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“未出版”作品
 


 7    19920702★連載『地球防衛艦隊1945』(2)
更新日時:
2006.10.09 Mon.
 
地球防衛艦隊1945  (2)
 
 
 
占領下(オキュパイド)・
ニッポン
 
 
 
 
南洋のウルシー環礁で、アンドロ星人と称する奇妙な連中のB29爆撃機が、“言うことを聞かないメリケン艦隊”を原爆一発で処分してから十日後のこと……
 
二月二十一日。
ここはニッポン。
 
ぼちぼち夕日が傾く厚木飛行場に、カーキ色の乗用車が走り込んできた。
木炭エンジンのダットサンだ。
しゅぽしゅぽと気の抜けた排気音を上げて、後部トランクから伸ばした煙突から黒煙を吐き出すと、寒風吹きわたる滑走路の脇に停車する。
二人の男が降り立った。
最初の男は紋付袴の和風スタイルで、背は低くがりがりに痩せていた。いかにも貧相な風情である。
この人物がときの日本政権を代表する首相、平田晋作であるとは一見して思えない。だが平田本人はそんな外見を気にすることなく、飄々として枯れた雑草や点々と残る雪を踏んで歩き回ると、あらぬ方向をむいてひょこひょことお辞儀をする。
「何をなさっているんですかな? そんなに探されても団栗(どんぐり)なんか落ちてはいませんぞ」
と忠告した男は、旧日本軍の連合艦隊司令長官だった。尾北重造、六十五歳。中肉中背だがふくよかに頬をおおう白髭が、彼の経験と忍耐力を象徴している。尾北はさっき階級章を剥がしたばかりの軍服姿で、腕組みをしたままときどき空を見上げている。
「食い物を探しているんじゃない。お辞儀の練習だよ。なにしろ占領軍の元帥さまがご到着になるんだ。腰を低くして迎えないとね。ほら、きみもそんなに偉そうにしてないで、もっとへこへこと、もみ手なんかしているんだぜ」
その姿は、さながら地面の豆をついばむチャボである。
あれ以上腰を低くしたら、地面をなめて歩くしかないな、と尾北は嘆息する。まあ自分も敗軍の将なんだから、あの丁重さは見習っておいてもいいと思うものの、それより先にこのニッポン国首相のプライドのなさにあきれてしまうのだ。
「ぐっもーにん!」と、夕日に向かって、平田は叫んだ。「はーわーゆー。みすた、まっさーかー。あいあむ、ぷらいむみにすたー、おぶ、おきゅぱいど、にっぽん。あいあむ、ゆあ、さーばんと……どうだい、連合艦隊司令長官、僕の英語もまんざらじゃないだろう?」
いやはや、この開き直りは立派なものだ……と尾北は口を半開きにしてあっけにとられながらも、感心もする。こんなに若いのに、よくここまで恥を捨てて達観できるものだ……と。
平田は若い。まだ二十七歳。独身である。これで一国の首相なのだからとんでもないエリートなのだが、その容姿外見はどうしようもない。髪は薄く、役所の下っぱ事務員のような欲のない表情、そして品のない丸ぶち眼鏡。どこが首相の風格なのか。しかし、まあ戦争に敗けた国である。このような外見の方が、メリケン軍の同情を引くのに有利なのかもしれない。これも天の配剤か……と、またまた納得する尾北であった。
「早すぎたかな……」
 空に向かって軽い伸びをしながら、貧相な若き首相はつぶやいた。   
「そうでもありません。もう予定時刻ぴったりです」と尾北は腕にはめた、メリケン製の時計を見て言った。占領司令官が到着したら「いやあ、お国の時計は正確ですなあ。ひきかえわが国の製品はポンコツだらけ。すぐに壊れて、御粗末な限りで……」と、心にもない下手なお世辞のひとつでも言おうと思ってはめてきたのだ。尾北という男、不器用な方だが、けっこう気のつく性格である。
「いや、マッサーカー元帥の到着時刻のことじゃないんだ。降伏した時期のことさ」と平田は笑った。力のない笑いである。やはり自分で降伏を決めたことを寂しく感じているのか、と尾北は少なからず同情する。「でも、やはりあれが潮時だったでしょうな。日本は敗けない。まだ武器もあり士気旺盛だと反論する輩もいますが、戦争は武器と士気だけではできませんからな。実のところ、もう燃料がないのです。あのときも、〈大和〉を東京湾に回航できたのが精一杯だった」
