Essay
日々の雑文


 40   20071124★アニメ解題『シムーン』(4)
更新日時:
2007/12/24 

写真はスコットランドの某聖所。テンプスパティウム的オブジェ?
写真をクリックすると、『シムーン』ゲーム版公式サイトへ。
 
 
『シムーン』(4) なぜなんだ? 編
 
 
『シムーン』の人物設定やストーリーは細部まで配慮が行き届いていて、繰り返し見れば見るほどに味わい深く、いろいろと気付かされる点もあります。
ここでは落穂拾い的に、気になった場面やストーリーの裏読みをご紹介しましょう。
 
 
 
●王子様は窓より来たる
 
第7話Bパートで、アルクス・プリーマの階下にあるネヴィリルの部屋へ、なんと舷側の外からロープ一本をつたって、窓から忍び込むアーエル。
それを見たネヴィリルはさすが、驚きをさっと隠すと、くすっと笑って応じます。
「ふふふ……、おかしな子」
 
しかし、ちょっと待てよ……
アルクス・プリーマは只今、洋上を飛行中。しかもその舷側は、上甲板にいくほど、外へむかって迫(せ)り出しています。なんとアーエルはオーバーハングのついた断崖を、ロープ一本に頼り、命綱すらなしで降りてきたことなります。
普通、常識的に、手を滑らせたら最後、真逆様に墜落で、まず即死。
とんでもない、危険な行為なのです。
その落命リスクの高さは、翠玉のリ・マージョンにすら匹敵するでしょう。
ネヴィリルがいかに鉄面皮でも、到底、笑い事で済むはずがありません。
悲鳴を上げ、取り乱して「やめてーっ!」と絶叫してしかるべきです。
 
しかし、なのに、ネヴィリルはくすっと笑うだけ。
なぜなんだ?
そう、不思議ですよね。
となると、ネヴィリルが笑った理由を推測しなくてはなりません。
どうして、アーエルの生命の安全を案じてあげなかったのか?
考えられるのは……
 
ネヴィリルは本心では、アーエルが「落ちて死んでもいい」と思っていた……のではないか、ということですね。( )内はネヴィリルの推定真意です。
 
「ふふふ……、おかしな子」(落ちたらもっと、おかしかったのに)
 
しかもこのセリフは同時に、バスルームにて、「私とパルに、身も心も」と、愛の契りをせまって失敗したマミーナへの痛烈なあてつけになっていますね。
 
あな恐ろしや。ネヴィリル様は恐いのです。氷の女王だってホッカホカに思えてしまうほど、ネヴィリル様は冷たいのです。くすっと笑う愛らしい表情の影に、絶対零度の冷酷が刃を研いでいることを、忘れずにおきましょう。
 
ちなみに、シヴュラの皆さんは、シャワーを朝に浴びることが多いようです。神に仕える巫女ですから、一日のお勤めが始まる前に、まず身を清めて……ということでしょうか。朝風呂に朝シャン。なんだかリッチでセレブってますね。
 
さて続いて第13話Bパート。
今度は旧式艦メッシスで、またもや性懲りもなくアーエルは、舷側のハシゴを伝って、ネヴィリルが寝ている部屋へ、窓から侵入します。
このあたり、なんだかロミオとジュリエットか、ウエスト・サイド物語のワンシーンみたいですが、つまるところアーエルは、王子様気取りなんですね。
 
しかし、ちょっと待てよ……
旧式艦メッシスは只今、洋上を飛行中。しかもその舷側は、上甲板にいくほど、外へむかって迫(せ)り出しています。なんとアーエルはオーバーハングのついた断崖を、ハシゴひとつに頼って、命綱すらなしで降りてきたことなります。
普通、常識的に、手を滑らせたら最後、真逆様に墜落で、まず即死。
とんでもない、危険な行為なのです。
その落命リスクの高さは、翠玉のリ・マージョンにすら匹敵するでしょう。
ネヴィリルがいかに鉄面皮であっても、二度までも平気で済むはずがありません。
悲鳴を上げ、取り乱して「やめてーっ!」と絶叫してしかるべきです。
 
しかしネヴィリルは気分的にげっそり落ち込んでいたこともあってか、反応は陰気そのものに終始します。
驚き、怯えた顔つきで、「……あなた」とつぶやくのみ。
なんといっても、その直前、食事中にアーエルから「翠玉のリ・マージョンしよ!」と絶対禁句を聞かされて、食べ掛けたご飯はのどに詰まるわ、テンペストの全員が真っ青で総立ちになるわで、思いっきり思いっきり恥をかかされたばかりなのです。
 
となると、今度も……
ネヴィリルは本心では、アーエルが「落ちて死んでもいい」と思っていたのではないかと。( )内はネヴィリルの推定真意です。
 
「……あなた」(落ちて地獄へ消えてしまえばさっぱりしたのに!)
 
