Essay
日々の雑文


 23   20060216●雑感『ジミ五輪のススメ』
更新日時:
2006/11/01 
 
 
 
ジミ五輪のススメ
 
 
 
 
トリノまで、行ってメダルを取りのがし。
そんな、お寒〜いギャグのようだ。トリノ冬季五輪は。
最初の5日くらいで、女子モーグルやスノボ、
スピードスケートにジャンプ、
そういった期待に輝く種目で、軒並み全滅。
2月16日現在、なにやら見事なまでの全滅ぶりである。
プレッシャー、みんなでコケれば怖くない……のか。
 
まだフィギュアが残っているとはいえ、
ここまで緒戦大敗すると、爽快感すら漂う。
太平洋戦争でいうと、“マリアナの七面鳥撃ち”で
航空戦力がばたばた墜とされ、
あとに、からっぽの空母が残された、
日本の連合艦隊みたいなものだろうか。
「まだメダルの望みが断たれたわけではない」といった、
選手団役員の言葉が、
当時の大本営発表に重なる。
残る希望の星・女子フィギュアは、
さしずめヤマトであろう。
 
役員も選手の皆さんも、このさい
『トップをねらえ!』を見て、
“全滅娘”のノリコが努力と根性で
どのように成長したのか、
振り返ってみたら、参考になるかも……。
 
まあしかし、大会前半のこの結果だけを見ても、
「いったいみんな、何しにトリノへ行っとりの?」式の、
お寒い自己批判が、国民的に湧いてきても不思議はない。
だって、行く前から「メダルは5個」などと、
あちこちで営業ノルマみたいに公言するんだから。
 
メダルを取りに行くのが大会参加の目的なら、
今回の遠征は失敗ということになる。
加えてなにかと「勝ち組・負け組」と差別したがる昨今の世相、
いまや「負け組」となってしまった選手団を
慰める余裕は、この国にはないかもしれない。
 
とはいえ……
 
なぜ、そうまでして、メダルが欲しいのか。
ふと、不思議になってしまう。
メダルなんて、じっさい、どうでもいいじゃないか。
普通の市民にとっては、何の関係もないことなんだよ。
 
出場できるのは、幼少のころから英才教育を受けた、
天才アスリートたち。
スポーツ業界とスポーツ学府が手を握り、
産学共同で高度な専門トレーニング。食事と運動の徹底管理。
スポーツのサイエンスを極めた道具・ウェア・シューズ。
その上さらに、
特殊なプロテインの投与で、筋肉モリモリのサイボーグ。
そこに加えて、本番では後を絶たないドーピング疑惑。
公費を投入する誘致合戦。
巨額の資金が動く放映権。
どんどんぱちぱちの、ド派手な開会式。
お値段天井知らずの、ぼったくり現地ホテル。
プレミアつきの、ぼったくり観覧チケット。
しかし今大会では、チケットが完売できず、
空席が目立つからと、選手から不満も出ているという。
 
普通の市民には、参加はおろか、見物のチャンスすらありはしない、
普通の市民の子供たちにも、ほとんど、かかわるチャンスのない、
画面の向こうの、遠く豊かで華やかな、別世界のイベント。
 
これが聖なるスポーツの祭典なのか。
そろそろオリンピアの神様たちも、
どうにかしろよとおっしゃるだろう。
 
もともと、古代オリンピックに、メダルなんてあったんだろか。
 
深夜TVの名画劇場で、『白い恋人たち』を見た。
1968年、フランスのグルノーブルで開催された冬季五輪の記録映画。
見ていて思った。
ジミだ。
開会式は昼間、ド派手なアトラクションはなく、
入場行進と開会宣言と、聖火台への点火がメインだ。
聖火台は、工事櫓を組んだみたいな、明らかにお安い、
アバンギャルドな構造物に、大きなお皿を載せた形の、簡素なもの。
仕掛け花火やロケット火矢で点火するような、
奇をてらった着火ではなく、
最終ランナーが聖火を掲げて、せっせせっせと、
心臓破りな長〜い階段を昇って点けにいく。
着火のとき、ランナーはもう、体力の限界、
ひいひいぜいぜいしている様子。
だけど、人間の手が、火を移すのだ。
これがオリムピックなのだと感じる。
 
