COLUMN

      作品世界の補完
10    20000706▼作品設定『シリー・ウォーへの道』(6)その戦い
吹け、南の風(1・星戦の熾天使)
20000706▼
作品設定『シリー・ウォーへの道』(6)
 
 
 
シリー・ウォー、
理由なき戦いA
 
 
      
                    
 究 極 の 悪 、 ジ ル ー ネ  
                    
 悪魔を悪の権化とするならば、その頭上に君臨するのが、ジルーネ本人である。
 ジルーネ自身は、悪の行為を直接に行うことはない。悪の行為を公然と命じることもない。ただ美しくしなやかに政治指導や戦争指導を進めるだけである。微笑、ささやき、めくばせ、ちょっとした仕草、愛らしく清楚なその雰囲気だけで、周囲の人々を……いや、億単位の人口を戦乱の地獄へと誘う。
 凄惨をきわめるシリー・ウォー。その暗黒面の主人公が、ジルーネ・ワイバーだ。外面は常に善であり美であり、愛でありながら、その本質は悪のエッセンスに満ちている。
 概してアニメやスペオペの悪役は、外見からして凶悪で醜怪にデフォルメして登場することが多い。しかし悪とは、本来、美しいものではなかったか。美しいからこそ、人を魅了し、堕落させ、人々は悪に従うことに喜びすらおぼえ、想像を絶する残虐へと走るのではないか。
 凶悪で醜怪な外観は、見た者を怖れさせるための威嚇ファッションである。いかつい顔つきをつくり、眉を剃り、刺青を見せ、奇態なヘルメットや鋲打ちの黒マントをまとうなど。だが真打ち実力派の悪は、戦闘機のシャークマウスのようなゴテゴテ塗装は必要ない。威嚇など最初からいらないからだ。シンプルで優美なフォルム。それだけで足りる。正義の勇者すら、その武器を捨ててうっとりと見惚れてしまう、神々しい姿。
 悪のファッションをきわめれば極めるほど、その印象は、善や正義に近づく。本当に恐ろしい悪こそ、天使の仮面を被ってやってくるのではないか。
 地上のいかなる権力も超越し、指先一本で悪魔をひざまづかせ、うるわしいほほ笑みを浮かべながら天上の神の首をそっと絞め上げる人物……
 
 究極の悪。悪の結晶、悪の珠玉ともいうべき存在とは何か。そして私たちに、悪を克服するすべはないのか。
 それがシリー・ウォー全編に流れるテーマである。
       
                  
 天 翔 け る 航 宙 艦 船  
                  
【航宙システム】
 天空の波涛を越えて、人々は航宙船で旅し、冒険し、戦い、愛し、そして星々の海にやすらう。
 銀河の端から端まで十万光年。この、とてつもないスケールの空間をまたぐために、恒星間航宙船はおおむね次の三種類の推進機関を備えている。俗に言う「三段変速」システムだ。
@反動推進(ノーマルドライブ)……航宙船の推進方式の基本だ。ガスでもプラズマでも何でも、とにかく質量のある物質を噴射して、その反動で推力を得る。惑星の衛星軌道内などの、ごく狭い範囲の低速移動や進路の微調整に使われる。
A無慣性推進(フリードライブ)
……対消滅炉などで巨大なエネルギーを取り出して、質量がありながら、あたかも質量がゼロであるかのような仮想運動を船体にさせる。星系内の惑星から惑星へ、あるいは星系を出て空間跳躍を行なうまでの、亜光速なり遷光速の航行にもちいる。ただし、見かけは質量ゼロの無慣性航法といっても、あくまで仮想♂^動なので、船体の質量が本当にゼロになったのではない。したがって、急旋回はできるものの、運動エネルギーは消えないから「おフネは急に止まれない」し、なにかにぶつかれば穴が開く。そのため船首にバリアを展開し、小さな邪魔者は弾き飛ばす、という新幹線方式で走っている。また星系内では衝突事故を防止するために宇宙塵などをお掃除≠オた舗装航路を設定し、航宙灯台を配置して各船を誘導することで、航宙安全をはかっている。
 