「あれは助かったよ。おかげでちゃんと降伏できた」
「それにしても首相は強引でしたな。突然議会を召集して、おれは降伏するぞ。いやなやつはここに残れ、おれは逃げる。言っておくが十五分後に〈大和〉がここを砲撃するからな。と一括してすぐ一目散に逃げだされた……」
「いやあ、タイミングは最高だった。射撃も正確そのものだった。たいしたもんだ。〈大和〉の46センチ主砲弾九発がぴたーっと一点に落ちたんだからな。うん、あれは見ものだった。国会議事堂は瓦礫の山だ」
「〈大和〉は断じて、世界一の戦艦です」
 尾北は髭をしごいて、しごく満足そうである。やったことははっきり言って軍事クーデターなのだが、目標が何であれ、〈大和〉の射撃の腕前には誇りを持っていたから、第一射で全弾命中したことがうれしくて、反省ひとつしていない。
「だいたい、みんな逃げたもんな。あれで誰もが自分の命を惜しんでいることがわかった。それなら一刻も早く戦争をやめるのが一番だ」
が、尾北はしばし瞑目し、あくまでも明るい平田にクギを刺した。
「何人かは……死にましたな」
ふっ、と脳天気な平田の頬に、悔悟の影が射す。
「致し方ない。警告はした。逃げろと言った。死ぬぞと忠告した。それでも残ったんだから、どうにもできない。自己責任さ」と無責任に談じる。それが、本当は強がりであることを、尾北は感じ取っていた。
平田はぼそぼそと、言い訳がましく続ける。
「骨のある、尊敬すべき立派な人間が、あのとき犠牲になっちまった。国家に、政治に命をかけて議事堂に残った、真に立派な政治家がね……ひきかえ、要領よく逃げ出した口先だけの小心者ばかりがこの国に生き残ったという次第さ。みんな、死ぬ勇気なんかないんだ。僕を筆頭にね。ま、人生いろいろ、政治家いろいろ……」
占領司令官が到着するその場で、戦争責任論をかまされては困る。占領軍に裁判でもされたら真っ先に首が飛びかねない敗軍の将は、話題を変えることにした。
「仮議事堂の居心地はどうですか」と尾北は尋ねた。国会議事堂が廃墟と化してから、議会は有楽町の帝国歌劇場に場を移していた。
「あれはいい。議事堂なんて最初から劇場スタイルにしておけばよかったんだ。南青山少女歌劇団のかわいこちゃんが、いつも議事の前にステージでラインダンスを披露してくれるんだからな。おかげで欠席する議員もいなくなった」
「政治はショウだ、といつもおっしゃってましたからねえ。ほとんど洒落だ」
「いまどき、政治なんてみんな洒落でやっているのさ。派手なパフォーマンスとサプライズで、臣民の拍手喝采を浴びさえすれば、一生贅沢して暮らせる。これからはそういう時代になっちまうんだ」
あくまで飄々として、国民を舐めたような物言いをする平田に、尾北はいまいましさを感じずにはおれなかった。詰問する。
「騙される臣民は、愚かだとでも?」
平田は貧相に笑って答える。
「愚かでなかったら、戦争になってやしないさ。そもそも軍部が国民を騙して……」
またまた戦争責任論になっては困るので、敗軍の将は話題を収めた。
「ま、せいぜい演出が過激になりすぎないように」
「いいじゃないか。フレンチ・カンカンくらいなら。明日の夜はマッサーカー元帥にも見てもらおう。征服者には心なごんでもらわないと……」
「その破廉恥なんとかいう踊りだけでは済みますまい。彼らは征服者ですぞ。肉体的なもろもろの欲望も、ここへきて発散しようとするでしょうな」
「……わかってるさ」と平田。消沈として言う。「用意はしてある。その業界の女性および男性各位には、苛酷な負担をお願いするしかないこともね。それが歴史の現実さ……現実は現実として、認めなきゃね」
 そんなことを喋っているうちに、二人の頭上に爆音が響いてきた。メリケン軍のC54輸送機、グレゴリー・マッサーカー元帥の専用機バターン号だった。でっぷりした太い胴体の機体が苦もなく着陸し、タラップがついて敗戦日本の征服者が姿を表したとき、平田と尾北はうやうやしくお辞儀をして迎えていた。
