滴るの群像





夜行列車の独特の空気が好きだ。
煙草と酒と焼け付いた思い出が澱みながらも、電灯が整然とした振りをしているのが好きだ。
闇を流れる。もう二度と会うことのない運命共同体達が夢見る思い出だけを乗せて。乱暴な揺れできしむ身体と翌日の疲労を代償に、人を甘やかす時間を乗客は買う。

―――柄にもねェ。

苦笑しながらも土方は窓枠にゆったりと身体を預けた。煙草が旨い。電灯の光が目に優しい。
車両に他の乗客の姿はなかった。それも当然かもしれない。京都へ行く手段なら、新幹線なり飛行船なり簡単で速いものがいくらでもある。そういう自分も、先方から極秘のためとこの電車を指定されなければ、使ったりはしなかったと思う。


黄昏が燃え尽き、徐々に生命力を削られていく時間帯だった。世界の鮮度が落ちる。
何処からか、伸びやかな音色が聞こえる。空に浮かぶ赤色が消える速度に合わせ、張り詰めた氷の上を滑るように澱みなく正確な音。不思議に心地よく、逃げ出したくもなる波が、体中の体液を震わせて反響する。

隣の車両にいるのかと思い、立ち上がる。沈黙を守りつつ、土方は足早に移動を始めた。
顔を見たかった。


多分その音波は殺気に似ている。人間の持つ集中力を凝縮し、一瞬の後の血みどろを感じさせない清廉さ。自分が知っている誰かが、刀を握った瞬間に発していたと思う。煮えたぎる激情を押し殺した怜悧さを併せ持つ、ああ、万事屋の殺気に似ている気がする。

しかし、その男の顔を思い出す前に、瞳の奥で別の白い顔が微笑んだ。驚くほど素直にその横顔を美しいと思う。刀に絡み付けば殺気となる波を、儚さとして持っていた彼女。どうにかしている。その音の先にいるのかもしれない、と思うなんて。
力を篭めて開いた扉の先。三味線の音が、螺旋と巡る。


扉の奥にわだかまる広い広い空間の中。白蝋のように無機質な手だけが視界を占拠した。思い描いたものとは似ても似つかない骨ばった指が、滑らかに弦を弾く。
音が激しくなった。押し殺して、封じ込めて、耐えながらも尚、漏れ出た激情だったのかもしれない。

彼女ではない人間の、黒い羽織が風もないのに揺れる。
(恨み言でも聞きたかった)
音が高鳴る、揺れが酷くなる、照明がちらつく、嗤われる。なんと淫靡な。

「よォ。―――俺に、惚れた女でも重ねたかィ。お狗様?」

三味線の音が更に激しくなった。乱暴でありながら、微細まで解けない。
絶頂のようにブツリと途切れて、車輪が軋む音やエンジン音、窓ガラスにぶつかる風の音が静寂を打つ。音が極まり無音地帯が喪失した。たった一人で沈黙を生み出せるほどの狂騒。高杉が嗤った。










頬に深く切り裂いた刀に一瞥をくれ、高杉は無言で三味線をかき鳴らし始めた。

「……動くな!高杉晋助っ!」
得体の知れないものが背を這い上がる感覚を振り払い、土方は高杉に肘鉄を入れる。高杉の身体が一瞬折れ曲がり、苦悶に似た呻きが洩れたが曲は途切れない。
「キャンキャン啼くんじゃねェよ、犬。……ん、なんだァ、その面。これくらいの肘鉄が効くかよ」
まァ慣れの問題だがな、と付け加えて挑発するように笑ってやる。

さて、どうするか。かき鳴らす「故郷」が思考を氾濫させる。車両という密室には、今や故郷の山も川もある。闖入者土方十四郎を無粋なものと決めるか、それとも。
結論を出す前に高杉は高らかに笑った。どう転ぼうが、世界にたいした変化はない。

「まァいい。遊んでやるぜ、鬼の副長さん?」

愛用の三味線を座席に置くと、その機を逃さず利き腕に手錠が掛けられた。鎖の先は土方の左手首。
「それは俺の台詞だよ、逮捕された指名手配犯さんよォ」
器用に刀を水平に戻し、土方が対岸の席に座る。状況さえ無視すれば、悪趣味極まりない光景だ。
「………俺は今機嫌が悪いんだ」

そう吐き捨てた土方の刀が触れたのか、漆黒の髪が切り離されて二人の足元に落ちた。草履の隙間から侵入した黒い糸。因果を連想すれば、思いつくのは決まった連中の顔だ。


―――面白い。


しょっちゅう真撰組に絡んでいた桂の気持ちを少し理解した気がする。なるほど気に入らない男だ。

(あの目、少し濁らせてやるか)

