Essay
日々の雑文


 26   20060506★アニメ解題『トップをねらえ2!』
更新日時:
2006/10/22 
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20060506★アニメ解題『トップをねらえ2!』
 
 
 
気になる結末……
 
ノノはノリコに
オカエリナサイを
言えるだろうか?
 
 
 
 
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時に西暦2004年。冬。
ガイナックス20周年記念作品として、『トップをねらえ2!』の第一巻がリリースされました。
それから、早や一年と半年。
ようやく最近、DVDの1巻から4巻までを見ることができました。
 
第一印象としては、3巻までは、なんだか前作『トップをねらえ!』のパロディをパラレルワールドでやっているような感じだったのですが、第4巻で「どうやらこの作品は前作の歴史を引き継いだ世界であって、前作に欠けていた何かを補完する計画じゃなかろうか……」と、俄然、これからの展開と結末が楽しみになってきた次第です。
 
そこで、忘れないうちに、気になったことをメモしてみます。
とはいえ、まだ4巻までしか見ていないし、DVDの特典映像のスタッフインタビューも見落としていますので、その範囲の知識でということで。
 
今後、第5巻以降を見たら、コメント内容の追加訂正をしたいと思います。
 
 
●ひょっとしてこれは、前作の“1万2千年後”の世界?
 
『トップをねらえ2!』の世界が前作『トップをねらえ!』と同じだとすると、その時代はいつでしょうか?
前作で、タシロ提督率いる旗艦エルトリウムが殴り込み艦隊を率いて、銀河中心部へ進撃し、木星ブラックホール爆弾を使ったカルネアデス計画で宇宙怪獣に最後の決戦を挑んだ西暦2048年よりも、相当に年月を経た、未来の時代と考えられます。
 
というのは、『トップをねらえ2!』第3巻のAパート冒頭で、ガス巨星としての木星がすでになく、かつての巨大宇宙戦艦の残骸を再利用した居住構造物に置きかわっているからです。それも並大抵ではない昔からの……ひょっとすると数百年とか数千年という古さかもしれないことが、登場人物の会話にある「ええっ、月のトウキョウよりも古いの?」といったセリフから察せられます。
エルトリウム以下二千隻あまりの殴り込み艦隊は、おそらく太陽系へ帰還したことと思われますので、ノノたちが到着した木星は、その艦隊の船体をリユースしたものかもしれませんね。
 
とはいえ、バスターマシン1号2号の残骸とともにノリコとカズミが地球へ帰還を果たした西暦14292年7月6日(『トップをねらえ!』最終話ラスト近くで映るカレンダー時計の表示より)は、まだ訪れていないだろうと思います。
『トップをねらえ2!』の時代がノリコとカズミが地球帰還後というのであれば、主人公ノノがなりたいと願ってあこがれる、人類を救う英雄“ノノリリ”は、“ノリコとカズミ”と呼ばれてしかるべきでしょうから。
 
前作『トップをねらえ!』では、最終話でユングが、ノリコとカズミに別れを告げながら心の中で約束します、「帰ってきたら“お帰りなさい”と言ってあげるわね」と。
この約束が果たされるところに、ラストシーンの涙ほろりの感動があります。
たぶん、その約束は、ユングが地球へ帰ってから、人類を救った英雄ノリコとカズミの伝説として、子々孫々に伝えられることになったのでしょう。
とすると……、それから数百年、数千年といった時が流れれば、二人の英雄のうちノリコの名前が“ノノリリ”に変化してしまっても不思議はなさそうですね。
 
『トップをねらえ2!』はおそらく、太陽系に生き残った人類が、人類を救った英雄ノノリリの帰りを気長に待っている時代……そして、ノノリリが帰ってきたときには「お帰りなさい」と迎えてあげようという伝説だけがうっすらと残っている時代を舞台にしているのではないかと思えます。
 
とすると……『トップをねらえ2!』の時代は、もうまもなくして、ノリコたちが帰ってくる西暦14292年7月6日が訪れようとしている直前なのかもしれません。
 
あれから1万2千年後? そうは見えない……と感じるかもしれませんが、現在の人類文明は過去5千年(紀元前3千年あたりの古代シュメール)あたりまでさかのぼれます。
それならば、これから1万2千年の未来まで、現代の延長線上の文明が維持されていても不思議はないと思います。
 
と、すると……
『トップをねらえ2!』は、カルネアデス計画の実施から、ノリコたちが地球へ帰ってくるまでの間、この太陽系を守り続けた戦士たち……それが“トップレス”……の物語であると解釈できるのかもしれません。
ひょっとして、そのラストシーンは、ノリコたちが帰ってきて、地球が「オカエリナサイ(イのみ左右反転の鏡文字)」と挨拶して迎えてあげる、あの感動の場面が一致するのではないか……そうも予感しつつ、最終の結末を楽しみにしているところです。
 
はい、もしかすると、とうとうノノリリになることができたノノが、あの「オカエリナサイ(イのみ鏡文字)」の光文字をバックに二人を迎え、「お帰りなさい」と言ってあげるのではないかと……
 
 
●生命工学を武器に戦う、もうひとつの宇宙怪獣殲滅戦?
 
