何にもしなくても良い日。気持ちが楽。外気が温まった9時から行動開始。お墓掃除とシキミのお供え。神棚へ榊のお供え。部屋の掃除。赤野の求君に日当の領収書、理恵ちゃんにお砂糖の注文を届けると息子が帰ってきた。昔のようにマルチタスクとは行かず、できることは少ない。ここでもう午後4時。一緒にスーパーマーケットと本屋さんへ。
この冬一番の冷え込み。伝承館で蜜を焚く127kgで少しの量。毎日怒涛の日々を送っているが、とうとう常態化してしまった。明日は自分の砂糖でなく実ちゃんの砂糖を焚く。これでしばらくは砂糖から離れる。時間が自由になると、不安になる。大きな負荷が突然なくなると、これで良いのか?何か忘れていることはないのか?そんな不要な心配を始める。負荷がなくなると、エンジンを高速で空回りさすようなもので寿命を縮めてしまうような気がする。少しづつ軽くなっていくのが良いが、急にゼロではマズイ。
今日も4時から仕事。今日は元気。昨日の片づけを行い順調に焚いていると、役場の職員が外国人を連れて来た。M子さん。エストニア人。地域支援隊として高知県の山奥に3年間住む予定。今は6ヶ月目。片言の日本語は話す。絶好の英語を使う機会。だがここ2ヶ月休んでいるのですぐに出てこない。僕のお砂糖もプレゼントし出来るだけ引きつけようと努力した。ここで英語が所得できるならこれだけ安価なことはない。お砂糖なんか安いものだ。下手な英語を使いうのは当たり前。気後れしてはいけない。旅行するにしてもこれは鉄則だ。日本人は英語が不得意だ。これも世界の常識。
今日は土佐市のお客様の砂糖を焚く、こちらも白下糖仕上げ。速い回転であげて行くので、容器に流す作業が追いつかない。釜揚げ確認ができず、他の人が行なって失敗した。釜揚げは火加減と釜の中で砂糖の沸騰具合を見比べながら慎重に行わないといけないが、その人は火加減を見ることができない人だった。まぁ焦がさないだけ良かったのかな。
今日も忙しい。食事を終えると直ぐに畑に、200kgの収穫。午後2時に終えてトラックに積み込む。
朝は冷え込み、たったコレだけで右足の親指が霜焼けになった。昼からかゆいの何の。血圧低くて血の巡りが悪いためか。今日は室戸のお客様の砂糖を焚く。石灰を使わない方法の要望なので、強い火が使えなくてとても時間がかかった。室戸から応援者もあって手は足りていたが、僕の方は疲れが激しく、上手いこと立ち回れなかった。O子とは一年ぶり。途中で入院していたfbもあってどうかなと思っていたが、はち切れんばかりの元気さだった。
週末にかけて寒い、でも今朝は大丈夫だった。だが夜は冷えた。
昨日は畝立ての管理機の影響でとんでもないしんどさだった。今日は一転疲れはなく、再び畝立て。コレで、西上の畑はサトウキビで全部埋まることになる。
不思議とまだパワーが残っていて、かなり激しく製糖作業をこなしている。今日は僕が最終仕上げ責任者。人様の砂糖を仕上げるのは気が重く細心の注意を払う。焚き上げの判断は昨年よりも一つ階段を登った感じだが神経を使い疲れる。K子の製糖も指示するだけでうまく行った。徳島から来られたお客様分もこれ以上はない程の出来具合だった。
伝承館で応援。隣町の夜須の農家さん。大規模農家さんで、サトウキビはついでの作物。曲がって、固くて、節で折れると最悪のサトウキビを持ち込んだ。1時間半苦労して絞った後、農家さんが応援に来られる。その中にベトナム人のハルさんがいて、話した。Google翻訳はベトナムで実際使用して役立ったので、今回も使ったところ正しく翻訳されていると評価をいただいた。
今日は応援、でも焚き上げる責任者はいなく、僕がその役目となった。僕も少し自信が出てきたところ。過信は禁物で火加減を見ながら、掻き回すのを調整した。じっちゃんからも、灰の調合具合を相談された。彼は70年のベテランだが少し不安を感じたのか?2釜400kgで午後2時に終了した。直ぐに帰って、砂糖を袋詰めし、かっぱ市場に出荷。目玉商品のブロックはあまり売れてなかった。店員の若い女性に伝承館でアルバイトしないか?相談した。作業は厳しいが若いから大丈夫だろう。
昨日と同じく、朝食後は直ぐにサトウキビの収穫に向かい、午後3時半伝承館に残りの300kgを納めた。
疲れを癒す間もなく、再びサトウキビの収穫。この2日間で600kgの目標。このしんどさはfbでも通用すると思って撮影してアップロードした。17:30暗くなって見えなくなったので、トラックに回収してライトを点けて帰った。計測すれば308kgあった。明日もこの調子で作業すれば、300kg合計600kgは行けると踏んだ。
3時半起床、いつものサトウキビの季節がやってきた。今回は初釜に800kgを焚く。一番釜は機材のアクが出るので、短い成長不足のサトウキビを当て、仕上げも白下糖にした。2番釜からは白玉糖。ここのサトウキビはいつもは黒い砂糖しかできないのに、今回はオレンジ色の砂糖ができた。我が家の黒街道としては最高の出来だ。4年目で茎が細くなって平均重量が500gになっている。また根枯れ病が目につき出したので一度この畑はトラクターで叩き直し消毒をするつもり。来年再出発出れば挑戦したいが、種が不足するなら翌々年だ。全面的に農林8号に移行するつもり。
西鉄久留米駅で合流、各人スマホの名手で何処にいても見つけられるのはストレスがない。行先は太宰府。駅下車でいきなりお餅「梅が枝」を買って食べる(娘が行動し皆んなが続いた)。中々の美味。有名なのは知らなかった。それから境内の「牛」。行列があって順番が来ると後ろの人に撮影してもらった。牛は手で触れて御利益を頂く仕組み。僕は怖くて触れなかった。
日本レンタカーでダイハツ・ムーブを借りて糸島半島に向かう。運転は僕が行った。新しい車はサイドブレーキがボタン操作だった。ソレノイドでスプリングを解除する方式だと思うが、ソレノイドはそれなりに重量がある(燃費に影響するが)。手で引っ張るものでも全く問題ないのが。付加価値として車はドンドン値段を上げている。顧客の要望だろうか?