因果に縛られぬ人間などいない。だが、奴を取り巻くそれは底が見えてしまいそうなほど澄んでいる。確かに慟哭の色を孕んでいるのに、恨みがない。自らの中で亡き者を消化し、共に抱えていける者だけが持つ目だ。

「お前の女に見立てた人間が俺みたいな汚れた奴だったからかィ?それとも――

彼らの境遇自体に恨み言はない。いずれ壊す。なかなか意見の合わない馬鹿と意志が合う事象だ。ただ気に入らない。仲間達の志の墓を踏みつけて、彼らが鮮やかな透明を維持しているのが気に入らない。その激烈な明るさで白夜叉の目を惹き付けようというのなら、暇も極まっているし、澱ませてやろうではないか。

高杉が土方の顔を覗き込んでにたりと笑った。
殺気は一寸も発せられていないのに、遠く柩の匂いが漂う。
「わざわざ京都くんだりまで、お偉いさんの道楽に付き合う羽目になってるから、か」
土方は思わず息を呑んだ。かろうじて何故知っているという言葉を飲み込んだらしい。
「心配しなくても、俺ァ何もしねェよ。要人の首なんざいつでも斬れるからなァ、そこまで暇じゃないんでね」
「高杉、テメーは確か"生死問わず"だったな」

首に当てられた波紋の中で、深い色の目が細められたのを土方は確かに見た。
嘲笑でもなければ狂気でもない。ぞっとした。人としてありえないものが混ざり合っている。狂騒と静謐が溶け合う。美しく凄絶に淫らな。陰惨という表現以上が出てこない。これが、高杉晋助。

「ククッ、馬鹿言うな。まァ確かにそうなんだろうが、お前さんは世界構造をあまり理解してねェようだ。……いや、見ようとしてないだけか?」
ぎり、と奥歯が鳴った。喉が干からびて痛い。叫ぶように言い返した。
「理解してねぇのは、てめぇだろ!……っ」
どうしてその先を止めてしまったのか分からない。多分徒に世を破壊しているだけのくせに、と言おうとしたのだと思う。
だが言葉は続かず、無様な自分が残る。塵芥を見るように江戸の象徴を見つめた赤い瞳がちらつく。
「無論、理解してねェよ。そうじゃなきゃ、世に逆行はしねえ。俺が言ってるのは構造の話さ」
高杉はあえて土方の葛藤を無視したようだった。その余裕に救いようのない危うさを見る。
「江戸にいる連中で話をしてやる。例えばてめぇらは常日頃、桂を生け捕りにしようとしてるだろ?」
「まぁ、あれだけの人脈を持つ奴には、吐かせたい事柄がたくさんあるんでな」
「妥当だな。仮の話、桂がお前らに捕まったとしよう。副長様直々の尋問で殺す以外のことは何でもやりやがるんだろう。で、何をしても口を割らない奴を持て余す」

話していなければ何かに飲まれるような、この圧迫感。

「俺の尋問はそう甘くはねぇぜ?案外ケロリと吐くかも知れねえ。例えば――どこぞの白髪との関わり、とか」
「あいつにジジイの知り合いがいたとは意外だが、桂は自分の意に反したことは話さねェだろうよ。うぜえ石頭だ」
「やけに庇うな?近く統合でもするつもりか」
「誰が、あんな暑苦しい男と手を組みたいものか。無意味に付き合いが長いだけだ。……まァ俺に飲まれまいと必死に話を続ける副長さんに一つくらいは教えてやるか。奴の言葉はテメェの手には負えねェよ。―――魔女の言葉に耳を貸しちゃァいけねェってな」
高杉は勝手に瓢箪に口をつけ、酒を流し込んでから続けた。
「お前らは桂の処刑を主張するだろうが、まず間違いなくお上は奴の助命を言い渡すぜ。…そんな怖ェ顔すんなよ。そうなった桂は二度と日の目は拝めねェだろうからな。知ってるか?天人どもに下げ渡されるんだよ」

カンカンカン。遮断機の音が遠くから聞こえた。誰も聞かない闇の中、必死に音を伝えるためだけの存在は、心なしか目の前の男にいていると思った。全く人間という奴は、理解したくない種類の言葉を聴くと瞬時に現実逃避に逃げ込むように出来ている。

「俺は気持ち悪いと思うが、まァ見目だけはいいからな。ついでに攘夷戦争の時分からの敵ときた。―――劣情をそそるには十分だろォ?」

その瞬間、高杉は抜き身の刀を左手で握り締めて押し戻した。消灯時間用の淡い色の電灯に鮮やか過ぎる紅が映える。くらくらした。
赤い口腔を見せびらかすように笑った高杉が耳元で囁く。