あな恐ろしや。やっぱりネヴィリル様は恐いのです。氷の女王だってホッカホカに思えてしまうほど、ネヴィリル様は冷たいのです。なりゆき上、アーエルのキスを受け入れてしまったふりをしながら、愛らしく恥じらう影に、絶対零度の冷酷が刃を研いでいることを、忘れずにおきましょう。
 
なにはともあれ、アーエルが女ターザンとも言うべきか、お猿さん並みの筋力と敏捷さを持っていたからこそ、命拾いしたということなのでしょう。
いくら危険なパフォーマンスを誇示しても、時と場合によれば、お相手の姫君には「落ちたらいい気味」くらいにしか思われていなかったりするのです。人生のご教訓。
グラギエフなら、こう言うでしょう。
「よい子のシヴュラは、絶対にマネしちゃいけませんよ」
 
 
●哀しきネヴィリル・パパ
 
マミーナと並んで同情を禁じえないのは、ネヴィリル・パパのハルコンフ副院主。
第8話にて、嶺国の巫女が仕掛けたアルクス・プリーマへの自爆攻撃に遭遇。そこで負傷したのでしょうか。第9話の審問会場には、車椅子で登場します。
一説には、嶺国の巫女さん集団の自爆攻撃に恐れをなして腰が抜け、以来、最終話まで腰が抜けっぱなしで立ち直れなかった……とも。ちょっと酷ですが。
たとえそうでなくても、審問会場でこんなセリフのやりとりが。
 
ハルコンフ「すまない……これがお前のために一番よいことなのだ」
ネヴィリル「お父さまのためにもね」
……うう、ネヴィリル、やっぱり冷たい。愛娘にそんなこと言われたら、誰だって立ち直れないぞ。
 
そんなこんなで、第13話でワウフが言う「アルクス・プリーマ内で予期せぬ問題が起きたらしく……」から推察するに、どうやらハルコンフはその時期に失脚し、政治的発言力を失っていったようです。第17話では「ネヴィリル、私をこれ以上困らせないでおくれ」と、突き放すしかありません。そんな経緯で、第18話ではとうとうマミーナから「ただの老いぼれじじい」呼ばわりされてしまいました。悲しいなあ……
 
決して悪い人ではないのに、ネヴィリル可愛さのあまり、かえってネヴィリルに疎んじられ、シェイクスピアの『リア王』に似た孤独の人生を送ることに。男でありながら弱さを背負ったその背中が、かえって人間的な哀愁をにじませます。
 
最終話の直前に、ほんの一言でも、愛娘ネヴィリルからいたわりと思慕の言葉をかけてもらうことができなかったのか。互いの立場がすれ違ったままの別れ。なんとも心残りで、老いゆく人の寂寞を感じずにおれません。ハルコンフに、慰めを。
 
 
●第8話の有名なセリフの真意
 
ネヴィリル、アーエルに「あなたとわたしはなにもかも違う」(身長も体重も血液型も性格も、この美貌も肌つやも、バストもヒップも脚の長さもブラのカップサイズも!)「でも、ひとつだけ、同じ」
アーエル「ひとつだけ……」
ネヴィリル「そうよ」(あなたは私よりチビだけど、ウエストは私と同じなの。おーっほっほっほ!)
アーエル、腰に手をやり、「……」(うっ、くびれてねえ……)
 
 
● 第8話の有名なセリフの真意その2
 
「でも、ひとつだけ、同じ」
どこが同じだったんだろう? と、何とはなしに、ずっと気にかかりますね。
ここが『シムーン』の、そんじょそこらのアニメとは違うところ。
どこが同じだったのか? という疑問符を頭の片隅に置いたまま、それから最終話まで、アーエルとネヴィリルの関係から目が離せなくなってしまいます。
そこまで視聴者の関心を引っ張ってくれる、巧妙なる伏線なのですね。
 
で、結局、どこが同じだったのか。
やはり、お話の結末が物語っていると考えてよいでしょう。
最後の最後まで、とうとう二人は泉に行かず、シムーン・シヴュラであり続けることを選択しました。
空を飛ぶこと、空に祈ること、シヴュラであること。シムーンとともにあること。
自分は、それ以外の何者にもならないということ。
たとえ命に代えても、そうあらねばならないと、二人は信じていた。
それが、二人の一致点だったのでしょう。
いつまでも一緒に、手を携えて、永遠の少女に……
 
「ひとつだけ、同じ」と告げたそのときから、ネヴィリルの運命はアーエルの運命とからみあい、離れなくなったのだと思います。
皆さんにも、心当たりはありませんか。
あの一言で、進むべき道が変わってしまった……と、後から思い出す言葉が。
 
 
●巫女様に刃物
 
第4話で、礁国の兵士がシムーンの操縦桿を握ったまま、死後硬直してしまったシーン。アーエルが必死の形相で、その手を引き剥がします。
どうやったかというと、たぶん、ナイフですね。その前の場面でアーエルは、自分を縛っていたロープを切るために、手首のあたりから小型のナイフを出していましたから。それを使ったと想像できます。
 
このナイフ、アーエルだけではなく、シムーン・シヴュラの全員に支給されている非常護身用具のようです。その後の回で、どう使われたかというと……
第10話にて、ロードレアモンが自ら髪を切断。
第19話にて、マミーナが自ら髪を切断。
なんだか、本来の使われ方ではなさそうな……
 
しかしもっと恐い使われ方をしたらしいと、推測されるケースがあります。
第10話の、ネズミシチュー。
鼠取りを仕掛けて獲物を生け捕り、そこで姦計を思いついたマミーナですが、いくら何でも厨房のおばさんたちを前にして、ネズミを俎板に載せるわけにはまいりません。哀れ、生け捕りとなったネズミさんは、どこかでひっそりとマミーナのナイフにかかってしまったと思われます。
 
偵察に出たパライエッタが「正午には帰艦する」と告げており、帰艦直後に問題のシチューを食べていますから、これは昼食ですね。朝に厨房で仕込みの手伝い(芋剥き)をしてから、ネズミを捕まえ、早速お肉と臓物を捌いて、昼食のシチューに間に合せる手際のよさ。さすがマミーナですが、彼女がどこか薄暗い倉庫の片隅で、まだ生きているネズミにナイフを入れるところを想像すると……
 
