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“未出版”作品
 


 6    19920701★連載『地球防衛艦隊1945』(1)
更新日時:
2008.10.18 Sat.
 
 
地球防衛艦隊1945 (1)
 
 
来寇! 
宇宙のエイリアン
 
 
 
 
東京から南にはるか二千キロ。
おおむね北緯十度の、ここは南太平洋。カロリン群島の海である。
ときにグレゴリオ歴1945年、2月11日。
当時、極東に勃興した島国の軍事独裁国家・大日本帝国と、そのまたずっと東、広大な太平洋を挟んで対峙する軍事大国・メリケン合衆国は、戦争の真っ只中にあった。
去年の秋は、隣のマリアナ諸島で日本対メリケンの空母艦隊同士の大決戦が行なわれた。
もちろん日本はぼこぼこに敗けた。
続く昨年十月には、フィリピンの島々をめぐって、攻めるメリケン艦隊に対してすっかり守勢に回った日本連合艦隊の最後の抵抗がみられたが、ここでも、もちろんボコボコに敗けたのは日本であった。
三年前のミッドウェーの戦いにおける敗北以来、日本は徹頭徹尾、敗け続けていた。ひたすら敗ける以外に芸のない負け犬状態である。
が、それはもう、この南洋ではどうでもいいことのように思われる。それほどおだやかで、平和に海は凪いでいた。
 