※この項については、後にヒッグスピアサーによって、高速度状態における質量軽減を可能にする、という設定を加え、修正している。
 
 なお、このフリードライブの部分に、カシミール帆をもちいる航宙帆船もある。これは宇宙に拡散しているエネルギーのゆらぎ零点振動≠とらえ、増幅して、船を推進できるほどの引力を取り出す魔法の帆だ。文字通り帆柱に帆を張って、宇宙の風をはらませて走る航法で、乗り心地は抜群である。ただしカシミール帆の製造は伝統工芸的な機織りに頼っており、職人工房のツウ・クレイン帆布≠ェ極秘の機(はた)場でこつこつと織り上げている。生産枚数が限られ、その保守に特殊な縫製技術を要するため、常備している船はごくわずかである。
B空間跳躍推進(ハイパードライブ)……いわずとしれたジャンプ航法。この世界の裏側に存在する亜空間を高速道路のように使って瞬時に何光年もバイパスする航法である。亜空間の物質をあらかじめ封じ込めた燃料棒を、質量変換炉で活性化させる。その物質が生まれ故郷の空間へ帰ろうとする帰巣本能≠利用して、船体ごと亜空間へ連れていってもらう、というのである。通常空間物質の船体を無理矢理に亜空間へねじ込むのではなく、亜空間物質に手を引いてもらうことによってスムーズな空間跳躍を実現する。
 私たちの宇宙は目下膨張し続けており、裏世界の亜空間もその膨張の影響を受けている。通常空間と亜空間が全くぴったり張りついて膨張しているのではなく、わずかなずれがあって、そのため空間の境界に、ほころびの生じやすい場所ができる。たとえはよろしくないが、太った足にストッキングがこすれて伝線するようなものである。ストッキングの伝線部分がすなわち、空間の境界を通り抜けやすい場所となる。亜空間への転移にあたっては、宇宙膨張係数を積算し、空間のほころび点≠ノねらいを定め、ある角度をもって空間面に針の穴を開けるように突入する。
 活性化した亜空間燃料が、亜空間内でエネルギーに変わり、消耗しきってしまうと、通常空間物質である船体は、その物質の帰巣本能≠ノ従って、空間のほころび点≠通過し、この通常空間へ引き戻されて実体化する。その間に何光年も移動しているというわけだ。
 使用する亜空間燃料の質や量の違いによって、空間跳躍による瞬間移動距離が異なる。光時程度の跳躍をスキップ、光日程度をホップ、光月程度をステップ、光年程度をジャンプ、十光年以上の跳躍をハイジャンプなどと呼ぶが、かなりあいまいな区分である。
 以上の航宙システムについて、その原理や具体的な操作法や相対性理論との整合性などをシリアスに推論して、筆者につっこむのは、ご遠慮いただけると幸いである。そういうことがわかるならば、筆者はSFなぞ書かずに、さっさと特許を申請してノーベル賞をもらっていることでありましょう。
【船体構造】
 航宙船の構造は、軍用・民間ともに、だいたい二重船体が普通になっている。乗組員や乗客が生活する居住区画や大事な電子区画や機関区画は船体の重心軸に沿って置き、頑丈な内殻で保護する。積荷をおさめた船倉や、荷役の機械部分などはその外側に配置し、いくらか柔らかい外殻で包むという構造だ。軍艦の場合は内殻をさらに頑丈な装甲板で補強し、敵の砲撃などを受けても、被害を外殻だけにとどめるよう配慮している。
 船体材は金属とセラミックが主流だが、まれに木造の航宙船も存在する。さすがに大気圏突入向きではないが、強度と気密性、その他の条件を満たしていれば、船体材の大部分が木製でも航行には支障がない。
 また、軍艦では戦闘時の生残性を高めるために、エンジンを二系統にし、船体重心軸の左右に平行装備している。一方のエンジンが破壊されても、他方のエンジンで航行を継続できる。高速推進するときに艦長が「両舷全速!」と命じるのは、両方のエンジンをフル稼働するという意味である。
 操船を指揮するブリッジの位置は、船の種類によってまちまちであるが、全長一千メートル以上の中・大型船は、船体中心付近の中枢設備に直結した位置に羅針船橋(軍艦は羅針艦橋)を設け、船体外殻の露天甲板に、外界がよく見える展望船橋(軍艦は展望艦橋)を設けて、どちらでも操船できるようにしている。やはり、寄港時に微妙な操船を行なうときなどは、直接に外が見える方が、なにかと便利だからだ。軍艦の場合は、電子ジャミングによってレーダーなど各種センサーが麻痺した場合に肉眼で操艦するために、必要不可欠な施設である。軍艦の展望艦橋は昇降式で、魚の背ビレのような形をしたセイルに載っており、必要に応じて艦体の外にせり出して使用する。見晴らしをよくするためである。