マミーナの恐さも、なかなかのものです。
 
 
●殺人未遂
 
第7話Bパートにて、マージュ・プールでアーエルに喧嘩を吹っかけるマミーナ。
「この服を着ていると……私たちは浮いていられる、でもこの服がなくなると……」とアーエルのスーツを剥ぎ取りにかかります。追剥ぎマミーナ、堂々のご乱交ですが、服を剥ぎ取られると墜落するわけで、プールの底の穴から下界へと真逆様。
これはもう、喧嘩どころではありません。れっきとした殺人未遂。
とりあえずグラギエフは、喧嘩騒ぎということにして穏便に済まそうとしたのでしょうが、事が事だけに、コール・テンペストの解散を申し付けられてしまったのですね。
マミーナ、配属初日から、とんでもない犯罪に、あっさり手を染めてしまいました。
成功していたら、殺人ですよ。
やっぱり……恐い人です。
 
 
●熱いはずだよ
 
過激なご乱交は、第6話のカイムとパライエッタもそうでしたね。
カイムがパライエッタに出した、コーヒーのような飲み物。口にしたパラ様の顔つきからして、これはどうも、少なからぬ禁断のアルコール……ブランデーみたいな……がブレンドされていたようです。
そりゃ、熱くなるわな……
ということでシムーンの格納庫で夕涼み。
アルコール入りコーヒーは、たぶんカイムも少しは飲んでいたことでしょう。
二人とも、気分はかなりへべれけになりつつも、空中戦ごっこで盛り上がり、機上キス。そこでシムーン球が感応してしまうとは……
そのまま発進したら、シムーンの酒気帯び運転。前代未聞の不祥事です。ばれたらコール・テンペストは文字通りアルコール・テンペスト。これまた解散間違い無し。あわてるはずですよね。
けっこうみんな、隠れて悪さをしているんだ。
 
にしても、顔色ひとつ赤くならないパライエッタ。なかなかの酒豪のようです。
 
 
●知らぬが仏
 
第10話Bパートにて、マミーナの傑作メニュー・ネズミシチュー。
食べたのはシヴュラだけではありませんでした。
飛行甲板のワポーリフたちも、舌鼓。
「新しいシヴュラが作ったんですか?」
「ああ、なかなかうまい」
 
加えてきっと、ワウフ艦長たちブリッジ要員も、お相伴に預かったことでしょう。
シヴュラの皆さんに感謝しつつ。
知らぬが仏とは、このことで……
 
しかし、ここで一枚上手(うわて)の手練れがひとり。
食堂で、ネズミシチューを前にして「いただきまーす」のシヴュラたちを差し置いて、ネヴィリルのセリフが鋭い。
「マミーナ、あなたは食べないの?」
 
さすがネヴィリル姫、察しがいい。
シチュー皿にスプーンを入れたものの、調理したマミーナ自身が隣で一口すするまで待ってから、ようやく自分の口に入れているのです。
作った本人にまず毒味させる、この用心深さ。
 
シヴュラ候補生同士の数々の嫉妬と羨望の嵐、いじめといやがらせの洗礼をくぐり抜けてシヴュラ・アウレアの座をかちえたネヴィリルのこと、これまでさまざまな種類のライバルから変な毒を盛られかけたこと、一度や二度ではありますまい。
ましてやマミーナは、アーエルにとんでもない喧嘩を仕掛けた、れっきとした殺人未遂犯。ひょっとして証拠隠滅とばかり、コール・テンペスト全員に本物の毒を盛るかもしれません。
 
そこまで読み切ったネヴィリル。
大ベテランの貫禄、大奥のお局様ぶりを存分に発揮しました。
観念したマミーナ、ネヴィリルの隣で自らシチューを味わい、「この前のこと……」と許しを乞うた次第なんですね。
 
あとからDVDを見なおして、見えない火花を散らすネヴィリルとマミーナの心理が透けてくる名シーンです。
それにしても、もしも本当にマミーナが毒を盛ったならば、ネヴィリルとマミーナを除いてメッシス全員死亡。良くても全艦食中毒。やっぱり恐いぜ……
 
 
●フライパンとおたま
 
第10話にて、メッシスの厨房でクッキングの腕をふるうマミーナ。そのピンクのエプロンは、自前のマイ・エプロン。さすが、めざせ良妻賢母のマミーナ穣です。
 
このエプロンが好評だったためか、次なるマミーナのパフォーマンスが冴えます。
第19話Aパートで、再びメッシスに乗艦したみんなが口喧嘩しかけたところで、カン! とフライパンをおたまで叩くマミーナ。
「仲良くしよ。みんなここで同じ鍋のメシを食べた仲じゃないの!」
おお、かっこいい! という感じですが、さてはて、時間をカウントすると、このときマミーナはたった五秒で食堂のテーブルから厨房の中に入り、フライパンとおたまを手に取って叩いていることになります。それも、フロエのセリフでみんなが気分を害する空気をあらかじめ読みながらの隠密移動。
 
タイミング的に、ちょっと苦しいかもしれません。ここは、もうひとつの可能性も考慮しておきましょう。
マミーナは、今度は自前のマイフライパンとマイおたまを持参して、食堂まで持ってきていたのではないか……と。だからたまたま手を延ばせば届くところに、それがあったという設定ですね。ともあれ、メッシスとくればクッキング命のマミーナ。その心意気が勇ましい名場面です。
 
