ホームワークヘルパー 「結局、あれなんだろ?ちょっと将来絵描きにでもなってみるかとか生意気にも考えてたら、クール系のいい男が歩いてきたから声かけて写生しようとしてんだろ?」 「……大まかはあってるけど、ちょっと曲解してるんじゃないの?うーん……」 「おお、お前!ガキのくせに難しい言葉使うんじゃねーよ」 「だって、寺子屋行ってるし。なぁ?」 「うん」 「俺だって行ってたぜえー」 …………何だろう、あのいい大人が子供にあしらわれている情けないも極まった光景は。 ああ嫌な物を見てしまった。今日の星座占いは見てないけど最下位だったみたいだ。 見ていたら絶対家から出なかったものを。 なんで自分の視界に入るところであんな会話をするのだろう。 俺ァな、勉強した物全部忘れてもピンピンして生きてんだぜ。 そう、前途ある子供に自分のよろしくない例を懇々と解き始めたのは、見慣れすぎて時々は悪夢になって夢枕に立ったりもする、あの邪悪な面。 ……というか、貴様が何もしなくて生きていられるのは俺の家に入り浸っているからだろうが!! 坂本のサポートがあれ、どれだけの食費(主に酒代)がかかっていると思っているのか。 銀髪の駄目人間も金はないけど、家事は手伝ってくれる。 だが、貴様は何一つしたことはないし、しても問題しか起こさないだろうがァァア!! ―――等々、叫びたいことは山ほどあったが、とりあえずあの痛い光景をなんとかすることにした。 あんな不審人物に声をかける子供の心情も全く理解できない。しかし、放置すれば奇天烈な服装と訳のわからない言動でいつ誘拐犯と判断され通報されるか分からない。 「………なに、子供相手に情けない会話をしているんだ」 「おー。ヅラじゃねぇか」 「ヅラじゃない桂だと何度も言っているだろう。頭悪いな貴様は」 「悪いんじゃなくて個性的なんだよ。すげーだろ?」 相変わらず、自分に良いように言い換えられる高杉特有の思考回路は絶好調。 ケラケラ笑う馬鹿に怒る気も起きず、桂はしゃがんで子供に視線を合わせる。 高杉など相手にするくらいだったら、子供相手のほうがずっと話が早いことは銀時と坂本まで含めた三人の暗黙の了解である。 「大体お前らはなんでこんな不審人物の相手をしていたりしたのだ。変な人に声をかけたり、変な人に声をかけられても話しちゃいけないとお母さんに教わらなかったのか?」 「………あれ、不審人物って俺のことか?俺のこと?ヅラ取ってから言えよヅラァ」 「高杉は黙っていろ。というか、二重の意味でヅラじゃない。………いいか。天下が荒んでいる時代だ。何が起こるかわからんのだぞ。ただでさえ自衛が求められる時に、こんな見るからに怪しい男と話していてはいけない!!」 間違っても現在高杉と並ぶ指名手配犯の言う台詞ではない。 しかし、充分に説得力に富む演説ではあった。一理どころか二理三理もある。 だが、子供達の反応は。 「ううん!俺達、変な人を探してるんだ!」 と輝く素敵な笑顔で言った。 桂の目が点になった。 「……は?」 「冬休みの宿題で、個性的な人の絵を書いて来いって言われて」 「んで、この人に声かけたらおもしろそうだって言って。なー」 「ねー」 「そうねー」 「そうねーとかお前が言っても可愛くねエェェエエ――――!!」 「………耳元でわめくんじゃねぇ!!」 ドスッ 「…………っぐぇ……」 高杉は寸分の容赦もなくわき腹に飛び蹴りをかました。問答無用で桂が倒れる。 自分だって、絶対何かくだらないものを主張する時は人が耳栓をしようが布団を被ろうが鍋を被ろうが逃げようが、結局は耳元で聞き入れられるまで騒ぎ立てるくせに。 そんな口に出すのも大変そうな文句を桂は心の中で思った。 その間に、口からは雨の日に潰された蛙のような声が出て、本気で胃液を吐きそうになったけれど。 立ち上がれない仲間を当然のように無視して、高杉はなんでか楽しそうに話を続けた。 早い話が暇なのだ。意外に子供好きなのかもしれないが(同レベルだからかもしれない)。 「オイ、ガキども。