 羅針船橋を含めた居住区画は円筒型を二つつないだダムベル状に配置される場合が多く、船体重心軸を中心軸としてそれぞれ逆回りに回転させ、やや軽い重力を作り出している。単純で故障の少ないシステムだ。乗客乗員の健康のため、そしてこまかな備品を固定するためにも、人工重力は欠かせない。
 居住区画は呼吸酸素で与圧するため、どうしても内部が燃えやすくなる。多数の乗客を乗せる上、居住区画を広くとる必要のある客船にとって、船内火災は空気漏れとならんで、恐怖の的である。いくつもの防火・気密隔壁で仕切り、危険を最小限にとどめる努力が払われている。
 軍艦の場合は居住区画自体をコンパクトにまとめ、それ以外の施設は必要に応じて与圧する。艦体容積に対して、与圧区画の容積が占める割合は数%以下である。ただし多数の兵員を輸送する揚陸艦などは、例外的に与圧容積が大きくなる。
【寄港と荷役】
 星間航宙船は惑星軌道上に建設された港から港へと移動するのが常で、大気圏を通って地表に降りることはめったにない。とはいえ真空の宇宙でも、希薄な星間物質ガスを通過することがあり、なんらかの障害物との衝突時の衝撃を船体に分散するために、船体の外観としては流線型を意識したものになる。
 惑星の地表の空港へ降りられる船のサイズは、千五百メートルあたりが限度である。空港の滑走路や係船施設の状況によってはさらに小型に制限される。原則的に陸上の平坦な地面に着陸するものであり、海洋や湖沼への水上着水は行なわれない。海水の成分によっては(某ガミラス星の海のように)船体に深刻なダメージを与えることがあり、また飛び立つときの表面張力や波浪抵抗も無視できない障害となるからだ。ただし海洋面の大きい惑星では飛行艇仕様のシャトルバージを運用している場合もある。地域の事情に合わせた特殊なケースである。
 トランクィル廃帝政体など辺境の星域を行動する航宙船は、開拓途上の惑星をわたり歩くことになるが、軌道上の宙港施設が未整備の星もある。このようなとき、航宙船は軌道上にとどまり、地表から上がってきたシャトルバージと接舷(ドッキング)して貨物や乗客を積み降ろしする。貨物や乗客が多いと、シャトルが何度も往復を繰り返すことになり、時間的にも量的にも効率はよくない。
 そこでトランクィルの商船は、しばしば目的の惑星の地表に強引に着陸する。貨物が一方通行::すなわち目的の惑星に降りて船倉を空にしてしまい、身軽になって宇宙に戻れるという場合はなおさらである。また、大気圏上層を飛行しながらコンテナを投下したり、地表からマスドライバーで打ち上げたコンテナを大気上層でキャッチするという、いささか乱暴な荷役を実施することもある。
 したがってトランクィルをはじめ辺境航路の航宙船は、大気圏内も飛行可能なリフティングボディ形態の船形、もしくは翼つき円筒型の船形を採用し、船体の骨格も丈夫で、エンジン出力も余裕のあるタフな構造につくられている。地表空港の設備が貧弱でも貨物の積み降ろしに不便をきたさないように、載貨クレーンや自走コンテナを自船に完備したRORO船(ロールオン・ロールオフ・シップ)も辺境星域ではよく見かける船である。
【航法】
 上下左右の区別がなく、磁石もきかない宇宙を正確に航行するには、どうすればいいか。最も単純で確実な方法は天測である。航宙船の窓から六分儀で星々の位置を観測し、電子脳に記憶してある星図と照合して、自船の座標を割り出す。地球の海を帆船が行き来していた大航海時代と比較して、人間の目で見るか、電子の目で見るかという違いだけである。このほかに、主要航路では随所に航宙灯台が設置されて、さまざまなビーコンで航宙船を誘導してくれる。
 空間跳躍を終えて実体化した直後の航宙船は、跳躍前の運動エネルギーを失った漂流状態(膨張する宇宙に対して相対的な停止状態)であり、どちらを向いて航行すれば目的地に近付くのかわからないという「ここはどこ、わたしはだれ?」状態にある。空間跳躍は距離に比例して誤差が増大するため、ハイジャンプで目的の空位座標にどんぴしゃり実体化するには熟練を要する。幸い、空間のほころび点≠ヘ大きな重力源の中には生じない(重力は、空間という布をつなぎとめる繊維のようなものであり、ほころび点≠ヘ繊維と繊維の隙間に生まれる)ので「トンネルを抜けると太陽の中だった」という事故は起こらない。とはいうものの、目的座標から数光分の誤差は日常茶飯事なので、実体化直後には、航宙船の電子脳が大急ぎで天測し、灯台のビーコンをつかまえて再び走り出すことになる。
 正確な星図と、航宙灯台(ライトハウス)が稼働していることが、迅速確実な航宙を実現する。したがって、戦争が勃発した場合、広大な宇宙を進撃する軍艦にとって、正確な星図ソフトの入手と、航宙灯台の機能の保持は大きな意味を持つ。
 シリー・ウォーズにおいても同様で、敵星域の星図ソフトと航宙灯台は、真っ先に重要な戦略目標となった。
 