「つまり、俺の運命そのままさ。こいつが俺達の世界構造だぜ、幕府のお狗様?」


口の中から全ての水分が消えうせたと思った。薄々は感づいていた事柄を突きつけられたダメージが大きかったのかもしれないし、そんな劣悪なことすら冗談めかせる高杉の茫漠たる渇きを恐れたのかもしれなかった。
知らず呼吸が乱れた瞬間、高杉の左手が閃いた。刀は驚くほどあっさりと落とされ、列車の振動に合わせて通路先の席に転がっていく。

―――なんで取らなかった」
始めは確かに自分が拘束したはずなのに、左手が絡め取られて動けない。その力があれば、刀を逆手にもぎ取ることも十分可能だったはずだ。

「本気で相手にする気がないだけさ」


その瞬間、不幸にも鋭敏過ぎる感性に何かが閃いた。常日頃から気にかかっていた事柄の全てが、この場に、高杉に集まっていく。後先考えずに口から言葉が洩れ出た。



「泣いているのか?」



細かいことを追求すれば、それは高杉への言葉ではなかったのかもしれない。ただ、その目を持つ者達に突きつけてやりたかった。目を覆いたくなるほど激しく生きながら、深くで全てを嘲笑っている事実を白日の下に晒してやりたいと思った。
それが自慰行為なのか、諦めなのか、更に別の目的ゆえなのか分からないし、分かりたくもない。だが、彼らの存在は強烈過ぎる。人が心の隅に封じ込めた何かを、否応無しに抉り出す。

「それとも―――

その先が発せられることはなかった。豆鉄砲を食らったような間抜け面を晒した高杉は、次の瞬間不敵に笑おうとして失敗し、最後にこれ以上ない無表情になった。そして、

「黙れ」

口を塞がれた。鬼の接吻は、氷を無理やりねじ込まれるように冷たかった。













群青の月光が身を刺す。薄暗い光に照らされた車内は巨大な柩にも等しい。
容赦なく口腔を侵犯し続ける男の腕から逃れようと身をよじるが、動かない。高杉の力が異常に強いわけではない。先ほどは空気に負けていたが、純粋な力勝負ならほぼ互角だと思う。だが、放せない。鉛のように重い。死体に抱き込まれる怪談そのままだ。


無音と騒音。無機物と有機物。過去と現在。闇夜と月光。亡霊と生者。断罪と救済。
接吻で広げられた空間の中、相反するものが絡み合い、睦み合う。
この矛盾の螺旋が、世界への代償とでも言うのだろうか。


高杉の隻眼が初めて土方を正面から見つめた。これ以上向き合うこともないだろうに、彼の片目に土方は映っていない。光を永遠に反射し続けるダイヤを思い起こさせる。
酸素が薄まる。もはや高杉はそれすら必要としていない様子で、やはりこいつは死人なのではないかと思う。

その瞬間、高杉が口を離した。そしてこの男らしからぬ平坦な声で言う。



「なァ、土方よ。死人との約束を守るのは難いと思うか。それともこの世で一番易いことだと思うか」



昨日までは敵で、明日からも永遠に敵。そんな高杉の真実の声を初めて聞いた気がした。
頸に傷だらけの手がかかる。考える間もなく、土方も高杉の頸に触れた。酸素が供給されていたので、慎重に言う。

「約束ってのは、相手もそれを覚えていて違えた場合に文句を言ってくる状態じゃねえのか」
「俺もそう思う」
驚いたことに高杉は素直に頷いた。
「そんな約束だけにしときたかったんだがなァ。―――で、どうだ。てめぇは違えているか?」

腕に少し力が篭められたような気がしたが、もはやどうでもよくなっていた。酩酊に近い。趣味は悪いが。土方は深い溜息をついてから、静かに笑った。酷く自嘲的だった。高杉が満足げに目を細めた。

「現在進行形で違えてる。そいつが生きていた時から違え続けてきた。一度たりとも守らなかった」
勿忘草でも差し出してくれればよかったのだ。忘れじの誓ならば、破ることはなかったというのに。
「死人は違約を糾弾してくれない。それに甘えて俺は違約を続ける。―――難いと思うぜ、俺は」
「意見が割れたな。俺は易いと思うぜ」

