
グラマン(1)
悪役である。
空飛ぶ豚かフグ提灯か。
でっぷり肥満のその胴体。
“飛びゃーいいんだろ”式の、不粋な角型主翼。
卑猥な笑いの形した、エアインテーク。
この醜怪さ、カッコ悪さよ。
それになんといっても、
「グラマン」という名字の、ふてぶてしさ。
「ヘルキャット」という名前の、ずるがしこさ。
そう、「カーチス・ウォーホーク」とか
「ノースアメリカン・ムスタング」とか
「ロッキード・ライトニング」とか
「チャンスボート・コルセア」とか
「リパブリック・サンダーボルト」といった
ライバル機の名前はどこか間延びして、愛嬌もある。
しかるにこの、「グラマン・ヘルキャット」
アメリカの田舎町のチンピラ姉御を思わせる、
このブタフグな、身体と名前。
まさに空の悪役、極まれり。
思えば、今を去ること六十余年。
大ニッポン帝国が鬼畜米英(当時の用語だよ)と、
本当に戦争していた、冗談みたいな暗黒時代。
その緒戦で太平洋の空を制したのは、
ニッポンの天才が生み出した、
最新戦闘機、零戦だった。
身軽で快速。小回りがきくうえに、
二十ミリ機関砲というヘビーな武器を構え、
一気に二千キロメートルという驚異の航続力まで誇る、
オリエンタル・マジックな戦闘機。
空の女王、零戦。
ばたばた撃ち墜とされる、鬼畜米英(当時の用語だよ)の
ちーぷな戦闘機たち。
万歳万歳、無敵の大ニッポン帝国。
しかし、零戦の天下は、儚かった。
贅肉を削りに削った、骨粗鬆症なボディは、
あまりに脆弱で、真剣に急降下すれば分解する御粗末さ。
防弾装置が皆無で、張り子同然の操縦席と、
一発着火の燃料タンク……
つまり、大砲を背負ったペーパー・プレーン。
悲しいかな、空の女王は裸の女王だったのだ。
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