 
●下僕を呼ぶ鈴
 
第10話や18話で回想される、幼いころのロードレアモンとマミーナ。庭のあずまやでお茶しているロードレアモンのテーブルには、使用人を呼ぶときに振る鈴が、ちゃんと置かれています。さすがとしか言いようがありません。ロードレアモンとマミーナ、二人の間に開いた心の溝の深さを物語る、象徴的な小道具ですね。この鈴があるだけで、マミーナの心境を察することができます。
この鈴が鳴った瞬間、父も母も、マミーナをそっちのけで、ロードレアモンにかしづくことになるのですから。ムカつくよね、たしかに。
 
 
●トンカチ・ユン
 
オンボロ母艦メッシス。
第12話では盛大に雨漏りするブリッジで、シヴュラたちが応急処置を手伝います。
「信じられん。これでよく飛べるな」
隣でアルティが押さえているボロい板を、金槌でトンカンと打ち付けるユン。
可憐な美少女には、かなり似付かわしくない姿ですね。
それもそのはず……
板を釘か鋲で打ち付けているのだとしたら、金槌の向きが逆みたいです。
釘を打つ円柱形の頭でなく、釘抜きになっている方で、ただ、板を殴っているだけかも……
(……ただし、ファンの方からのご指摘によると、ユンのトンカチは板金加工用の両頭仕様なので、使い方は正しいとのことです。筆者の観察不足でした)
 
とはいえ、おそらくユンが大工仕事をするのは生まれて初めてでしょうから、その結果が大工仕事になるのか破壊行為となるのか、神のみぞ知るところでしょう。
 
ハラハラしながらそれを見つつも、立場上、注意するのもはばかられるのが、ワウフ艦長の悲しさ。
ユンの言葉に答える彼の心境たるや、( )内のこれが本音でありましょう。
 
「恐れ入ります」(お嬢さん、頼むからおいらの可愛いメッシスを壊さないでくれエ!)
 
その直後に、カイムに蹴っ飛ばされて壁に穴を開けられるメッシス。
この回はなんだか、メッシス受難といった感じです。がんばれメッシス!
 
 
●謎の絆創膏
 
第18話などの、アーエルの子供時代の回想シーン。
じっちゃんに手を振る、幼いアーエルの左頬には、やんちゃな性格を象徴する絆創膏が。これがなんと、バンドエイドですね。ガーゼつきの絆創膏。
おおむねニッポンの大正時代くらいの生活水準にしては、卓越したすぐれものです。
これを実用化するには、粘着テープやガーゼの加工技術、衛生的に密閉できる包装など、けっこうハイテクが必要なのですが、宮国では、かなり高級と思われるこの品が、農家の娘にも愛用されていました。小さなミステリーです。
 
このように「シムーン」に登場する不思議なオーパーツ・グッズは、集めてみるときっとおもしろいでしょうね。たぶんヘリカル・モートリスの恩恵でハイテクを活用できる環境と、そうではなくて戦前なみの生活レベルにとどまっている環境が共存している世界。ファンタジーの設定としてとても魅力的です。
 
 
●二人の無断外泊
 
第13話のラスト近くで、メッシスから偵察に飛び立つアーエルとネヴィリル。雲を抜けると星空。ロマンティックな夜間飛行です。
で、二人が帰ってきたのは……
なんと第15話。
夜、飛び立ってから朝になり昼になりまた夜になって、また朝が来て、ドミヌーラが解体されたシムーンの前で精神破壊状態になってしばらくしてからのご帰還です。
推定36時間ほども、アーエルとネヴィリルは二人きりで偵察していたことになります。不思議にも、みんなさほど心配せずに、その夜はぐっすり寝ています。
うーむ。アーエルとネヴィリルが飛びっ放しだったとしたら、食事やトイレや睡眠はどうしたのでしょう。
これはもう、どこかに隠れた妖しいホテルでもあって、二人で降りて、仲よく外泊したとでも考えるしかない……
 
そこで、第4話。アーエルとリモネが無断で夜間飛行に出ていったとき、グラギエフは怒りもせずこともなげに「朝になったら帰ってくるでしょう」などと言っています。
ということは、シヴュラのパル同士の門限破りと無断外泊は結構、常態化していて、みんなその程度の御乱交は目をつぶっていたみたいですね。さすが、男女の風俗にはなにかと寛大な宮国でした……
 
ということで、推定36時間ほども二人きりで、どこで何やってきたのかわからないアーエルとネヴィリル。待ち構えていたパライエッタがやきもき、ムカムカしていても当然というものですね。アーエルとパライエッタの関係の険悪化をエスカレートさせた事件です。みんながドミヌーラの容態を心配する陰で、アーエルとネヴィリルの関係は、決定的に深まっていたと考えてよいでしょう。
 
 
●気になる、ヴューラ2号さん
 
小さなことですが、第19話で、ヴューラと一緒に偵察などやっていた、髪を後ろにまとめたもう一人のシヴュラのお姉さんが、なんだか気になります。セリフもなくてヴューラの隣に控えていることの多い彼女ですが、寡黙な中にも苦労をいとわない粘り強さを感じて、キラリと光ってますね。こういう人が戦争を戦い、味方を支えているのです。名前はあったのかなあ。勝手に『ヴューラ2号』さんと名付けましたが、この人の戦後の消息、知りたいものです。
 
 
●誇大シムーン
 
第19話Bパート冒頭で、敵空中母艦から発進する、2機の古代シムーン。
DVDのカウンターが37:17のあたりで、敵の中型機編隊を追い越していきますが、このとき古代シムーンの1機が、おそらく画像データの張り付けミスでしょう、敵の中型機の手前を通るべき大きさなのに、そのまま向こう側を通ってしまいました。
推定全長30メートルはあろうかと思える誇大シムーン、出現です。
コマ送りしないとわからないので、ここは制作者の駄洒落のひとつと理解しましょう。
 