 コーンパイプをくわえ、サングラスをかけて難しい顔つきをしたマッサーカーが二人に軽く手を振ってタラップを降りきったとき、平田はおもいきりにこにこと愛想笑いを振りまいて、マッサーカーにひょこひょこと寄っていった。開口一番、
「ぎ、ぎぶ、みー、ちょっこれーと!」
今や“歩く自虐史観”と化した一国の宰相は、芸能人にサインをねだるファンのように、せかせかと占領司令官の足下にへりくだった。
「いやあ、遠路はるばる、アンカレッジ経由ではお疲れになったでしょう! ささ、こちらへ。豪華料亭にご夕食を用意しております。それに熱い風呂もわかしております。どうぞどうぞ、いらっしゃいませ!」
 その手には、「マッサーカーご一行様大歓迎」と墨書した旗が握られていた。
           *
 ご一行様がきらびやかな車の列を仕立てて着いたのは、吉原の老舗高級旅館「つぶら屋」だった。もう何度かB29の爆撃の洗礼を受けていたとはいえ、帝都東京の七割ほどは焼けずに残っていて、しかも戦争が終わったので灯火管制をやめた都内は夕闇の中に煌々と輝きまくっていた。
メリケン国旗を模して、青地に五芒星を白く抜き、赤いストライプもあざやかな提灯が軒下に並んだ別館で、マッサーカー元帥はさっそくひと風呂あびて浴衣丹前に着替えると、座敷で平田首相を前に、夕食の膳をつついていた。その左右はもちろん、とびきり別嬪でグラマーなプロ女性が寄り添い、三味線が奏でるメリケン国歌に合わせて神楽を踊り、元帥の杯が空くと、しなだれかかってお酌におよぶ豪華サービスである。
「これは何か」
 食膳の一品を箸でつつきながら、マ元帥は素朴に尋ねた。
「はい、納豆と申しまして、豆が腐って醗酵したものでございます」
 あくまで慇懃に、平田は答える。驚くべきか、英語ぺらぺらである。学歴不明とはいえ、あなどれない能力の持ち主のようだ。
「こちらは何か」
 まずそうに唇をしかめて、マ元帥は隣の皿を指す。平田もまずそうな顔で。
「それは鮒寿司と申しまして、淡水魚が腐って醗酵したものにございます」
「こっちは……」
「その腕の中身は、片栗粉を湯で練って、塩味をつけたものでございます」
「むうう……」
 マ元帥の表情がいよいよ暗くなった。食えない。ほかのサービスはまずまずなのに、食事にかけては猛烈に粗末といった印象である。こんなにもまずいものを日本人は平気で食っているのかと、不思議な顔をされる。
「とんでもない」と平田はあわてて否定する。「それしかないのです。これが精一杯のぜいたくな食事でして……ほら、これは麦めしでして、半分は稗や粟を入れて量をごまかしています。こちらの突出しは、野草のサラダでして、クローバーと芋のつる、それにドクダミのあえ物です。この旅館の庭先で取れたものです」
「これが日本の食糧事情の実態だと、きみは言いたいのかね」
 さすが世界一リッチな国の将軍、お察しがいいですね。と前置きすると、平田は座布団を外し、がばと畳に頭をすり寄せて嘆願した。
「日本は……日本人は飢えに瀕しているのです。永年の戦で農地は荒廃し、昨年はとりわけ寒く、米どころは軒並み冷害にやられております。このままでは次の夏までに数十万人の餓死者が出ることでしょう。なにとぞ、なにとぞ食糧の緊急援助を……」
 はらはらと涙が畳に浸み入る。敗戦国とはいえ、一国の首相のプライドなど微塵もなく、ひたすら懇願するばかりだ。
こうなると、もともと太っ腹なマ元帥、仕方なく頷くことになる。
 「どれほど必要なのか?」
 平田は眼の中に星をきらきらさせて、痩せ顔を懸命に上げる。
「実は……食糧の備蓄はすでに底をついているのです……今月中にアイダホ・ポテト20万トンを。あ、それと牛肉も5万トンほど」
 敗けた国のわりには、あつかましい……とマ元帥の顔が曇るのを見越したように、平田は言葉を継ぐ。
「とにかく、私たちは全面降伏いたしましたのです。この国はすべてメリケンのもの。いわばメリケンの一州と同じです。あなたさまのお国のような偉大な国家が、その国民を飢えるまま見捨ておかれることは、よもやあるまいと存じておりますが……」
