Essay
日々の雑文


 67   20100621●前書き『幸福の黄色いハンカチを、…』
更新日時:
2010/06/26 

20100621
 
 
幸福の黄色いハンカチを、
結んだ彼女の物語。……について。
 
 
 
 
百回読んで、間違いなく百回とも泣ける話に出会えたら、それはやはり人生の幸福というものです。ピート・ハミル作の『黄色いハンカチ』(河出文庫『ニューヨーク・スケッチブック』所収)を最初に読んでから、もう四半世紀近くになるでしょうか。いつ、どのようなときに、何度読み返しても、なぜか、涙がにじむのです。まるで、ある種の条件反射であるかのように。
とても短い短篇です。400字詰め原稿用紙で5枚程度。それが、最初の数行で心をつかみ、最後の数行で、超大作の感動巨編とでも呼びたくなるほどの、激しい感情の波を作り出すのです。言葉にしようがないほど、物凄い傑作なのです。
 
しかし、ずっと、不思議でした。なぜならば、この作品はすでに1977年に日本で映画化されていて、私もそれを観たことがありながら、記憶の中では原作と映画が結びつかず、別の作品のように解釈してしまったからです。
『幸福の黄色いハンカチ』というタイトルのその映画は、しっかりと「ピート・ハミル原作」を謳っていて、繰り返し観ましたが、こちらも原作に負けず劣らず、いい作品でした。ちょっと滑稽で切ない日常の点描でありながら、最後までしっとりと観てしまう、そんな魅力に包まれています。
しかし原作のような、かならず涙ぐむほどの、心の激しい揺さぶりはありませんでした。むしろそれは、監督の意図ではないでしょう。激しい大波のような盛り上がりではなく、小さく、淡々としているけれど、忘れがたい心暖まる情景が、いつまでも残ります。
そこで、気が付くのです。
 
映画の感動と、原作の感動は、根本的に性質が異なるのではないか?
 
そうだと思います。
ある、ひとつの点において、映画と原作のラストシーンは、根本的に異なっているとしか思えないのです。
どこが違うのでしょうか?
映画と原作を比較してみた方は、すでによくご存じであるはずです。
違いは、「黄色いハンカチの掲げ方」にあるのだと。
 
端的に言えば、
「映画の黄色いハンカチは、彼女一人でも掲げることができる。しかし、原作の黄色いハンカチは、彼女一人の力では、掲げることが不可能だ」
ということにあるのです。
 
原作を読み返してみましょう。
彼を待って、黄色いハンカチを結びつける彼女は、幼い三人の子供を一人で育てています。その生活に、時間的かつ金銭的なゆとりはありません。
しかも、ハンカチを結ぶために彼女に与えられた時間は、原作の描写に拠るかぎり、せいぜい一週間程度。
それにハンカチのおびただしい数。いったいどうやって入手するのだろう。
そして、あの場所で、あの高さに……
女手一人で、働きながら、たった一週間ほどで、あのすばらしい結末の情景が、果たして実現できるのだろうか?
 
そう考えると、やはり、不可能だと考えるのが現実的な結論ではないか、そう思わずにおれないのです。あのラストシーンの黄色いハンカチの情景は、彼女一人では実現できない……とすれば、そこにはだれか他者の協力が働いたのか、いや、それだけではなく、そこには神の御手というか、もはや人知を超えた奇跡とも呼ぶべき、心ゆさぶるスピリチュアルな力が、天の高みから手向けられたのだと、断言したいのです。
 
その一週間、彼女はどうやって黄色いハンカチを結び、そしていったい、何が起こり得たのだろうか。
原作を読むたび、ラストシーンでそう考え、想像してしまいます。
そして、だからこそ、涙が湧いてくるのです。
原作で語られていない、長い物語がそこにあるのだと……
 
そんな物語を、書いてみました。
白状すると、書かずにおれませんでした。
結局、そうしなければ、なにひとつ解明できず、心の整理がつかないからです。
そして解明できないまま、歳を取ってこの世とおさらばするのは、いささか耐えられないと感じたからです。
しかし、私がそんなお話を書くことが、原作者の意図を損ねることになったとしたら、良心にもとる行為であり、心苦しいことです。
ですから、原作に似通った条件を設定したけれど、ある架空の時代の、架空の場所を舞台にした、別個の物語として表現したつもりです。その努力や工夫は、もしかして十分とはいえないかもしれません。しかし、書かずにおれない。こんな気持ちは、本当に初めてです。他者の作品にインスパイアされているだけだと言ってしまえばそれまでですが、書かなければ気持ちがおさまらない。自分ではどうにもならない衝動へ追い込んでいくほど根強く、熱く、深い感動が、黄色いハンカチにあるのですね。
 
ですから、これは、商業出版にはなじまない著作物になります。あくまで私個人の、同人誌的な習作として、このホームページに掲載することにします。創作作品ではありますが、商業目的ではなく、書物の一部分にするものでもなく、個人のホームページの私的な感情の発露として……
 
願わくば、お読みになるあなたと、そして『黄色いハンカチ』に関わる作家の方々に、何卒、あたたかいご理解を賜れば幸いです……
 
『幸福の黄色いハンカチを、結んだ彼女の物語』は、「A la carte (未出版作品)」のページに本編を収録いたしました。
 
                                2010.6.21.秋山完
 
 


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