Essay
日々の雑文


 12   19961200●雑感『YAMATO怪事典』
更新日時:
2006/05/28 
19961200●雑感
『YAMATO怪事典』
 
 
国語辞典に載っていない、
 
YAMATO
怪事典
 
 
 
 
  この雑文は93年に書き、96年に追加したものです。
  当時、同人誌に書いていた架空パロディ戦記の登場人物が語る、というタテマエをとっています。
 
 
 我輩は松戸亜沙である。通称はマッド博士。知らない人は知らない『地球防衛艦隊1945』(同人誌掲載)に出演中の、性別年齢正体不明の怪科学者である。本日は、ここ数年来、書店の棚をにぎわすマニアックな架空戦記小説で毎度おなじみの戦艦〈大和〉についてウンチクを傾けてみたい。アナクロとバカにするなかれ、〈大和〉論は実に奥が深いのである。すなわち大和民族の、とくに男の歴史的ヒガミとコンプレックスは〈大和〉を抜きにして語れないのだ。
 「国のまほろば」「大和しうるわし」と歌われ、かつてウォーターラインシリーズのプラモデルでもタミヤから第1弾として発売された〈大和〉。国産プラモ最大の1.3メートルというスケールを誇る〈大和〉。
 それほどマニアに親しまれている〈大和〉とは何か。
 まず近代に登場した〈大和〉の歴史的変遷を追ってみよう。戦記物に縁がないあなたでも、〈大和〉の不滅性を納得できるはずである。
               *
●海防艦〈大和〉
 明治二十年竣工の日本海軍軍艦。鉄骨木皮、排水量わずか千五百トンのこの〈大和〉は第二次大戦の〈大和〉の先代にあたる。初代艦長はあの東郷平八郎中佐。日清・日露戦争に活躍。姉妹艦に〈武蔵〉。
●戦艦〈大和〉
 昭和十六年竣工の日本海軍軍艦。これが最も有名な〈大和〉で、排水量六万四千トン、四十六サンチ主砲九門搭載という史上最大の戦艦である。このレコードは竣工後半世紀を経る今日まで破られていない……かつて「万里の長城、ピラミッド、戦艦〈大和〉は世界の三大無用の長物」と例えられたことで、その人気のほどがうかがえる。
●大和ホテル
 前述の戦艦〈大和〉の別称。大戦中、姉妹艦の〈武蔵〉が就役するまでは〈大和〉が艦内エレベータに冷房完備という豪華設備の唯一の軍艦だった。しかも戦闘に出撃せず、港に停泊したまま安穏と過ごしたため、ほかの軍艦のヒガミを買ってこう呼ばれるに至った。
●牛肉の大和煮 
 カンヅメの有名銘柄のひとつ。筆者が幼少のころは「ノザキのコンビーフ」と並んで、食卓に載る最高ブランドのカンヅメであった。糸こんにゃくとともに、すき焼き風に煮込んであるが何となく牛肉ばなれした味わいのある、ファンタスティックな食品である。
●ヤマトワンダー
 知る人ぞ知る、小澤さとる氏作の潜水艦コミック「青の6号」に登場した敵側の戦闘メカ。SF的に〈大和〉をイメージした決定版であり、これを凌駕するアイデアの〈大和〉はいまだに登場していないと筆者は断言する。
 まずこれは、沈没していた〈大和〉を外観はそのままに復元し、内部は巨大潜水艦として再生した潜水戦艦なのだ。海上、海中を神出鬼没で、主砲九門から一斉に魚雷を発射するさまは実に壮観。不沈戦艦ならぬ浮沈戦艦の面目躍如である。しかもエンジンは大戦当時のものをそのまま使用、乗組員は全員サイボーグで水棲生物となっている、という凝りようだ。
 さらに特筆すべきは、このヤマトは敵メカなのである。〈大和〉のバリエーションは数々あれど、悪役の主力兵器とした大胆な着想は刮目に値する。なぜなら、この兵器に立ちむかう主人公は日本の潜水艦であり、かつての連合艦隊の象徴をみずからの手で再び沈めなくてはならないという、宿命的なジレンマを背負うからである。
 ともあれ、沈没していた〈大和〉をサルベージして、最新科学技術によって復活させるというコンセプトを徹底して追求した姿勢は、その後の〈大和〉のあり方を方向づけた。その姿、用兵思想、そして性能ともに、新鮮さは衰えていない。まさに名作である。
 単行本が昭和四十二年に初版発行。なんと1967年、今から三十年も前のマンガとは思えない。現在は絶版で、東京の古本屋では三巻揃え五千円以上と伝えられる。(当時一冊二百四十円だった)
●怪獣ヤマトン
 やはり筆者が幼少のころに読んだマンガのうろ覚え。沈没した〈大和〉の船体に水棲生物が合体し、怪獣化したもの。ワニとトカゲを合わせたような体形で、背中に〈大和〉の甲板から上の構造物をそのまま残している。全長二百六十メートルもの身体で、背中にしょった四十六サンチ主砲をぶっぱなしながら陸上をのしのし歩かれてはたまらないのである。不沈戦艦いや不沈怪獣としての面目躍如であろう。アイデアとしては三流かもしれないけど。
●メガロポリス・ヤマト
 手塚治虫の「火の鳥・未来編」の舞台である地下都市の名称。気候異変で地上に住めなくなった人類が建設し、細々と暮らす地下の大シェルター都市。やはり地下都市であるレングード(ロシア方面)との戦争開始後数秒で、核爆弾によってあっけなく消滅した。
●宇宙戦艦ヤマト
 1974年に放映された松本零士氏原案のアニメーション。宇宙の侵略者ガミラス星人によって壊滅寸前の地球を救うために、沈没していた〈大和〉を内部から改造。宇宙戦艦としたもの。あのフクザツな船体がカメラの回り込み手法で画面をよぎって宇宙へと飛び立つシーンが、それまでマジンガーZのボディくらいしか見たことのない子供たちに「オトナのメカ」を直感させた。
