同属嫌悪の奴らは面白いか、同属嫌悪の奴らは迷惑か、その意見によって人格がわかる。







「なあ、銀時はどうして高杉と桂とだけ話さないの?」

不意に横合いからかかった言葉に驚いたのか、内容が不愉快だったのか、それともその両方なのか、銀髪の少年は口に含んだばかりの饅頭を喉に詰まらせた。
声をかけた久坂はその反応を予想していたので、朗らかに笑いながら緑茶を差し出した。どんなに苦しくとも大好きな饅頭は吐き出せないと苦悶を続けていた坂田銀時という名の少年は、はたしてそれをものすごい勢いで引ったくり一気に飲み込む。
久坂は黙って見ていた。饅頭と苦闘する少年の小さな背が、それをさすろうとする無遠慮な手を拒絶していることを彼は知っていた。

「……っ、お前なぁ。俺の後ろにこっそり近づくなっつったろ」
久坂は笑いながらも、すぐに言い返して、
「どすどす足音立てて歩いてたよ。饅頭に全集中力を注いでた銀時が悪い」
「ついでにさぁ、なんで緑茶なんだよ。いちご牛乳とかいちご牛乳とかないの?」
「じゃあ次からは沸騰したての緑茶にする。一応冷ました奴を差し出した俺って結構優しいかなと思ったけど?」
「すみませんでした」

すっぱりと謝罪し、すぐに銀時は次の饅頭の選定に入った。
彼はそういうところがあった。暗に質問には答えたくないと返答されたも同然だが、気がつかない振りを貫くことを決め、さっきの質問の答えはと続ける。銀時は嫌な顔になった。

「先生がお前に聞けっつったの?」
「まさか。俺の素朴な疑問。先生は藩の悪ガキばかり見慣れてるからね。あれで結構神経ず太い人だから、銀時の歪な行動くらい平気さ」
「本人いるんですけど」
「でも君は、先生達や俺が嘘を言わないところが好きだ。たとえ失礼でも」
銀時はまじまじと久坂を見た。大きい子供の目が自分を真っ直ぐ見つめている。
この塾には、自分の目を受け止める人間があまりに多すぎる。だがそれを認めるのも癪で、ぷいと顔を背けた。
「俺は、久坂のそういう見通してる感じが嫌い」
「違うね。見通してなんかない。だからこうやって確認するわけだし、好奇心が生まれるわけ。俺の中で銀時と高杉と桂はカテゴリーというか分類が一緒でさ、観察してても面白いといえば面白いけど、率直に答えが欲しい時もあるわけよ」
「……悪人顔」
「そう?俺は村塾の良心だけどなあ」
久坂はにやりと笑った。人が悪いというか、一筋縄ではいかないという顔だ。
この手の笑みをする奴も嫌に多い気がする。先生だけは一点の曇りもない綺麗さがあるけれど、それが大人になるってことの一端であるのかもしれない。
確かに銀時は家族や地域の庇護下にいて、果てしない未来ばかり見て笑える子供が大嫌いだったが、ここの連中には嫌いな条件が揃っているにもかかわらず、同じ空間にいても平気だ。
その中で、わけもわからずあの二人だけが嫌いなのだ。
「……そういう図々しい所はすごい好きだよ。で、何答えりゃいいの。言っとくけど、俺、高杉と桂とは絶対上手くやれないと思うからね」
「その理由が知りたいなあ、なんて」

「何もかもが嫌なんだよ。なんかあいつらと友達になりたいとか砂糖一欠けらも思わないし、付き合ってもこの先ろくなことない気がするし、なんつーかお坊ちゃんって感じもするんだけど、すげー得体が知れなくてぞっとすんだよ。ほんと最悪」

逃れられないと諦めた銀時は一息に即答した。久坂は俯いて黙っている。
さすがに友達をここまで悪く言われて、軽蔑したのだろうかまあどうでもいいかと思った瞬間、久坂が噴出し縁側から落ちた。