 
●呪われたサジッタ席(1)
 
第1話でサジッタになったアムリア、行方不明に。
第9話でサジッタになったヴューラ、仲間はみんな泉へ行き、第20話にて再びサジッタとなり、コール・テンペストと危険な腐れ縁で結ばれる。
第10話でサジッタになったカイム、第12話で敵空中母艦より墜落。
第12話でサジッタになったアルティ、墜落するカイムを受けとめそこなう。
第16話でサジッタになったモリナス、翠玉のリ・マージョンに挑戦するドミヌーラとリモネを見て「やめてーっ!」と盛大にパニクるネヴィリルをなだめすかして帰艦するはめに。でも操縦桿を放棄していないところはさすがネヴィリル!
そして第19話でサジッタになったマミーナ、死亡。
 
思えば、シムーン・シヴュラ最高のアウリーガ、シヴュラ・アウレアたるネヴィリルのサジッタ席に就いた面々は、なにかと大変なめに遭っていますね。
まさに、呪われたサジッタ席。
 
そのことは、ネヴィリル自身もよく自覚していたようです。
というのは、彼女のサジッタになりたくて、いつもそれとなくモーションをかけるパライエッタに「あなたは……なれないわ」とか、あるいはさりげなく無視して拒否し続けたのですから。
ある意味、これもパライエッタへの好意と感謝と遠慮のあらわれ……という素振りに見せながら、実はネヴィリルも、戦場での自分の安全をはかっていたというのが本音かも。
だって、特にメッシス配属中のパライエッタときたら、みんなを指揮したがるくせに、肝心なときに判断を誤って先走ったり、躊躇しすぎたりで、一緒に戦うにはこれほど不安な人もいなかったのですから。
 
思い返せば、ネヴィリルに対して「パルになって!」と告白した人たちは、パライエッタ以外は、アーエルもモリナスもマミーナも、みんな願いはかなっているのです。
しかし、パライエッタは別でした。
さすがネヴィリルでも、パライエッタに背中を任せていては、自分の命が危なくなると踏んでいたのでしょう。
なにはともあれ、戦場では命あっての物種。
あくまで冷徹に人を選び、はからずも自分の生存を優先してしまったネヴィリル姫でした。
 
その点、なぜかアーエルだけは特別扱いで、アウリーガを譲っています。
呪われたサジッタ席に就くことなく、アウリーガにこだわることのできたアーエル。
もしもサジッタ席にいたら、第19話でマミーナのかわりに殉職するのはアーエルだったかもしれません。
ここは運が良かったと、喜んであげるべきでしょうか。
 
 
● 呪われたサジッタ席(2)
 
さてなにかと話題になる第19話。
マミーナも悲惨ですが、ネヴィリルにとっても受難の回でしたね。
マミーナの犠牲によって、ひとりシムーンとともに空中へ脱出させてもらえますが……
 
その直後、アーエルたちのシムーンが戦場へ到着、4機そろって敵空中母艦の甲板前端に姿を現します。
ちょっと待てよ……
4機そろっているのはいいけれど、ふらふらと墜落していったネヴィリルの運命は?
 
みんな、忘れているぞ……
あまりにも衝撃的なマミーナの死。
しばし、ネヴィリルの生死については、吹っ飛んでいます。
しかし、舞台の影から、忘れられたネヴィリルのかぼそい声が聞こえてきそうです。
「みんな……シヴュラ・アウレアはこっちよーーーっ」と。
 
メッシスに乗っているヴューラとヴューラ2号さんがシミレでネヴィリル救出に向かっていてもよかったのですが、実際は、敵空中母艦の甲板に強行着艦したメッシスから飛び出して、マミーナを運んでいますから、結局ネヴィリルはほったらかしにされてしまった……
 
さにあらず。ここで不思議な現象がみられます。
怒りに燃えたアーエルたちのシムーンが、甲板上の敵兵士に向かって銃撃を浴びせたとき。DVDのカウンターが45:18のあたりですね。
このとき、画面にいるシムーンは、5機。
5機?
なんと、ふらふら落下していったはずのネヴィリルのシムーンが、もう、戦闘に復活しているのです。
なぜなんだ?
シムーンを正常に飛ばすには、搭乗員が二人必要です。
しかし、傷ついたネヴィリルのサジッタ席は、このときからっぽのはず。
いったい、誰が……?
ミステリーですが、ありうる可能性は……
 
マミーナの霊。
 
彼女の霊魂がこのときサジッタ席に宿り、ネヴィリルとともにシムーンを操って、編隊に復帰させてくれたのです。きっと、そうだと信じたいのです。
おかげでネヴィリルは墜落死を免れましたが……
 
“呪われたサジッタ席”の伝説が、このとき成立したことは言うまでもありません。
 
(……と思っていましたが、ファンの方からご指摘を受けました。墜落していったネヴィリルは忘れ去られていたのではなくて、駆け付けたシムーン四機のうちの一機によって救われ、ワイヤーで吊り下げられていたのですね。見落としていました。敵の空中基地を銃撃したあとに続くカットには、確かに、ネヴィリル機をワイヤー懸吊したシムーンの姿がきちんと映っています。ネヴィリルはちゃんと救助されていました。よかったよかった。
……とはいうものの、ネヴィリル機にマミーナがみずから残した遺髪に、彼女のタマシイが宿っていたことを考えると、意識混濁状態でふらふらと墜落していったネヴィリルを、マミーナの亡霊が励まし、救ってあげるシチュエーションがあったかもしれない……と想像することはお許しいただけるかと思います)
 
