Essay
日々の雑文


 45   20080504●雑感『“困った上司”論』
更新日時:
2008/06/08 
20080504
 
 
 
“困った上司”論
 
 
 
 
この雑文はフィクションであり、特定のモデルがないことを、はっきりとお断りしておきます。あくまで私の創作的妄想としてお読み下さい。
 
※なお随時、原稿を追加します。
 
 
 
私もいい歳なので、いろいろな企業に勤務している若い労働者の方から、そっと相談を受けることがある。
最近よく問題になっているのは、企業内格差。
こちらはアルバイトや派遣で年収二百万円程度なのに、上司の部長は一千万以上、なのにどうみても、上司よりもこちらの方が働いている……
これを、下っ端従業員の単なる愚痴と片付けてしまうことはたやすい。
しかし、中には……
本当に、働かずに威張るばかりで、部下を助けずこき使い、しかも仕事を邪魔するばかりか、有能な部下を潰しにかかる上司がいるという。
数は少ないだろう。そう信じたい。しかし、もしもいるとしたならば……
 
企業は組織で動き、従業員は上司に将来を預けている。そんな困った上司の下で働く従業員にとっては、真剣な死活問題になるのである。
 
そこで、私の知る範囲で、“困った上司”の見分け方と、そんな上司に率いられた組織の末路を考察してみたい。
 
 
●上司は二種類だけ
 
部下にとって、上司は二種類しかいない。
 
「仕事をやりやすくしてくれる上司と、やりにくくする上司」である。
たったそれだけ。実にシンプルなのだ。
 
仕事をやりやすくしてくれる上司とは、部下が困ったときに助けられる実行力と、部下が信じてついていこうとする人間的信頼性を備えている人である。
 
部下を甘やかす上司が良い……と言うつもりはない。
ギリギリ本当に苦しくなったときには助けてもらえる、決して見捨てられない。
そういう上司のことである。
部下が上司をこのように信頼できれば、上司は慕われる。その上司のもとには、何もしなくても部下から色々な報告・連絡・相談が集まってくる。
すると上司は、部下の能力を正確に把握でき、仕事をもっとやりやすくして、成果を上げることにつながる。そういうことなのだ。
その結果、部門全体としても成果を上げられ、上司も部下も評価を上げられる。
これが理想の形である。
 
その逆になったら、どうなるか。
仕事をやりにくくする上司。
まことに困った上司である。
その典型例は、「すべてオレ様が正しい。オレ様を批判するやつは潰してやる」というタイプであろう。
いじめも八つ当りも日常茶飯事、部下の仕事は放置するか目茶苦茶。目茶苦茶になった責任はすべて部下に押しつける。部下は常に裏切られ、上司の言動を信じることなどできずに、組織のモチベーションは低下の一途をたどる。
職場には、その上司がいるだけで、ただ重苦しい圧迫感が漂う。
このシビアな時代にそんな上司なんかいないと思われがちだが、残念ながら、実際にいるという事態を想定せねばならないのも現実であろう。
だから、用心しよう。
そんな上司の餌食にされたら、たまったものではないのである。
それが原因で、一生を棒に振ることだってあるのだ。
 
これが、私の言う“困った上司”のタイプである。
そんな、困った上司は、どんな人物なのか。
類型を単純化して、整理してみよう。
 
 
 
