【That is】


氷帝テニス部の部室で、準レギュラー以下雑魚用と正レギュラー用どちらが綺麗かと聞かれれば10人中9人は正レギュ用と言う。
無意味に偉そうな部長跡部景吾を頂点としたカースト制度から見れば、当然といえば当然だ。


そもそも、準レギュ+雑魚用(跡部が、一年の時正レギュラーであったのをやっかんだ先輩に嫌味でつけた名称)がごくごく普通の運動部部室なのに対し、正レギュラー専用部室になると冷暖房完備、真夏の味方冷蔵庫、ジローの昼寝用のソファーなどが完備されている。
が、それは大きな間違いであるのを知るのは、当の正レギュラー達だけである。




「あっちぃ〜」


部活が終わり、我先にと岳人が部室に駆け込む。
これでもかと言うほどの速さでクーラーに飛びつき、スイッチを入れた。これは、部活中にはクーラーをつけてはもったいないと榊が命令を下したからだ。
なら、お前のスカーフ代つぎ込めよと岳人同じ表情だった忍足、宍戸、日吉辺りは思ったはずだがそれを言わないのが氷帝カースト制度の醍醐味である。クーラー闘争でレギュラーから外されただなんて末代までの恥だ。


無事に夏の救世主が、活動を始めたのを見届け岳人は一番風の来る場所に移動した。
この辺は少しでも冷房代を少なくして漫画につぎ込んでしまえという庶民のなせる技である。
現に、跡部に至ってはそんなもんフル活動にすればいいじゃねーかといい、必ず忍足に蹴られている。



「……………しっかし、汚ねーな部室」



そのまま床に座り込みながら、岳人が呟いた。
そう、部室が汚い。周知の事実である。


「おー、救世主様は良好かよ?」

「おうよ!」


次に汗だくの宍戸が部室に駆け込み、二番目に風の来る位置のパイプ椅子に陣取る。
宍戸が汗を吹いているのを尻目に岳人が言う。


「なんか、この頃部室汚くね――?」

「………そーいや、ちょっと汚い気もすんな」


言った側から、宍戸が自分のロッカーに使用済みのタオルを放り込んだ。ほぼ100%の確率でそのまま発酵だ。
岳人は気にもせず、自分もばりばりと誰のかわからない菓子を食べ始める。


「一個くれ」

「ん」


そもそも、部室が汚い原因はこの二人と言っても過言ではない。
真夏になると宍戸、岳人、忍足のロッカーからは異臭が漂うと評判である。暗黙の内に3人のロッカーは隅に隔離されているのだが、気がつく様子もない。
一度鳳が、耐え切れず換気した所彼はその日気分が悪くなり早退するという憂き目を食った。


それ以外にもジローと岳人が持ってきた菓子が床に散らばっている。大体(跡部を除いた)皆で食べまわしをするので散らばらない日はない。それどころか、ポカリやジュースの空きペットボトル(もちろん洗ってあるわけがない)が現地点で3本転がっている。それを捨てるべきのゴミ箱はどうなっているかといえば跡部がやり場に困ったラブレターを放り込んだり、宍戸が出来の良くなかった小テストを捨てたり、榊が来た瞬間に岳人と忍足がエロ本をつっこんだりしているので使えない。
誰か掃除をするかといえばそれもない。


そもそも、自分が主犯だと気がついていない宍戸、岳人、忍足、ジローは問題外。
跡部に至っては掃除は、お手伝いさんがやるものであり自分でやるものではないという世界。
鳳と樺地はもともとしっかりしているからか、自分の周りはきっちり整理するものの、掃除のペースと散らかされるペースが合っていないということに気が付き、放棄した。


故に、結果としては上級生の目もある準レギュラー用部室の方が別世界のように綺麗だ。
故に、毎年年末大掃除の際には部室は恐ろしいほどの惨状になっておりここではカースト制度も(正レギュラー陣には)なんの救いにもならず多大な労力を払い掃除が執り行われる。


大体誰かゴミ捨て行けよーと人事のように岳人は思いながら、連絡用のホワイトボードに目を向けた。



…………向けなきゃ、よかった。
そう後悔するのは3秒後の出来事だった。





「ぎゃ――――――っ!!!」





そこには、悠々と艶やかな黒が動いていた。




◇  ◆  ◇




「なんだよ!?岳人!!」

「どうしたん!がっくん!」

「………なんか、楽Cことでもあったの………?」


三者三様。
思わずパイプ椅子から摺り落ちそうになった宍戸が叫ぶ。
岳人が悲鳴を挙げた時、まさしくドアに手をかけていた忍足とジローが部室に入ってきた。
実はこの時遠くで跡部の怒号が入っているのだが、誰も気がついていない。


「侑士、ジロ!揺らすな!!………そーっと入ってこい。特にホワイトボートの周りは絶対に揺らすな!」


怪訝な顔をして二人は顔を見合わせたが、あまりに岳人が真剣なのでゆっくり部室の中に入った。無論、現地点では例の“あれ”に気がついていない。
まだ“あれ”の存在を気がついていないある意味幸せな、仲間を見ながらひとしきり岳人は嘆いた。


(なんで俺が見なきゃいけないんだよ!)


