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      作品世界の補完
14    20051030●作品コメンタリー『プリンセスの義勇海賊』解説(3)
プリンセスの義勇海賊
SC0510-3
 
 
 
 
『プリンセスの義勇海賊』解説(3)
 
 
 
187● 〈トゥオネラ〉
シベリウスのカレリア組曲にある『トゥオネラの白鳥』に因んでいる。
 
189●仮死催眠に入っている間に、暗示学習装置で……
特殊なレシーバーを使って、睡眠中に聴覚から学習させる装置。つまり、機械による一夜漬けである。ただしイメージで理解するのではなく、言葉を丸暗記するのであり、かなりの部分を数日で忘れてしまう。とはいえ試験の直前にこれを使う学生は多く、こういう機械があるものだから、学校では筆記試験と同時に、この種の機械を使ったかどうか見分ける検査も実施している。もしくは抜き打ち選抜や、長期間にわたる総合評価をせざるをえない。まあノーアトゥーン大学の場合は、教授たちの方も昔はカンニングも代返も洗脳マシンも薬物も使ったことのある猛者が揃っているので、学生たちの小細工はたいてい見抜かれてしまうのだが。
 
190●永眠
ムラクモ師ほどの修業者になると、いつどこで思い立って即身仏になるかわからず、サイ教授は内心はらはらものであった。
 
190● 「……あとは私だけで、まいりますわ」
ケイトとアルベールの関係について、本当はもっと描きこむべきだと思われるでしょうが、そこまでやると枚数も膨大なものになってしまいますので……。二人の間には、すでに、書くに書けないほど多くの努力と献身の積み重ねがあったものとご想像ください。だからこそケイトは、ひとりだけでアルベール救出に出発する決心ができたのです。ナースメイドという職業的な使命感だけではなく、「彼は絶対に私を必要としている」という確信があってこその行動でしょう。もともと寡黙なケイトは、そういった事情について、ただ微笑するだけで、なにひとつ語りませんが……
 
191●「役得だな」
この手でムラクモ師は、病のふりして大学病院に行くたび、ナースにキスしてもらっている。そのおかげで長生きしているようなものである。
 
191●「もう百五十歳ほど若かったら……」
この物語世界には、理由はわからないが、大変に長命な人がいる。サイ教授もじつはそうである。拙著『ペリペティアの福音』で、そうした人々の由来について触れている。
 
195●「……ベタ惚れなのは見え見えなのよ」
さすが年の功。男の意中を見切るスカーリアの毒牙にかかって、これまでに何百人の男が操られ、骨の髄までしゃぶられたことでしょうか。
 
199●「死ぬってどういうことかしら……」
スカーリアのこの探究心が、結果的にゾンビの帝国を創りだしたわけです。定年を迎えても年金がもらえず、働き続けるしかないサラリーマンのように、死んでも働かされるゾンビたち。これは決して他人ごとではありません。2世代にわたるローンをかかえるサラリーマンにとって「死んでも稼ぐ」方法があれば、その方法に飛び付くでしょう。死後の労働……これは、ニッポンのサラリーマンの明日の姿かもしれないのです。
 
214● 「なぜって……あなたが、かわいそうだから!」
動く死体……ゾンビたちのただ中でも、ケイトは恐怖にかられてパニックになることはありませんでした。寡黙で気丈な性格ということもありますが、なによりも職業がら、今までに、死に行く人を看取った経験があったことも事実です。死んだ人に語りかけることもあったでしょうし、いずれは自分も死ぬことを悟る機会があったことでしょう。それらの体験を踏まえて、ケイトは心から祈ることができたのです。
 
222●“忠誠心”
軍人やサラリーマンなど、長年組織の一員として働いてきた者が、国家や企業に対して執念の如く醸成してきた忠誠心。死んでも残るこの残留思念を、スカーリアは前頭葉に閉じこめて集め、銀河の支配に活用しようとしたのである。自らの人生を我武者羅に滅私奉公で働いてきた者ほど、死ぬことによって生前のあらゆる義務から解放されたはずなのに、それでも魂は忠誠心の拠り所を求めてさまよってしまう。何かに支配されなくては成仏すらできない哀れな霊となってしまうのだ。スカーリアはそこに目をつけたのである。
 