守り易い、だが破り易くもある。
聞こえるか聞こえないかの声と共に、同時に首を絞めた。まるで心中。ふざけている。

「生きてる奴との約束は厄介だ。そもそも約束がころころ変わりやがる。だが、死人に時は流れない。不変の約束に俺が合わせちまえばいいだけだからな」
「……だから、か?」
首から手を離し、ようやく一番気になっていたことを聞く。どうにもこの男は、人の話を聞いているのかいないのか、自分の想定したとおりにしか話さない。
「指名手配犯が刀も差さねェでふらふらしてる理由だよ。死人との約束が原因なんだろ?」
「ああ、気づいてたのかィ」
「普通気づくわ」
高杉は肩をすくめ、先ほどの土方の笑みを忠実に再現してみせた。
「ちょいと違うな。守れねェから、多少は足掻いた振りでもしようっつー浅ましい考えさ」
「易いんじゃねぇのかよ」
「それ自体はな。今度は生者との約束が破られる。現実問題、誰かに斬られるだろうがよ」
「いくらでも斬ってやる」
「言ってろ、若造」
再び馬鹿にした口調で吐き捨ててから、土方の首筋に噛み付く。これ以上はまずい。本気で殺したくなりつつある。

先生には悪いが、着いた早々に海にでも飛び込もうか。真冬の海ならば、一応禊の真似事くらいにはなるか。そうぼんやりと考えた高杉の濁った隻眼が、床に転がった刀との距離を測り終えたまさにその時。




ひどく、この場にそぐわない、のどかで間の抜けた音が響いた。




「………へ?お、オバQのテーマ?」
土方の間抜け極まりない声がそれに続く。高杉は舌打ちをしただけで、平然と携帯を取り出した。
―――んだよ、今逢引中だったんだぜ」
電話の相手は罵言の類の言葉を吐いたようだが、その声音に警察としての勘が働いたのか土方は息を吹き返して叫んだ。

「て、てめぇ高杉!携帯隠し持ってんじゃねぇぞ!しかも逢引したつもりはねェ!!」
よくよく考えれば自分の落ち度なのだが、それどころではない。いや気持ちが悪かったということもあるが、応援を呼ばれてはたまったものではない。
「別に没収とも言ってねェだろ。耳元で叫ぶくらいなら、テメーが出ろ」
ほれ、と携帯を渡されてもそれはそれで困る。
もはや麻痺した感覚は遊ばれていることに気がつかない。

怪しまれてもまずいのか。しかし相手を早く特定しなければならない。

『もしもし、誰だかは知らぬが高杉はいかんぞ。ろくな男じゃない、俺が保障する。小さいし、短気だし、手は早いし、危険だし、迷惑だし、気まぐれだし、馬鹿だし、人の話は聞かないし、好き嫌い多いし、貞節に問題はあるし、あ、というか指名手配だし。悪いことは言わん、一夜の過ちくらい忘れてその馬鹿には二度と会わないほうがいい』

だが、相手は土方の葛藤を無視して、一息に高杉の悪口を言い切った。土方の表情が凍る。ありえない事柄のはずだったが、ありえない保障も何処にもない事柄だった。
「てめぇ……桂かっ!!」
『……む。ああ、その五月蝿さ……土方か。そうか、貴様……心中察するぞ』
「何哀れんだ声出してやがる!」
『禁断の愛なんて久しぶりに見たがな。そうか、高杉か。なんかとりあえず頑張れ?』
「キモい言葉使ってんじゃねェェエ―――!!逮捕したんだよ、逮捕!!」
土方の絶叫と鳥肌から大体の状況を察した高杉がくつくつと笑う。腹立たしいも極まりない。

―――高杉に代わってくれないか』

数瞬の間を置いて返ってきた声は、先ほどまで軽口を叩いていた人間とは思えないほど切実な色を帯びていた。
これだ。一度、あの男は世界が無色に見える、と言った。高杉と恐らく桂は無色を打ち壊そうとしているはずで、あの男は必死に色を塗りたくっては消してながら無色を嘆くのだと今日思った。

『どうせ下郎どもに下げるのだろう。墓すら与えないのだろう。志ごと消すのだろう』
聞くに堪えず、思わず高杉に携帯を返した。
一体なんだというのだろう。確かな諦めと、強固な嘲りを持っているのに毒々しいまでに鋭い。
精神が揺さぶられる。