“困った上司”の三形態
 
 
(1)部下の話を聞かない上司
 
部下の真面目な報告・連絡・相談にとりあわず、たちまち自分に都合のいい持論を展開して反撃し、結局のところ何も聞いていないのと同じ結果にしてしまう上司である。
その心の中身は「オレは上司だから絶対に正しい。オレの命令に反論するな。絶対服従だ。そして、オレが喜ぶ結果だけを持って来い」。
その応用編は、だいたいこうなる。
Aの事案について報告する。それが上司にとって少しでも都合の悪い内容だったり、自分が手を貸さなくてはいけないような場合、突然別件のBの事案を持ち出して「あれはどうなった、まだなのか、何してるんだ」と攻めてくるのである。
その結果、Aについては全く報告していないのと同じ結果になってしまう。
上司としては、うっとおしい話をもってきた部下に対して「オレ様が正しい」と“指導”できたつもりになってご満悦なのだが、部下にとっては、なにひとつ助けにならない。
これでは部下にとって、報告・連絡・相談するたびに自分の首を絞めるだけなのだ。
そんなことが繰り返されるとどうなるか。
部下のだれもが、しっかりした正しい情報を持ってこなくなる。
それだけではない、それまで協力してくれていた他部門からも、相談や提案事が減少してくる。なにかお願いしてもちゃんと部下に伝わらないから、上司本人よりも、部下のリーダー格に直接頼んだ方が早くて正確になるからだ。
そうやって、じわじわと、部門全体の仕事が滞ってくるのである。そのまま二三年もすれば部門は沈黙して、鳴くのは上司の閑古鳥だけになってしまうであろう。
 
 
(2)部下に5時から仕事をさせる上司
 
一口で言えば、計画性のない上司である。
そのときの気分で、勤務時間終了間際に急ぎの仕事を言い付ける。
中には、部下に居残りすなわちサービス残業をさせるために、内心は“計画的”に、5時から仕事を増やす、嫌味な上司もいることであろう。
部下はうんざりである。帰ろうと思う矢先に、あの資料を作れとか、やれ打ち合せだとかできりきり舞い、明日の実務的な予定はずたずたにされてしまう。
しかも、本当に重要な緊急案件ならともかく、だいたいが、明日やっても支障のないことばかりである。
この場合、上司は自分の計画性の無さをカモフラージュするために、「今日中にやれ」とは命じない。かわりに「明日では遅いな」と、表現する。
計画性の欠如した上司ほど、部下に対して「あれはまだか、どうなってるんだ。遅い、遅い、遅い!」と騒ぎまくる傾向がある。
傍目には哀れな姿なのだが、当事者の部下には誠に気の毒な状況である。
思い付きで重要度の低い仕事を作り、部下に急かしまくってやらせるわりには、出来上がった仕事を活用せず、捨て置くこともしばしば。
部下に無駄足を踏ませて平気、ということである。
日々の計画性すらないのだから、だいたいそういうタイプは、年間の計画性など頭の中にない。部門のめざすべき年間目標や将来のビジョンなど、詳しく説明できはしないし、部下に語って聞かせることもない。
そうなると、じわじわと、部門全体が迷走していく。二三年もしたら、とんでもない無能部門に堕ちてしまいかねない。これは会社経営の損失であろう。
計画性のある上司は、部門の年間目標を具体的に噛み砕いて、部下の能力とキャパシティをはかりながら、OJTの効果も配慮して、仕事をスムーズにころがしていく。
そして、仕事をいつまでにやったか、だけではなく、部下の人間そのものを前向けに評価していくだろう。
仕事が「よくできた」の次に「あなたのおかげで助かったよ」と、部下個人をねぎらうのである。だれか他人ではなく、あなたならではの力が部門に貢献しているのだ、と。
真に計画性のある上司は、仕事の評価だけでなく「部下を育て、人を育てる」のである。
 