気になっていた自転車は、パンクしていた。少し早めに起きて良かった。
今日頑張れば西下のサトウキビ葉取りは完成するはずだったが、雨は終日降り続いた。午後雨が弱まった隙を見て、伝承館のビニールハウスの廃材を片付け完成した。帰って雨でもできる作業ということで、きまさごに登る道を清掃した。葉っぱが山積し滑る人が出てはまずいから。
歯医者で定期点検、最近は医者通いも遠のいているなぁと思った。帰り、博多行きの切符を買った。ついでに大衆理容で散髪。
伝承館のビニールハウス廃材の整理がまだ完成してなく気になっていたので、午前中作業。濱田さん、師匠に会う。もう少しで完成ってところで時間。帰ってチェーンソーの歯を研いで山に出かける。山神様の清掃だが道中の道が塞がれているので切り拓いた。毎年の事だ。山神様の掃除とは関係ないので誰にも言わない。
昨晩は疲れていて、9時半に寝た、いつもの如く6時間後に目が覚める。それからトイレ、するとマムシ。昨晩は巨大ムカデが居たので気をつけていたので気がついた。先の尖った棒を用意してあったので、頭を突き刺した。この付近に巣があって、毎晩出没しているがたまたま出会わなかっただけだろう。
夜中トイレに起きると、大きなムカデ。踏み潰した。完全に目が覚めた。5時半だったのでまぁいいか。
やっと日常を取り戻した。午前中英語。「科学の発見/スティーヴィン・ワインバーグ」読み終えた。主に天文学の話、最後の方で物理学に移る。二乗とか反比例とか優しく書いたつもりだろうが、難解。だが、主要な人物となれば、アリストテレス→ガレリオ→ニュートンの3名であり、犯罪小説のような難易度ではない。通して論じるのは重力。今でも分からない事が多くあって、今は光は、波か?粒子か?と言う問題。アインシュタイン以降まだ謎らしい。
朝一から先祖様の社清掃、お祭り用のお供えを買って、南国市に出かけ夕刻の懇親会用の焼肉材料を調達。
朝からビニールハウスの廃材整理。屈んで釘抜き、抜いたアビトンを積み重ねる。短いものは車に積み込む。この繰り返し、腰が痛くなる。もう我慢ができない状態でお昼休憩。車に積んだ廃材を家に持って帰り、ヒギリの咲く庭に積み上げる。それからお昼。15分で食べ上げ、そのまま椅子で昼寝。目が覚めれば腰痛はきえていた。いつまでこんな調子は維持できる?