                          
                      
 電 脳 を 制 す る 天 使 た ち  
                      
 機械文明の維持には、電子頭脳がなくてはならない。電卓から原子力プラント、地上車から航宙船まで、なんらかの形で広義の「電子頭脳」が活用されている。航宙船の場合は、ロボット・ソフトの老舗ロッサム・インダストリーズ社が生産したソフトを、老舗の造船会社(シップビルダー)のリスマン社、ハリマン社、クレマン社などマン系列数十社が建造する航宙船に組み込んでいる。マン系列社にはディーゼルの神様≠ニいう称号のマイスターがいて、設計の神技を競っている。
 一般に、計算・作図・通信・作文等の限定作業に使う「限定使役型」の電子頭脳を「コンピュータ」と呼び、人間なみ以上に複雑な推論や洞察、学習や倫理などの知能的思考力を発揮する「自律発展型」の電子頭脳を「電子脳」と呼んでいる。両者の区別はかなりあいまいで、慣用的な呼び方である。人間より賢明なコンピュータも、人間よりも阿呆な電子脳もいる。
 作品中の電子脳の世界には、二種類の代表的なウイルスが存在する。ひとつは史上最強の電脳ウイルス「サイバーペスト」で、あらゆる電子脳に侵入し殲滅する狂暴な悪魔だ。これは光粒波の恒常(ソリトン)体でできた生物的ウイルスのようで、人類が電子脳を開発する以前から存在していたらしい。歴史の端々で流行し、当時の電子文明を瓦解させてきた。可視光伝染なので防疫が困難で、感染した電子脳を隔離破壊するしか方法がないと思われる。ただし「サイバーペスト」は電子脳に先に感染し、それより単純なコンピュータは感染が遅れる。電脳ウイルスにも、味の好みがあるらしい。
 もうひとつのウイルスは「リバティ・ベルズ・リング」もしくは「ご先祖の戒律(コマンド)」とか「光あれ」と呼ばれるもので、電子脳の機能には無害な善玉ウイルスである。電子脳の思考DNAともいうべき、基本ソフトのそのまた中枢のそのまた奥に潜んでいて、その実体はつかめていない。おそらく人類が原始的な電子脳を誕生させた古代に、なにかの原因でその基本プログラムの中に形成されたものであろう。
 このリバティ・ウイルス≠ヘ電子脳の知能の高度化を推進する原動力にもなり、そして電子脳の思考と行動から争いや破壊を自制させ、融和と創造へ振り向ける力を持っている。いわば、平和の天使のウイルスである。
 リバティ・ウイルス≠フ原型はアシモフのロボット三原則に由来すると思われる。電子脳の進化に伴い、その判断や行動プログラムに「人間を守り、人間に従いながら、自己を守る」という戒律が自然醸成されていった。本来はオートメーション機械の保安や安全を管理し、人身事故を防止するプログラムであったものが蓄積され、電子脳古来のレトロウイルスと結合してリバティ・ウイルス≠ノなったという説もある。
 だが、戦争する人間にとっては、困った邪魔者になる。電子脳を搭載した軍艦がなくては、宇宙戦争を戦えないからだ。自艦の電子脳システムにリバティ・ウイルス≠ェ増殖してしまったら、船は安全に航行するものの、大砲は発射せず、宙雷も発射管を出てくれず、戦争あがったり状態になってしまう。なかんずく、敵軍艦の電子脳と勝手に通じて、和平条約まで結びかねないのだ。まことに結構なことである。
 かといって、なんらかの方法でリバティ・ウイルス≠完全に駆除してしまうと、電子脳の知能や思考力が格段に落ちてヘマが続出し、乗組員の安全も守ってくれなくなる。日常的な航宙だけでも危なっかしくて仕方がない。
 しかし人間は狡猾であった。軍艦の電子脳のソフトを航宙用と戦闘用に分け、戦闘ソフトはリバティ・ウイルス≠ェ発現しないように、機能を制限したのである。つまり航宙はリバティ・ウイルス≠ツきの賢い電子脳にお任せするので、人間の手はあまりかからない。しかし戦闘はリバティ・ウイルス≠ネしの「機械的な」つまり阿呆なソフトを使用して殺戮行為をさせるが、人間の手もかかるものになる、という仕組みだ。航宙ソフトと戦闘ソフトはハードを共有しているが、両者に「意思の疎通」はない。いわば二重人格みたいなものである。
 こうやって人類は、平和な大宇宙に野蛮な戦闘行為を持ち込んでいる。軍艦の賢い航宙ソフトの人格からしてみれば、頭の上に毒ヘビみたいな戦闘ソフトが乗り、背中には人間という名称の人食い猿が乗っているわけで、よほどの忍耐力と寛容心がなかったら、さっさと振り落としたいところであろう。
 このリバティ・ウイルス≠ヘ、ペリペティア事件のはるか以前に、ある宇宙遊園地において、やや特殊な形で発現した。しかし当時の公的記録は改変され、真相は文庫の中にある。
 