228● 「いや、お一人です」
アグリッピナの胴回りが標準的な女性三人分に相当することになるが、それは、いささかオーバーである。「美女三人」と言ったとき、トルーアン提督の頭の中には当然、映画クレオパトラのイメージがあったわけで、そのイメージ中のウエストは非人間的なほど細かったことと想像される。まあ、それはともかく、どうせなら一度、絨毯に巻かれて彼の前に登場したいという思いがアグリッピナにあったことも事実だろう。
 
231● 「あなたに信じていただけなければ、私は引き金を引きます」
なにしろ積年のライバル同士である。互いに相手の思考傾向や私生活のもろもろまで、スパイを使って探りまくっている。なまじの夫婦よりもずっと、相手のことをよく知り、研究し尽くしているのだ。もう、小手先で欺くことなどできないほどに。そういったベースがあったからこそ、土壇場でアグリッピナとトルーアンは信頼しあうことができたと考えられるのである。その信頼の深さは、のちにトルーアンが「彼女を死なせてはならん」と命じたことからも察せられる。
 
233●「……まずい!」
ただし、レイティアはうろたえて恥ずかしがっているとはいえ、一般庶民の女性に比べると、羞恥心の度合いは低い。たとえ見られても、自分のナイスバディに絶対の自信を持っているのである。恥ずかしいけれど、それ以上に美しいのだから、まあよろしいという感覚で、さすが王族、気前がいい。ただで見せるのはいや、お金を払って……といったせこい根性も持っていない。なにしろお姫様であるから、自分の魅力をお金に換算するような庶民的経済観念はからっきしないのである。建前的には、はしたない姿を隠すことになるものの、見られたからといって困ることはないのだ。ただし、その姿を侮蔑されたら怒る。絶対に美しい身体なのだから、これを馬鹿にされたら、その怒りは火山の如しである。打ち首獄門くらいにエスカレートしても不思議はない。このあとラシルは、レイティアの地毛を引っ張って安物呼ばわりしたため、当然の報いを受けたのであるが、あの程度で済んだのはむしろ僥倖というべきであろう。
 
236●「……新しい髪の私、アルベールに綺麗に見えているかしら。初めて会ったときの りも!」
ロングヘアでアルベールに会うのは二度目ということで、しかも今回はリニューアルした新しい髪。最初に会ったときと比較して、より綺麗でありたいと願うのが女心では……、といったニュアンスのご指摘を、本書の校閲さんにいただきまして、このセリフとなりました。確かにそう思います。ありがとうございます。
 
243● ハンマーヘッド
紐をつけた砲丸をブン回してブチ当てまくるという、原始的かつ暴力的な撲殺兵器。無重量の宇宙空間なら、ブチ当てた砲丸が落ちてしまうことはないので、引っ張って戻しては振り回して打ち込むという使い方ができるだろうということで、考えたものです。実際には運用にかなり問題はあるでしょうが、そこは四の五の言わずに、兵器としての楽しさを優先しました。敵味方がこれで戦うと、航宙船同士の殴り合いとなります。双方ボコボコになる大宇宙の格闘戦が、これによって実現できるわけです。
 
244●ロシナンテ
ドン・キホーテの愛馬に因んだ名前ですが、見た目の形はサンチョ・パンザの方ですね。ガンダム風の角張ったデザインではなく、胴体は球状に近く、手足やその関節も、バナナ形や球形を基本にしています。人間が着用するものでサイズが小さいため、全体としての強度と関節の回しやすさを重視した設計です。
 
248●権威に弱い
悲しいかな、スカーリアに操られるゾンビさんたちは、みな生前のしがらみを背負っているのである。職業的上下関係まで引きずっていて、生前の上司にそのまま部下としてこき使われている。死んでも救われないとは、このことであろう。
 
249● グッジョブ
実際はドイツ語系で、「グート」と言っている。ルビ打ちするのを忘れました。
 
252●五十万人分の前頭葉
あまり想像したくない光景である。
 
263●面子やお手玉やシリトリ
若い男女が裸で向き合ってやれば、これも異様な光景ではあるのだが……
 
269●〈シュルクーフ〉の船体から伸びたリモコン
そう、全長300メートルの航宙船をリモコン操縦している。あえて有線でケーブルを使うのは、ラジコンの場合の電波障害の問題を防ぐためです。巨大な船体を一機の戦闘機でリモコン操縦するというのは、一見難しそうに思えますが、現代のジャンボジェットも航路の大半は自動操縦だし、第二次大戦前でも全長二百メートル以上の旧式戦艦を、標的艦としてラジコンで走らせたりしていましたので、条件さえ整えば航宙船のリモコンくらいは可能と考えていいでしょう。
 
