ラストリーフの伝説」の前後の時代です。アルバート船から発掘されたオタッキー文化……すなわち大衆マイナー文化の遺産は、現代の博物館や美術館が死海文書やルネサンスの宗教画を珍重するのと同様に神格化され、人類の貴重なお宝として、学者たちを熱狂させました。銀河規模で、オタッキーなレトロ趣味がブームとなったのです。それゆえ、その後の人々の社会に、オタッキーな伝説や用語、キャラ名称などがリバイバルしました。クラリス記念病院の病院船エレクトラやフィオリーナ、レスフィーナ、イコリーナなんて船名は、そういった古代神話の女神に由来しているという人もいます。
クラ はー、そういう背景があったんですか。でもどうして、まともな文化が継承されずに、オタッキーな文化ばかりが未来の銀河社会に残ったのでしょう?
作者 それはつまり、オタッキーの、自分の文化を未来に残そうとする執念が、尋常ではなかったからです。常にマイナーで、まともな社会から異端視されるオタッキーほど、いつか未来に偉大なるオタッキーの帝国が来ると望んでやまなかったはずですから。
クラ 阪神タイガースのファンと同じ心境だったんですね。
作者 心ならずも、そう認めざるをえません。
 
●シリー・ウォーズ≠フ開幕
 
クラ さて作者、これからの作品ですが……
作者 ぎく……それを訊くのかね、クラディスくん。
クラ ペリペティア下巻のあとがきであれだけ前振りしといて、何おっしゃいますか。
作者 そうですね。じつはペリペティアの物語は、十年後のジルーネのシリー・ウォーズ℃梠繧描くための布石であり、設定資料でもあるわけです。ペリペティアで登場した人々や国家が、それぞれの人生や運命に直面する物語が、これから始まる……予定です。「ペリペティアの福音」下巻が返本の山になったら、予定倒れに終わってしまうけど。
クラ それは読者のご好意をお祈りするとして、シリー・ウォーズ≠ノついて一言。
作者 ペリペティア事件以後、銀河の各国は戦争防止と平和の確立を模索していきます。各国とも、人工知能のシミュレーションによって戦争勃発を予測し、事前に開戦を防止するシステムを構築します。しかしジルーネはそういった平和の守り≠しなやかに打ち破ります。シリー・ウォーズ……つまり無邪気な戦争、によって。
クラ 無邪気な戦争?
作者 たいていの戦争は予測可能です。国家や民族の政治的、経済的対立はシミュレートできる範囲ですから。しかし、たったひとりの少女がまったく無邪気な悪意をもって、たんなる趣味で引き起こす、世界滅亡を目的とする大戦は、なんぴとにも予測できないのです。ショッピングを楽しむのとまったく同じレベルで、戦争という消費行動を心から楽しむ少女。だれも、そんな大それたことをする人間はいないと信じているからこそ、実際にそれが起こったときに、あまりにも無力なのです。
クラ はい。そこで、少女が引き起こす狂気の大戦をどうやって終わらせ、その邪悪な意図をくじくのか……そのために、ペリペティアの奇蹟を経験した人々が活躍するってわけですね。かくいうあたしも、戦時下の突撃取材に飛び回ります。
作者 戦争に限らず何事もそうですが、はじめるのは簡単でも、終わらせるのは大変で、その後始末はもっと大変です。一見明るく痛快な宇宙戦争スペースオペラでも、ばたばた殺される下級兵士とその家族の側からみれば、恐ろしく残酷なことをしてるんですね。
クラ ホントは恐ろしいグリム童話とスペースオペラ。
作者 おそらく万単位で殺されていく一般兵士と民間人、また戦争の結果生み出される、もっと多くの難民のことを思うと、正義が勝ってメデタシで終われない。本当に大変なのはそれからだってことは、コソボ紛争のニュースを見れば、小学生だってわかる。破壊と殺戮は一瞬でも、再建と治癒は何十年もかかる。戦争の真の英雄は、敵を幾万と殺した提督ではなく、瀕死の一人の生命を、敵味方関係なく救おうとする、ごく普通の人々であるはずです。読者が若者であればこそ、そのことを忘れずに書きたい。
クラ 一冊一冊をみれば、恋あり冒険あり戦争あり笑いも涙もありの物語。けど何冊か作品がまとまったとき、ストーリーのはしばしで積み重なってきたなにかが見えてきて、それが最後に決定的なパワーを発揮する……と、そういう構造の物語になるんですよね。
作者 《連邦》とトランクィル廃帝政体の戦いを縦軸に、ヨミ・クーリエ社とゲルプクロイツ社の闇の戦いを横軸に、あまりに対照的な二人のヒロイン……富と権力と美、望むものすべてを手にいれた特別な少女と、家族も故郷もわずかな財産もすべて失った普通の少女が向かい合って、銀河をまたぐ物語を織り成すことになります。そしてさまざまな人々……逞しい男、繊細な女、愚かな男、賢明な女たちがそれぞれの運命と戦います。はっきり言って、時代の先端をいく話ではありません。古風なグランド・オペラです。
クラ おーっ、よく言った作者! でも結末は、見えてるの?
作者 すごくぼんやりと……。無敵のジルーネに勝つ方法は、たぶん、とても地味な行為の果てしない積み重ねしかないんです。殺されるはずだった人々が、ひとりでも多く死なずにすむこと。そこまではわかっています。あとは……なんとかなるでしょう。シリーズ名のない、秋山完の連作スペースファンタジー、これからの展開にご期待ください!
クラ じゃ、起こしにいきましょうか、登場人物のみんなを、ね。(1999.6. 秋山完)
 
 
更新日時:
2006/02/15

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