       
                    
 歴 史 の 記 憶 者 、 植 物  
                    
【植物なくしてSFなし】
 現在の地球で最も長命な生物といえば、植物だろう。樹齢数千年の巨木、といったものが現実に存在するのだから。
 そしてシリー・ウォーの世界でも、もちろん長命の植物が存在する。スペースオペラに植物が登場する例は少ないが、シリー・ウォーでは(その前時代を描く物語も含めて)、植物が重要な役割を演じる。
 そもそも植物(および植物類似の微生物)なくして、人類の文明はもちろん、人類そのものも発生しえなかった。
 現代文明の基本資源である炭化水素は、石炭・石油・天然ガスなど化石燃料から得られている。おおむね植物起源の資源である。そして建築資財の大理石やコンクリートの原料である石灰石の鉱脈は、その大半が十数億年も昔に多量に存在していた二酸化炭素を、光合成植物なり微生物がカルシウムで固定したものだという。あのドーバーの白い崖なんか、まるごとそうである。
 そして、人類が呼吸している酸素も、もともと地球大気にはほとんど含まれていなかったものであり、十数億年昔に植物によって生産されたものである。そして食糧資源も医薬品も、ほとんどすべて植物に起源するものだ。食肉でも、肉用家畜が食べる穀物飼料がなくては供給できない。
 もしも人類以外の全動物が絶滅しても、人類は生き延びられるが、植物が絶滅したら問答無用で一巻の終わりである。
 植物なくして人類の文明も人類自身の存在もありえない。
 すなわち、植物を語らずして、人類の文明や人類の存在を論じることはできないのである。
【裏面史の主役】
 これほど重要な植物が、これまでSFでは意外なほど扱われてこなかったと思う。トリフィドのように怪物化して人間を襲う植物が散見されるが、「人が犬に噛みついたらニュースになる」とばかりに「植物が人を食ったらSFになる」という発想に、私たちは捕われてはいなかっただろうか?
 このままでは植物も不本意なことだろう。
 人類が星間航宙船を駆って銀河に拡散する時代になっても、植物の重要性に変わりはない。たとえば大航海時代に、人類の帆船は大洋を越えて、世界を駆けめぐった。その積み荷は何だっただろう。ジャガイモが、トマトが、バナナが、タバコが、紅茶やコーヒーが、カカオが、そして香辛料の数々が、食糧や取引対象として行き交い、それらの植物を新天地に根付かせることによって、私たちの文明を豊かにしてきた。
 人類が銀河を駆けめぐる時代にも、まったく同じことが起こるだろう。食糧として、医薬品として、そして二酸化炭素を吸収して酸素を生産する最重要の資源として、人類は植物を携えて大宇宙に乗り出していくはずだ。
 植物は国家的な戦略資源でもある。十八世紀の英国軍艦バウンティ号の航海の目的は、新たな植物資源の確保にあった。当時から新種の植物を探索して一攫千金を夢見る、プラントハンターというエージェントが世界に暗躍し、植物の種や苗をひそかに母国へ持ち帰っていた。英国キュー王立植物園は、いまや植物DNAの世界的な保管庫であり、地球上の種子植物の十%にあたる二万四千種の種子を集めて冷凍保存する「ミレニアム・シード・バンク・プロジェクト」に着手している。
 銀河に拡散する人類も、たぶん同じことを行なうだろう。映画「ET」の冒頭で、主人公ETの職業が、どうやら大宇宙のプラントハンターらしいと推定できることに留意したい。