 
●ああっ女神さま……
 
全編を通じて、個人的に最も印象に残った表情は、第25話のラスト近く、シムーンに乗って、見送るみんなに「きっとまた……いつか」とささやくネヴィリル様のお顔の超アップですね。
第一話からずっと、心の底に張り詰めたキツさを押し込めていた彼女が、ついに解放されて、みんなへの感謝を顔一杯にあふれさせたとき。この瞬間のネヴィリルはもう、女神様というか観音様というべきか、慈愛にあふれたオーラが燦然! このご尊顔で「お願い」なんてねだられたら、もう何でもかんでも差し上げます! の心境になってしまいそうですね。それもまた、ネヴィリル様の別な意味での恐さかもしれませんが……
 
 
●置き菓子の義理
 
「あなたたちのように呑気に遊んでいられる身分じゃない。寝かせて」
第4話Aパートでアーエルに言い放つ、コール・ルボルのヴューラ。
ネヴィリルがメゲたとたんすっかり骨抜き状態になってしまったコール・テンペストに、好感を持てるはずがありません。テンペストが腑甲斐ないばかりに、自分たちに危険な任務が上乗せされているのです。ヴューラ、むかむか。
そんなヴューラが大変身!
第9話の審問会に押し掛け出席して「テンペストは私たちが誇る、最高のコールです!」と、なぜか思いっきり気前よくヨイショしてくれたのです。
 
ヴューラって、本当はいいやつなんだなあ……と、さわやかな友情を感じるシーンなのですが、それにしても、どうして心変りしたのでしょう。
なぜなんだ?
腑に落ちませんね。それまでにヴューラがテンペストの面々に命を助けられたといった実績でもなければ、ちょっと納得しがたいものがあります。
金剛石のリ・マージョンでアルクス・プリーマを守ったとはいえ、ルボルやカプトが自爆攻撃でやられていなければ、テンペストに頼ることはなかったでしょうから。
 
さてそうすると、第5話から8話の間で、テンペストの仲間たちとヴューラの間に、なにかヴューラの心を変えさせる接点があったことになります。
そう、ありましたね。
 
第7話冒頭にて、「また、無断で飛ぶつもり?」とテンペストの面々を揶揄するヴューラたち。「このアルクス・プリーマで最優秀のコールは私たちルボル。……どいて!」
そこでアーエルが、必殺の決めゼリフを返します。
「ヴューラ、あたしの机の上にお菓子、残ってるから、食べていいよ!」
 
それに対するヴューラの返事。そんなものいらない! とは答えていません。
「帰ってきても起こさないでね」(真意は「いただきまーす! 食っても礼は言わねえよ」)
そうだったのか……
 
愚かなり。ヴューラは食い物でアーエルに買収されていたのです。
 
富山の薬売りじゃあるまいし、アーエルの連日連夜の“置き菓子”攻勢に、本当はもともと人の良かったヴューラは、一口二口と引き込まれ……
とうとう、アーエルに口答えできない関係になってしまったのです。
 
問題は、その菓子の出どころです。
第4話Aパートで、リモネに、「私たちの夕飯なら、ガメてある」と、おそらく厨房か売店からくすねてきたらしい、軽食かお菓子らしきものを見せるアーエル。
悪いやっちゃ。
神に仕える巫女のくせに、万引きは日常茶飯事のようです。
 
(……ファンの方から、シヴュラたちはお菓子も食事も無料で食べ放題だったのでは……とのご指摘をいただきました。巫女として大事にされる立場上、無料で支給されていたのかもしれませんね。ただ「ガメてある」とは「黙って自分のものにした」という意味ですから、リモネとの夜食の場合は、守るべきなんらかのルールを逸脱して食料品を調達したと考えてよいのかと思います。まあ実態は、シヴュラたちが黙ってお菓子などをくすねていっても、周りのオトナたちはおおらかに許していたのでありましょう)
 
マミーナの殺人未遂やパライエッタとカイムの飲酒と飲酒幇助だけでなく、みんな、隠れて罪作りなことをしているんだ。テンペストはじつは、全コールの中でも最高のワル集団だったのかも……
 
愚かなり。ヴューラは盗品を食って、アーエルに買収されてしまったのです。
 
あれほど屈託のないアーエルのこと、きっと第7話と第8話の幕間あたりで、ヴューラに洩らしたのでしょう。
「ああ、あのお菓子? みんなガメてたんだよ」
あっさり共犯者にされてしまったヴューラ、真っ青。
リーダー的なヴューラの口調からみて、彼女はコール・ルボルのレギーナにまで上り詰めていたのではないでしょうか。それが盗っ人の同居人に身を落とし、しかも次の第8話では、アングラスの自爆でコール・ルボルは事実上壊滅。ヴューラの未来は、お先真っ暗になってしまいます。絶望のどん底ですよ。
第9話の審問会で、テンペストを誉め称えるしかなかったヴューラの真意は、結局のところ、こうだったのかもしれません。
 
「テンペストは私たちが誇る、最高のコールです!」(もうやけっぱちだぜ。くたばっちまえアーメン!)
 