 放映当初はパッとしなかったが、マニアの心をじわりととらえ、一年後の映画化で大ヒットを飛ばす。現在のアニメ文化の礎となった記念碑的存在。「ワープ航法」なる奇態な飛行法をちゃんと説明して使った最初のSFアニメと記憶される。ハイテクの固まりである宇宙船なのに「ワープ!」と気合いを入れて、ごっついレバーをがっちゃんと起動する肉体的シーンに、なぜか大和魂を感じるご仁もおられたに違いない。小澤さとる氏のヤマトワンダーと対照的に、科学力よりも精神力で飛ぶ宇宙戦艦という印象はぬぐえない。
 以後、大あたりを取ったこのヤマトは、「さらば宇宙戦艦ヤマト」「宇宙戦艦ヤマト2」「宇宙戦艦ヤマト・新たなる旅立ち」「ヤマトよ永遠に」「宇宙戦艦ヤマトV」「ヤマト完結編」と映画にTVにと続編が続き、不沈戦艦ならぬ不沈番組としての評価を確立した。しかしタイトルをご覧の通り、終りそうで終わらないヤマトを足掛け十年も見るはめになったファンの忍耐力も推して知るべしである。
 当時のファンも軒並み四十代、宇宙戦艦ヤマトは、今どこを飛行しているのだろうか。先日筆者の自宅近辺をパレードした某政治結社の街宣車が「宇宙戦艦ヤマト」テーマソングを流していた光景が、時代を感じさせる。
 この原稿を書いたのち、OVAの『YAMATO 2520』が発売された。終りそうで終わらないヤマトに、いまだに付き合わされる現代の若者たちの忍耐力も、もって瞑すべきであろう。
●大和航空
 新谷かおる氏作「エリア88」で主人公・風間真の宿敵神崎が乗っ取る航空会社。機体の尾翼マークは片羽のツルの図柄で、企業名のイニシャルもYAL(ヤマト・エアラインズ)である。
 単行本第1巻の初版は1979年。
●黒猫ヤマトの宅急便
 この会社が「宇宙戦艦ヤマト」でなく「魔女の宅急便」のスポンサーとなったことは、賢明な選択というべきだろうか。
●攻撃型原潜やまと(独立国家)
 かわぐちかいじ氏作「沈黙の艦隊」のご存じ主人公の潜水艦。巡航ミサイルを五十本も搭載する強力な原潜である。それ自体が独立国家として、アメリカ&ロシアの二大軍事力を手玉に取るポリティカル・コミックだが、潜水艦のメカ描写、戦術用兵の手法は、やはり小澤さとる氏の「サブマリン707」や「青の6号」の方が独創的かつダイナミックであると筆者はエコヒイキする。
 余談だけど、最新の軍艦を乗っ取って逃亡するというストーリーは小澤さとる氏作「サブマリン707」第5巻の「アポロノーム編」ですでに究められている。この話に登場する米国の万能空母アポロノームがものすごい。総トン数百万トン、全長八百メートル、搭載機千五百、艦底部に五千トン級潜水艦六隻を搭載、エンジン出力百五十万馬力、もちろん大陸間弾道弾(核ミサイル)も搭載しているという。
 実はこのアポロノーム、双胴どころか三胴の船体で、推定で船体幅は三百メートル近くある。B52クラスの戦略爆撃機がすんなりと着艦できる。また、いざとなれば三つに分離して、潜水することすらできるのだ。正直言って、このスケールの軍艦は、小説、コミックを問わず空前絶後である。作品は現在も再版されているので、ぜひ「沈黙の艦隊」との併読をおすすめする。四半世紀前に描かれたこの万能空母の乗っ取り方法、米国の対応や兵器の運用をみると「沈黙の艦隊」がセコく見えてくるほどである。
●超電導船ヤマト1
 冗談みたいなネーミングだけど、実在の船である。スクリューを使わず、巨大な超電導コイルによる磁場発生で水を吹き出して進む、現代版波動エンジン≠搭載したトンデモ船……いや、真面目な実験船である。1992年就役、総トン数二百八十トン、最新の「ヤマト」である。シップ・アンド・オーシャン財団(当時の会長は故・笹川良一氏、なっとく!)が七年の歳月と五十五億円を注ぎ込んで完成した未来の船。今は任務を終え、その歴史的なエンジンの心臓部が『船の科学館』の玄関前にひっそりと展示されている。戦後日本の競艇界の帝王をしのぶよすがとしたい。
●奇想戦艦・日本武尊(やまとたける)
 荒巻義雄氏作「旭日の艦隊」の主人公といえる超戦艦。五十一サンチ主砲六門を装備。ヤマト1に類した超電導機関を備えていると思われる。シリーズ第2巻の巻末に本艦を含めた登場軍艦の図面が掲載されているが、マニアの目でみればおおむね欠陥品という主張もある。だって、どうみてもトップヘビーで、進水したとたん転覆だよ。
●ヤマトゴキブリ
 実在するゴキブリ。体長約2センチ。家の中と周囲に生息する。核戦争があっても生き残るとされるゴキブリの一種に、このようなネーミングをするところに、さすが〈大和〉の不滅性がうかがえる。
               *
 これだけ〈大和〉を並べてみるとおわかりだろう。
 〈大和〉は不滅なのである。
 さて、それではなにゆえに、〈大和〉はすたれないのか。
 時代を超えて、〈大和〉を愛するマニアが存在し続け、必ずどこかの架空戦記小説やコミックでその巨体と巨砲を復活させているのだ。そこで、注目したい事実がある。
 どうやら〈大和〉マニアは日本人男性に限られるようだ。
 女の子が、〈大和〉のプラモデルを作り、きれいに塗ってナデナデしている光景は、ちょっと想像できない。
 〈大和〉マニアは男である。
 そう考えると、〈大和〉人気の理由は簡単に説明できる。
 昔、元祖・戦艦〈大和〉は「大艦巨砲主義の象徴」と呼ばれた。
 何に対する大艦なのか。もちろん欧米の戦艦に対してである。
 何に対する巨砲なのか。もちろん欧米の大砲に対してである。
 事実、〈大和〉は大きかった。
 欧米のそれよりも大きなボディ、そして巨砲。
 