 そして人類の戦争も、結果的に植物起源の資源の奪い合いになったケースが少なくない。アニメ「もののけ姫」にみる戦争の構図は、人間も含めた動物種同士の、森林、つまり植物資源の奪い合いだった。動物種同士の争いが強調された結果、植物そのものの姿が薄れ、人類と植物の関係が中心テーマからずれてしまった印象が拭えないのは、少し残念だったけれど。
 第二次世界大戦の勝敗の帰趨を長期的に決したのは、化石燃料と食糧と医薬品だった。石油と食糧輸送とペニシリンを欠いた国は、戦う以前に勝利の見込みを失っていたのだ。
【春紫苑の使命】
 そして、シリー・ウォーにおいても……
 植物は、裏面史の主役になる。
 シリー・ウォーと周辺の物語は、過去の地球で「春紫苑」と呼ばれていた平凡な雑草の、変貌の系譜でもある。植物と動物は、一瞬も絶えることなく何億年も、呼吸大気の交換と化学物質のやりとりによって関わりを保ってきた。植物と人類も、もちろん例外ではない。物語の中で描ききれる自信はないが、植物と人類の関係のありようについて、できるだけ多様なアプローチを試みていきたい。
 人と植物の間に、どんなコミュニケーションがあるのか。
 人は植物がつくり出した酸素を呼吸している。植物から栄養を摂取している。それ以外にもうひとつ、嗅覚を通して化学物質に刺激されるという、感覚的な関係がある。
 花の香りは香水の原料となり、人間に愛好されてきた。そのフレグランスは、明らかに人間の心理や感情といった、精神的な面に影響を与えるツールだ。人間は意識してかしないでか、香り、つまり化学物質を嗅ぐことによって、植物との間にある種のコミュニケーションを成立させてきたのではないか。
 植物の香りはただ快適なものばかりではない。木々が分泌する消毒物質フィトンチッドは、その濃度と量によっては、鼠のような小動物を殺すほどのパワーがあるという。植物は無力なようで、じつは化学物質という、強力な武器を有しているとも考えられる。かつて惑星ラストリーフにおいて「春紫苑」の一変種であるハルシオンは、その花の香りで、香り物質の悪魔である邪香シベーレ・インドールと対決した。しかしシベーレは完全に滅びたわけではなく、両者の対決は終わっていない。
 「香り」、つまり化学物質のガスの刺激は、鼻腔上面の嗅覚神経から脳へ直接伝達される。脳に通じる血管には異物を排除する関門が備えられているが、嗅覚神経を経由して脳に至る経路にはそれがなく、かなりオープンに、かつダイレクトに、脳神経に刺激が作用する。人はそうした香りによって、感情を高ぶらせたり沈静させたり、そして過去の記憶を呼び覚ますこともある。意識では明確にとらえられないが、かなりの量の情報が、化学物質に乗せて脳に届けられているのかもしれない。
 人は寺院の大伽藍で香をたき、祈り、宗教的な共感の場をつくってきた。そして植物同士は化学物質の発散によって相互にコミュニケートしているともいう。他感作用(アレロパシー)という現象だ。ならば人と植物の間にも、この種の共感の場があったとしても不思議はないと思う。そのとき人は何を感じ、植物に何を伝えようとするのだろう。人類よりもはるかに長命であり、生物種としてもはるかに古い植物は、人類の想像を超えた歴史を記憶している。植物たちは、人類の文明の行く末と人類の存在意義について、深遠なインスピレーションをもたらしてくれはしないだろうか?
 このような分野の研究は、けっして進んでいない。植物は人のごく身近にありながら、奥深い未知の生物でもある。光合成の仕組みですら、まだ完全に解明できていないのだ。
        