オリンピックの商業化は、
1984年のロサンゼルス夏季大会で成功したという。
1968年のグルノーブルで見られるのは、
まだ、スポーツをダシにした見世物ショーになっていない、
あまり儲かりそうにもない、質素なオリンピックの姿だ。
映画の中では、街中でいろいろなアトラクションはあるものの、
たいてい、普通の民族衣裳、普通のチアバンド、普通の軍楽隊が
登場している。
オリンピックだけの、奇態なオリジナルコスチュームは、
まず見られない。
 
スピードスケートの選手たちは、白雪姫のこびとみたいな、
可愛い毛糸の三角帽子で滑っていた。
ウルトラマンみたいなぴっちりウェアになる前の時代だ。
スキーでは、なんとゴーグルなしでジャンプしていたり、
ボブスレーやリュージュの氷のコースは、でこぼこがたがた。
フィギュアのコスチュームにはラメもレースもなく、
なんだかチープな、40年前のオリンピック。
しかし、眼前を飛び去るスキーの迫力は、21世紀と変わらない。
スケートのエッジが氷を蹴るときの、ジャッという切り裂き音も、
現在と変わらない。
転倒、ケガ人も続出。その痛々しさも、現在と変わらない。
スポーツの苦難と勝利感、敗者の悔しさも変わらない。
 
時代が変わっても、スピリットは、不変なんだ。
 
40年昔のジミなオリンピックは、なぜか見ていて爽やかだった。
 
メダル獲得合戦も結構だけど、
スポーツの本当の楽しさ、迫力、気概、そして神聖さは、
メダルとは別なところにある。
記録や勝ち負けを越えた、生々しくも崇高な、心と肉体の営み。
 
もともと、スキーや橇は、
人間が、雪と氷の過酷な大自然で生き抜くための手段だった。
スケートやスノボは、
人間が、雪と氷を友達として遊ぶ方法だった。
 
スポーツって、そういうもの。
大自然の恐ろしくも偉大な神々と対峙し、
自分自身の、ささやかな、内なる神と戯れる、
神聖な魂の交流でもあったはず。
 
ある種の神とともに、
自分がこの世界に生きていると
心から感じるとき。
 
そろそろ、そういうものを取り戻してもいいんじゃないか?
 
『白い恋人たち』という、
小粋でお洒落なスポーツ・ドキュメンタリーには、
こんなセリフがある。
……グルノーブルの13日間、フランスの恋人たちは、
恋をしながらも、オリンピックのことを、片時も忘れていなかった……と。
 
そういった言葉に重なって、当地の普通の市民たちが、
家族連れや友人同士、あるいは一人で、
めいめいが雪の山にころがって、
オリンピックの競技をまねて、
陽気に遊び、はしゃいでいる情景が、映る。
 
五輪の勇者たちと同じ街で、
普通の人々も、同じように雪や氷たちと、
幸せにスポーツしていたんだ。
 
ド派手五輪に慣らされていくうちに、
私たちが20世紀に置き忘れてきた、なにかを、
思い出すような……
 
つまり、
恋するように、スポーツを慕う。
ということ……かな。
 
 
           【タイトルのカット写真は、筆者の家族の一員】
 
 
 
 
【追伸】
トリノ五輪。日本は金メダル一個のみを獲得した。
アジア女性初の快挙であり、
アメリカ、ロシアという大国の国旗を従えて昇る日の丸は、
象徴的なナショナリズムすら醸し出した。
五輪閉幕後、マスコミの報道はただ一個の金に集中し、
人々の関心も、それ以外には向けられにくい。
たった一個、しかし劇的な価値のある金メダル。
その輝きが強烈すぎるゆえに、一抹の寂寥感も漂う。
たった一人に冠せられた栄光の輝きが強ければ強いほど、
その光が他の参加者の上に投げかける影もまた、
くっきりとして暗く大きな闇となるからだ。
「結局、みんなメダルを取れなかった」ではなく、
「あの人は取れたのに、どうして他の人は取れなかったのか」
という結末は、これから何をもたらすだろうか。
やや、複雑。
 
(2006.03.08)
 
 


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