「……ああ、分かってる。じゃあな、桂」

柔らかで静かな声。ああ、彼女もこうやって、
そのまま高杉は、片手を拘束されているとは思えぬ速さで窓を開け、―――携帯を投げ捨てた。


「あ」


凄愴な笑みを浮かべた高杉の横顔が、月影に沈む。昏い。
無機質な有機物の手を離れた携帯電話が空を裂く。線路を越えた先には深くわだかまる湖。


群青色に鈍く光る湖面を斬り、携帯が埋め込まれる音を確かに聞いた。水音、ノイズ、ノイズ。



「さァて、土方。今生の別れといくかィ」



濃醇な酒が押し込まれ、首筋に毒の歯が立てられた。視界が溶解する。
その時、高杉の笑みの理由を分かった様な気が一瞬だけした。






◆ ◇ ◆





 
京都駅に出迎えに来ていたのは幕府の下級役人ではなく、江戸にいるはずの沖田だった。自分が放ったバズーカの噴煙か、銃撃されたのか、柔らかい色合いの金髪は既に煤けている。
「やられましたぜ。道楽の日程、向こうが用心の為副長を呼び寄せたこと、その上夜行列車だったこと、全部洩れてたようだ。夜中に新幹線で飛んできてみればこのざまでさァ」
「下手人は?」
「鬼兵隊」
ああやはり、と砂を飲み込んだ気分がした。何者にも続かない左手が虚しく揺れる。
「高杉の野郎はいなかった。珍しいこともあるもんですねィ。河上、来島が主要といったところでさ」

言葉が蘇る。
(俺ァ何もしねェよ)
高杉の哄笑が旋回する。喉が嗄れ、水分を残らず吐き出し、声帯が腐るまで高笑いを続けるのだろう。まさに壮絶。凄絶に鋭いのに、全体像はぼやけて見えない。だから彼らは激しいのかもしれない。

「……そうか。現場に戻るぞ」
沖田の目を見ずにそう言った。
「りょーかい。ところで土方さん」
「なんだよ」

沖田の目が確乎と土方を見つめた。


「アンタ、魔女にでも化かされたんですかィ?万事屋の旦那みたいな目になってますぜ」


そうかも、と土方は笑った。
(魔女の言葉に耳を貸しちゃァいけねェってな)どの口がほざくか。
沖田は拳を握り締めた。少しの間に退廃を飲み込んできたこの馬鹿を戻すには、どれだけ叩けばいいものかと思いながら。









「銀時、お前の運転は乱暴すぎるぞ」
京都駅を急発進した車内で、助手席の桂が文句を言った。すかさず銀時が言い返す。
「免許も取れねェ指名手配犯に言われたくねえんですけど!つうか、何この車内、指名手配率
65%以上!?」
国道から外れ、細い坂に入る。後部席の影が揺れ、頭をぶつけたようだったがすぐに起き上がった。
「テメーもすぐに戻るさ。
100%になる日も遠くはないぜ。なァ、ヅラ」
「俺は桂だが、その意見には全面的に賛成だ」
「あーもう、黙れお前ら!大体、こんなめんどくさい道を走るのはテメーらのせいですよ!特にバカ杉。もうちっとは検問のこと考えろや。つうか身を慎め、甘味道場に入門して静かに余生を送れ」
「テメーに師事するのは嫌だ。で、約束は何時だ?」
「一時!」
「……間に合わんな」
「……間に合わねェなァ」
「誰のせいだボケ」

ひとしきり毒づいた後、不意な沈黙が下りる。三人とも全身黒一色なものだから、色彩的に重苦しい。だがそれは普段のねっとりとしたものではなかった。

「しかしまァ、ガキの悪戯ってのは役立つもんだなァ」
高杉が手元の針金を回しながら笑う。
「うむ。子供は悪戯をして育ってこそ立派になるのだ。銀時、お前もリーダーをちょっとのことで叱ってはいかんぞ」
「あいつのは冗談じゃすまないの!というか、お前らはろくでもない大人になったけどね」

蒼穹が眩しい。まだ失っていない少しのものが眩しい。

「そうだ、高杉。貴様は着いたら真冬の海にダイブだぞ。その饐えた匂いをなんとかしろ」
「おいおい、大丈夫かチビ杉。足が着かない場所には行くなよ〜」
「……お前らこそ、その駄目人間臭を洗え。二人とも髪を剃れ」













騙し騙され我らは生きる。奪い奪われ泣き叫ぶ。愛し愛され毒を塗り、いつかの季節を夢見たり。
馬鹿馬鹿しきは、浮世の値段。饐えて凍った烈火の代償、心中、抱擁、二つに一つ。
さァさ、謡えよ、永遠を。さァさ、逃げろよ、柩から。

さァさ、斬れ斬れ、群青を。








檻姫さん、お誕生日おめでとう!
高土……と言い張る。土ミツ(ノマでは沖神、高陸奥の次に好き。全さちと同順。)と高桂が前提かな。
ちなみにこの後の攘夷
3は続く感じです。先生のところに行きます。