 真っ青な海と、真っ白な珊瑚礁が点在する、楽園のような世界である。
 だが、そのうちのひとつの珊瑚礁に囲まれた内海には、灰色の軍艦と輸送船が集結して、鏡のような海面を暗く染めていた。
 数限りない輸送船やタンカー、そして護衛空母や駆逐艦の群れ……。
 もちろん、すべてメリケン合衆国海軍の船である。
 かつて世界最強を誇った日本連合艦隊は、そのほとんどが南海のもくずと消えてしまった。ここは、やがて沖縄や日本本土に大侵攻をかけようとしているメリケン海軍機動部隊の後方補給基地なのである。
 ウルシー環礁。
 この珊瑚礁は、そう名付けられていた。この日、二月十一日までは。
 なぜなら、この日、ウルシー環礁は海上から消滅してしまったからである。
 そのとき、波間に白く輝く珊瑚礁のすぐ外側の海中には、一隻の日本潜水艦が、珊瑚礁の中のメリケン艦隊に虚しい戦いを試みようと接近しつつあった。
 その潜水艦、イ373の艦長・新巻少佐は、推進機のモーター音を落として、海中をひそかに進む艦内で、三人の〈戒天〉特別攻撃隊員と水さかずきを交わしていた。
 イ373はもともと輸送用につくられた水中貨物船である。航続距離は長いが、魚雷発射管はない。武器といえば、甲板の上に固縛した、三本の太い円筒のような金属塊だけである。
 それは、巨大な魚雷の形をしていた。小さな潜望鏡が中央についており、人がひとり、乗り込める大きさのキャビンがある。すなわちこれは、人間が乗ったまま敵艦に体当たりする自殺兵器、人間魚雷〈戒天〉なのだ。その弾頭は普通の魚雷の三倍の威力があるので、命中すれば戦艦でも一発で轟沈できる。
 命中しさえすれば……
 しかし、これに乗って発進した兵士は二度と生きて戻ることができない。兵器というにしても、あまりにも悲劇的な自殺機械なのだった。
「日山、下田、川俣……」
 新巻艦長は今から死に臨む特攻隊員の名前をひとりずつ、厳かに呼んだ。三人は何もいわず、唇をきっと結んで敬礼を返す。三人とも若い。学徒動員された大学生なのだ。
「すまん」と新巻艦長は、三人に頭を下げた。
「みんな、戦争さえなければこれから社会に出て、恋もし、やりがいのある仕事について、すばらしい人生を送れるのになあ。いまさら、おれが何を言っても、懺悔にもならんが。おれは本心、おまえたちを死なせたくないんだ。……本当に、すまん。何もかも、おれたち上官の責任だ」
「艦長……」   
 三人もしんみりして、顔を落とした。人生の最後の時間になって、いつも厳しい表情しか見せたことのない新巻艦長の本音を聞いたことが、かえってこの世のことでないように思われた。
 三人は新巻の両眼に大粒の涙が浮いているのを知った。その涙はただでさえ湿っぽい潜水艦の司令室の床に落ちて散った。
「もう日本はこの戦さに勝つことはできん。真珠湾の奇襲からずっと、前線で戦ってきたおれにはわかる。それなのに、このうえおまえたちを死ににいかせねばならないとは……許せとは言わん。このおれを憎んでくれ……呪ってくれ。だが、きっとおれもすぐ、おまえたちの後を追うだろう。魚雷一本もなく、のろまなドン亀のこいつでな」と新巻艦長は配管とバルブだらけの艦内を見回した。「おまえたちが発進したら、おれはこいつで後を追う。敵がおまえたちを発見できないように、おとりになって敵の目を引く。その間に、突っ込んでくれ」
 三人は顔を上げた。悲壮な決意がみなぎっていた。新巻も死ぬつもりなのだ。確かに、三人の〈戒天〉が敵艦に命中したら、あたりはメリケンの潜水艦狩りの駆逐艦に囲まれてしまう。どのみちイ373に、生き残る道はなかった。
「行きます。一億総特攻の魁(さきがけ)となって、突っ込んできます」
三人は頭に白い鉢巻きを締めて言った。それしか、言う言葉はなかった。新巻は命を賭して、三人に突撃路を開くと言ってくれたのだ。もう何も言うことはなかった。ただ新巻艦長への、奇妙な感謝の気持ちだけが残った。
「メインタンク・ブロー!」
 新巻は命じた。がぼがぼと圧縮空気をタンクの中に噴射して、イ373は海面へ向かっていった。甲板の〈戒天〉だけを海面に出し、それから三人が乗り込むのだ。
 潜望鏡が海面に出た。新巻は潜望鏡筒に目を押しつけ、ぐるりと周囲を見回した。敵駆逐艦の姿はない。波の間にちらちらと、目的地であるウレシー環礁の、珊瑚礁の突端が白く見えるだけだ。
 新巻はもう一度、潜望鏡を回転させた。そしてさらに浮上を命令しようとしたとき……。
 潜望鏡の視界が、真っ白に輝いた。
「あっ!」
 思わず声を上げて、接眼口から顔を離したが、それでも接眼口から青白い光線が瞬間的に漏れて艦内をぴかりと照らした。続いて、どん! と海面から強烈なショックが降ってきて、やわな潜水艦の甲板を激しく叩く。