毎日5時起き、僕は3日間のお手伝いだが、求くんは来年の6月末まで毎日続く。農家は大変だ。だが毎日体の酷使しは割と健康的で元気だ。不思議な秘訣。
今日もナスの手伝い。ToDoリストと疲れはたまる一方で、どれかが欠落して行くだろう。かなり無理している。体重も2kgほど落ちた(本来はこれが一番良い状態で今までは少し多すぎた)
朝は寒かったが、太陽が出ると灼熱、今日はナス収穫のお手伝い。額に汗してお金を稼いでいる。12時前に終わると、保育園北のミチコさんから電話、ビニールハウスの廃材を今日伝承館に持って行ったと。確認に行くと大きな山が3つ。ミソもくそ一緒で、午後は、釘を抜き長いものは整理して積み上げ、短いものは車に積んだ。4時まで作業をしても山は殆ど動かず、風林火山の「山」の如しだ。村のお祭りで製糖体験のある11月19日までには整頓しなければならない。
連日の疲れも何とか体は持ち直した。ドデカミンで復活。だがアルマゲドンの翻訳は中々進まず、このまま行けば、ここ数ヶ月での最低記録を達成しそう。怠惰ではなく、文体が難しいし、アメリカでは常識の固有名詞が出てくる。例えば「MAC980」、英語の辞書にもない。もしかしてトラックではないか?とウェブで調べるとあった。一事が万事この調子ですすまない。でも結局、これが日常の米語で、NYTは綺麗で非日常の言葉使いだろう。これを難儀だとは思わずせっせと励むべし。来年の旅行の為に。
朝から身体がだるい。疲れ果てている。椅子でうたた寝するが、今日はもう一度布団に潜り込んで真剣に寝る。それでもだるさは取れない。結局午前中はダラダラと過ごす。午後は公園草刈り。太陽が強く背中が焼ける。服を着てても日焼けしているだろう。草刈りの紐が なんども切れて、ドラムを開けて巻き直す。エンジンの回転数を下げれば解決できるが、今度は草が切れずドラムに巻きつく。エンジンを止めて巻き付いた草の茎を取る。効率はどっちもどっちがよいかな。
天気予報は曇り予想だが、反してかなり強烈な太陽。ナス吊りの作業は11時過ぎに終えた。コレで当分はナス作業は無い。
加齢臭の他に自分の体臭の問題。連日の大汗、扇風機付きの服は、ナス作業の半袖タイプと、草刈り用長袖タイプを切り替えて使用。いずれも洗濯無し。自分の匂いが充満してますね。ここまで強烈だと犬でなくても間違いのなく自分の服が判別できる。
村の家の仕事。若い女性の宿泊客が多かったので、風呂場の脱衣所でおそらく持参のドライヤーを何人かが使ったのだろう。ブレイカーが落ち掃除機が動かなかった。最初は掃除機の故障かなと別の機器と交換して始めて電気が来てないと気がついた次第。
秋雨前線の南下で芸西村(のみ)は大雨大風、サトウキビは大丈夫。連日の頑張りで今日は気分が乗らず午前中はダラダラと過ごす。やっと昼から英語に取り掛かる。3時に太陽が出てきたので草刈りに出かける。1年放置した公園の草刈りは難儀を極める。今日は円盤で刃のある草刈機で木やそれに近い草を刈った。仕上げに紐の草刈機を使った。僕の使う紐は安価なもので、頑強な草を刈ると摩擦熱で切断される。エンジンの回転を落として刈ることにした。師匠はここを1日半で刈ると言うが、僕はもう3日目で半分にも満たない。初日に刈った草はもう新芽を出している。昨晩の雨で又一段と勢いがつくだろう。
夜中は雨が降ったが日中は晴れ。この雨は石川県では大変な事になっている。しがらみが無ければ、もう住めないと決断した人も居るだろう。
睡眠が深かったのか今朝はすっきり。普段は朝イチからの攻撃がある太陽も9時ごろまで雲に邪魔されもがいていた。助かった。しかしそれからは挽回するかのような光線。結局同じような量の水を飲んだ。
今日から怒涛の求くんナス吊り第2弾が始まった。朝6:30~10:00まで、夕刻16:00~18:00まで。今度は3本目の枝をより分けて吊る。通称部長と呼ばれているおばさんとペアになって、1本間隔を空けて2本吊るす。対面の部長は僕と反対の作業をする。枝目が悪いと、吊るす糸を交換する。手の甲に汗が浮かんで来て、心臓がドキドキ打ち出したなら、扇風機付きの服を着る。ギラギラと輝くお日様に向かって糸を空中に張り巡らせたステンレスの針金に結ぶ。背が低いのでつま先立ちの作業。ジリジリと焼けつような暑さで汗がみぞおちを滴る。午前中1リットル、午後1リットル。指先に力を入れるので、作業が終わると、指を曲げるのに一苦労。
村の家の仕事。部屋のバスルームを掃除したが、髪の毛が落ちていると指摘された。僕は3度も見直して点検したが、それでもダメだった。そして僕の目では認識できないとお断りを入れた。長い黒髪は大丈としても、産毛のような色の薄い短い髪の毛はもうダメだ。仕方ない、毎日タブレットやPC画面を5時間は見つめている、目をやられない方がおかしい。
村の家の仕事。毎日激しく動いて心休まる日もない。先月の給料は13000円、かっぱ市場が17000円。合計3万円。夏場としてはこんなもんかな。