「え、何その反応。爆笑は失礼なんじゃないの」
「……い、いや…アハ、…アハハッ!…………ごめん。ほんと、苦しい」
久坂は立ち上がりもせず、着物が汚れるのもかまわずに丸まって爆笑している。声すら出ていない。
「何、実は久坂もあいつら嫌いとか?的を射すぎてる?」
「……君は絶対不快になると思うんだけど、………ぷっ、…あんまりあの二人と同じ事言うからおかしくておかしくて!」


こんな最高のネタが三人も転がってるなんて村塾は安泰だ、とわけのわからぬことを途切れ途切れに言いながら縁側に久坂は這い上がろうとしたが、軽く――しかしあまり容赦せず銀時が蹴り落とした。

「オイオイ、久坂君。君はそんなしつれーなことほざいといて、平然と縁側に戻ろうとするわけですかコノヤロー」
「ひどいな。これお気に入りだったのに、汚れちゃったじゃないか」
「女みたいなこと言ってんじゃねーっつの。つーかお前のせいだし。んで、あの馬鹿どもが何だって?まさか、俺があいつらと同じだとでも?」
着物のすそを申し訳程度にはたいていた久坂は銀時の背後に目をやって目を細めた。
これはおもしろくなってきたと彼は思ったが、珍しくムキになっている銀時が怖いので、言葉を続ける。
「まず高杉曰くね」
銀時が身を乗り出す。普段俺達、いや近所の連中にどう思われようとも歯牙にもかけないくせに、あの二人の言い分は気になるというわけか。案外先生と同じくらい、彼らは強く結びついたりするんじゃなかろうかと久坂は思う。それはそれで迷惑極まりないだろうけど。


「あんの汚らしい重力に逆らったバッラバラの天パーがうろついてるだけで丸刈りにしたくなんだよ。つうか、あいつと仲良くするなんて本気で無理だし、いちいち何もかもがむかつく、特に話し方な。俺の人生に明らかに悪影響を与える気がする。――――だろ、久坂ァ」


柱に寄りかかった高杉が、将来ろくな輩にならなそうな笑みを浮かべて言葉を引き継いだ。
「やっぱ、自分の言った言葉ってのは覚えてるわけね。……銀時?」


「テメェェエエ高杉ィィィ―――!何が汚らしい髪だァァ!!お前いい加減にその辺に沈めよ、手伝ってやるからァァ!」


饅頭を放り投げ(銀時には異例のことだ)、一寸の容赦もあらばこそ、銀時はいきなり高杉の顔面に蹴りを決めた。その上裸足で。吹き飛ばされた高杉は柱に激突し、塾に迷惑な振動をもたらしたが直ぐに跳ね起きた。

「何しやがんだ!俺はテメーのそういうわけわかんねーとこが嫌いなんだよ!天パーっつうか、頭もパーじゃねえか!!お前絶対将来無職になるって、今から頭取り替えて来い!」
「そのパーの意味で使うなァァ!!このチビ!たっかすぎくんの背はもう伸びないから。俺が決めた。これからも村塾で一番ちんまりしたまんまなんだぜ、俺の呪い!チービチービ!!」
仕返しをしようと飛び掛った高杉と応戦しようと構えた銀時の間に、絶妙のタイミングで久坂が入り込み、また余計な一言を言う。
「銀時。桂曰くは聞きたくないの?高杉と戦うのはその後でもいいんじゃない?」
「戦うんじゃねーよ、ただぶちのめすの」
「んだと!?」
前に出かけた高杉を一本の腕が止め、久坂がますます嬉しそうな顔になった。


「桂曰くぅー。とりあえず存在自体がうざい。銀時は俺の人生にいろんな面倒事を持ち込む気がする。というか、あいつはもう修復不可能にだめっぽいからな。駄目具合が移されても困る、だろう?」


恐らく高杉と同じタイミングで帰宅していたのだろう。周りからうざいとしか言われたことのない裏声で桂が言った。
銀時はしばらく呆然として言葉を咀嚼していたが、すぐに行動に移る。久坂がゆっくり後退した。