 
(3)部下に責任をなすりつける上司
 
そんなことをしても自分の責任を逃れられそうもないのに、部下に対してあからさまに、「おまえが悪い!」と責任転嫁する上司である。
見苦しいだけとは思うが、これが本当にいるのだから始末が悪い。
食品偽装で批判されたある会社の幹部が「パートのせいだ」と言い訳して堂々としていたケースは記憶に新しいであろう。
ときには、融通はきかないけれど真面目にやっている特定の部下を標的にする上司もいる。それも、みんながいる前で、わざと大声で吊し上げる。
じつはその内心には“出来のいい部下に嫉妬して、部下を潰してやろうとする”という秘密の卑劣な動機があったりするから気をつけよう。
自分にゴマをすってくれる、お気に入りの部下にはなれなれしいが、気に食わない部下に対しては、些細なミスをあげつらい、ミスがなければミスがあったかのようにふるまったり、さもなくば、わざとミスを誘発させて「おまえが悪い!」とやるのである。
ここまでくると立派なパワーハラスメントだと思うが、部下がおとなしい性格だった場合、周囲も気付かずに「あの人が悪い」と思ってしまい、問題が組織的に隠蔽されてしまう危険がある。
これは特に警戒し、見過ごしてはならない。黙っていると、本当に自分が悪かったと認めたことにされてしまうのだ。上司の発言や自分の仕事の状況をいろいろな形で記録し、メモや書面にして、心苦しくても反論の声を上げなくては、自分を守れないと心得よう。
これがパワハラだったとしても、被害者のあなたが声を上げて訴えなければ、誰も助けてはくれないし、また、助けようもないのである。
 
 
“困った上司”の初期症状
 
上記のような“困った上司”の基本的な特徴をまとめるとこうなる。
 
(1)自分が絶対に正しいと思い込んでおり、間違ったら他人のせいにする。
(2)だから部下を絶対的に支配する。反論は許さず、絶対服従を求める。
(3)部下に仕事の成果を要求するが、部下を手助けしようとはしない。
(4)従って、部下の成果は自分の手柄、部下のミスは部下の責任とする。
(5)上位者(役員・部長)には媚びるが、下位者に対しては横柄に威張る。
(6)部下の人間性は認めず、育てようとしない。嫉妬深く、有能な部下を潰しにかかる。
 
まるで、どこかの三流国家のプチ独裁者にそっくりである。
「オレ様は上司だ、偉いんだ。お前たちは部下だ、オレよりも下なんだぞ」
権力にしがみついて、このことを一日中、部下に対してアピールしまくっている人物である。
 
このような人物を上司に戴いた部下は不幸としか言いようがない。
なんとなれば、そんな“困った人”でありながら部長などの管理者になれたのは、自分の欠点を上位者に対しては隠し、下位の弱い者に対しては牙を剥いて、数々の犠牲者の屍を踏み付けてのしあがってきた人物であるからだ。
途中でセクハラや暴行などの事件を起こしていれば、だいたい出世できるはずがない。“困った人”である最大の理由は、その一歩手前で狡猾に立ち回ってきたからであり、そこにこの問題の難しさと根深さがあるのだ。
 