殺人的な光線。昼からプール。9月15日に終了するので泳ぎ納め。次は11月5日から25mプールが再開するまで中断。1月からの累計46km。帰って草刈り。夜友人と懇親会。
睡眠不足は解消し元気を取り戻した。朝早いと涼しくて作業がしやすいが、草に埋もれたサトウキビでは作業も出来ず、ご近所の手前騒音を出しても良い時間に到着するよう7時半の出発。
力強く活動して来た岡村さんも、これだけ動けば疲れる。脚が重くて最初の1歩が大変。そこへ、門を出れば、昨年と同じ大きさのマムシ。今年は突き刺す事が出来ず逃してしまった。蛇は行動範囲が狭いのでまた何処かで遭遇するかも。
明日から赤野のナス吊りの応援。30cmのナスを倒れないように糸で吊るす。ナスが成長するに従いこの糸を絡ませて上へ上へと導く。ガイドのような糸、細いが強靭。糸は強く張るとナスの茎を痛めるし、弱いとナスが成長すれば倒れてしまうから、微妙な張りが必要。コレがなかなか難しい。しかも、ビニールハウス内の気温は37-8度くらい。扇風機服で熱を飛ばしながらの作業。東向きの作業では太陽が顔を焦がす。10時で終了。
沖の田を叩かねければならない、草ぼうぼうだ。一方でプールがお留守になっている。プールはリハビリみたいな位置付けで、どうしても健康維持には欠かせないと信じている(正しいかどうかは不明だが)だから、医者にかかるよりもマシと、半ば義務みたいな気もしている。水泳は時々アドレナリンが出て気持ち良くなる時もあるが、大概は尿を我慢して泳いでいる苦行。50mプールは長く感じる時も、あっという間にターンがやってくる時とまばら。ここ数年いろんな理由で距離が伸びてなく前の調子がどうだったのか覚えていない。
台風来襲対策は、ほぼやり終えた。余った時間で普段気になってなっている事、廊下の雨漏りとか、煙突掃除とかリストを塗り潰していく。それも終えると、草刈り。先週は簡単に刈れたが、連日の大雨で一気に盛り返し、1m進むにも時間がかかる。まぁその分サトウキビも伸びるワケだから文句はない。昨晩もイノシシ出現し、20本ばかり食われる。彼は、我が世の春を楽しめば良い。いずれはカタをつけられる(はず)。
台風10号がやってくる。柵のつっかい棒を急がなければならないし、夜雨が降って昼間は晴れるのが続き、一気に草が盛り返してきた。それを刈らなければならないし、ここ2-3日が勝負だ。今日も太陽光線が強く、帽子からはみ出て光が当たる首の辺りが痛い。
少しだけ気温は落ちてきたが、今日は空気が澄んで秋のような透明感がある、そこへ夏の太陽が降り注ぎ、盛夏と違った暑さとなった、つまり木陰は過ごしやすいが炎天下では刺されるような痛みがある。百葉箱の中の温度計では測定できない暑さだった。
完璧に先日の暑さに戻った、一雨くれば少し季節は動くと昔の人は言うが、今年は全く動じないですね。村の家の仕事は10時過ぎまで、汗だく。帰りに涼しい喫茶店があれば寄るけどそんな洒落たものはない。喫茶とは言えないがローソンに併設の飲食コーナのみ。ここは朝日が差し込むので冷房が効かない。帰って自分の部屋でPCを開くのが1番の休憩か。
夜中気がつくと雨が降っていたが、そのまま寝ていつもの6時に起床。今日こそ頓挫していたプールへ。遡って1-8月の記録を見れば、21年48km、20年50km、18年58km。サトウキビが忙しくなるに従い泳遠距離は落ちてきた。今年累計は36km。歴代の記録には及ばないが、私の健康の秘訣でもあるから、なんとか年末までには回復したい。それに、下腹が出てきた。短期間で8kmくらいいけば落ちてくる。下腹が出ると風呂を焚く時、カマドを覗き込むのが苦しい、その解消もある。今日は久しぶりなので、速度を落として流した。
庭に放置している甕の水がもう直ぐ干上がる。干上がると井戸が涸れる指標、依然として雨は降らず、ヒギリは枯れだしたし、サトウキビの葉も丸くなった。同時に草の成長は止まったのはありがたい。
朝飯を食っていると近所のよしみち君から電話。ビニールハウスの廃材を取りに来い、と。昼から行くと返事した。
村の家の仕事。今日は私一人の作業で10時半までかかった。帰りにサンシャインに寄れば、水は6本まで購入できた(備蓄も併せて合計で10本)。その後高知市へ「よさこい祭り」を見にゆく予定だったが、電車の時刻表を検索で土佐くろしお鉄道は運休している。世間はかなり本気だな。コレはやばい、混合油、軽油、ガソリンをタンク購入する事にした。もし家が崩壊してもチェーンソウがあれば、家を解体し、埋もれている必要なものを取り出せるから。軽油はトラクターが動けば、家の大きな柱を引き出せる、それで出発は遅れた。車で出かけるしかない、車は廃棄になっても構わない古いライトバンを選択。東部運動公園に駐車し、そこから自転車で帯屋町商店街、演舞場へ。もし地震が来ても、自転車なら、10分もあれば安全地帯に逃れられるから。