 
●世界は二人のために
 
登場人物の中で、終始熱い鴛鴦(おしどり)夫婦を通したアヌビトゥフとグラギエフ。
周囲もうらやむ艦長とデュクスの仲の良さで、アルクス・プリーマは持っていたといっても過言ではないでしょう。あの相思相愛ぶりは、なぜなんだ?
そこで気になる、二人の関係……
 
まず目立つのは、艦長アヌビトゥフのスタンドプレー。
「お待たせしました、シヴュラの皆さん」
シビれる殺し文句とともに颯爽と現われる正義の味方。
第16話で瀕死の白鳥となったメッシスを救い、第22話では白マフラーで撃墜王の名を欲しいままにします。
月光仮面か少年ジェットか0戦はやとか。彼のキザっぽさは60年代ヒーローそのものでしたね。中高年視聴者の喝采が聞こえてきそうです。
 
思い返せばアヌビトゥフ。その要領の良さは『シムーン』随一でした。
そう、面倒なことは他人にまかせ、一番かっこいい美味しいところだけ、アブラゲトンビの如くにかっさらっていく超絶の世渡りテクニック。
この場合、面倒なことをまかされているのは……
だいたい、グラギエフのようです。
なぜなんだ?
 
艦を指揮するアヌビトゥフと、シヴュラを指揮するグラギエフ。二人はそれなりに対等の関係なのですが。実際、あとから蓋を開けてみると、縁の下の力持ちはいつだってグラギエフだったらしく、もう涙ぐましい世話女房ぶり。
 
それを象徴するのが、第25話の、アーエルとネヴィリル脱出計画でしたね。
マージュ・プールから救世主の如くに現われるシムーン。
その策謀について、「私たちの最後の仕事になるかもしれません」とグラギエフを煽ったのは、そもそもアヌビトゥフの方でした。
でも、礼拝堂で嶺国の巫女と密会して、危険なお膳立てを全部整えたのはグラギエフ。
いざアーエルとネヴィリル脱出という場面で、嶺国の兵士に空手チョップを食らわせたのもグラギエフでしたね。
 
その少し前、テンペストの面々の前で、「この場所で二人が泉へ行く、最後のあいさつをさせてほしいと頼みました」と告げたのはグラギエフ。
するとアヌビトゥフが、そのセリフを受けて「それが今、このアルクス・プリーマの艦長にできる、精一杯のことです」
おいおい、嶺国の巫女さんとの危ない調整はグラギエフにやらせておいて、「みんな、私がやったことですよ」と自分一人の手柄にしていいのかアヌビトゥフ。
しかも、嶺国の兵士を倒したグラギエフに、自らは手伝いもせず、「きみにしては、いつになく手荒いな」と涼しい顔して平気です。
 
と、一事が万事で、今に始まったことではなく、それまでもグラギエフはずっと、色男アヌビトゥフを支える縁の下の力持ちを続けてきたんですね。
よくそれで満足できるものです。普通なら「なんで私ばかり割りを食うんですか」と文句を言ってしかるべき。しかしそんなグラギエフを一発でなだめ、納得させる愛のテクニックを、アヌビトゥフは駆使していました。
 
礼拝堂で嶺国の巫女と密会した直後のグラギエフに、アヌビトゥフはすかさずチュ!。
「ありがとう。よろしく頼むよ」という意味の、お礼のチューですね。
これ一発で、燃える燃えるグラギエフ。
と、一事が万事で、なにか頼むごとに絶妙のタイミングでお礼のチューを連発し、アヌビトゥフはグラギエフを首尾よく操ってきたのでした。
 
それだけではありません。
第7話Bパート。夜の洋上をゆくアルクス・プリーマのバルコニーでの二人の会話。
 
ア「昔を思い出すな。まるでだれかさんのようじゃないか」
グ「(うろたえて)シヴュラが空を飛ぶことに疑問を持つことは、よくある話ですよ」
ア「ふふ……。あのときは、たしか私が手を差し伸べたんだったな」
グ「忘れてはいませんよ」(とほほ……)
 
と、一事が万事で、機会あるごとに恩を売りまくるアヌビトゥフ。
昔、シヴュラだったころ、悩み苦しむグラギエッタ(推定!)にアヌビトゥーラ(推定!)が優しく声をかけ、仲むつまじく熱いパルを組んだときのことを、じつにマメに思い出させているのです。これだからなあ。グラギエフ、めろめろです。
 
アヌビトゥフの要領のよさ、ここに極まれり、という場面は、第22話の、白マフラーの出撃でしたね。
無事に敵を撃退して、アルクス・プリーマのブリッジ前を航過するアヌビトゥフ。
誰のためといったって、艦長席を守ってくれたグラギエフへのお礼なんですね。
それに答えるグラギエフ。鼻先を指でちょんと弾いて、ちょっと照れ臭い仕草を返します。
「やったね相棒!」という感じではありますが、もうひとつの真意が隠れていますね。
グラギエフの指先は、おそらく、思わずこぼれた涙を弾き飛ばしていたのです。
だって、事前練習もなく突如出撃していったアヌビトゥフ、その身が心配で心配でたまらなかったはずなのですから。
 
ところで、第22話Bパートのアイキャッチに登場する、若きシヴュラ時代の二人。このころすでにアヌビトゥーラ(推定)は白マフラーでキザっぽく決めています。
グラギエフを前にして戦うアヌビトゥフの白マフラーは、だからもちろんグラギエフへの愛のメッセージ。
「ボクはきみを守る!」(アルクス・プリーマでも宮国でもない、きみだけを守りたいんだ!)
 