だから、転勤してきて、あなたの上司に着任してしばらくは、その有毒さがわからない。ぱっと見ただけではわからないように、カモフラージュしているのだ。
 
しかし、いくつかの行動特性を観察すれば、その人の本性が見えてくる。
まず、以下のような特徴のいずれかを示したら、“困った上司”を疑っていいだろう。
 
(1)自分のデスクとその周りを、いかにも「オレ様は有能である」と誇示するアクセサリーで飾り立てる。ものすごく仕事ができるとばかりの高性能パソコンとかモバイル機器。機能的なキャビネット。頭よさげなデータ図表のピンナップとかである。
(2)そのデスクで、音を立てて洟(はな)をかむ。プチプチと爪を切る。鼻歌を歌う。上位者が来たときは異常に愛想をふりまくが、そうでないときは、チッと舌打ちをしたり、「なんだこれは?」などと、誰かの仕事上の欠点を見つけたかのような独り言を吐く。要するに、自分の“玉座”で支配者の威厳を誇示しているのである。
特に、自分が電話中に部下の話し声が気になって「うるさい!」と怒鳴りつけるくせに、部下が必死で仕事している忙しい時に、歩き回っては鼻歌を歌うといった行動は、チェックしておこう。自分の鼻歌が部下たちにとって迷惑なのは百も承知で、嫌がらせをしているのであり、これも一方的な支配力の誇示である。
(3)部下よりも早く出勤するが、仕事をするよりも、部下のデスク周りをチェックして、整理整頓の不備や、スイッチの切り忘れを細かくチェック、朝礼等で嬉々として指摘する。もちろん部下の仕事も細かくチェックし、書類のレイアウトや字体や罫線など、本質から外れた部分で神経質に指示を繰り返す。執拗な支配欲の現れである。
(4)やたら“規則”を作りたがる。朝礼や終礼や週毎のミーティングや月例会議など、時間・場所・準備に細かな注文をつけたり、部下の都合は無視して一方的に決める。なにかにつけて当番制など取り決めをさせ、ボランティアの掃除などを強制的な雰囲気でやらせる。自分で決めたからと、仕事上の資料を不必要なほど多量かつ細かく提出させる。
(5)規則を作りたがる反面、自分の都合で即座に規則を変更したり、部門全体の仕事の順序やスケジュールを一方的に変更する。例えば会議の開催日時を直前まで二転三転するようなことである。部下はそのたびに自分のスケジュールを変更し、予定の延期やキャンセルに無益な労力を消費する。会議の開始時刻を曖昧にされ、部下が全員、ずっと席から動けないまま、いつ始まるかわからない会議を待つという珍事も発生する。
(6)軍隊的な勇ましいスローガンをかかげ、仕事に軍事用語を多用し(例えば「武器」「兵器」「攻撃」「突貫」「援護射撃」「後方支援」「絨毯爆撃」とか)、部下を兵士に見立てるかのように訓示する。「死ぬ気でやれ」「シゴいてやるから覚悟しろ」「這ってでも会社に出て来い」というセリフを聞いたら、まず“困った上司”に該当すると考えていい。部下の心身の健康など頭にないのである。
(7)会議等で部下の報告を聞くときに、腕組みをした上、足組みをしたり、ふんぞり返る姿勢をとる。もちろん上位者に対してはそんな態度は取らないが。また、部下の報告に対して「きみは間違っている」「まあ、きみにはわからないと思うが」と、報告の内容よりも部下の能力を完全否定するような断言の仕方をする。そうすることで「オレはお前の上である」と誇示しているのだ。
(8)部下の頼みごとを一発で却下する。内容を吟味して判断するのでなく、「そんなことをオレにさせるのか」「そんなことがオレにわかるか」と門前払いする。あるいは逆に「やれ」「やってもらう」と一方的に命じ、部下のキャパシティは一切無視する。本人は、竹を割ったような明確な指示をすぱっと出した気分でいるが、部下は屈辱的な思いをするだけである。
(9)「評価」という言葉を示威的に多用する。「オレはこの仕事を評価する立場なんだぞ」「オレは評価する権限を持っている」と、人事評価のできる立場であることを、ことあるごとにチラつかせる。反論しそうな部下に「このことで会社に訴訟を起こしても勝つのはオレの方だよ」とほくそ笑む。そうやって部下の反論を封じ、自分の意志を通そうとするのだが、これは裏返せば、本人に人事権しか強みがなく、臆病で自信がないことを示してもいるのだ。本当にデキる人物なら、会社から与えられた人事権など見せなくても、部下を引っ張っていけるはずである。
(10)飲み会の勘定で、絶対に自腹を切らない。私的な飲み会やそのタクシー代なども、徹底して会社の経費につける。ケチと言えばそれまでだが、本人は「オレ様は偉いのだから経費は会社持ち」と思っている。部下の倍の給料をもらっていても、自腹で部下におごることはない。これも意外と重要なポイントである。部下のために自腹を切れない人は、いざというときに、部下のために責任を負うことはしない。部下を見捨てる可能性が高いと考えていいだろう。
 
これら一つ一つの行動は小さなものだが、これが毎日のことになり、一年二年と続くことになるのである。心理学の専門家に聞かなくても、部内の雰囲気がどのように変質していくか、想像することはたやすいだろう。
 
たとえこのような上司であっても、本当に権力を持ち、有能であって、社業に絶大な貢献をしていれば、許される場合もあるだろう。
しかしまず百%、このような上司は年収一千万円以上に値する貢献はできていない。
異状なまでの権力への執着は、すなわち権力を失うことへの恐怖の裏返しであり、心の奥底ではびくびくしている小心者なのだ。
 
しばらく観察していれば、口先ばかり威勢がいい割には、本当に「大胆不敵」「勇猛果敢」「正正堂堂」な行動などできていないとこがわかるだろう。
 
21世紀のこの時代に、まさかそんな人物がいるとは思えないのだが……
あなたの周りでは、いかがだろうか?
 