午前中は静かにゆったりと絵画編集と英会話。ウィーンの美術史美術館の絵画350点の半分くらい編集を終えた。解説書を読んでいると聖書の一部から絵を起こしている作品が多く、キリスト教に造詣が深くなる。午後の太陽も昨日と同じで出発を控える。読みかけの「ビリー・サマーズ/スティーブン・キング」を読む。捻って捻って気が付けば元のところにいるような展開だが、しっかりした構成で路頭に迷うことはない。超一流の作家所以たるところ。読み返せばもっと深いヒダが読み取れそう。
午前中は晴天、午後は太陽が雲に隠れる時がある。昨晩の安芸市の花火撮影は上手く撮影できてかった。芸西の花火よりも大きいのか、ISO800から400に落として撮影したが、白飛びしていた。カメラのモニターでは上手く撮影できている感触だったが、もう一段絞らなければならない。モニターでは花火の輪が小さく映る程度が適度だろう。花火は難しいと言う事を教えてもらった。都会の花火は周りが明るいのでさらに絞り込みが必要だろう。これは何年もかけて習得すべき技だと思う。
晴天だが朝一はどんよりした雲に覆われていた。7月のあのピーカンはもう終わった。これからは入道雲のある普通の夏の天候になるだろう。今日は村の家の仕事。来ているアルバイトの女性たちはみんな暑がりで、「エアコンを入れて仕事をしないと死んでしまいますよ!」農作業に比べれば何と言うことはない温度だが。
殺人的な光線は未だ続くようだが、夕刻なると曇って雨が来そうな天候になった。いよいよ猛暑は終わりかな。
午前中どしゃ降り、昼前電話が曽我さんからあってスイカを軽トラックの荷台に載せて置いた。彼は伝承館の運営について厳しい監視、僕に責任を持たせようと画策しているみたい。僕は師匠の後ろに隠れようと必死。午前中は英語。午後きまさごの草刈りを済ませて、ビニールハウスの廃材を回収。午後は晴れていて容赦のない太陽光線。コンテナ2箱分を回収し退散。
田村のおばさんから、春に植えた菊の新芽を切りに来て欲しいと電話要請。雨で出発が遅くなったが午後3時に到着、それからは太陽がギンギンの中作業。
おじさんを病院へ連れて行く役。今日は案外早く終わったと思ったが、いつも通りだった。病院の待合室で爆睡したのが短く感じた原因。
6時40分かっぱ市場に集合。2台のバスで香川、徳島の道の駅視察旅行。買い物ツアーみたいなもの。終日作業は休みだから、「ビルビリー・エレジー」を読みながら、アップルのジャズを聴く贅沢な過ごし方。バスガイドさんが四六時中話し続けたので、ノイキャンHPで丁度良かった。
体には良くないとは思いながらも、この暑さはどうにもならん、とビールの栓を抜いた。一人で飲むビールは500mlで大酔い。元々酒に弱いのに酒が好きで自制は効かない。高知県民はお酒は仕方ない暗黙の緩さがあって、夫婦でも酒の飲みすぎは喧嘩の原因になりにくい。医者にも浸透してて瀕死状態以外では少なめにと許してくれる(ガンの治療中もOK)、自他共に、まぁ許せる範囲が広い。
村の家の仕事。新しい人を紹介された。こちらも「岡村さん」。僕の出勤日が週1日となった。それでいい。(後で師匠に聞けば、彼らは夏休みの間だけ勤務するという)
体の調子が元に戻ると、いつもの日常の退屈さが戻ってきた。うんざりするような暑さの中草刈り、イノシシの餌やり、サトウキビの見回り。草は1日1cm伸びる、茶色の地面が瞬く間に緑の絨毯に覆われる。
まだ鼻水は流れるが、喉の痛みは回復した。今振り返ると、お宮の懇親会でコロナを貰った様だ。検査はしてないが。味覚は変わらなかったが、喉を中心に調子が悪かった。また、泡の出る飲み物がどうやら腸の中に溜まって下腹部の痛みを引き起こしたようだ(原因はガス)。これもお宮でビールを随分呑んだ為だ。3500円分の会費を呑もうと貧相な発想が災いした。
ライフルについて少し勉強した、トランプ氏を狙ったのは「AR15」、標準では18インチバルブ(銃身)が装着されている。動画での試射では100ヤードで30cm内に収まりにくい、それで改造して20インチバルブに変更すると20㎝内くらいにまとまる。三脚座を付けた試射でさえこれ。今回の襲撃は142ヤード。手持ちで狙ったとすれば外れるだろう。また、重い弾と軽い弾と12種類くらいの使い分けがあって、バルブによっても選び方があるそうだ。単に銃だと言っても、幾通りの選択肢がある様だ。
下腹部の痛みは回復傾向になったが、喉の痛みはピークを迎えた。今年の3月にも同じ症状で貰った薬を飲むと急速に引いていった。昼、薬が切れたのか再び痛み出した。昼食の後もう一度薬を飲むと、ほぼ平常に戻った。薬には胃腸の調子を整える成分も含まれていて、腹の調子も良くなって食欲が回復してきた。日経新聞のデータを打ち込む時、足がむくんだ感じで同じ姿勢を続けるのが苦しかったが、これも回復した。今夕は、ほぼ平常に戻った感じだ。良かった。
今日は作業できるような雨の降り方ではない、家の中でじっとしていた。雷も鳴って、電子機器の電源を元から外した。機器の性能が上がるに伴い、外部から飛び込んでくるパルス信号一発で芋蔓式に影響が出る。1昨年はBDレコーダー、iMac、プリアンプが被害を受け総額37万円近い負担を強いられた。昔と違った意味で雷は怖い。