どーせなら、ヅラも一緒に描け」 「………そこで倒れてるけど……」 「あー大丈夫大丈夫。生命力ゴキブリ並だから。屈指の打たれ強さだぜ」 悪魔のように邪悪な高杉は「ほーらな」とか言いながら、もう一回同じ所を蹴った。 (………お前らが、……そういう野蛮な連中だァからだぁ…ぁぁああ) 普通のツッコミでさえ聞き流す高杉に、心の中のツッコミが効くはずなし。 「俺達、自慢じゃねぇが、江戸で知らねぇ大人はいねぇくらい有名人だから」 「「マジで!?」」 「マジだ。俺らのツーショットなんて描いてみろ。……新学期に大騒ぎ間違いなしだ」 そりゃあ、大騒ぎは間違いないだろう。 江戸どころか、京都でも知らぬ者はいないほど、真剣に追われる身の二人なのだから。 「兄ちゃん達、なんて名前?絵の隅っこに書いてあげる!」 「ああ、そこに倒れてる気持ち悪いのがヅラで」 「………ヅラじゃない桂だ。……そこの柄の悪いのが、晋ちゃんだ」 渾身の力で桂は立ち上がった。 やっぱりゴキブリ並の生命力かもしれない。 「おおお、おお前!!晋ちゃんとか言うんじゃねぇっ!!」 高杉、叫ぶ。 まあ初対面の時から、ろくな人間にならなそうな性格の悪さだったが、銀時と桂が晋ちゃんと連呼してからかったのも性格形成に多大な悪影響を及ぼしていた。 ちょっとでも高杉が隙を見せると、日頃の恨みをそのままぶつけ全力で馬鹿にするものだから、ますます酷い目に合うことになっているのに全く気がつかない仲間達三名。 「煩いぞ、晋ちゃん」 「「よろしくー!晋ちゃんとヅラ!!」」 「晋ちゃん言うな!!」 「ヅラじゃない桂だ!!」 「…………それで、これが完成品なわけ?」 聞いているだけで心に鈍痛が来る話を二人から聞き終えた銀時が言った。 いつもの通り、桂宅コタツの中である。 「子供のわりにはよく出来ていたからコピーしてもらって来たのだ。なぁ高杉」 「そゆこと」 そう言って馬鹿二人はけらけら笑う。 コタツの上に置かれた画用紙にはまるでプリクラを取るかのように、ピースサインの二人。 いろいろおかしいが、とりあえずこの二人がこのポーズだと想像以上に気持ち悪いと銀時は思った。 子供の割りには高杉の意地の悪い笑顔と桂の生真面目な感じが出ているのも要因であろう。 「ほんとは指名手配書とVサインとかやりたかったんだけどなー」 「さすがにバレるだろう」 「やっぱし?」 珍しく話があってしまっている。大体、桂も大騒ぎになると分かっていたら、その先まで考えろという話。今頃、学校の先生は卒倒せんばかりに驚いているだろうし、120%の可能性で真選組に通報されているだろう。 (……多串君達も、こんな馬鹿のためにご苦労様…) 気に入らない奴らではあるが、さすがに可哀相になってきた。 もし自分だったら、もう自分が可哀相すぎてやってられない。 「ってゆうかよォ……指名手配書なくても、これ通報されただろ」 一人だけ正気を保っているというのはなんと残酷な事なのだろう。わざわざツッコミなど入れたくない(というか関わりたくない)が、注意しなかった事が原因で捕まってしまっても寝覚めが悪い。 友達になったことをいくら後悔しても、この意味不明な奴らは自分の大切な友達なのだから。 そんな涙ぐましい銀時の心中だが。 二人は息を撒いて反論した。 「そんなはずねぇだろ!俺達は宿題に困るガキに愛の手を!の優しいお兄さんたちだぜ!?」 「そうだそうだ!」 「てめーらの優しさほど高いものもねーよ!!」 「何を根拠に、いいがかりつけやがる!」 「普段の行動だっつーの!!!ほんと、馬鹿!!清々しい馬鹿!ミラクル馬鹿!トロピカル馬鹿!!」 「高杉はともかく俺は貴様に馬鹿といわれるような行動をした覚えはない」 「何そんな誇らしげなの!?……あーもー!辰馬もなんか言えよ!」 大体何だって俺だけが矢面に立たなきゃなんないんだと、自分から声をかけたのを忘れた銀時は一人沈黙を守っていた坂本を巻き込もうと目論んだ。 いつもなら、大抵の話に加わってくるはずなのに不思議だなぁと思いつつ。 