だから、愛する彼の戦いを見守りながら、ハラハラドキドキのグラギエフだったはず。
無事でよかった! の瞬間、涙ポロリでも不思議はありません。
だから、指で弾く仕草のときの、彼の心境はたぶん、こういうことだったでしょう。
「ボクをこんなに心配させて……アヌビトゥーラ(推定)のバカ!」
 
そもそも、この秘められた愛のパフォーマンスを、なぜアヌビトゥフが仕掛けたかというと……
その前に、アヌビトゥフが司兵院に妥協したことにグラギエフが反発、ワウフ艦長からも「二人が仲たがい……」と指摘されたことにありますね。
 
思い出の白マフラーをなびかせて「命をかけて、ボクはきみを守る」と伝えたアヌビトゥフ。
で、結局アルクス・プリーマをせっせと一生懸命に守らされたのはグラギエフなのですが、戦うアヌビトゥフの身が心配で心配で、結局、さきほどまでの反発は何処かへ吹き飛んでしまったのです。それで愛を復活させ、再びアヌビトゥフの虜となってしまったグラギエフでした。
 
アヌビトゥフ、狡猾。愛の手練手管において、こやつほど巧妙精緻な人物は『シムーン』に例を見ないでありましょう。
けれど、そのズルさも要領の良さも何もかも含めて、妙に憎めない……という、見事なキャラクターが、ここに誕生したのでありました。
 
最終話のラスト近く、さわやかな風に身を委ねる二人。
おそらくその前のある時期に、自沈したアルクス・プリーマから脱出もしくは逃亡した二人の間で、こんな会話があったことでしょう。
 
グ「なにもかも、失ってしまいましたね……」(落涙)
ア「いいや、私はなにひとつ失っていない」(涼しい顔)
グ「……?」
ア「ここにきみがいるからね」(ウインク)
グ「……」(子犬の眼差し)
ア「ボクにとっては、最初からきみがすべてなんだ。だから、きみさえいてくれれば、ボクはなにひとつ失うものはないのさ。これからもずっと!」(抱擁)
グ「ああ、アヌビトゥフ……」(接吻)
 
書いててちょっと気持ち悪くなったが、これもまた、SF的な愛の形のひとつかと。もって瞑目すべきでしょうなあ……
 
で、二人に関する「なぜなんだ」の最後は、なぜ二人は、少女時代の関係を引きずったまま、二人とも男になってしまったか、ということ。
アヌビトゥーラ(推定)が男になったのはなるほどとしても、理想の世話女房になれるグラギエッタ(推定)がどうして女性を選ばず、男になったのでしょう。
それは、グラギエフ自身の意志ではありません。アヌビトゥフの愛のしもべである彼は、“アヌビトゥフの望みに従って、男になった”はずなのですから。
 
これまた、アヌビトゥフの狡猾さが冴えていますね。
というのは、アヌビトゥフとて、グラギエフにある恐れを抱いているからなのです。
司兵院に妥協したことをもって、あれほど敏感に反発するグラギエフですから、常日頃、愛するアヌビトゥフの行動を仔細にチェックしているはず。うかつにも隠し事なんかしたらたちまち見抜かれ、ヘソを曲げられてしまいます。
 
つまるところ、嫉妬のかたまりになってしまうのですね、グラギエフが。
それは恐い。
グラギエフが女性のままで、男になったアヌビトゥフと結婚しようものなら、アヌビトゥフは家庭にがんじがらめにされて、浮気もままならない禁欲生活になったことは、火をみるより明らかです。
 
だからきっと、アヌビトゥフはグラギエフにも、男になるよう誘ったのですね。
 
ということで……。
アヌビトゥフは男性グラギエフの愛を確保しながら、一方で嫉妬される心配もなく、自由奔放に女性との恋愛を楽しめるというわけで……
 
これぞ華麗なる両刀使い。
遊び人アヌビトゥフ、そこまで狡猾か。
しかし、悲しいというか幸せというか、グラギエフには、そんなアヌビトゥフのズルさが、からっきし見えていません。
ああ、愛は盲目とは、よく言ったものです。
 
ということで『シムーン』は、裏返せばアヌビトゥフとグラギエフの愛の賛歌。
まさに、世界は二人のために……で、幕を閉じたとも言えるでしょう。
めでたし、めでたし……なのかな?
 
 
●幼子(おさなご)の祈り
 
第25話。泉に行ったテンペストの一行がアルクス・プリーマへ戻る列車の中。
ふと、ひとりの幼女が歩み寄り、ひざまづいて祈りを捧げてくれます。
戸惑うフロエたち。その表情は告げています。
「もう、私たちはシヴュラじゃないのよ。祈ってもらう資格はないのよ」
 
最後まで、気に掛かったシーンです。
ひざまづく幼子(おさなご)の祈り。それは、なぜでしょうか。
 
テンペストの少女たちは、このとき、泉からの帰り。
すでに女と男に性を分かたれ、シヴュラでなくなり、テンペストでもなくなって、どこにでもいる、ただの人に戻っています。人に崇められたり、拝まれたりする存在ではないはず。
 
でも、これまでずっと、彼女たちとともに戦い、彼女たちを見守り、一緒にアルクス・プリーマやメッシスで過ごしてきた私たちならば、わかりますね。
今、ようやく戦いを終えて、平和な安らぎを得た少女たち。
肉体的にシヴュラでなくなっても、少女たちの心は今こそ、シヴュラなのだと。
 
だから、ひざまづいて祈る幼子の姿は、すなわち私たちの心。テンペストの少女たちに伝えたい、私たちのこのような思いでもあるのでしょう。
 
「おつかれさま。そして、ありがとう」……。
 
 
 


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