僕の身体が変化したのか、気温が高いのか、今までずっと朝食事をする時エアコン不要だったが、昨日と今日はエアコンのお世話になった。記事をPCに打ち込む時汗で肘がテーブルにくっ付くからだ。
村の家の仕事、今日は元気に出勤。清掃中に合宿の予約客が来た、「よさいこい」の練習だ。いよいよ夏がやって来るか。よさこいの激しい動きを自動追随し撮影できるカメラは手元にあるから、今夏は行ってみようか。
午後はきまさごの柵支柱の交換。随分と柵の方も痛みがきていて、補修をしながらだったので進捗は遅い。雨がなくても今月完成は難しい。砂防ダムの計測者3名が畑の近くに上がってきて山に入った。僕が仕事を終えて帰る頃、畑の真ん中に降りてきて、道に迷ったと言っておられた。こんな低い山でも今は草が伸びて視界が悪く、鬱蒼とした森は暗くて見にくい。慣れない人には、やっぱりやばいだろうなぁ。僕がドリルで大きな音を立てていたので、それを目当てに降りてきたみたいだ。(僕らは小さい頃、この山を西に東に走ったので迷うことはないが)
村の家の仕事。便所掃除の他、レストランのテラスタイルも清掃。11時に終わり、旧「柿の木」へ駆けつけた。師匠ご夫妻と曽我さんご夫妻との食事会。生憎と柿の木は一杯で「ふじ」さんで食事。遠くへ行かなくても、ここではかなり豪華な海産物の食事ができる。皆段々と年老いて、曽我さんは病院通い。シロアリの天敵は黒アリ(普通のアリの事)殺虫剤を撒くよりは、こちらを持って来る方に効果があるとの話題。今年はサトウキビの減収が予想される可能性。農家にとっては重要な情報交換だった。
6時料理の先生と徳島県鳴門市にある大塚国際美術館に向かった。車はスズキハスラー、ターボ搭載車。平均燃費は22.8km。高速道路の坂もへっちゃら。今回は高松周り。前回この道をよく走ったのは、コロナ前の2017年、ヤマダ電機の仕事をしてた時だ。高速道路は車のフロントガラスに虫が付着するので、出来るだけ下道を走るようにしてた。だが、今回は殆ど虫が付かない。虫が減ったという事は鳥が減っているし、土壌がふくよかでなくなる。影響は直ぐではないがかなりやばい事。
大事をとって、一直線で帰ろう、睡眠不足で眠いのなんの。越知町まで帰って来たので、ローソンでコーヒー。日高村でK子に会って、彼女の販売する「もへい餅」を購入。流石に美味い。「昨日の倍作って販売してます」と、元気な返事だった。
午前中バタバタし、12時に出かけた。バラカンさんのウィークエンドサンシャインを録音して車の中で聞いて行く。書籍も購入し、少し読むと、高知在住の喫茶店主とは懇意だと記載されていて、松山には本山経由(高知県の山間部を東西に走る道路沿いにある)で行くことにした。
毎日同じメニューの朝食を食ったがあまり違和感はなかった。合計14日も日本食を食ってないが、全く問題ない。こちらの食材で十分生きられる。肉類は控えて豆とチーズを食べた。1日2食は随分と体の調子が良いのを発見。9時半、駅地下のスーパー(SPAR)に出かけ土産を物色した。荷物重量が25kgと制限付きの切符なので、この国で一番よく食ったニンジンのオリーブ漬け、オリーブ身のピクルスなど瓶詰めでの購入は諦めた。
今日は路面電車で飛行場に行ってみようと思い2日券を買って地下鉄に乗る。駅で日本人の母娘がチケットが買えず困っていた。助けてあげようとしたがクレジットカードの暗証番号が不明と出てそれから進めず、アドバイスできなかった。現金は無いか聞けば何とかあったので、それで買ってもらった。2€くらいなら助けてあげても良かったが。
ウィーン探訪10選を開き、行ってみることにした。全てが徒歩30分の距離で今日は電車のチケットを購入しなかった。
今日は何も予定を入れてなかった。雨だったし、ホテルを11時ごろ出発した。あてもないので目の前のある路面電車「0」に乗った。此処から南方面の住宅に行く電車。途中で右に周り、左に左に住宅を縫って曲り、元の路線に出てきた。よく見れば、この路面電車はバックがないのだ。運転席は前方のみ。全ての線路は路線の両端が円を描いているようだ(環状線がそれぞれ路線の端にある感じ)。
天候がすぐれない。今日は迷った挙句、シェーンブルク宮殿に行くことにした。地下鉄でU1経由U4。此処ではたと気がついた。チェコの地下鉄はC1とか「C」が付く、ウィーンは「U」だ。
今日の夜はコンサートだから、遠くは行けず市内観光と決めた。筆頭は「美術史美術館」探訪。徒歩で向かった。ケバブの店で「にいちゃん」撮影。道中でかい建物があって、都度撮影。イタリアのように、全てに価値ある建物ではなく、近代建築も混じっているので、ごちゃごちゃ感は高い。電柱は無いが
朝飯はゆっくり食っていられないので、そこそで飛び出た。9:15に出発する列車に乗る為。ホテルから歩きの時間を入れると45分は見ておかないと。
本当は植物園に行きたかった、それがダメなら、国立博物館。でも、植物園は月曜日休園、博物館は口コミでモノがない。見るべきものは外観の建物のみと酷評。先日の共産国博物館も同じだったので敬遠。