前作の『トップをねらえ!』では、銀河系をひとつの大きな生物体にみたてて、宇宙怪獣の役割が語られています。
すなわち、人類は銀河系の自然を破壊する有害なバイキンである。そんな人類を“駆除”する生物的“抗体”として、宇宙怪獣が存在しているのだ……と。
 
いやほんと、当時ビデオで見たときには、あまりのインパクトにため息ものでした。
この発想はすごい。たとえ発想そのものは新しくなかったとしても、アニメという表現ジャンルでそこまで語ったのは、初めて見た。凄い……これは凄い! と、目からウロコがぼろぼろ落ちること……
 
すっかり説得されてしまったのですが、お話が終わってからは、ちょっと腑に落ちない点が残ったのも事実です。
 
つまり、ここまで生物学的な解釈をしておきながら、そのことが、生命工学の視点からみた宇宙怪獣対抗作戦へと具体的に発展したかどうかには触れられぬまま、最終解決手段として実行されたのはカルネアデス計画だったからです。
これは、ブラックホール爆弾という物理的なパワーをもって宇宙怪獣を除去殲滅するのであって、いわば病巣をメスで摘出する外科手術に近いものです。
しかし一方では、カルネアデス計画に並行して、遺伝子の操作などによって、生命工学的に(ハードな爆弾と違って、ねとねとくねくねしたやり方で)宇宙怪獣に対抗する手段が研究されていもおかしくはありませんね。それも密かに。
 
そこのところが、前作『トップをねらえ!』で、やや欠けていると感じられた点です。
それを、『トップをねらえ2!』が、見事に補完してくれるかもしれない……と、期待してしまうのですが。
 
生物的“抗体”としての宇宙怪獣に生命科学的に対抗する方法は、おおむね次のふたつがあるでしょう。
 
@宇宙怪獣の一種を捕獲し、DNA改造して、仲間の怪獣を異物(敵)と認識させるものを創る。
 ……すなわち“アンチ抗体”。同類の怪獣を、いわば共食いしてくれる宇宙怪獣です。これを大量に培養して太陽系近傍に放ち、宇宙怪獣に対する生物障壁とする。
 
A宇宙怪獣のDNAを人間の細胞に導入して人工的に巨人兵器を創り、それで宇宙怪獣に戦いを挑む。そのパイロットも、宇宙怪獣のDNAを導入して超能力を得た人間が務める。
 ……なんだか、エヴァンゲリオン的手法ですね。宇宙怪獣から、もっと恐ろしい宇宙怪獣を生み出すような禁断の行為ではあるのですが。
 
いずれも、前作の『トップをねらえ!』で、すでに宇宙怪獣の一部の捕獲と標本化に成功しているので実現可能。追い詰められた人類としては、やりかねない作戦であります。
 
この@とAが両方とも実行され、その結果、奇妙な巡り合わせで、人類を守る兵器として機能しているはずの@を、人類に害のある宇宙怪獣と誤認して、Aの巨人兵器と特殊能力を持った(宇宙怪獣的な)パイロットが戦っている……?
というのが、もしかすると、『トップをねらえ2!』の裏設定なのでしょうか?
 
どれも勝手な憶測ですが、そんなことを考えながら、第5巻以降を見たいと思っています。
 
にしても……
 
本当に、いろいろな意味で、すごい作品ですね。
 
                  【以上、2006年05月06日に記述】
 
 
●ノノはかぐや姫!
 
第五巻をレンタルで見ました。
お話の趣旨が、たいへんよくわかりました。
 
そうか! ノノは“かぐや姫”だったのだ!
 
第一巻冒頭でノノが言う「お師匠様」は、いわば竹取の翁。
……とすると、最終話は、自分の正体をはっきり自覚したノノが、人類を救うために身を挺して“たったひとつの冴えたやりかた”をするのかもしれませんね。
 
そうなってしまったら、あまりに悲しすぎる結末ってことになるのですが。
 
 
それはさておき、第五巻のラストで一瞬顔を見せたアレは……
なるほど。エヴァンゲリオン劇場版で観客のどぎもを抜いた超巨大綾波は、じつは量子化能力を持った群体型バスターマシンだったのですね……
 
最終話が楽しみです。
 
                 【以上、2006年05月11日に記述】
 
 
 
●ノノはノリコに、オカエリナサイを
 とうとう……言えなかったのだろうか?
 
