Essay
日々の雑文


 3   19911002●雑感『戦場の男たちの信号』
更新日時:
2006/02/15 
911002
 
戦場の男たちの信号
 
 幼少のころに「サブマリン707」を読んで感激していたおじさんは、戦場の男から男へ宛てた信号文のキザっぽさが好きだ。戦争という、実につまらない大ゲンカをやっているケンカ仲間同士やライバルに向けて見栄を切るだけの、他愛もない信号。けれど、殺伐とした戦場でも、そこにいるのはやはり人間なのだと感じさせてくれたりもする。ちょっとアナクロですが、実際にあった(らしい)事件からそんなメッセージを拾ってみました。
 
1 アメリカ軍司令官からドイツ軍司令官へ
 
とき:一九四四年十二月二十二日
場所:ドイツ国境に近い、ベルギーの街、バストーニュ
信号:「NUTS(ふざけるな!)」
場面:第二次大戦。ドイツ軍の猛反撃で完全包囲され、補給も断たれた街バストーニュにたてこもるアメリカ軍の基地に、ドイツ軍の使者がやってきた。降伏の勧告である。「降伏しなければ貴軍は全滅する」と告げるその勧告文を読んだアメリカ軍の守備隊司令官マッコーリフ准将は思わず笑って「ふざけるな!」と言い捨て、前線の見回りに出てしまった。やがて帰ってきた彼は「さて、どう返事したものかな」と作戦将校に相談するが、作戦将校が答えるに「准将が最初に言われた言葉がいいと思いますが」。准将「何といったかな、おれは?」。
作戦将校「NUTSですよ」。部屋にいた将校も兵隊も、みんなそろってその言葉に賛成した。ドイツ軍の軍使は手書きの返事を持ち帰り攻撃を開始したが、バストーニュは持ちこたえ、その四日後の二十六日にアメリカ軍の援軍がドイツ軍の包囲を破った。所感:このときのドイツ軍の勧告文も傑作。「我々が攻撃すると民間人にも犠牲者がでる。それはアメリカ人のヒューマニズムに反する結果であろう。諸君はアメリカ人である。ゆえに降伏すべきである……」といった感じで、いかにもゲルマン的な三段論 法。それに対するこの回答も、いかにもヤンキーっぽい。
TVアニメ『宇宙線艦ヤマト』第一話で沖田提督がガミラス艦隊へ返信させた「バカメ」もこれに類する趣旨であろう。
 
2 アメリカ海兵隊の将軍から、アメリカ艦隊の提督へ
 
とき:一九四二年十一月十三日。金曜日。
場所:南太平洋。ガダルカナル島。
信号:「我々は最も深い感嘆をもって、へこんだ鉄かぶとを取って脱帽する」(電文)
場面:ガダルカナルを守備するアメリカ海兵隊に、日本軍は陸と海から同時に、最後で最大の攻勢をかけようとする。しかしその作戦は、夜間に思い切って戦艦部隊を援軍に差し向けたアメリカ艦隊が見事に阻止した。この夜を境に、南太平洋の戦局はアメリカの勝利へと大きく傾いていく。
所感:普段から仲の悪い海兵隊と艦隊。「艦隊のやつ、おれたちをこんな島に運んでおいて、あとは放ったらかしじゃないか。たまには応援にこい」と不満たらたらの海兵隊だったが、臆病だった艦隊がその気になってやってきたら意外な大勝利。それまでの戦いに疲れながらも、感謝感激の海兵隊将軍の笑顔が見えるような文面です。
 