269●道路面が“下”でなくなったので
この物語世界には、まだ人工重力の技術はありません。そのため、垂直のチューブを昇るハイウェイは、円筒の内側に磁力で吸い付きながら、螺旋状に上昇なり下降して、円筒の外側へ向く遠心力を利用して疑似重力を作っています。この磁力吸い付きシステムがやられてしまったので、内部磁場がメチャクチャに乱れて、円筒の内側面に張りついていた車両がはがれて、墜落してきたというわけです。
 
284●ワープなんか、ありませんよ。
スタトレやヤマトにケチをつける気は毛頭ございません。この物語世界では、ワープという概念はありますが、なにせ空間を自在に曲げる技術はとんでもないことでして、いまだ夢の彼方の技術ということなのです。だって、空間を曲げる技術なんか完成したら、まず兵器に使われることは間違いなく、それを使って敵の基地を消したり惑星を破壊したり、都合の悪い人間を消したりすることが日常茶飯事となるでしょう。人工重力もそうですが、おいそれと安易に実用化されては困る技術でもあります。
 
286●「ケルゼンのへたくそ……」
やることはやるけれど、どこかおおらかで大雑把なケルゼンの性格は、ハンマーヘッドの打ち込み方にも現れてしまいました。力余って、ラシルたちの戦闘機をあわや打ち砕くところだったのです。
 
288●立ちすくむケルゼン
ケルゼンは、プリンセスの生肌上半身を正面方向かつ最も至近距離から肉眼で目撃した、本書において最も幸運な男となった。視力も良かったので、その神々しいお姿は彼の脳裏に焼きついたことであろう。
 
293●「アルベールとケイトだわ……」
筆者の描写不足で全然書けていないのだが、ケイトとアルベールの二人が、ゾンビうようよの環境の中を、この場所までやってくるには、語っても語りきれない恐怖と苦労があったことと偲ばれる。命をかけた信頼関係あっての旅路なのである。
 
297●私はひとりじゃない!
このあたり、編集部の太田様のアイデアで付け加わったシーンです。今回の旅が始まるまではひとりぼっちで、幻想のラフィットに頼っていたレイティアですが、このとき、改めて、ラシルたちの友情に気づきます。といっても、友情なんてものは、言葉で定義できるものではありません。あるとき、自分が、ひとりぼっちではないと感じたとき、そこに、なんらかの友情があるということなのでしょう。
ということで、太田さん、ありがとうございます。
 
298●「“存在”を与えてくれた星……」
ペリペティアである。
 
304●「直情的で涙もろい」
振りかえれば、本文でレイティアは何回涙ぐんだことだろう。暇があったら数えてみて下さい。まったく、よく泣く子です。でも、まあ、我侭な涙ではなく、他人のために流す、いい涙だったのではないでしょうか。悲しいときに泣く、人前でも泣く、それはある意味、バーチャルな世界にはない、とても人間的な行為だと思えるのです。
 
307●念動力で骨を治した
骨折知らずのスカーリア、持ち前のしぶとさ大発揮です。彼女の得意のスポーツはもちろんスキーですね。ヒマラヤ直滑降なんてお手のものです。
 
308●「結果だ!」
正義の義勇海賊ですが、やっていることのひとつひとつを見ると、数々の法律違反に暴力行為、やむをえないときは殺人もありえます。れっきとした犯罪者集団なのです。いわゆるテロリストや暴力団とどう違うかといえば、じつは基本的に同じものなのです。その事実はラシル自身がはっきりと認めています。では、何が違うかといえば、やったことの結果……それしかありません。善なる結果を生むこと、そうでなければ結果に対して責任を取ること。それが義勇海賊のシビアな宿命であり、そこにラシルの深い苦しみがあります。どれほど仕事をきちんとこなして多くの人に感謝されたとしても、完全な喜びはありません。かれらはいつも心のどこかに、重いものを背負っています。
 
314●噛み付いた。
ラシルだけでなく、レイティアも重い宿命を背負っています。いずれ彼女が成人して、一国の権力を握ったのちに、その権力がもしも暴走して、無辜の民を傷つけることになったら、権力者である自分は、たとえ自分の身を噛みちぎってでも、その権力の暴走を止めなくてはならない……そのことをレイティアは、はからずもここで体験することになったわけです。そう、これがnoblesse oblige 。このようなときにみずからの権力の腕を放置して、自分の国を滅ぼしてしまった権力者が何人いたことでしょうか。
なお、筆者も試しに自分の手首を軽く噛んでみました。察するに骨つきフライドチキンのような触感であるが、よい子はくれぐれも真似をしないように。
 