 ひたすら、おねだりの精神である。めめしいと言われればその通りなのだろうが、それが今の日本の偽らざる現実なのです、どうかお願い……と平田は食い下がる。
「いいだろう。援助しよう」
 マ元帥、顔に似合わず優しいところをみせた。平田はほっとして、顔を上げる。その情けない視線を、マ元帥は鋭くとらえた。彼もはたと座布団を外し、平田に顔を寄せる。
「ミスター・ヒラータ」
「はい、閣下」
 マッサーカーは平田の耳もとに口を寄せた。そっとささやく。
「人払いを」
 平田、すっと頷く。軽く扇子を振ると、舞妓も芸妓も、また同席していた武官もそそくさと席を外し、座敷にはマッカーサーと平田の二人きりとなった。
 しばし静寂が二人を押し包んだ。戦勝国の将軍と、敗戦国の首相が膝をすり合わせる距離に身体をよせてお互いに正座したまま何やら怪しげな雰囲気である。
 コーンとくぐもった音で、庭の鹿おどしが鳴った。
「平田くん」
 マッサーカーは小さな声でそっと語った。この大きな身体でどうしてこんなに小さなささやき声が出せるのか、不思議なくらいである。
「平田くん。我々にも多少のお願いがあるのだ。ここへ飛ぶ前に極秘電報で依頼しておいた件だが……」
「はい、おっしゃった通り、連合艦隊……いや、旧帝国海軍の全艦船は武装を解除せず≠ノ出撃準備を整えて≠ィります」
「そのことだ……」マッサーカーはサングラスを取り真剣な眼差しで平田を見た。「事態は急を要する。まず、きみたちの艦隊はどれほど沈まずに残っているのだ」
 平田は黙って一枚の書類を懐から出してみせた。
 それは、日本海軍が本土決戦に備えて温存するため各地の港に疎開させていた虎の子の軍艦のリストだった。
「上出来だ……」マッサーカーは慎重な言葉使いでほめた。「よく、これだけ隠していたものだな」
「しかし、整備は万全ですが、燃料がありません」
「補給する。アラスカからタンカーを差し向けている」
「武器弾薬もできれば新型のものに……とくに最新のレーダーとVT信管という新兵器を。あ、それから対潜兵器。ヘッジホッグというのがよいですね」
「よく知っているな」とマッサーカーはあきれ、同時に安心して、平田の広くもない肩をどんと叩いた。
「まかせなさい! メリケンは全力を上げて、旧日本艦隊を支援する」
「やはり……そんなにやつらは強いのですか。例のアンドロ星人というエイリアンは……将軍、本音でいきましょう。どうしてもここで私は確かめておきたい。世界最強のメリケン艦隊が……この日本を叩き潰す戦力を擁する大艦隊がまるごと、乗組員も一緒に地球外から侵入した異星人に乗っ取られたのは、事実なんですね!」
 刹那、マッサーカーは沈黙したが、すぐに、もう隠し立てしても意味がないと判断して、イエス……とだけ答えた。
「やつら、二月十一日に原爆を投下したんでしょう。それで、まだやつらに乗っ取られていなかった、残りのメリケン艦隊は全滅してしまった」
「そうだ。広島に落とす予定だった〈リトルボーイ〉というウラン爆弾だ。しかも……」
「しかも?」
「その三日後には、沖縄侵攻のためにオーストラリアのポートダーウィンに集結していた英国の主力艦隊も全滅してしまった。〈ファットマン〉というプルトニウム型原爆をやつらは使いおった」
「それは日本のどこにお使いになるつもりだったのですか?」
「小倉か長崎だ」
「ふうむ」平田は長いため息をついた。「早く降伏しておいて、よかったですよ」
「だろうな……」マッサーカーは皮肉たっぷりに答えた。「そうしなかったら、いまどき我々は、硫黄島に上陸していたころだ。が、アンドロ星人に乗っ取られたことによって状況は一転した。やつらの目的地は日本でなく、ハワイなのだ」
「一昨日、空襲を受けたとか」
「やつらに操られたB29が一千機近く、焼夷弾を積んでオアフ島に殺到した。ミッドウェー島を占領してそこから飛んできたんだ。ホノルルは火の海だ。……まったく、本来ならこの東京を爆撃するはずの戦力だったんだがな」