この“困った上司”を一言に要約する。
「臆病な暴君」なのである。
 
 
末期的症状の例
 
以上のような“困った上司”に支配された部門は、確実に組織としての円滑さを失い、さまざまな仕事が空洞化してくる。
ひいては部門全体のパフォーマンスが低下し、より成果を上げにくくなる。
部下たちがいくら頑張ったとしても、二三年もすれば、目に見える形、あるいは見えない形で、クライシスが訪れてくるのだ。
いろいろな意味で「負け戦」が続き、ジリ貧感覚が蔓延してくる。
たとえば、それまで自部門でこなしていた“おいしい仕事”が、他部門にいつのまにか持って行かれるようなことが起こってくる。大きな得意先からの受注窓口が、違う部門になってしまうとか。
それを知ると、困った上司でさえも、危機感を隠せなくなってくる。
これはまずい、(部下のことなど眼中にないので)自分の地位と出世のために、なんとかして大きな成果を上げて事態を挽回しなくては! と、あせりまくるのだ。
そこで、末期的症状が現れはじめる。
 
用心しよう。困った上司は、あせりのあまり、ヒステリックになっている。
ただでさえ、部下を人と思わぬ上司ならば、今や手負いのオオカミ状態。追い詰められたら何をしでかすかわからないのである。
 
この末期的症状は、太平洋戦争で完敗した旧ニッポン軍に見事な例をみることができる。
 
(1)頼れる協力者に見放される
負けが込んできた旧ニッポン軍が直面したのは、頼みとする同盟国や中立国にそっぽを向かれ、孤立化することだった。
同盟国のイタリアはさっさと降伏し、ドイツも続いた。気が付くとズダボロ状態でひとりぼっち。そこで頼みとしたのはなんとソ連だった。連合国との和平交渉を仲介してもらおうとしたのだ。ソ連は適当にいなしておいて、ニッポンが息の根を止められる直前に不可侵条約を破って侵攻、北方領土を奪ってしまった。
同じようなことが、“困った上司”にも起こってくる。
いろいろな相談や提案に来ていた他部門の人が徐々に来なくなったり、わりと大事な業務案件が進行を延期されたりしてくる。
上司に気軽に相談を持ち掛けてくる人が途絶え、上司が一日じゅう机にへばりついているような状況が常態化してきたら、そろそろ危ないかも、と用心しよう。
部長クラス以上なら、日々、来客や打ち合せといった折衝事に追われているのが、むしろ普通なのだ。むっつり顔でひとり机のパソコンに向かっているようになったら、それは手詰まりの証拠。国際的に孤立した敗戦直前のニッポン軍の姿なのである。
 
(2)ヒステリックに手柄をあせる
自分の孤立を感じて精神的に追い詰められた“困った上司”は、ヒステリックに、後先を考えずに「手柄をあせる」行動に出る恐れがある。無理な案件でも完遂せよとばかりに、部下に難題を押しつけたり、身体を潰してでも成果を上げさせようとするかもしれない。
戦争末期のニッポン軍の場合、これはビルマ(当時)のインパール作戦であり、カミカゼ特攻である。前者は補給なき戦いで大戦果を夢見てほぼ全滅した。後者はもちろん戦果のために人命を蕩尽した例であり、戦術マネジメントとして下の下とされる。
それに似たようなことが、部門の中で起こってくる。
用心しよう。成果を上げて上司を喜ばせても、あなたが倒れたら元も子もないのであり、誰も骨を拾ってはくれないのである。
 
