【俺様黙示録】


部活帰りに、マックに寄るか、モスに寄るかでくだらない論議をしていた岳人と宍戸がジローを引きずりながら部室から出て行くと、一気に部室は静かになった。同じタイミングでピアノがあると滝が出て行き、一緒に帰ろうと誘われた日吉と鳳、そして樺地までもが部室から消えた。


差し引き残るのは、忍足と跡部という構図になる。




「跡部ーなんで俺ら、こんなとこで残っとんのやろ」

「知るかよ。とりあえず、テメーと違って俺のは居残りに値する作業だ」

「なんなん?」

「部誌書き」

「それこそさっき宍戸追いかけとる間に書けや」

「ウルセー」




跡部の目の前には、先ほど妨害され、半分ほどしか埋まっていない白めの部誌。ちなみに本日の練習メニューの欄で宍戸のアタックを喰らい、字がへにょへにょ情けない。
シャーペンはある程度さらさらと未記入欄を埋めていく。


対して、忍足がにらめっこしているのは学生の定番400字詰原稿用紙。現在の地点で書かれている文字は「読書感想文 三年 忍足侑士」のみ。
ようするに読書感想文の宿題である。
シャーペンは動くことなく、空を裂き、忍足は跡部の邪魔をする方を選択する。




「暇やわ。…………大体何が、明日までに出さなかったら一日中教室で正座やねん」

「ハッ、お似合いだ。俺様達が嫌というほど笑ってやるから安心して座っとけ」

「俺の好感度が落ちるやん!」

「端からねーよ」




会話が途切れるごとに再び原稿用紙に向かい、また挫折。
ちなみに今忍足がにらめっこをしている課題は、実は夏休みの読書感想文という奴である。実は新学期、担任が出したかをチェックしなかった為「出しましたー」とバックレていたのだ。
それがここにきて(提出期限を何ヶ月も過ぎて)気がつかれた忍足は小言と共に、こうして課題を頂戴した。




「あの担任も頭おかしいわー。読んどらん物をどうやって書けばいいねん!!」

「じゃあ読めよ。……………岳人ですら、提出してたぞ」

「あいつのは、“ぐりとぐら”絵本や」

「みそじゃそのレベルだ」




じゃあ読んでもいない自分はどうなるんだと思ったが、言ったら最後毒舌の嵐が待っているので黙る。




「そういう跡部は、何で書いたん?」

「君主論。ちなみに原文」

「……………」

「(ニヤリ)ま、庶民の貴様とは頭の出来が違うって事だな」




この自称全教科得意男めっ!!!
いちいち言う事為す事ムカツク。




「跡部、毎回思うんやけど年齢詐称しとるやろ」

「アーン?何処をどう見てもカッコイイ中学生だろ。年齢詐称なら先に、お前と手塚と真田でも訴えやがれ」

「俺は抜いといてな。てか、跡部今日喧嘩腰?」

「バーカ、俺様はそこまで暇じゃねーよ。ただ、読書感想文一つ書けない氷帝の天才を嘲ってるだけだ」

「読んでないんだからしょうがないやん!!」

「逆ギレんな。この際、テメーの眼鏡の歴史でもエッセイにして感想書いちまえ」

「それなら氷帝テニス部“行ってよし”の由来の方が、ウケルと思うんやけど」

「誰に聞くんだ。太郎か?教室で正座だけじゃなくグランドも追加だぜ」




しかもそんな危険を冒して聞いたら「その場の思い付きだ、忍足くだらないことを言うな。グラウンド20周、行ってよし」なんという失笑を買う事態になりかねない。




「じゃあ、氷帝コールの由来!!」

「俺様の美技を際立たせる為だ」

「……………(跡部が入部する前からあったやん)」

「もしくは、俺様を称える為だな」

「……………(誰もやらんわ)」




そんなくだらない話に興じている間に跡部は部誌を書き終わり、静かに帰る用意を始めた。




「もう帰るん?俺、まだ一文字も書いとらん」

「部室に泊まりたくなかったら、俺様が鍵を閉める前に出ろ」

「そんな横暴な!!」




そう言いながらも忍足もさっさと筆箱を鞄に投げ入れた。一人でこんなものに向かうほど虚しい事はない。
足で忍足を追い出した跡部は、ちょっとした悪戯をする子供のような表情になり、一言。