「お前にだけはうざいとか言われたかねェェェエ―――!!!大体テメーが圧倒的にうざいし、きもいんだよ!や、高杉もそうだけどね!チビは上から見て優越感に浸れるけど、俺はテメーのサラサラキューティクルヘアーがなによりむかつくんだよォォ!!」

蹴りは正確に顔面を狙っていたが、高杉がそれを喰らった際を見ていた桂は余裕でかわし鼻で笑う。
「俺の直毛が羨ましいのならそう言えばいいのに、捻くれた奴ダボウゥ!」
「甘いんだよ」
鼻で笑ったと思いきや、返す刀の肘鉄をまともに横っ面に喰らい、桂の脳裏に星が散った。吹き飛んだ彼を嫌々ながら後ろにいた高杉が縁側から落ちぬよう止める。


「フッ、甘いのは貴様だ。銀時。―――これがなんだかわかるかな?」
「!……俺の饅頭!?」
「自分の大切なものの近くに敵を吹き飛ばすとは愚の骨頂!―――さあ、高杉!半分こだ」
「さすが、悪どいこと考えたら塾一だな」

高杉は投げられた饅頭を危なげなく掴み、銀時の足払いを素早く避けてわざと美味そうに饅頭を口に運んだ。銀時が世界の終わりのような声で絶叫したが、怖いもの知らずの二人は無視した。
後世の二人なら、決してそんなことはしなかっただろうに。

桂も高杉も普段は甘味を好まないくせに、銀時に嫌がらせをするという目的のためには手に残った砂糖を舐める余裕さえある。



「高杉。桂」
「んだよ、暴言訂正すんの…」


無言で立ち上がった銀時の目が何故か鮮やかに光った気がして、さすがの高杉も黙る。
「……おい、桂」
「いや、ないない。飢饉の時代じゃないんだぞ、まさか饅頭一つで」
銀時が最高に可愛らしく笑った。その気味の悪さに、二人の中で危険信号が鳴り響く。相手が久坂でも入江でも一方的に喧嘩に負けることなどない二人だが、思わず後ずさった。



「泣いて俺の饅頭と俺に謝るまでボコるから、覚悟しやがれェェエエ―――!!」



先ほどとは比べ物にならないアッパーカットにまず桂が吹き飛び、その桂をよけ損ねた高杉が柱に頭をぶつけて銀時の報復の幕が上がった。
















この半刻あまりの間に、かなり痛めつけられた不幸な柱の影にいた久坂がぼそりと言う。

「ちょっと遊びすぎたか」
「いや、一概にそうとばかりは言えないでしょう」

多少の応戦はあれほとんど一方的に銀時が桂と高杉を殴っている状況を止めるでもなく、ちょこなんと久坂の隣に屈んでいる松陽がそれに答えた。
「銀時があそこまで感情を爆発させたのは、本当に久しぶりですからね」
「……俺は初めてですけど?」
松陽は曖昧に笑って、食べ物の恨みを甘くみると酷い目にあいそうですねえと続ける。
「ところで久坂君。あの三人にぴったりの四字熟語を当ててみましょうか。勉強になるでしょ?」



「待った!銀時落ち着け!」
「そうだぞ、落ち着いて話し合おう!」
「うるせえ!!早く泣け泣けむしろ跪けェエ――!!」



「同属嫌悪。呉越同舟。迷惑千万」
「うん。久坂君よく見てますね。あそこで入江君と吉田君が笑い転げてますが、とりあえず後片付けは皆でしましょうね」
今回は久坂君が一番迷惑だったんですけどね、一番面白かったけど。そうにこやかに続けた松陽が強者なのか、はぁいと気のない返事をした久坂が末恐ろしいのか、意見の分かれるところかもしれない。







(嗚呼、この心優しき少年達に幸あれ)








     友 情 の 黎 明








うちの久坂は騒ぎを大きくするタイプ、松陽先生は天然神経太い系です