(3)弱い者に責任をかぶせていじめる
部門運営がいよいよ行き詰まってくると、困った上司は(もちろん自分の責任を認めるはずがないので)ある特定の弱い者にうまくいかない原因をなすりつけてイジメ始める。
戦争末期のニッポン軍の場合、これは沖縄戦の悲劇である。玉砕百%確実という状態で沖縄本島に閉じこめられたニッポン軍は、負け戦の責任は沖縄島民が裏切って敵に通じたからとして、スパイ容疑をでっち上げ、罪なき島人を捕らえて惨殺したという。
それに似たようなことが、部門の中で起こってくる。
“困った上司”はおとなしい部下を生け贄と定めると、部門がうまくいかなくなった原因はすべてお前にあるとばかりに「犯人探し」をはじめるのだ。
この「部門がうまくいかなくなった原因」は仕事のことに限らない。そもそも、イライラのあまりの八つ当りなので、理由はどうでもいいのである。例えば「最近、職場が汚い、だれか掃除当番をサボっている。犯人はだれだ!」といったことである。
とにかく理由もなく、些細な問題点をあげつらっては、「お前が悪い!」とやるのだ。もう、オフィスの魔女狩りである。
こうなると、部下はだれひとりとして、その上司を信頼しない。
無理して上司についていっても、出世できるはずがないのである。いずれどこかで、魔女狩りの生け贄にされるのが関の山であろう。
ここまできたら、相手にしないか、きちんと反論しよう。生け贄にされても、大変なめにあうだけで、だれも埋め合わせしてはくれないのだ。
 
(4)最後は転勤工作
負けに負けて総崩れになった旧ニッポン軍は何をしたか。
終戦直前の満州で起こった出来事がその典型である。軍の偉い人から、民間人を戦場へ置き去りにして本土へ逃亡したのだ。そして一般の軍人が我れ先に逃げ出した。放置された子供たちが中国残留孤児となって、その悲劇は現在にも尾を引いている。
それに似たようなことが、部門の中で起こってくる。
“困った上司”はボロボロになった部門と部下を置き去りにして、体裁のよい転勤を工作し始める。なにしろ自分の責任を認めはしないので、なんとかして栄転となるよう、あの手この手を使うだろう。もう転勤すると決めたら最後、部下の育成も仕事のリスクも放棄して一目散に敵前逃亡、になりかねない。
部下はどうすべきだろうか。
すくなくとも、そのような日が来ることを早めに予想して、被害を事前から最小限にとどめておくことだ。仕事のノウハウは上司にではなく自分の手に確保し、上司がいなくなっても困らないように、自主的に本音の業務計画を立てておくことだろう。
 
 
このような“困った上司”は本当に身近にいるのだろうか。
この雑文に関してはフィクションであり、特定のモデルがないことを、はっきりとお断わりしておきたい。繰り返して言う。あくまで私の創作的妄想によるフィクションである。本当に“困った上司”がいるのかいないのか。それを判断するのはあなた自身なのだ。
 
 
そして、弱い立場のあなたが備えるべきこと
 
このように“困った上司”が部門を席巻して暴れまくり、職場を無茶苦茶にして平気で去るようなことが、本当にあるのだろうか。
企業という組織の中で、経営陣と人事部門と組合が動くことで自浄作用が働き、そんな上司はほどほどの期間でやり方を改めたり、異動するのが理想であろう。
しかし、そのような組織の健全さを期待できないケースもある。
ミンチ肉の品質偽装で有名になった某社や、客の食べ残し料理の使い回しでますます有名になった某料亭がそうであるし、兵器購入が汚職にまみれたあの省庁もそうであろう。
もしも、そのような極端な事態に直面したとしたら……
大変遺憾ながら、弱い立場の労働者であるあなたはほとんど守ってもらえないだろう。企業を存続するために、経営陣は早速に人員整理を行なう。結局のところ、路頭に迷うのはあなた。罪なき弱者なのだ。
 