ホテルの朝食を簡単に済ませ、7:50飛び出した。少し余裕のある時間でプラハ駅に向かって歩いたが、大回りして到着した。
スメタナドボルザークのお墓訪問。プラハ城からモルダウ川を挟んで対極の小山にある。
今日からホテルの朝食を食べられる。バイキング方式(ブッフェ)ホテルの朝食は塩辛い、特にチーズ。そんなに美味しくない薄いコーヒーを牛乳で薄めて、大きなカップで飲む。パンも塩辛いので、コーヒーによく合う。
エレメイツ航空はB777だった。相変わらずこの航空会社のスッチは美人。
朝バタバタしてたらもう出発の時間。息子に鍵や通帳を隠した場所を伝え、もし外国で死亡すれば灰は景色の良いところで捨ててきてと遺言。JRごめん駅から岡山まで特急列車。いつも激しく揺れて揺かご化として眠りを誘う。
旅行の衣類を袋に詰めて掃除機で真空パックした。袋はGood Travel GT2020で、小さな布団圧縮袋だ。12日分の下着や靴下、ズボン2本、シャツ6着、セーター2着、手提げのカバンが一杯になったが何とか入った。バックパックにカメラ、iPad、充電器、薬。どうして入らないものは胴巻にするか?ズボン2本以外全て捨ててくるつもり。
旅行で妙に気分が浮ついて地に足がついてない感じ。それで、出来るだけ慌てず、丁寧に(旅行の前は必ず大きな事故が控えているような気がするので)、事は慎重を期すように動いている。
大塚美術館の絵画を撮影して、パワーポイントに張り付けているが、この時面白いことに気がついた。それはレンズの性能について。前半はキャノンR5の10-22mmで撮影した。後半はLUMIX
G9proで7-14mmで撮影した(約1000枚もあるので)。
旅行の切符が送られてきた。ホテルの予約証も。全てメール。コンサートチケットもメールのPDF。iPhoneはクラウド保存に簡単に移行するので保存したと言っても安心できない。本体に格納しているのか確認しておかねば。もし現地でネットが接続できねば証明できないのだ。海外の一人旅はそんなにハードルは高くはないが、スマホで全て済まさなければならない。そんな面ではデジタスキルの方がハードルが高いかもしれない。
1週間に1回以上、1月~水泳を続けてきた、累計10km。先日伝承館の床をタワシで擦っていた時に気がついたが、今日Gパンを履いた時にはっきりとわかった。Gパンが緩くなってベルトなしでは落ちてくる。下腹の膨らみが取れてきている。農作業でビスを拾う時など屈むが、それがとても楽なのだ。臍から下のぜい肉を落とすのはなかなかむつかしいのだ。
地域支援隊の日高村K子が「人の喜ぶ食事の提供に進みたい」とfbで投稿していた。丁度今日は日経新聞で同じような事をしている女性の掲載があった。この人はおにぎり屋さん。だが、店の他に「地域の高齢者の見回り」を兼ねて商売している。地域に溶け込んでいる事だった。。この場合、単品ビジネスでは価値が見出せない事例だった。一頭地抜けるには、何か工夫がなければ存在が難しいと思った。この人のように、声がかけられる人格が備わっていての事、そうでなければアイディアも簡単にまねされる。
息子が帰ってきたが朝飯を済ませてから僕はすぐに家を出た(息子はしばらく家で過ごし図書館へ行ってから帰った)。今日は伝承館で大掃除の日だ。年末以来始めて集合する。新年の挨拶から始める。師匠が早くきてお湯を沸かしていたので、それを使ってこびりついた床の砂糖を落とした。それでも砂糖は強情で、たわしを使って床を這った。もうみんな歳で、床を這う仕事ができない。早晩伝承館は消滅する運命にある。僕はまだ昔のままの姿勢で作業ができるが何時時限爆弾が破裂するかわからない。今調子が良いだけに不安が大きい。
昨日カメラが届いたと連絡があって、JR後免駅で切符購入を済ませ、カメラを手にした。オリンパスのEM1X。パナソニックのレンズを装着し、牧野植物園で撮影したが、AFが遅くてしかも迷う。ちょっと使い物にならない。オリンパスのカメラにはオリンパスのレンズが必要だ。ついでにiPhone13とiPhone15の撮り比べも行なった。モニター画面で見る限りiPhone15の映像が少し濃い感じ。画素が違っているのは有機ELのモニター画面では確認できず。
ここ数日雨が多いので、洗濯するように予報官は言った。乾かなければ夕刻3時に乾燥機へ行こうと思っていたが、風があって晴れたのでよく乾いた。
中国の車輸出が日本を超えた。とある、特にEVの急激な伸長。過去日産、トヨタ、ホンダは急な生産拡大で大失敗を犯した。中国は大丈夫か?多分地元の人とか、社員さんは気がついているかも知れない。来年の今頃、この記事を眺めてどんな感想を言えるのだろう(この記事は保存しておく)。
日本はドイツにGNPで抜かれ世界4位となった。生産性が低い、投資が低い、と指摘があるが、人口には触れてない。アンケートと同じで、項目を制限すれば、公平なようで読者を意図した誘導できる、もしくは事実を隠せる。この記事の結論は生産性についてだった。