ついに最終話。
レンタルで第6巻を見ました。
 
ある程度、予想した通りとはいえ、
胸を打つ、切なくも美しいラストシーンでしたね。
 
いろいろと、謎は残ります。
 
トップレスたち(と、その組織)は、どのようないきさつで生まれたのか。
ノノ自身でもある地球防衛のシステムは、
誰がどのような意図で構築したのか。
また、執拗に地球を狙う
宇宙怪獣の本質的な役割は何だろうか。
決戦のときにラルクが“取り込む”縮退炉の由来は?
そして、ノノ自身の正体とは……
作品のシナリオだけでは説明されきっていない、
隠されたエピソードが
山盛りになって残されているようです。
 
それらはまた、劇場版などで、
今後明らかにされるのかもしれませんが。
 
それはさておき……
この第6巻で特別に印象に残った、
最も象徴的なシーンは、これでした。
 
ラルクお姉さまが、ノノから捧げられた
おそらく“私の特異点”という名前の
一羽の折り鶴。
 
この折り鶴が千羽あれば、千羽鶴。
それはヒトの願いを込めて一羽一羽折られるものです。
ならばラルクの手に託された一羽の折り鶴は
「普通の女の子として、お姉さまの友達になりたかった」ノノの
現実に、すべてが叶うことのなかった
切ない願い、そのものなのでしょう。
 
ノノの最後のせりふ「なぜならば……」に
続く言葉は、何だったのでしょうか。
 
このお話の、最も重要なテーマの解決は、
こうして、観客の想像にゆだねられました。
 
私は、こう思います。
 
「なぜならば……」に続く言葉は、
たぶん「きっと、永遠の友達になれるから」。
 
ラルクが一羽の折り鶴を受け取った瞬間、
ほんの刹那の時間であったけれど、
ノノの、「友達になりたい」という願いは
かなえられたのだと考えたいのです。
 
ただし、それはあまりにも短く儚い
ほんの一瞬に等しい時間。
友達として何ひとつする余裕もない
残酷なほど短い時間であったのだと。
 
かなった瞬間に、消えてしまう願い。
これでは、結局のところ、願いが叶わなかったのと
同じことではないか……とも思えます。
そうです、ノノでなくラルクの立場からみれば……
 
つまり、より正確には、
ノノの願いは、ほんの一瞬だけど叶えられた。
けれど「一緒にヒバリを見に行こう」と約束したラルクの思いは
叶えられなかったのです。
 
ラルクの掌中の、くしゃくしゃになった
一羽の折り鶴は、
この世にノノという友達が存在した唯一の証であり、
その友情の唯一の記憶であり、
その友達に何もしてあげられなかった自分の
叶わぬ願いがこもる折り鶴にもなったのでしょう。
 
これは『少女革命ウテナ』の結末にも、
少し似ていると思います。
 
ヒトはいつか別れ、出会いの記憶だけを抱いて、
一人で歩んでいかねばならないのだろうか?
……そういった、厳粛なテーマです。
 
ラストシーン。
頭上はるかな星空より、万年の時を超えて、
還ってくる二人。
 
その星空を見上げるラルク。
こちらは、ただ一人。
 
前世紀の『トップをねらえ!』は、
主人公ノリコと、カズミ“お姉さま”の二人が出会い、
ウラシマ効果という残酷な時間の現実に
引き裂かれつつも、
お互いの友愛がくじけることなく、
無限の時の壁すら超えて、努力と根性で、
とうとう結ばれる物語でした。
 
今世紀の『トップをねらえ2!』は、
OVAの結末を見るかぎり、
努力と根性で結ばれることのできなかった、
悲しくも宿命的な、別離の物語なのだと
思わざるをえないのです。
 
ノノとラルク。
二人は出会いましたが、残されたのは……
一人。
 
無限の時を超えて、願いが叶う物語と、
願いが叶わぬ物語。
ふたつの物語が、ひとつのラストシーンに
融合し、水引の紐を結ぶかのように、
美しい結末を迎えました。
 
その見事さに、拍手!
 
しかしやはり、心の中では、
ノノが帰還してくるノリコに、直接、
「オカエリナサイ」を言ってあげることが、
できなかったことに、
なんとも名残惜しいというか、
孤独な寂寥感をたたえた
奇妙な感慨を覚えるのです。
 
この、ある意味、とても寂しい結末は、
なにか、21世紀の私たちの、今の
“時代の空気”のようなものを
伴っているのではないだろうか? ……と。
 
つまりそれは……
 
 
●ひとつの時代の終焉
 
『トップをねらえ!』の最初のOVAから
はや二十年……
ひとつの時代が始まって、
そして今、終わろうとしているのを感じます。
 
それは……“オタクの時代”。
 
 
→→→20061021●雑感『さらば、オタク』へ続く。
 
                  【以上、2006年10月21日に記述】


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