しかし、たとえ路頭に迷う結果になろうとも、従業員が勇敢に内部告発する例は後を断たない。これを無謀で愚かと笑う事はたやすいが、それでもなお、告発せずにはおれない理由もあるはずなのだ。
それは正義感もあるだろう。そして他方に、モラルを踏み躙る経営を強行しながら、忠実な従業員を平気で切って捨てる上司への怒りと怨念もあることだろう。
企業内格差がますます開く現状にあって、不祥事の後始末と一緒にゴミのように捨てられる人々の怨嗟を無視してはならないのではないか。
 
なにはともあれ、現実を見据えて、日々、生活防衛に努める以外に、対抗策はなさそうである。
まず借金をしてはならない。長期の住宅ローンなど、家族を上司の人質に差し出すも同然である。クルマのような、ランニングコストのかかるデカブツも、ある意味借金と同じ支出原因である。持たずに済ませた方がいい。
そして、いざという場合の訴訟費用をたくわえておくことだ。
ケガや病気は保険があるけれども、訴訟事には保険というリスクヘッジがない。これは日頃から貯めておくのが賢明である。
そして、非常時の防波堤となる、社外の人権擁護機関や法律の専門家に当たりをつけておくことだろう。自分を守る最後の砦は法律しかないのだ。
 
 
悲しい現実だけど、「身を守る」とはそういうことなのだろう。
 
 
戦い方
 
このような“困った上司”と戦うには、どうすればよいのか。
もちろん、部下という身分の低い立場である以上、上司との戦いは極力避けたいものである。あらゆる意味で自分の方が弱いのであり、ニッポンの企業組織は「下克上」を嫌う。
身分の低い者が身分の高い者に逆らったらどうなるのか。ニッポン人の大好きな「忠臣蔵」がその結果を示している。主君に忠を尽くした美談とされながら、四十七士は事実上、処刑されてしまったではないか。
 
そのようなわけで、“困った上司”への対処法を扱った市販本の多くは、上司との戦い方を指南してはくれない。上司にすり寄っておべっかを使い、心理的に懐柔して、その結果、自分の意志を上司に通していく……という、一見現実的なようで、それで本当に役に立つのか、下手をすれば上司にもっと搾り取られるだけではないか、と危惧される手法が多く述べられている。
 
いわく「上司が自分をどのように責めてくるのか、そのパターンを研究し、責められる前に、その原因を解決しておこう」
いわく「上司にさからわず、まずこちらから上司の良いところを見つけて誉めよう。そうすることで、上司も心を開いてくれる」
いわく「上司の思いを読み取って、自分の後輩たちを激励し、上司が満足する雰囲気をあらかじめ作っておこう」
 
このような手法は、基本的に上司が善人であることを前提にしている。「上司に従い、尽くせばいずれわかってもらえる。上司もそれだけの器のある人だから、そのうち自分で反省してくれる」といった「性善説」を基本としている。
 
もちろんそうなれば、言うことはない。上司と部下の理想的な関係は、そうあるべきだろう。
しかしこの雑文で扱うのは、そんなにのんびりした事態ではないのだ。
 
この雑文でテーマとする上司は、「臆病な暴君」なのである。
そもそも、上記の「いわく」以下の手法が通用するくらいなら、とっくの昔に問題は解決している。
また、上記の「いわく」以下の手法を上司の側から見ると、かゆいところをあらかじめかいくれるような気配り満点の部下であり、こんなに使い易い部下はいないだろう。
しかしこれを部下の同僚の側からみると、典型的なおべっか使いである。
もし、私の隣に、そんな同僚がいたとすればどうだろう。
まず、信用することができない。自分の身の安善のために、同僚を裏切って上司への生け贄に差し出すかもしれない、ゴマスリでもあると言えるのだ。
 
よくある巷の「困った上司とうまくやる指南本」は、そのまま信じて実行してよい場合と、そうでない場合があることに気をつけよう。
 
しかしいずれにせよ、この雑文で扱うのは、そんな方法が通用しない、もっと精神的に追い詰められた状態における戦い方である。
 
あなたは絶対的に弱い立場の部下であり、ともすればセクハラやパワハラに該当するのではないか、というギリギリの状況に追い詰められて、まるで絶滅収容所のような重苦しい空気が漂ったまま、果てしなく日々が続いていくという状態である。
 
