Essay
日々の雑文


 2   19911000●雑感『クリスマス(1)聖夜の食卓』
更新日時:
2006/02/15 
911000
クリスマスのお話(1)
 
聖夜の食卓
 
 
 
 大学時代から毎冬着つづけているよれよれのコートのえりを立てて、通勤電車に揺られるおじさんは、クリスマスが好きだ。粉雪のちらつく寒い夜には、やっぱり思い出してしまう。フィクションの世界の、美しく豊かなクリスマス・イブ。その祝い方と、小さな食卓を飾る、ささやかなメニューのご紹介です。
 
1 デラとジェームズのイブ(賢者の贈り物。O・ヘンリ)
 
とき:一九○六年(推定)
場所:アメリカ。NY。週八ドルの粗末なアパートの一室。
場面:愛する夫ジェームズ(二十二歳)のために、デラはプレゼントを贈りたいが、貧しい生活の中では年に一度の贈り物もままならなかった。彼女はかけがえのない自分の髪を売ることで、彼の金時計のための鎖を買い、アパートで彼の帰りを待つ。実は彼も同じ思いで、祖父と父の形見の金時計を売ることで、デラの長い髪に飾る櫛のセットを買ったのだが、そのことをデラは知らない。やがて階段を昇ってくるジェームズの足音が聞こえる。そのときのシーン。
 
デラの顔が、ほんの一瞬、血の気を失った。彼女は、日頃ごく普通の何でもないことにも、短いお祈りをするくせがあった。そして今も小さな声でつぶやいた。
「どうぞ神様、あたしが今でもやっぱりきれいだとジムに思わせてくださいまし」
 
メニュー:二人分のチョップ(たぶんマトンかポーク)。まだ温められていない。そして熱いコーヒー。
 
 
2 ボブ・クラシット家のイブ(クリスマス・カロル。ディケンズ)
 
とき:十九世紀半ば
場所:ロンドン。週給十五シリングのサラリーマンのボブがやっと家賃を支払える、わずか四部屋しかない家(たぶん長屋)。
場面:けちんぼのサラ金業者スクルージに雇われて、貧乏から抜け出せないボブの一家。それでもイブの夜は家族全員が揃って、クリスマスの食卓を囲む。クラシット夫人、息子のピーターとティム。娘のマーサとベリンダ。プレゼントはなく、代わりに年一度のぜいたくな食事がある。食後の団らんのシーン。
こんどは帽子屋にわずかな給料で雇われているマーサが、自分のやっている仕事はどんなものなのか、また、ぶっつづけに何時間働いているかということ。そして明日の朝はゆっくり寝坊をするつもりだなどと話した。明日というのはマーサが家で過ごせるたった一度の休日なのだ。
 
メニュー:小さなガチョウ(七面鳥ではない)。その詰め物はサルビアの葉や玉ねぎで、ありったけ詰めて鳥を大きく見せる。ソースは砂糖入りのりんご汁。マッシュポテト添え。
デザートはプティング。四パイント半の半分の半分のブランディをかけて火をつける。てっぺんにヒイラギの葉を刺しておく。
さらに数個のりんご、みかん。若干の焼き栗。
ジンとレモン汁を一緒にした熱い飲み物。
 
3 マルチン・ターラーと両親のイブ(飛ぶ教室。ケストナー)
 
とき:一九三一年(推定)
場所:ドイツ。ヘルムスドルフ市。中学生マルチンの父ヘルマン(失業中)と夫人の家。電気を節約して薄暗い客間。
場面:キルヒベルク市の寄宿学校に息子マルチンを入れている両親だが、今年はとりわけ生活が苦しく、マルチンを帰宅させる旅費を工面できなかった。夫婦ふたりだけの寂しいイブの夜。テーブルにもらい物の小ぶりの松の鉢植え(樅の木ではない)。それに去年の燃え差しのロウソク十二本が飾られて燃えている。
「ねえ、おまえ。こんどのクリスマスは、おたがいになんのおくりものもできない。それだけに、わたしたちはいっそうよけいにお祝いをいおうじゃないか」
ターラー氏はこういうと、おくさんのほおにキスをしていいました。「クリスマスおめでとう」
(この直後、マルチンが帰宅する。寄宿舎のヨハン・ベク先生が教え子に旅費をプレゼントしたのである。クリスマスの天使が起こした小さな奇跡)
 
メニュー:絵に描かれた大きなオレンジ。それだけ。
マルチンが帰宅後はチョコレートをかぶせた菓子、少々。   そして熱いコーヒー。
 
4 ピエールとフランソワーズのイブ(映画「シベールの日曜日」)
 
とき:一九六二年(推定)
場所:パリ郊外の小都市ヴィル・ダブレイ。
場面:戦争で記憶を喪失し、子供の心に戻っている三十歳の男ピエールは街の修道院に捨てられた十一歳の少女フランソワーズに出会う。天涯孤独のフランソワーズは大人びた心を持ち、恋人としてピエールを愛する。修道院から外出を許される日曜日だけのデート。一度もクリスマスを祝ってもらったことのない少女のために、ピエールは彼女が夢見たイブの夜を実現すると約束する。夜、公園のあずまやの中で、ピエールが盗んできた特大のツリーを前に、二人は乾杯する……(ここから続く胸キュンの名場面はあえて伏せる)
 
メニュー:泡がとってもきれいなシャンパン。それだけ。
(ピエールをハーディ・クリューガー。フランソワーズをパトリシア・ゴッジが演じ、アカデミー外国映画最優秀作品賞を受けた作品です。2005年現在もなおDVD化おらず、ビデオも入手困難なのは残念でなりません)
 
 
グルメとはほど遠いのですが、名作に残るイブの食卓のメインディッシュはもちろん愛! ということですね。
余談ですが、めずらしいメニューをひとつ。一九二九年に世界一周飛行をする途中の飛行船ツェッペリン号のある日の食卓です。
朝食:ソーセージ各種。ゆで卵。バター、ジャム。フランスパン。コーヒーまたは紅茶
昼食:スープ(ポタージュまたはコンソメ)。ライン河産の鮭のツェッペリン風。クリームキャラメル。フルーツ。
夕食:スープ。ローストチキン。トマト・レタスのサラダ。フルーツ……だそうです。
 
 


prev. index next



HOME

akiyamakan@msn.comakiyamakan@msn.com