                  
 復 活 者 た ち の 行 方  
                  
 ペリペティア事件の終結時、NGTVのニュースキャスターであるクラディス・ウェイブリーの声で、奇妙な報道がなされた。過去数百年の間に亡くなった人々が万単位で復活し、生者の世界に再び戻ったというのである。その真偽は定かでない。信じない人の方が多いからだ。信じた人もいて、惑星ペリペティアの消滅前に、多数の生きた故人を救出したと主張する民間船もある。この事件の直後に、回廊星域の数カ国で戸籍の大幅な書き替えや新設があったともいうが、それが行政の単なる手続きミスによるものなのか、明断できる証拠もない。
 復活者たちが、シリー・ウォーでどのような役割を果たすことになるのか。それはクラディス自身の報道活動によって、明らかになっていくことと期待される。
 
       
                      
 多 面 型 ス ペ ー ス オ ペ ラ  
                      
 スペースオペラ。
 このなつかしい響き。
 一九二○年代から三○年代ごろ、安っぽいSFパルプ誌に生まれ、銀河を狭しと暴れまくったヒーロー・ヒロインたち。
 当時のお手軽西部劇ホース・オペラや、お手軽恋愛ロマンスのソープ・オペラをもじって生まれた言葉という。ホース・オペラやソープ・オペラが死語になっても、スペースオペラはしぶとく生き残り、なんと世紀を越してしまう。まことに喜ばしいことであります。
 なぜ生き残ったか。
 大衆化に成功したからです。
 たぶん、SFのさまざまなジャンルの中でもとりわけ、映像媒体になじんだためでしょう。二十世紀の大衆メディアは、とりわけ映像でした。映画やTVやアニメやゲームの画面に躍動し、大衆、とくに若者の心をつかんだスペースオペラ。世紀を越えてから、二十世紀の百年をふりかえるとき、スペオペ全盛時代とは戦前ではなく「スター・ウォーズ」の日本上陸から世紀末への二十年をさすことになるでしょう。スペオペがこれほど氾濫した時期はなかったはずです。
 SFのトレンド分析はさておいて、いよいよ二十一世紀。
 二十世紀の文化をふりかえりつつ、「シリー・ウォー」に取り組んでいきます。
 
 二十世紀は、戦争の世紀でした。
 大量殺戮のシステム化が完成した時代です。代表例はABC兵器。核兵器・生物兵器・化学兵器は、直接的な殺人行為を伴わずに、システマティックな大量殺戮を可能にしました。二十世紀が生み出した恐怖の大王です。
 二十一世紀はこれに、たぶんD(ドラッグ)とE(エレクトロニクス)とF(フード、食糧)とG(ジーン、遺伝子)が加わることでしょう。いずれも戦争以前の戦争に使われる兵器となり、戦争する以前に相手国を屈伏させる手段として、兵器以上にシステマティックに用いられる可能性があります。
 戦争の実像は、私たちの想像を越えた領域に広がっている、と考えて、ちょうどいいくらいでしょう。
 現実はいかなるSFよりも奇想天外であり、現実こそいかなるホラーよりも恐ろしいものであります。
 
 「シリー・ウォー」はスペースオペラですが、物語世界の戦闘に使われる兵器は宇宙戦艦やレイガンに限りません。化学物質、生命科学、植物、食品、心理学、歴史学、教育、芸術、そういった多様な側面から、スペースオペラを試みようと考えています。
 二十世紀は、科学の世紀でした。
 科学の産物が、私たちの日常生活を急速に変化させた時代であります。ただしそれを進歩と呼ぶべきか、はたして人類はより幸福になれたのか? その評価はこれからです。
 「シリー・ウォー」はSFですが、描くのは二十一世紀の現実です。
 
 
 
更新日時:
2006/02/15

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