3 英国軍艦カンバーランドから英国艦隊司令ハーウッド提督へ
 
とき:一九三九年十二月十五日ごろ    
場所:南米ウルグアイのモンテビデオ(ラプラタ河口)沖
信号:ハーウッド提督「早期到着の理由を問う」
カンバーランド「海軍魂」(発光信号)
場面:ドイツの強力なポケット戦艦シュペーを、壮絶な追撃戦の末、モンテビデオ港に追い詰めたハーウッド提督の英国艦隊。しかし、使える艦は傷ついた軽巡洋艦二隻だけだ。一刻も早く応援がほしい。そこへ駆け付けてきた重巡カンバーランド号。フォークランドから一千マイルを三十五時間で走り、シュペーの出航前に現場への到着に成功した。驚いたハーウッドが、どうしてそんなに早く来れたのかと尋ね、カンバーランドが答えたのがこの信号。ハーウッド提督の乗艦は歓声に包まれた。
所感:一見不可能なことを可能にするのが「海軍魂」とは、誇り高い英国軍艦らしい気障な回答。「きみの成績はどうしてそんなにすばらしいのかね」と尋ねる上司に「愛社心です」と答えるサラリーマンみたいだが、そんなおべっかが通用しない戦場での信号だから、苦労を顔に出さず、さりげなく答えるセンスが光ります。この場面は映画「シュペー号の最期」の一シーンですが、五十年代の制作だけに、シュペー号追撃に実際に参加して戦後に生き残った巡洋艦がそのまま出演し、シュペー号もアメリカの重巡が代役で出演。出てくるフネがすべて実物という、艦船マニア垂涎の作品です。
 
4 日本海軍第五艦隊旗艦・阿武隈から、キスカ島守備隊へ
 
とき:一九四三年七月二十九日
場所:アリューシャン列島・キスカ島の海岸線
信号:軍艦が鳴らす入港準備のラッパ
場面:アメリカ軍に包囲され、北方の孤島キスカに孤立した日本軍五千二百名。このまま全滅を待つ運命だったが、連合艦隊司令長官の決意で救出作戦が決行される。しかし航空機の援護を欠く日本艦隊は、霧にまぎれてこっそりキスカへ入港できる機会を待つしかない。救出を担当する第五艦隊は、天気予報待ちの日々が続き、軍令部からは「第五艦隊うごかんたい」とバカにされる。ようやく霧が出て出航したが、途中で天気が良くなって引き返し、今度は臆病者とののしられる。旗艦・阿武隈の木村司令官はじっと我慢し、ついに二度目の挑戦に成功。無線封止のままひそかにキスカ島へ接近。そのとき、死を覚悟していた島の守備隊に救出艦隊の到着を知らせたのは、濃霧のかなたから聞こえる入港準備のラッパだった。作戦は成功。二週間後に三万五千ものアメリカ軍が上陸したとき、島は無人だった。
所感:事務的なラッパ音だけど、島の人々にとってはこれが生死の別れ目。天使の音楽に聞こえてもいいくらい、象徴的な音になっています。悲劇が続出した太平洋戦争の中でこの作戦が光っているのは、その目的が戦うことでなく、ひたすら人命救助にあったことでしょう。この場面は東宝映画「キスカ」に出てきますが、非難に耐えて黙々と救出作戦を進める木村長官のキャラクターが、地味だけど捨てがたい魅力です。
 
5 日本連合艦隊旗艦・三笠より、東京の大本営へ
 
とき:一九○五年五月二十七日
場所:対馬海峡に面した朝鮮半島の港
信号:「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動、これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれど波高し」(電文)
場面:時は日露戦争、対馬海峡に向かって北上してくるロシア・バルチック艦隊をようやく発見。戦艦勢力では二倍の敵艦隊を迎撃するため出航する旗艦・三笠の報告電文です。
所感:この電文のいいところは、とにかく元気があるということ。地球を半周してやってくる巨大な敵艦隊と正面から渡り合えるただ一度の機会、これっきりの一本勝負というファイトが込められています。実は当日は天気は晴れでもなく波も高くなかったという説もあって、電文後半の天候描写は、日本艦隊の意気込みを表した心理描写とも受け取れます。当時の日本艦隊は規模から言うと二流どころであり、理論的には勝てないのですが、そこをハードトレーニングで補い、敵の動きを知るために偵察船を配備し、民間ボランティアも総動員しての情報収集で最高のチャンスをつかもうと必死でした。レギュラーメンバーぎりぎりしか部員のいない野球部が猛練習で甲子園に出場、とうとう決勝戦にこぎつけた瞬間のようなもの。戦いにおもむく男のセリフとして、名文でありましょう。
同じ日の信号で「皇国の興廃、この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」がZ旗によって伝えられ有名ですが、私としては「敵艦見ゆ::」の方が海の男らしくて好きですね。
 