 このとき、二人の立場は急速に入れ替わっていた。戦争が続いているうちに、メリケン太平洋艦隊の、それも大型空母を中核とする主力の一大機動部隊にとんでもない異変が起こっていたのだ。宇宙からやってきた未知の寄生生物アンドロ星人に、兵士から将官までのすべてが乗っ取られ、日本からメリケンへと戦闘の矛先を方向変換したのである。このまま放っておくとハワイも占領され、次にはメリケンの本土が本来メリケンのものだった艦隊に攻撃されるだろう。
「降伏してよかった」と平田はまたつぶやいた。もし日本が降伏していなかったら、アンドロ星人の旧米国艦隊は、なりゆき上、日本に侵攻してきたかも知れない。とすると……あのとき無理矢理でも降伏したことによって、硫黄島、沖縄、東京、広島、そして小倉か長崎の人々……合計百万人を越す命が、とりあえず救われたのだ。
「そこで取引だ。平田くん。日本は我々に降伏した。そしてメリケンはきみたちを全面援助する。そのかわり戦ってくれ。連合艦隊の残りの戦力をかけてな。今は、メリケンにはやつらに対抗できる軍艦も、十分な航空機も残っていない。だが、きみたちはそれを持っている……頼むぞ」
「まかしていただきましょう!」
 今度は平田がどんと胸を張る番だった。
「だが、敗戦によって解散した軍隊です。しかもこれまでの戦いに疲れきっている。この際、もっと若い連中を採用して、兵力を一新したい」   
「任せる。が、ひとつ条件がある」
「何なりと」
「対アンドロ星人への反攻作戦は、世界に残っている残存艦隊をかき集めて行なう。すでに、きみたちよりも先に降伏したドイツ、イタリア艦隊も同じ目的で参加するため準備中だ。あと、数は少ないがフランス、イギリスの艦隊も同じだ。国籍をこえた連合軍を編成する。だから日本の軍艦旗をかかげて出撃するのはやめてくれ」
「もちろんけっこうですよ。日本は敗けたんだ。だから軍艦ごとまるまるメリケンの傭兵ってことでいい。ただ、なるべく日本人を雇用してもらうってことで……なにしろ敗戦後の不況で、失業者ががっぽり出るはずでしてね。人間もまとめて一緒に雇って下さいよ」
「高給を約束する」
「オーケー、取引成立です。で、私たちがかかげる旗は?」
「これだ」
 マ元帥はブリーフケースを開け、一枚の淡いブルーの旗を畳の上に広げた。それは中央に白抜きで地球を表す円と緯度と経度の線が図案化してあり、その円を平和を表すオリーブの葉で囲んであった。そしてマークの下に頭文字が三文字。
「EDF?」
「そうだ。アース・ディフェンス・フリート」
「地球防衛艦隊ですか!」
           *
 こうして、第二次大戦の戦勝国、敗戦国ごっちゃまぜの地球防衛艦隊が誕生した。つい先日まで戦争していた各国が手を結んで、宇宙からの侵略者に立ち迎うのである。その目的は……
謎のアンドロ星人に支配された旧メリケン太平洋艦隊を撃滅し、とりあえずハワイとメリケンを守り、次いで地球全土を人類の手に取り戻すことである。
 その二日後、日本全国の津々浦々に、地球防衛艦隊の兵士募集のポスターが貼りだされた。
 
『求む! 命知らずの若者。
 地球の危機に際し、
 宇宙の侵略者アンドロ星人から 人類を救う、
 勇敢な戦士を募集します。
 あなたも、地球の平和を守るために、
 いっしょに働いてみませんか。
     高給。住み込み三食つきの明るい職場。
     最新鋭の兵器を貸与。
     勝てばハワイ旅行の特典あり。
 
     地球防衛艦隊 日本支部 採用課』
 
 応募者の数は圧倒的だった。時に西暦1945年、戦争に敗けたばかりの貧しい日本には、とにかくメシが食えるなら戦争だって何だってするぞという、追いつめられた少年少女があふれていたのである。十二時間後に募集は締め切られ、地球防衛艦隊・日本残存艦隊はその人員編成を完了した。
 
                                         【つづく】
 

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