 揺れた。数秒の間だったが、大地震に見舞われたかのように、イ373は水面と水中の間を踊り回った。
 乗組員たちは反射的に手近なものにしがみついた。
 新巻は、「敵襲!」と叫んだ。続いて「急速潜航!」
 が、潜水艦は言うことをきかなかった。最初の衝撃で注水弁が故障してしまったのだ。イ373はざばざばと波をかき分けて、完全に浮上してしまった。
「もぐれ! 早くもぐれ!」
 新巻は血相を変えて怒鳴った。敵駆逐艦の新兵器なのか? だとしたら、おれたちの命は風前の灯だ。なんてことだ。こんなところで死んでたまるか! 
〈戒天〉を発進させるまでは……。
「だめです! 注水バルブが開きません! 艦外に出て修理するしかないと思われます」
 機関長の声で、新巻は即座に決心した。
「よし、外へ出る。副長、ついて来い!」
 新巻はラッタルを蹴って昇った。司令塔のハッチを開ける。一刻も早く修理するのだ。それが無理なら、機銃を甲板に出して敵と戦いながら、人力で〈戒天〉を海に降ろすしかない。もとより死は覚悟の上だ。
 開いたハッチから、新鮮だがむっとするほど濃厚な潮の香りが吹き込んできた。上に飛び出す。司令塔の手摺りに身をかがめながら、あたりの海上をうかがう……敵は、どこだ、どこにいる?
 新巻は放心したように、ゆるゆると立ち上がった。うめきが漏れた。
「なんてことだ……あれは、いったい……」
 ウルシー環礁は消え失せていた。かわりにそこから天を衝く巨大なきのこ雲が高く高くのび上がり、さらに天頂に向かって成長していた。真っ青な南の空をバックに、海上のすべての敵を呑み込んであっけらかんと広がっていくきのこ雲は、すごく現実離れした情景で、それ自体がジョークの固まりみたいに見えた。
「ん!」
 新巻は眼をしばたたいた。雲の上で何かがきらりと光ったのだ。銀色の、大型の爆撃機が旋回して遠ざかっていく。
「B29じゃないか。たった一機だ。あいつが爆弾でも落としたのか? それにしても、どうして味方の艦隊を、やっつけてしまったのだ?」
 新巻の疑問に答えるように、足下のハッチから通信士官が報告してきた。
「敵爆撃機の通信を傍受しました」
 新巻はいそいそと下に降りた。こうなったら上にいたって仕方がない。これから〈戒天〉で一隻でも撃破しようと願っていたメリケン艦隊は、消えてなくなってしまったのだから。
新巻は奇妙な嬉しさにとらわれた。これだけははっきりしている。とりあえず三人の特攻隊員を死なせなくてもよくなったのだ。
 敵の通信は暗号も使わず、平文のまま堂々と送信されていた。特攻隊員の三人は英文科出身だったので、その場で翻訳してみせた。
『われ〈ハード・ゲイ〉。爆撃に成功。〈リトル・ボーイ〉は予想以上の威力だった。まったくかわいいチビだったぜ。この星の原始民族がこれほど強力なエネルギーの解放に成功していたとは意外だった。これで、我々アンドロ星人寄生体(アンドロン)の命令にしたがわないメリケン艦隊は全滅した。この調子で行こうぜ! 今からテニアンへ帰投する。人肉ステーキを焼いておいてくれ。とびきりでかい、血のしたたるやつだぜ』
「原子爆弾だ。やつら、味方の艦隊に原爆を投下したんだ……」
 悲痛な副長の声は、しかし新巻の耳に届いていなかった。
「なんなんだ、いったい……」
 新巻はただそうつぶやくだけだった。なんなんだ……いったい。これが彼の偽らざる心境だった。ほんの一分前には死を決意して敵の群れに突入し、万歳を叫んで散華するつもりだったのに。
 そんな新巻を嘲笑うかのように、頭上のB29〈ハード・ゲイ〉のアンドロ星人とやらが合唱する歌が響いてきた。まるで酔っ払ったようにろれつの回らない声だったが、歌詞の内容は簡単だったので、英語ぎらいの新巻にも理解できた。こんな歌だった。
『ウッフォ ウホウホ ウッフォッホー
 大きな銀河をひとっ飛び アンドロ星人がやってきた。
 本当に怖いんだぞ お口にとりつくエイリアン。
 鬼畜もゾンビも妖怪も  アンドロ星人にはかなわない
 無敵のアンドロ星人 宇宙の王者……』
 新巻はただ絶句して陽気な歌声に耳をそばだてた。イ373の乗組員も全員がそうしていた。すると合唱が途切れて、アンドロ星人とか称する未知の生物たちが声を合わせてエールを送るのが聞こえた。
『あっ、あれは何だ!
 鳥か? 飛行機か?
 違う、アンドロ星人だ!』
 そして地獄の底から発するような、不気味な笑い声が流れていった。新巻は潜望鏡の筒につかまったまま、ずずっとコケた。
「狂ってる……何かの病気だ。メリケン軍のやつら、きっと病気で、頭のネジが外れっちまったんだ」