今まで、テニス部の奴等にだけはこの弱みを言うまいと心に誓い(跡部や宍戸辺りの嘲笑が容易に想像できる)なんなく、過ごしてきたのだ。3年に入って正レギュラーとなった岳人はそれまで、準レギュラーとしてあの平和な部室で過ごしていた。“あれ”に出会うことなく、終わると思っていたのに!…………油断していた、失念といってもいい。まさか、ここで出会うとは!!
目線だけで奴を退治するためのブツを探す岳人に、また見てはいけないものが映った。



「って、二匹いるじゃねーか!!!」

「なにがだよ!」

「馬鹿宍戸!ホワイトボード!例のあれ!!」

「げっ、なんで部室に出んだよ!ありえねえ!」



宍戸が気が付き、ほぼ同時に忍足とジローがそれを視認した。

「だからゆっくり動けよ…………アイツ、飛び」



「てめーら!何騒いでんだ!!」


……………誰だかは知らないが、悪い事は重なるとはよく言ったものである。
この時岳人は心底「このアホ部!」と叫びたくなったと後で語る。
部室からただならぬ悲鳴が聞こえ、お冠だった跡部が乱暴にドアを開けたものだからホワイトボードと奴に振動が伝わった。


「おーグライダー飛行や」

「んなこと言ってる場合じゃねーだろ!!」


当然奴は飛んだ。二匹仲良く飛んだ。
ようやく跡部も状況がつかめたようで一人平然とする忍足を蹴り飛ばした。
すぐさま、最悪の事態を打開する為に宍戸を呼ぶ。


「宍戸!すぐさま“あれ”殺すモン買ってこい!!ダッシュだぞ!遅かったらレギュラーから落とす!」

「りょーかい!」


この状態でも半分眠りながらゴキブリ程度でレギュラー決めていいの?とジローは思ったが懸命に黙る。
宍戸はというとこれ以上部室にいたくないのか、それともこの役目一番足の速い自分が適任だと思ったのかすぐさま走り出た。もちろんその時部室の惨状を察知し逃げ出そうとした鳳を放り込むのも忘れなかった。
自分が帰還する前にケリがつけばいいという淡い期待の現れである。


「跡部跡部!!早く、アイツなんとかしてよ―――!!」
もはやプライドもなにも必要ない。岳人が叫ぶ。

「冗談じゃねーよ!なんで俺様がやらなきゃいけねーんだ!かば……」

「樺地なら今日、風邪で休みですよ」


そこに素晴らしく悪いタイミングで放り入れられた鳳が来る。
どうやら今だ飛び回る奴を避けるので相当体力を使ったらしい。


「鳳、じゃあテメーがスカッドで落とせ!」

「えっ……嫌ですよ!大体部室汚くしたのは先輩達じゃないですか!」

「そんなことはどうでもいいから…………ギャ――!こっち来た!」

「なんだと!飛ぶんじゃねぇよ!」

「それ、無理だと思いますよ」

「あーっ!もう一匹侑士の後ろに移動してる!!って、鳳横横!」

「うわ―――!こっちこないで誰か別の人のほう行って下さい!」


完全に奴に翻弄されている3人を尻目に忍足はおもむろに立ち上がった。
手に何故か置いてあった新聞を棒にしたものを持ち。

奴は動きを止めた。

「ジロー!明日試合してやるから、あれ仕留めろ。ただし、静かにだ」

「………オッケー!」

忍足は自分の背後の奴に。ジローが鳳の横の壁の奴に近づく。




ごくり。




緊迫の一瞬。




「おーい!!買ってきたぞ―――!!!」

「「宍戸のアホ!!」」

跡部と岳人の声が綺麗にハモった。
息せき切って帰還した宍戸がドアを蹴り開けたため、再び奴は飛行を始めてしまった。


「って、ちょっと待った!」
いきなり奴が飛んだため思わず宍戸がスプレーをあさっての方向に撒く。その先にいるのは奴ではなく跡部。


「あかん!そっちにいるのは跡部や!」

「宍戸!何か俺に恨みでもあんのか!?アーン?」

「有り余るほどあるんだよ!長太郎!!」

「はい!」


大きく振りかぶり二本目の殺虫剤は見事鳳の手に収まった。それを見た忍足が移動。


「忍足先輩!動きを止めるんで、よろしくお願いします!」

「まかせとき!」

刹那、鳳の目の前を横切った奴に見事殺虫剤が噴射された。よろよろと壁に張り付いた奴。

「決まりや!!」



バシィ!



爽快な音を立てて奴の一匹目は退治される。
「やりましたね!忍足先輩!」

「ああ」
ちょっとした満足感に浸りながら他方はどうなっているかと見る。



「岳人!そっち行ったぞ!叩け!!」

「無理だって!俺ゴキ駄目なの!宍戸、飛ぶぞ!」

「おわっ!!喰らいやがれ!!」

「動かないでね〜えい!!」

「ジロー外してんじゃね――!!」



なんともはや情けない光景である。
ようやく何度目で宍戸の攻撃がかするものの、ジローでは追いつけていない。
かといって岳人と跡部は絶対に触りたくない構えである。


誰かが叫んだ。


「跡部!お前の顔目掛けて飛んでる!!」

「なんだと!?俺様のほうに来るなんていい度胸じゃねーか!」

跡部が身を引いた瞬間再び宍戸が、殺虫剤を奴に浴びせた。そのまま奴は墜落する。


「跡部!」
すかさず忍足が新聞棒を投げる。

「頼むぜ!跡部!!」
岳人が叫ぶ。



「ええい!ゴキブリの分際で俺様を翻弄するんじゃねえよ!!!!!」



バスッ!



跡部の盛大な一喝と共に、ゴキブリ騒動は見事幕を下ろした。
その後へたりこんだメンバーに明日の部活は部室の全面掃除という案が出るのに、そう時間がかからなかったのもそれに異論がある奴がいなかったのも言うまでもないことだった。



終わっとけ

アトガキ
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結局皆奴は嫌いなんです。氷帝の部室綺麗派の方すみません。石、投げないで!