〈  略  〉
 
 【2005年の再録にあたって】
にしても、いまだに戦艦大和が人気である。
なにをこだわってか、とうとう十分の一モデルまで作ってしまった。
一分の一プラモデルが作られて、通販される日も間近であろう。
大和マニアの心境は、いまだ筆者には理解しかねる面がある。
なにかこう、戦艦大和がムー帝国に飾られた伊号潜水艦のように、奇妙な信仰の対象になってはいないか、そんな予感である。
もちろん筆者は、戦艦大和とともに散った英霊の諸柱に心の中で黙祷を捧げたい。九州坊之岬沖に眠る戦艦大和の亡骸は死者の棺であり、海底のタイタニックと同様に、冒涜されるべきでない鎮魂の場であると思う。
しかし、それ以外の、模型やイラストや架空戦記の大和は、あくまで冷たい鋼鉄の殺人兵器のイミテーションである。そのために造られたのだから仕方がない。そして時代にとり残されて滅びてしまった偉大なる無用の長物であることも、客観的な事実だろう。大和を美化し崇めるならば、スリガオ海峡でなすすべもなく袋叩きに遭って沈んだ旧式戦艦扶桑、山城の無念の魂こそ悼みたい。これも大和と同様に、無能な作戦指導の犠牲者ではないだろうか。
戦艦そのものは兵器である。敵を壊滅するための殺人兵器である。それ以上でもそれ以下でもないと、私は思う。
 
 


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