「………フフッ…」 え? いつのまにか仲間割れしていた高杉と桂まで含め、部屋に沈黙が下りた。 え、何。今の、キャラに合わない笑いの持ち主は……辰馬か? 「―――甘いぜよ!!」 呆然としている三名を取り残し、坂本は誇らしげに立ち上がった。 自信満々に一枚の紙を見せる。銀時は果てしなく嫌な予感がした。 「おまんらだけが声かけられたわけじゃないキニ!ワシも描いてもらったぜよ!!」 ―――そうだ、こいつら馬鹿だった…… もうどうしようもないくらい、ああそうだ……アホだった…… 「………辰馬ぁ……お前もかァァ!!」 「ブルースタスじゃないぜよー」 「関係あるか!」 ああ、やっぱり馬鹿ばっかりだ。 高杉、桂、今は商人だが攘夷志士として顔が売れているのは全く変わらない坂本。 もう、警察にとっては超豪華ディナーというところ。 「よく考えりゃ、こんな変なの歩いてたらガキどもがほっとかないよな」 「銀時だけ描かれてないのが不思議なくらいだ」 「アッハッハッ!言い忘れてたけど、ヅラと高杉のピース…本気で気持ち悪いき」 「なっ!……お前こそ、そのうそ臭いグラサン取れよ!!グラサンかけて、昼寝体勢とかマジで駄目人間じぇねーか!!大体気持ち悪いのはヅラだけだ!!」 「……え、何それ。あんまりじゃないか……!!」 「あーあ、傷つけたー」 「大丈夫大丈夫、明日には忘れてる」 わいわいと楽しそうな三人を尻目に、銀時は思った。 自分だけ理性を保っているとつらい。シーザス、どうでもいいからほっとけ!と。 「なんか、学校に三枚並んでる所見たいな」 「どうする?行って見るか」 「行っちゃう?行っちゃうんか?アッハッハ!」 ああ、恐ろしい。 達観した銀時がもうどうでもいいから全員でやっているRPGを勝手に進めようとテレビをつけた頃。 彼の予想を違えることなく、真選組駐屯所では副長が苦い顔で例の絵を見ていた。 既に大騒ぎになっている小学校には近藤が向かい、付近で小学生の聞き込みに山崎が奔走している。屯所の留守居に土方がなってしまったのは、これすなわち子供受けが悪そうだからに他ならない。ついでに、こちらは子供と馬が合い妙な事態を引き起こしかねない(というか間違いなく引き起こす)沖田が残っている。 「……あいつらぁ……!」 「もう完全に舐められてまさァ」 心中にわだかまる憎憎しさを吐き出す土方に対し、沖田はけろりとした表情で絵のコピーに落書きなどして時間を潰している。 そんな全くやる気のない部下の心無い一言も手伝い、土方は唇を噛んだ。 はっきり言って、何もかもに苛立っていた。 真選組の勢力圏である江戸で当然のように生活している指名手配犯に。 幾度となく遭遇しながら、必ず最後は逃がしてしまう自分たちに。 子供の癖にやたら上手い絵に。ああ、この憎たらしい高杉の顔。何処か不敵に見える桂の顔。 俺達は指名手配されてても全然元気だぜぇ〜とでも言いたげなこのピースサインを見ているだけで、絵を突き抜けて斬り付けたい無駄な幻想が止まらない。 斬りたい。マジで斬りたい。 この前のパトカー強奪事件でも憤懣がたまっているのに、なんだってこんな苛々させることだけが起こるのだ。(結局、銀時が乗っていたのだからパトカーを完全に壊滅させる攻撃は出来なかった。そんなことをすれば間違いなく万事屋が襲撃をかけてくる。沖田でさえ、火力を半分にまで落としていた) 「土方さん」 「………んだよ、……くだらねぇこと言ってみろ。殴るぞ」 「この際、大量にこの絵をコピーして、恥ずかしい落書きをして往来に張り出しやしょう。ついでに、スピーカーでこの恥ずかしげな綽名を喚く。きっと、アホ二人が釣れるはずでさァ」 アホはテメェだ。 そう言うのも癪で、土方は無言で部屋を出た。もういいから、自分も捜査に加わる気だった。 「いいと思ったんだけどなぁ……?」 残された沖田はそう呟き、悪意に満ちた笑みでクレヨンを取り出した。 毎日楽しい攘夷派。高杉は人生で初めて宿題という物に関わりました。自分ではやったことない。 |