 特攻隊のひとり、川俣がぼそっともらした。では、鉢巻き姿で自殺兵器に乗って突撃しようとしていたおまえは、そのとき正気だったのかと尋ねられれば、どう答えていいものかわからなかった。まあ、戦争に狂気はつきものだ。あいつらが狂ったのか、それともおれたちの方が狂って、変な幻覚でも見ているんだろうと川俣は自分に言いきかせた。
 しばらく、誰も何も言わなかった。潜水艦のみんなが川俣と同じ心境だっのかもしれない。
 出し抜けに、通信機に日本語が入った。
 みんな、黙って聞いていた。と、それが現実に眼の前の通信機に、東京から送られているラジオの電波だと悟って全員が青ざめた。
 本当に狂ってしまったのは、おれたちの方なんだ、きっと。とだれもが思ったからだ。
『あー、あー、全世界のニッポン軍のみなさーんっ! 日々の業務、まことにご苦労さん、いやー、本当にご苦労さんでした。私は日本の首相・平田でーっす! ただ今、東京の日吉台から、短波ラジオでナマ放送しております。聞こえてますか? 聞こえていたら、ラッキーよ! 戦争は本日の正午をもってお・し・ま・いっ! わかる? スィー ユー? アンダスタンド? この戦争はゲームセットとなりました。みなすぁぁん!』
 わんわんと響く首相の大声が、調子の狂ったスピーカーに珍妙なエコーをかけた。突然、今度は女性の艶っぽい声が割り込み、続いた言葉で全員が、ぽかんと口を開け、身体の力が抜けてふらついてしまった。いや、何人かは本当に卒倒してしまった。妖しい女の声だけが元気満々である。
『そう、要するに、日本は敗けちゃったのよ。日本時間の本日正午、日本政府はメリケン合衆国に無条件降伏しちゃったの。私が言うんだから間違いないでしょ? 欲しがりません勝つまでは……なーんちゃって、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶ日々は終わったの。なーんたって、敗けちゃったんだから、もう、なにを欲しがってもいいのでーっす。……もうお仕事は終わりだから、早く帰っていらっしゃい。平和な日本で、私たちが待ってるわ。港についたらおもいきりキスしたげるからね。こんなふうに……』
 ちゅばちゅばちゅばと、にぎやかな接吻の音がしつこく続くと、『もーいいもーいい』とうれしそうな平田首相の悲鳴が彼女に代わって全世界に流れた。
「あの女性は誰ですか?」と日山が尋ねた。
「“東京チューリップ”だぜ。ほら、毎晩英語で、東京から反メリケンの謀略放送を流していたアナウンサー」と下田が答えた。
「きっと色っぺー、めっちぇん(娘、の意)だろうなあ」
 うっとりとつぶやいた川俣を元気づけるように、再び平田首相の声が演説をしめくくった。
『まーとにかく、戦争を放棄して、家に帰ってらっしゃい。諸君! 日本は敗けたのである! もう敗けちまったんだから仕方ない。文句あっか?』
「ないない」と思わず答えてしまって、新巻は顔を真っ赤にした。しかし艦内の全員の顔を見ると、一人のこらず頷いていたのである。それも当然、戦うにも、イ373には武器らしい武器もない。〈戒天〉はあるが、平田首相の脳天気な放送を聞いたあとでは誰も乗る気がしないし、新巻も、誰かを乗せる気にはなれなかった。とすると、結論は……。
 新巻はあせった。ここで自分は決断しなくてはならない。それなのに、この数分で起こった出来事は自分の理解をはるかに超えていた。メリケンの艦船に原爆をお見舞いしたB29。それに乗っていたアンドロ星人とかいうわけのわからない連中。そして祖国日本の唐突な降伏……。想定外もいいところで、何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。
 しかし……。とにかく世界の歴史がここ数分で大転回してしまったのは確かなようだ。そして、このまま黙って何もしないでいると、自分だけ歴史においてきぼりを食ってしまうだけだ。そんな気がした。
 ラジオの放送はいつのまにか音楽に変わっていた。軍歌ではない。『東京音頭』と『ローレライ』と『東京パラダイス』がかわるがわる流れている。その歌詞の一節が、新巻のうつろな耳を通りすぎた。
「踊り踊るな〜アら……なじかは知らね〜エど……恋の都、夢ェのパラダイスよ……」
 ええい、もうどうにでもなれ! やけくそで新巻は命令した。
「諸君、白旗を上げろ! 日本に帰るぞ。それから烹炊長、艦内のありったけの酒を出せ! 何が何だかわからんが、たぶん、めでたいことになったんだ。宴会にするぞ、無礼講だ!」
 そして彼は、潜望鏡の前にすっくと立ち、こう宣言した。
「シリアスな戦いは終わった。今からギャグの戦後が始まるのだ!」
 
 
 
                              【つづく】
 
 
 
 
 

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