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22    20070107『クフィル』

『クフィル』

クフィル
 
 
クフィルとは、ヘブライ語で子ライオンのことだそうです。
 
20世紀半ば、欧米諸国の諸般の事情で、いささか強引に
中東に建国したイスラエルは、
たちまちアラブ諸国と慢性的な戦闘状態に突入しました。
 
周囲はすべて敵国という情勢下、
勝たなければ国民すなわち難民化という、
がけっぷちの挙国一致で戦うイスラエルは、
1967年の第三次中東戦争で、フランスから輸入した
新鋭戦闘機ミラージュVを投入することができました。
 
強いのなんの。
フランスが誇る戦闘機界のエスプリ、ミラージュVの
優美なお姿は見かけ倒しではなく、本当に高性能。
向かうところ敵なしで、敵のミグ戦闘機群をばたばた撃墜。
 
欣喜雀躍、イスラエル。
 
しかし国際情勢は秋の空。
諸般の事情により、フランスの気が変わり、
イスラエルの救世主ミラージュVの追加輸入が
断られてしまったとさ。
 
窮地、イスラエル。
 
背に腹は変えられぬ。やっちまえとばかりにイスラエル、
自力でミラージュVの次世代機ミラージュ5の機体データを
フランスから黙って入手して、
コピー飛行機を作ってしまいました。
(なにぶん非常時のこと、フランスに著作権料にあたる
ライセンス料を支払ったかどうか、私は知りません)
 
そういうことなので、機体はできたけど、エンジンがありません。
まさか、もうフランスは売ってはくれませんしね。
 
ええい、やっちまえ……と言ったかどうかわからないけれど、
イスラエル、海のかなたのアメリカが
名機ファントムに使っていた
強力なジェットエンジンJ79に目をつけたのです。
 
はまるものなら、ハメてしまえ!
 
まるでプラモの改造みたいに、ミラージュの腹を裂いて
ジェットエンジンJ79を押し込んでしまいました。
このエンジン、いかにもアメリカ原産らしく、
パワフルなんだけど、いささかずんぐり肥満体。
もとのエンジンがウインナソーセージなら、
J79はフランクフルト。
そんなものを入れちまったものだから、
ほっそりスマートに絞られていた、
パリジェンヌのウエストとヒップは
太いJ79エンジンのおかげで、ぬぼっと膨らみ、
お尻の排気口は、ばっこんと大きく
開いてしまったのでありました。
 
IAIクフィルC7。
そのボディの、
上半身はパリジェンヌ、下半身はヤンキー娘。
ある意味、切羽詰まった事情があるとはいえ、
人殺しのために産み落とされた、
やけっぱちのハーフブラッド・プリンセス。
 
全長およそ15メートル。
最高時速2400キロメートル。
固有武装は30ミリ機関砲2門。
各種性能はミラージュVを上回りました。
 
イスラエルにとっては守護天使、
アラブ諸国にとっては非道の悪魔。
1970年代から80年代の一時期、
中東の熱い空を血に染めて、この“子ライオン”は、
アラブの人々に災厄を振り撒く、死の翼となりました。
 
その出自と使われ方は、私は好きではありません。
なることなら、実戦の機会がなくてすみ、
航空ショーだけに出撃してほしかった。
 
なんとなれば……
その姿の美しさ。
 
美女の鼻すじのごとく、つんとすぼまった機首。
昨今の大口開けた箱形ではなく、
淑女が接吻するときの唇のように、楚々とした
半円錐のショックコーンつきのエアインテーク。
そしてあでやかなドレスのごとく、裾を広げた、
フランス伝統のデルタ翼。
 
個人的にも、私はデルタ翼が好きですが、
翼の前縁の絶妙のカーブといい、
切り返しのドッグトゥースの位置といい、
クフィルの翼はなかなか魅惑の造形なのです。
 
そして、揚力と安定性向上のために、
エンジン吸気部左右に追加された、
天使の羽を思わせる先翼カナード。
後年の、スウェーデンのグリペンとか、フランスのラファル、
ユーロファイターのタイフーンなどに十年二十年先駆けた、
いかにもお洒落な、先進のデザイン。
 
また、一見、不恰好であるかのように思える、
ややメタボリックなお腹とお尻は、
小さな吸気口を追加して大きくなった
垂直尾翼の形とあいまって、
むしろグラマラスな安定感を備えてくれました。
 
コクピットから前は可愛い顔ですが、
ダッシュのキック力は猛獣なみ。
古い名前ですが、
小柄なフランソワーズ・アルヌールと
かのマリリン・モンローを足して二で割ったみたいな、
上品で、かつ艶っぽい、エキゾチックな姿態を
クフィルは手に入れてしまったようです。
 
フランスの機体とアメリカのエンジンを、
両家の祝福抜きで、よその家の
イスラエルで結合するという、
なんだか掠奪婚みたいな因果が生んだ、
数奇の美。
 
複雑な家庭の事情はあるものの……
たしかに、彼女の妖しい美しさは、否定できないのです。
 
 
 
更新日時:
2007/01/11

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Last updated: 2010/1/11

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