6 休戦ドイツ艦隊旗艦フリードリヒ・デア・グローセより
  休戦ドイツ艦隊戦艦部隊各艦へ
 
とき:一九一九年六月二十一日
場所:英国北部・スカパフロー軍港
信号:「第二項、承認(自沈用意)」
「Z状態(自沈せよ)」(いずれも旗旒信号)
場面:第一次大戦で敗北し、武装解除ののちスカパフローに抑留されたドイツ戦艦部隊十六隻は、休戦協定により戦勝国に接収される日を待っていた。だがドイツ艦隊司令官ロイター提督は名誉ある最後の「攻勢的な手段」として全艦の自沈を命ずる。各艦はこの信号とともに高々とドイツ軍艦旗をかかげ、乗員を避難させて船底の弁をひらいた。せっかく捕獲した新鋭のドイツ戦艦を一瞬で失った英国は激怒した。しかしこの自沈行為はドイツ艦隊の終末ではなく、復活の決意のあらわれと考えていたドイツのラインハルト・シェーア提督は「ドイツ艦隊の士気はすたれていない。降伏という不名誉な汚点をドイツ海軍の歴史に残さなかったからだ」と称賛した。(このときはまだ休戦状態であり、国としての降伏であるベルサイユ条約の批准よりも前だった。艦隊は敵国のでなくドイツの旗のもとに自沈したことになる)
所感:英国側に自沈の意図を悟られないよう、暗号化された旗の信号です。第一次大戦でドイツが敗けたのは、戦力が壊滅したのでなく、国内の政情不安、皇帝独裁への反乱、経済的崩壊が原因でした。国が敗けたといっても、ドイツ艦隊はほとんど無傷で残っていたのです。このような状態で艦隊を敵に引き渡してしまったら、傷ついた誇りは二度と回復できないと考えたのでしょう。悲劇には違いありませんが、敗北した艦隊が、戦うことなく誇りを守る姿は、潔い騎士の最期を思わせます。
 
 第二次大戦は半世紀昔に去ろうとしています。あの時代に戦った男たちのドラマも、今は伝説の一部分と化してきました。おそらくこれからは舞台を銀河に移し、宇宙の海で戦う男たちのエピソードに姿を変えて語られていくのではないかと思います。     
 さて、例によって余談ですが、こんな信号もあります。講演会で聞いたうろ覚えの話なので、話のディテールは正確じゃないですが……
 
7 軍港へ迎えにきた花子さんから、練習艦に乗る恋人の士官へ
 
とき:第二次大戦の前。
場所:日本国内の軍港
信号:「まあうれしい。花子」(手旗信号)
場面:練習航海で長いこと彼女(花子さん)と会えなかった○○士官氏、入港の日が早まったのでこっそり日本に電報を打ち、花子さんに知らせておいた。大喜びで軍港へ迎えに出てきた花子さん。港に停泊した練習艦の彼へ一言伝えたい。思ったよりも早く会えるのでうれしいと伝えて下さい、と軍港の信号所に頼んだ。ところがこの時代、いちいち気軽に無電を打つことはしない。昼は手旗信号、夜は発光信号だ。しかも港内には戦艦や巡洋艦が列をなして停泊している。花子さんの信号文は非常にまじめに、手旗信号で艦から艦へと何隻も中継されていったのである。「旗艦長門より重巡愛宕へ。練習艦香取へ送れ。本文。まあうれしい、花子。終わり」なんて感じだ。この信号、ちゃんと彼のもとに届いたのはいいが、二人の関係は連合艦隊全艦の知るところとなって、それからしばらく彼は「まあうれしいの○○士官」とどの艦へ行っても呼ばれたとか。まあ、めでたいことです。
 
 


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