部下は弱い。肉体的に危害を受けるには至らないまでも、人格は蹂躙され、精神的に追い詰められていく。
「もう耐えられない。こんな人生で終わってしまうなら、死んだ方がましではないのか……」
そこまで切羽詰まったとき、どうすればいいのか。それでも市販本にあるような、「唯々諾々と上司に従ったふりをして……」みたいな、右の頬を打たれているのに左の頬も差し出すような、お気楽な対応を続けていけるのか。そもそも、そんなことで解決するのなら、二千年前から世界の戦争はなくなっている。市販の指南書なんかいらないのである。
 
ならば、戦うしかない。
デスラーもこう言ったではないか。
「手ぬるい。本土決戦なのだ」と。
もちろん、死中に活を求めるような、ハイリスクの挑戦になることは確かだ。
しかし部下とて人間であり、人生は一度きりなのだ。このまま屈辱にまみれた記憶を背負って老後を迎え、死ぬくらいなら、戦って一撃を報いたいと決心する人もいるだろう。
幸福とは言い難いが、そうせざるをえない事態もありうるのである。
 
戦うと決心したとしよう。
では、どう戦えばいいのか。
使える戦訓は、意外とありふれたところにころがっている。
童話やアニメ、それから弱小国の戦史に例を求めながら、考察してみよう。
 
(1)孤高の戦史、フィンランド冬戦争
  ……戦いは一人でできる。味方に依存しないことが、長期戦の秘訣だ。
(2)敵はオッペル
  ……甘言に騙されるな。果ては鬱病か過労死だ。
(3)王様作戦
  ……見て、聞いて、記録せよ。そして語るな。
(4)そよかぜの亡霊
  ……調査せよ。敵には必ず暗い過去がある。
(5)黒船のセオリー
  ……外圧こそ味方と心得よう。
(6)勝利なき勝利、ガンダム一年戦争とベトナム戦
  ……あなたが敵を殲滅する必要はない。戦い続けることに意味がある。
 
(内容は後日詳述します)
 
 
 
最後に、90年代TVアニメの傑作『無責任艦長タイラー』から、ミフネ中将のセリフをもじってお伝えしたい。
 
「常在戦場。敵は内にあり」
 
 
【参考】
2008年5月12日付けのMSN産経ニュースにこんな記事があった。
「所員を中傷した大手特許事務所長ら書類送検 大阪府警」という見出しで、国際特許を扱う事務所(大阪市中央区)でテレビ電話会議の席上、元男性所員(49)を中傷したなどとして、大阪府警東署が名誉棄損容疑で所長(65)を、同容疑と偽計業務妨害容疑で上司(29)を書類送検したという。所長は昨年5月11日、不特定多数の所員が視聴していたテレビ電話会議で、当時特許に関する英文書類の翻訳を担当していた元所員に対し、「文科系の出身者にバイオの翻訳などできるわけがない。君の質の低い翻訳のために優秀な人材に多大な時間を取らせたらかわいそうだ」などと暴言を吐き、名誉を傷つけた疑い……があるとされている。
 これは、今に始まったことではなさそうで、上司は昨年5月ごろ、元所員が提出した翻訳書類を放置して売り上げを激減させ、「翻訳レベルが低くチェックに時間がかかりすぎるのでしなかった」と所長らに報告、名誉を傷つけた疑いがあり、すでに元所員は昨年10月に同事務所を退職し、所長らを告訴していた。また、同事務所をめぐっては、元所員13人が「上司のパワーハラスメントで苦痛を受けた」として所長らに損害賠償を求めて大阪地裁に提訴、昨年3月に和解が成立している……といったいきさつもある。
 
この記事からあることが読みとれる。
パワーハラスメントの告発は、一年二年におよぶ長期戦だということだ。
 
 
 
 
 
 
 


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