Essay
日々の雑文


 69   20110729●雑感『下着の社会心理学』について
更新日時:
2011/07/31 
 
 
 
『下着の社会心理学』の出版と、
会社での最後の仕事。
 
 
 
勤務先の会社で「女性の心理と下着の研究」をするプロジェクトを5年余り担当しましたが、その成果を本にまとめたいというのは、私個人の念願でもありました。出版できたら世界初の、下着心理学の学術的な本になるわけです。
社内的にはあれこれと軋轢もあったようですが、共同研究者の先生と出版関係の皆様のご理解に助けられて、実現しました。
タイトルは『下着の社会心理学 洋服の下のファッション感覚』。共同研究者である聖心女子大学文学部(心理学)の菅原健介教授と研究プロジェクト『ココロス』の共著として、朝日新聞出版の朝日新書より、昨年の2010年11月12日(金)に発売されました。
 
●本邦初、もしかすると世界初の「下着心理学」の本
本書『下着の社会心理学』は、ブラジャーやショーツといった女性下着(正しくは“婦人洋装下着”)を着用するとき、女性がどのような思いでその1枚を選び、そしてその下着が、着用する女性の心にどのような心理的効果をもたらし、その行動に影響を与えるのか……を、のべ一万人の意識調査をベースに解き明かしたものです。調査の結果、日本女性のほぼ九割は“お気に入りの下着”と普段用の下着を区別する“下着こだわり派”であり、お気に入りの下着とは「勝負下着」であると認識する人も相当います。二十代から五十代まで年齢を問わず、およそ四割の女性は「下着に夢を感じる」と答え、お気に入りの下着を着用することで、@女性らしい魅力の「アピール」、A気分を高揚させる「気合」、B心を癒す「安心感」の三つの心理的効果を得ていること、その結果として、自分の行動をより積極的にし、前向きな生き方を志向していることがわかりました。
女性の皆様にとっては、何をいまさら……的な、当たり前の事実でしょう。しかし、これを学術的な手法で調査分析し、心理学の学会に発表し、学会誌に論文も掲載するという厳密な手順を踏んで執筆された書物としては、間違いなく国内で初めて、おそらくは世界で初めてと思われます。アウターウェアを扱う被服心理学や、コスメティックを扱う化粧心理学は以前から確立されていますが、その狭間の、肌と服の間を扱う「下着心理学」は見落とされたフロンティアでした。本書が新たな学問領域を拓くことが期待されます。
 
●「下着心理学」とSFの関係
本書で私が直接関わったのは、出版プロデュースと、戦後の婦人洋装下着の歴史的記述。勤務先の会社の「50年史」の編集も担当したことから、終戦後に日本女性の日常的なファッションとして初めて登場した洋装下着が、男性から性的な視線を浴びる中、どのようにして普及していったかを文献に基づいて原稿化しました。たとえば「1960年頃のスリップのファッション化には、銭湯が重要な舞台となった」ことの説明とか。そんなことはSFとは無関係に見えますが……いや、そうともいえないかもしれませんよ。
本書でアプローチしたかった謎は3つ。@婦人洋装下着は洋服に合わせて体型を補整する機能中心の“実用品”である。なのに、女性の4割もが下着に実用性とは無関係な「夢を感じる」のはどうして? A下着は本来、“他者に見せない”ものであるのに、なぜこうも多くのデザインや色彩が発生し、装飾化しているのか。 B戦前はもっぱら和装(キモノ)だった日本女性にとって、洋装下着は欧米から流入した“異文化”の産物なのに、さしたる拒絶反応もなく半世紀ばかりで定着したのはなぜなのか。
「物事の結果と原因を結びつける営み」を科学と呼ぶならば、これらの謎を解く方法は、やはり科学的であるはずです。「たかが下着」に大げさな感もありますが、ならば人類が作り出した機械はどうでしょう。クルマも鉄道も家電製品もパソコンもケータイも、本来は実用品なのに、なぜか私たちはそれらに“夢”を感じてはいないか。実用性が満たされても「無味乾燥」はいやだとばかりに、多種多様なデザインや色彩で飾っているのはなぜか。文化的な拒絶反応はなかったのか。あったとしたらどうやって解決されたのか。「下着心理学」という超マイナー領域から、そういった謎に通じる要素が見えてきますし、それらの謎を解くことは、科学と文化、あるいは論理と感情の関係にせまるような気もします。SFとの接点もありそうですね。たとえばロボット。本来、実用的な機械でありながら、なぜ私たちは“人間型”にこだわり、服を着せ、美しい声やかわいい仕草といった、心理的な効果を期待してしまうのか。映画など映像作品では、実写作品で成立するものを、なぜアニメにするのか。他者に見せることもなく、一人で、実用性すらない単なる物体である、雑貨やぬいぐるみ、ガンプラやフィギュアなんかを集めて愛でるのはなぜだろう。当たり前のことのようでも、考えてみると不思議である、そんな謎に答えるのも、SFの役割であるのかもしれません。
 
●……ということで、これが会社での最後の仕事になりました。
女性心理と下着の研究を『下着の社会心理学』という一冊の本にするには、企画から出版まで2年ほどかかりました。これに並行して、研究成果を一般に公開する社外向けサイト『心理と下着の研究サイト ココロス』( http://www.cocoros.jp/ )を2010年5月に開設し、その中の『歴史探訪』という、婦人洋装下着の戦後史エピソードを連載させてもらったのですが、かなり忙しく、SF作品を書く余裕がないまま日が過ぎてしまいました。そこで、2010年の年末をもって会社を早期退職しました。細かな事情はさておき、そうするのがよかろうということで。晴れて失業者となった今、まずは職安に通って再就職活動、また主夫として家事に励み、貧乏生活に徹しています。
早く作品を書きたい! と渇望しながらも、2011年に入ったとたん、次々と想定外のアクシデントに見舞われ、半年あまりが過ぎた今、ようやく人生が再起動してきた感じですが……。
 


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