朝一かっぱ市場を覗くと砂糖は売れていました。やっぱりテレビの力は凄い。帰ってコンテナ2杯分を積載し、市場に出荷した。
午前中ずっと曇っていて、エアコンの暖房だけでは妙に寒かった。室温は19度でそんなに寒くはないはずなのに、それ以上温度にならなかったのも関係あるか。今日もおゆげ様の幟旗の片付けで、昼食を早々に切り上げ出かけた。帰ってもう一度食事。本を読みながら。
さらに寒さ緩み快適。午前中は書籍のスキャン。小さな埃が静電気の関係でセンサーに付着して中々取れないで往生したが、取り敢えず第一陣は完成。午後一、おゆげ様の幟立があるので、早めに食事をして出かけた。夜の懇親会はコロナで開催ないまま今も継続、僕的には賛成。
今日も冷え込んだが、昨日が山だったかな。午前中は、書籍裁断、これは2週間の旅行に当たって読む本は重要だからiPadに保存して持ち歩く(何冊入れても重量は変わらない、昔では考えられない)。いくらお気に入りでも気分に合わない本だってあるから複数冊は必要。
寒波襲来、歯科医へ行く日、車の暖機運転5分でも室内暖かくならず。朝一では医院も寒く、口濯ぎの水はお湯がでなかった。香南市は寒かったから、今日の作業は中止しようと思っていたが、芸西村に帰るとポカポカ陽気。これじゃ作業はできるわな。
僕にとって結局英語の1番の上達方法は英語の辞書をノートに書き写すことだった。今更ながら英語の辞書はよく考えられている。それを単なる意味を引くだけに利用してきた。実は意味だけではなかったんだ、単語の由来も含めて、派生も含めてあらゆる角度から練られている一大言語研究書物だったんだ。蔑ろにしていた。路傍の石にも意味はあるという事だ。
かっぱ市場に文旦出荷、ご年配の貴賓のあるご婦人から、この文旦は誰の?バーコードの名前を見て「岡村さんの?お砂糖を販売している人と同じ?」
午前中は英語、午後は家の西側にある竹やぶを開墾した。家の母屋に冬の夕陽が差し込まない程成長した。それで台所が暗くなった。いつか伐採を考えていたが忙しさで延ばし延ばし今日まで来た。主な雑木は竹。それも直径が3mm程の細い竹、長さは4m近くあって、群生しているので絡まっている。地面近くを草刈機で払っても上にはでんと葉が蔦とかまって不動の地位を維持している。それで、地上高120cm近くを切ると全体が降下する。それを繰り返し、裁断していく、手間のかかる仕事だ。でも進めていくうちに空が見えて来る。これってやり甲斐の一部。少しづつ進めば「道は拓ける」(誰かの格言に出て来そう)
昨晩不思議な夢を見た。どこか外国で、僕が通訳として雇っている人が殺され、僕も逃げる羽目になった。きっかけは、①昨晩アマゾンプライムで見た、「突撃せよカンダハル」でアフガニスタンの通訳と米海兵隊が裏切りにあって逃げる映画を見たこと。②もう一つはアジア発酵紀行で小倉ヒラク氏が現地のインド人と一緒に米麹を探して危険地帯であるインドの東部(インパール)の旅行記を読んでいたこと。③今回の旅行でオペラ「ナブッコ」を見るが、これは王の裏切りがテーマ。この3つがミックスされて妙な夢になった訳。夢はあまりにも現実味を帯びていて、結構手に汗握る場面で目が覚めた。
「アジア発酵紀行」を読んでいると、ネパール、バングラ、インドのコルカタが登場する。僕は発酵食品は口にしなかったが、アジアの物凄い社会のエネルギー、混沌と喧騒、無秩序、唯我独尊の文面は理解できた。
朝起きた時小雨が降っていたが、予報通り10時から晴天となった。NYTによると、モンタナでは-60度の冷気が押し寄せてきて、木が倒れ下敷きになった人が亡くなる事故が起きているとか。天候は極端に振れだした感じ。高知は暖かく10時には部屋の暖房を切ることができた。
忙しかった。ゴミ出しの後、伝承館で砂糖の加工品を回収し、かっぱ市場に出荷。その足で農協に寄って車検手続き。帰って、砂糖をいくつか包み赤野の親類に領収証と砂糖を届けた、お土産にたくさんの野菜を頂く。帰って食事の後、文旦収穫かっぱ市場に出荷、帰って西前の畑でサトウキビ転倒防止柵の撤去。
NYTは今回の日航機について詳細を報道していた、A350の機体構造についても防火の観点から記述している。エアバス社の意見も、採用しているエンジンについても取材がある(窒素を噴射し火災を遅らせたとか)。日経新聞にはそんな取材がないし、乗員についての取材もない。日本の新聞が海外の新聞に詳細度で越されるのは悲しいなぁ。もう少し先英語力が上がれば、日経新聞を止めても全く情報には困らないだろう。日本の新聞は今やそんなところにあるようだ。
急に過激な運動がなくなって、家の掃除とか車の運転とか体の楽なことに時間を費やした結果腹も減らず、食べ物が胃にもたれるようになった。食事制限をしてもどうにもならない。それで夕刻、散歩に出た、少し強硬な散歩、「お正月からコレかよ」だが、仕方ない、「これしか快適な道がない」そして腹もこなれ気分も向上して来た。