316●兵士だった。
レイティアの必死の行動は、ケイトの祈りと同じ力を発揮しました。生も死も超越した心境は、ゾンビ兵士たちの魂をとらえ、安らかに解放する力を持っていたのでしょう。
 
319●「助けられねえんだ」
ラシルのこれまでの仕事が、決して成功ばかりではなかったこと。失敗もあり、人命を失ったこともあることを、彼は祈りの中で告白したことになります。
 
325●B級の法則
所謂B級スペオペの条件を羅列したもの。このほか、「タイトルに、スペースついたらB級だ」などがある。
 
325●マニアのアホども
決して、作者本人がそう思っているわけではありません、念のため。しかし、なにかとマニアックなお知り合いに勧められて、ファーンボロ星系のショウ出演といい、ヴィ教国産の危険な織物の運送といい、ラシルにとってはどうもうさんくさい仕事を、ケルゼンが持ち込んでいたことも事実です。
 
326●「今度出くわしたら……」
まさか、この後、本当に出くわすことになるとは、ケルゼンもラシルも、ゆめゆめ思ってはいませんでしたとさ……
はい、後年、『永遠の黄昏事件』と呼ばれることになる一連の騒動は、この『プリンセスの義勇海賊』では、まだ半分しか終わっていなかったのです。
 
326●「ちなみに七は……」
ケルゼン、懲りていない……
 
327●『ドーバーの白い崖』
この曲は、筆者の趣味である。数年前ロンドンへ行ったおりに、戦争博物館で買ったCDにヴェラ・リンの歌で入っていて、好きになってしまいました。第二次大戦中に、英国からヨーロッパ大陸へと、ドーバー海峡を越えて戦いに赴いた戦闘機パイロットたちの無事を祈って待つ乙女心を歌ったもの。英国本土のドーバー海峡に面した崖は白亜の石灰岩であり、ヨーロッパ大陸での苛烈な空中戦を生き延びて帰還するパイロットたちが最初に見る故郷の姿は、紺碧の海と空に挟まれて横たわる、純白の崖だったのです。
なお、宮崎アニメ『名探偵ホームズ』(犬のホームズですよ)で『ドーバー海峡大空中戦』といったタイトルで、郵便飛行機がドーバー海峡へ向かって飛ぶ話がありましたが、これものちに『ドーバーの白い崖』というタイトルになってましたっけ。
 
327●オレンジ・ペコ
これも筆者の趣味である。アニメ『ノワール』に出ていましたね。
 
331●カッターをそっと引き出しにしまう。
ラシルもさすがに学習して、鬼の前に刃物は出さないよう用心したわけです。
 
332●容姿端麗
レイティアの、自分の容姿に関する自信過剰ぶりは、もう天然と呼ぶほかない。まあ、美しいことは事実なのでだれも文句をつけはしないが……
 
333●「それに経営管理、中期事業計画……」
ラシルが一人でやっているというのは本人の認識では嘘ではないが、現実には、一人でそんなにできるはずがない。ラシルはレイティアを恐れるあまり、半分くらいは口から出任せで、レイティアが苦手そうな仕事を並べたのだと思われる。
 
334●「どうして、私、こんなにムキになってるのかしら……」
このとき、レイティアは自分の立場も意地もふっと脱ぎ捨てて、一人の、ごく普通の、ラシルの友達になっていました。だから、ラシルもごく自然に笑いかけたのです。一人の、かけがえのない友達に対して。そしてレイティアも、ラシルの笑顔を心から喜ぶことができたのでした。
 
336●未来が、まちどおしい。
現実の21世紀に生きる私たちにとって、未来が日毎に、待ち遠しいほどいいものではなくなっていくのを感じます。あなたは、いかがでしょうか。ラシルとの再会を楽しみにするレイティアみたいに、夢と希望を抱いて明日を待ち望んでいますか? じつはここが、レイティアとスカーリアとの決定的な落差だったのです。スカーリアは未来を待ち望んでいたのではなく、死を先送りにしていただけなのですから。そこがスカーリアの限界であり、たとえばジルーネほど大物の悪になりきれなかった原因なのです。
 
さて、そういうことで、このお話は、可愛くて壮烈な、二人のラヴストーリーだったというわけです。完全にめでたしめでたしで終わることはできませんでしたが……
 
                            《終》
 
 
 
更新日時:
2006/02/15

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