「ま、俺でも参考にしながらエセ君主論でも書いてみろよ」




もちろん跡部は冗談である。
が、忍足はそうはとらえなかった。




(忍足、激ダサだな。読書感想文なんて真面目に書く奴いるかよ。テキトーに話作れよ)
(そうそう、例えば身近な奴ネタにして勝手に小説設定してみるのおもしろいよ)




ふと、本日かわされたばかりの宍戸、滝によるアドバイスを思い出す。
………………閃いた。




「跡部、ありがとな―――





いきなり元気になり、走って横に並んできた忍足に跡部はただただ怪訝そうな眼差しを向けた。





◇◆◇






次の日。






「てめぇええええ!!忍足、マジ殺す!!待ちやがれ――――――!!!!」







放課後、テニスコートに跡部の怒声が響いた。
その先にはにやにや笑いながら逃げる忍足の姿があり、更にその先には腹を抱えて笑いながら酸欠になりかけている岳人の姿がある。


お怒りの帝王が消えた後、宍戸がラケットを弄びながら現れる。


「何何、岳人はなんで壊れた金魚みたいになってんだよ」

「だっ……誰が、金魚………だ…………(空気!誰か空気をくれ!!)」

「金魚以外の何者でもないよ、岳人(でも、ほんと笑える……!)」


自分も金魚に限りなく近い事に気がついていない滝。宍戸に原因の紙を手渡した。
一行目に「俺様黙示録を読んで」と書かれた、原稿用紙だった。


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「俺様黙示録」を読んで   三年 忍足侑士


この本には、常識から考えるとありえない主人公が登場します。
彼は「君主論」という本を原書で読めと勧める、最悪のブルジョワジィです。
だが、この本の中で彼は全く嫌われていません。



その理由の一つに、同情という言葉が一番良く当てはまると思います。
彼は素で「俺様の美技に酔いな」とか言うナルシストの極みの台詞を吐いたり、その上それに一番酔っているのは自分だと気がついていません。
そんな彼に、仲間達はいつも優しい視線を投げかけます。
仲間達の中で彼は頭の悪さも天下一品ですが、あるスポーツの腕前も天下一品です。



彼にはもう一つ属性があります。
それは相当痛いということです。
酷い時には試合中に数十回「喰らえ、破滅への輪舞曲!」などと叫んでしまう事もあります。



それでも、負けることはありません。
彼は、史上最強に頭の悪い君主です。
だからこそ彼はこの本の中で“今世紀最大の痛い子帝王”という素晴らしい愛称を著者から頂いています。


俺は日常を退屈させる事のない彼が大好きだと思いました。
ちなみにコイツは、実在の人物です。


テニス部部長跡部景吾は、本当に馬鹿だと皆さんも感じるでしょう。


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「きっと忍足反省文だろうね………それと跡部からの制裁」


沈黙が降りたその場所で、次の瞬間。



「ま、マジうける…………ハハハッ、ありえねぇ――――――――――!!!!くくっ」
「だろだろ!………侑士最高!………ギャハハ!!!」



宍戸が金魚の仲間入りをはたし、もう一度岳人と滝は金魚に逆戻りとなった。



「オーイ!日吉、来て見ろよ!……ほ、ほんと、笑えるからっ!!!」



某日、忍足侑士作「俺様黙示録」はテニス部中を駆け巡ることとなる。



Fin

アトガキ

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頭悪くて、スミマセン。
次の日には、学園中に知れ渡り次の学校新聞にこれは掲載されます。